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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942ベイルート航空戦5

 プレー軍曹は、出力増強装置の始動スイッチをちらりと見ながら、装置の概要と性能を思い出していた。エンジン出力を一時的に向上させるという出力増強装置だったが、その持続時間は大して長くはなかった。
 その割には消耗材を含めた装置の重量は重く、一度徹底的な軽量化を図ったにもかかわらず、愛機ドヴォアチヌD.520の重量は改造前とそれほど変化していなかった。
 だから高速の一〇〇式司令部偵察機に追いすがるためには、相手の機動を読んで予め高々度に遷移した上で、出力増強装置によるエンジン出力上昇分と降下速度を合わせて高速で一撃を加えるしか無かった。
 つまり一〇〇式司令部偵察機と自機の機動にうまく始動のタイミングを合わせないとせっかくの出力増強装置も宝の持ち腐れどころか、単なる死重量になりかねなかったのだ。

 勢い良く出力増強装置関連機器から目を離すと、ドヴォアチヌD.520のキャノピー越しにこちらに接近しつつある一〇〇式司令部偵察機をプレー軍曹は睨みつけていた。
 しばらく継続して観測して、一〇〇式司令部偵察機の針路を確認してから、思わずプレー軍曹は愁眉を開いていた。
 この距離であれば、目標となる一〇〇式司令部偵察機が再接近する前に予定の高々度まで上昇することが出来そうだった。それでいて双方の針路を見る限りでは、普通の搭乗員であれば鈍足であるはずのD.520を警戒して回避機動を行うほど接近することはなさそうだった。
 ただし、それで一〇〇式司令部偵察機に追いつけないのは、エンジン出力が低い通常のD.520だからだ。プレー軍曹達が乗り込む出力増強装置が取り付けられた改造型のD.520であれば、短時間で一〇〇式司令部偵察機の後方につけることが出来るはずだ。
 問題は一〇〇式司令部偵察機の搭乗員達がこちらの想定通りに動いてくれるかどうか、つまりプレー軍曹達を通常のD.520が無理な迎撃に駆り出されただけの機体だと誤認してくれるかどうかに掛かっていた。


 今のところ、一〇〇式司令部偵察機の機動からは敵搭乗員がこちらを不審に思っている気配は感じられなかった。軽量化と出力増強装置の搭載で改造したD.520の上昇率は通常型と対して変わらなかった。それでこちらを大した脅威ではなく、楽に逃げられると考えているのだろう。
 グローン少尉からの酸素マスクの着用を命じる通信を聞きながら、プレー軍曹は高度計に目を落としていた。確かにいつの間にか改造D.520の小隊は酸素の吸入が必要な高度に達していた。
 これから先は、今まで以上に慎重な操作が必要だった。D.520のコクピットは与圧などされていないから、高々度では搭乗員は容赦なく大気圧の低下や極端な低温環境にさらされることになる。
 さらに、希薄な大気は低高度と比べると著しく翼面で発生する揚力を低下させるから、僅かな操作ミスによって一気に高度を失う可能性も高かった。多少の高度を失うくらいならばまだやり直しも効くが、この高度で搭乗員の予期しないスピンでも発生すれば、命取りになりかねなかった。

 だが、燃料油や滑油と同じく最低量しか酸素ボンベも携行していなかった。プレー軍曹は、その貴重な酸素の吸入をためらいなく開始していた。コックをひねると同時に、酸素マスクから黴臭い上に、ボンベ越しに冷気にさらされたことでひどく冷たいなっていた酸素が流入してきた。
 酷い状態の酸素だったが、すでに息苦しくなりかけていたプレー軍曹には全く気にもならなかった。それに酸素吸入と同時に頭のなかから余計な考えが消えていくような気がしていた。
 もしかすると気が付かない内に低酸素状態に陥って、妙なことばかり考えていたのかもしれない。
 しかし、ここから先は余計なことを考えているような余裕はなかった。そんな暇があったら、出力増強装置を始動して突撃に移るまでに一メートルでも、一センチでも高くD.520に高度を稼がせることに全神経を集中すべきだった。


 次第に一〇〇式司令部偵察機が接近する中で、D.520の小隊は少しずつ上昇を続けていた。限界高度にはまだまだ余裕が有るはずだが、すでに上昇率はかなり低下していた。
 離陸直後は分あたり600mを超える、まさに空に駆け上がる勢いで上昇していたのだが、この高度ではよくてその半分といったところだった。出力増強装置の搭載で軽量化分が殆ど相殺されているから、上昇率そのものは通常機と変わらないはずだった。
 だが、風防越しに周囲に展開しているはずの小隊機を確認したプレー軍曹は、思わず眉をしかめていた。予想以上に機体間の間隔がばらけだしていたのだ。小隊の機体の中で上昇率に無視できない差が生じているようだった。

 無改造の状態では四機に特に機体性能に個体差は無かったはずだが、改造によってバランスが崩れた結果、その差が大きくなってしまったようだ。本国から出力増強装置の改造キットなどが送られてきたとはいえ、実質上は整備班の手作りに近いのだから、機体重量やエンジンのチューニングで上昇率に変化が生じているのだろう。
 それで離陸直後の緊密な編隊を組むことができなくなっているようだ。プレー軍曹は、後方視界の悪いD.520のコクピットで無理に体をひねりながら、最後尾の機体の様子を確認した。
 どうやらプレー軍曹の機体が最も程度が良いらしく、この高度でもエンジンが咳き込む様子などはなかった。しかし、僅かな間に最後尾の機体との間隔はかなり開いていた。小隊の他の二機もばらけ始めていた。

 プレー軍曹は眉をしかめたまま、小隊長のグローン少尉の命令を待っていた。本来の作戦では一個小隊四機が一気に敵機に集中攻撃を掛ける予定になっていた。軽量化によって兵装が減少した分を一個小隊四機の火力をまとめることで補おうとしていたのだ。
 だが、この状況ではそのような作戦は破綻しているように思えた。小隊全機で攻撃をかけようとすれば最後尾の機体に合わせなければならないが、悠長に行動していれば、そもそも会敵出来ない可能性も高かった。

 実は改造の完了が作戦の開始直前となってしまったこと、出力増強装置用の物資が限られていることなどから、改造後の小隊単位での訓練は省略されていた。単機での訓練、というよりもは稼働試験が短時間行われただけだった。
 だから、小隊四機が揃って飛行する今になって問題が生じてもどうしようもなかった。現場の判断で作戦を変更するほかなかった。
 泥縄的に立案された作戦のものだから、実際に遂行する搭乗員には過度な負担が掛かっていた。

 グローン少尉が迷っていた時間はさほど長くはなかった。叩き上げの士官らしく、即断即決の傾向のある少尉が命令を伝える声に躊躇は感じられなかった。ただし、距離がやや開いたせいか、すでに短距離専用の無線機の感度は低下しているらしく、声はくぐもりがちに聞こえていた。
「編隊を解く。各機行動自由。ただし攻撃手順は当初のまま、順に敵機に攻撃を加える。遅れているものは何とかしてついて来い。ジャン、お前の機体が一番調子がいいようだ。なんとか足止めしてくれ」
 プレー軍曹は、大役を任された興奮を隠す様子も見せずに勢い良く了解と無線機に返していた。もっともその無線が小隊各機に聞こえていたのかどうかは分からなかった。


 単機となったプレー軍曹は、更に勢い良く上昇を続けていた。重量物である出力増強装置を搭載したにも関わらず、軍曹が乗り込むD.520は通常機よりも上昇率が高かった。
 相当なあたりの機体だったのか、改造工事にあった整備兵の腕が良くて他機よりも軽量に仕上がったのかもしれない。
 後方視界の悪いD.520のコクピットからは、すぐに他の小隊機の姿が見えなくなってしまった。機体を蛇行させれば後方も確認できるはずだが、そんな無様な真似をして、後方を追尾してくれているはずのグローン少尉達の信頼を失いたくなかった。
 それ以上に無駄な機動で速度を落とすのも嫌だった。それに姿が見えなくとも、長い時間共に飛んできた仲間たちの気配を間違うことはなかった。それを信じてプレー軍曹は孤独な飛行を続けた。

 一〇〇式司令部偵察機の上空に飛び出してから、プレー軍曹は手早く時間を確認していた。襲撃機動の開始地点までもう少しだった。一〇〇式司令部偵察機はD.520の進行方向からやや角度をとって、飛行しており少しばかりこちらのほうが高度は高くなっていた。
 ただし、この時点でも一〇〇式司令部偵察機の速度は高く、通常のD.520であれば追撃は難しいはずだった。だから、敵機の搭乗員達もこちらの機動を、高度と速度を誤って一〇〇式司令部偵察機に追いつけない地点に進出してしまったと勘違いしてくれるのではないのか。

 単機飛行を開始してから、ずいぶんと長い時間が経っていたような気がしていたが、実際には二分ほどしか経過していなかった。
 プレー軍曹は、あともう少しばかり上昇してから、出力増強装置を起動すると共に一気に降下を開始するつもりだった。双方の進路は交わらずに、少しばかり角度があるが、たいした問題とはならないはずだ。この高度からならば、出力増強装置によるエンジン出力の向上があれば高速の一〇〇式司令部偵察機にも追いつけるはずだ。
 短時間で計算を終えると、満足した表情でプレー軍曹は出力増強装置の始動スイッチに手をのばそうとした。
 目前を通過するように飛行する一〇〇式司令部偵察機の姿に違和感を感じたのはその時だった。


 一〇〇式司令部偵察機の機体性能自体は、日本陸軍の軍事機密の厚いベールに閉ざされていた。制式採用された時点では未だフランスと日本帝国は友好国であったのだが、他の戦闘機などの性能が概ね開示され、一部の機体は義勇飛行隊との名目で英国本土などにもに展開していたのに対して一〇〇式司令部偵察機の性能は秘匿されたままだった。
 戦闘機や戦艦などの直接敵と交戦する兵器ならば、性能をある程度察知されたとしてもそれが逆に抑止力となりうることもあるが、一〇〇式司令部偵察機は純粋な長距離偵察機なのだから、友好国にも性能を明かす必要性がなかったのだろう。
 あるいは強固な同盟を結んだ英国にはある程度の性能は開示されていたのかもしれないが、フランス空軍では一〇〇式司令部偵察機の性能は推測するほかなかった。

 ただし、機体の外形などの情報は詳細まで把握しているはずだった。大使館付きの武官などが航空ショーなどに招かれる事もあったし、日本帝国と敵対した後でも、中立国を経由して入手する航空雑誌などに写真が掲載されていたからだ。
 プレー軍曹も識別表や飛行隊の誰かが持ち込んだ航空雑誌で、流麗な一〇〇式司令部偵察機の姿を何度も眺めた記憶があった。
 だが、今目の前を飛行している機体は、写真で見慣れたそれとは違う気がしていた。機体の基本構造は一緒なのだが、細部が違っているようだった。それに写真と実物との差というのではない気もしていた。

 あるいは公開された写真は、日本帝国の軍関係者の検閲を受けているはずだがら、写真に修正が加えられていたのだろうか。一瞬そう考えたが、すぐに否定した。
 日本帝国や英国のメディアならばともかく、中立国のカメラマンがそんなことを許すとは思えない。それよりも写真は事前に確認された角度や距離でしか撮影出来なかったと考えたほうが自然だった。つまり、写真そのものには嘘は無いはずだった。
 だとすれば残る可能性は一つしか無かった。これまで撮影された機体と目の前を飛行しているのは別物だということだ。もちろん原形が一〇〇式司令部偵察機であることに間違いはない。
 おそらく、この方面に投入されたのは改設計が行われた発展型なのだろう。もちろん今プレー軍曹達が乗り込んでいるような現地改修型ではあり得なかった。

 目前の一〇〇式司令部偵察機は、以前見た写真と比べて胴体後半や主翼部分には変化はなさそうだった。エンジンも換装されているようだが、双翼の胴体よりに取り付けられたエンジンナセルの基本形状は変わらないから、詳細は分からなかった。
 より大出力大口径のものに換装された可能性はあるが、少なくとも空冷星形エンジンであることに変わりはない。排気管の処理も変更されているようだが、地上からの監視では詳細まで把握できたとは思えなかった。
 この敵機より上空から見て初めて改造された機体だとわかった理由は明白だった。主な変更点が機種上部に集中していたからだ。

 以前に写真で見た一〇〇式司令部偵察機は、胴体の主翼付け根部よりやや前方から長大な垂直尾翼の前方まで続いて二人の乗組員を収納する長い風防とキャノピーがコブのように胴体からせり出すという、双発他座機としては極普通の形状をしていたはずだった。
 だが、目の前の機体は機首から風防につながる段差が存在していなかった。大型化して前方に移動した風防が機首と一体化していたのだ。元々流麗な形状をしていた一〇〇式司令部偵察機だったが、この改造によって流線型を極めた形状となっているようだった。


 プレー軍曹は、一〇〇式司令部偵察機の流麗な姿に一瞬見とれてからすぐに眉をしかめた。この改装型の一〇〇式司令部偵察機が以前の型よりもさらなる速度向上を目的としたものであることは間違いない。
 そうでなければ、僅かな空気抵抗を軽減するために、加工に手間のかかる曲面ガラスを大量に使用する風防の大型化を図る必要などないからだ。
 だから、この一〇〇式司令部偵察機は予想よりもさらに高速である可能性があった。

 もしかするとD.520を局限まで改造した愛機でも追いつけないかもしれない。
 一瞬躊躇したが、プレー軍曹はすぐに考えなおした。今更作戦を変更することなど出来ないからだ。この距離ではもう短距離無線機は満足に働かないだろうから、グローン少尉に指示を仰ぐことも出来ない。
 それに今の速度を保ったままならばD.520の急加速は奇襲となるはずだ。
 目前の一〇〇式司令部偵察機はエンジンを換装したのかもしれないが、機体形状を見る限りではそれほど大型のエンジンとは思えないからたいした出力向上はないのではないのか。というよりもそう考えるしか無い。
 先行するプレー軍曹が一撃を加えて敵機を減速させることさえできれば、後続の三機も追いつけるはずだ。

 プレー軍曹は意を決すると出力増強装置の起動スイッチを勢い良く操作していた。
 次の瞬間、これまでの緩慢に動いていた状況が嘘であったかのように、一気に事態が動き出していた。
一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr2.html
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