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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942ベイルート航空戦4

 プレー軍曹は上空を接近する一〇〇式司令部偵察機の機影を睨みつけながら、これまでの観測結果や中立国経由で得られた公開情報などから予測された性能諸元を思い出していた。
 他国に例を見ない長距離偵察専用機だけあって、速度性能は極めて高いようだった。双発の超長距離飛行機でありながら、最高速度は他国の単発単座戦闘機に匹敵するらしい。
 これまでに何度か友軍が一〇〇式司令部偵察機の迎撃を行なっていたが、成功した例はなかった。こちらが一〇〇式司令部偵察機と同高度にまで上昇したとしても、最高速度に差がないものだから上昇している間に逃げられてしまったらしい。
 その時の観測では一〇〇式司令部偵察機の最高速度は毎時六百キロ程度であるらしいと推測されていた。
 概算だが、一〇〇式司令部偵察機の諸元を見る限りでは少なくとも現在の日本の航空技術は、欧米のそれに勝るとも劣らないレベルに達しているようだった。


 だが、レバノンで内戦が本格的に勃発した今、これ以上の航空偵察を許すわけには行かなかった。
 現在国際連盟軍はレバノン、シリア国境線を超えて進出していなかった。おそらくヴィシーフランス軍が増派した戦力との本格的な衝突を恐れているのだろう。
 もちろん強大な戦力を誇る国際連盟軍が、ヴィシーフランス駐留軍に対して劣勢にあるというわけではない。
 だが彼らの大半は中東方面の主戦場である北アフリカ戦線に投入されているはずだ。だから第2戦線に過ぎないシリア方面での戦力の消耗を避けているのではないのか。
 おそらく北アフリカ戦線との二正面作戦となって独伊軍に一方的に押し込まれたギリシャ戦の戦訓が、そのような消極策となって現れているのだろう。

 ただし、この均衡は危ういバランスの上に成り立っていることは明白だった。北アフリカ戦線が激化する中で、国際連盟軍がこれ以上の余剰戦力を当分は投入しないとの前提だったからだ。
 昨年度のイラク王国のクーデター政権があっさりと崩壊したように、国際連盟軍が大部隊を投入すれば、後方連絡線がか細い枢軸側には為す術はなかった。本国の防衛や北アフリカ戦線への増援などによって枢軸側はこれ以上の戦力を遠隔地であるレバノン、シリア方面に抽出することは難しかったからだ。
 だから、レバノンでの内戦が激化して、対応にヴィシーフランス軍主力が投入されれば一気に枢軸軍の防衛体制は弱体化する。それを絶好の機会とみた国際連盟軍がレバノン方面から進出を図る可能性は高かった。
 すでにレバノン国軍が分裂している状況では、最終的には枢軸軍がこの方面から完全撤退しなければならなくなると予想するものは少なくなかった。すでにドイツ軍にとっての主戦場である東部戦線では、米国の支援を受けたソ連軍が巻き返しをはかっており、予備兵力が一兵でも必要とされていたからだ。

 だが、ヴィシーフランス政府にとってレバノン共和国とシリアは戦略的な意味を持つ要地だった。すでにフランス領インドシナや広大な太平洋に散らばる諸島群との連絡が途絶えた今では、ヴィシーフランス政府が抑える領土は、本土を除くと北西アフリカとレバノン、シリアの中東しか残されていなかったからだ。
 だから、ヴィシーフランス政府はその権威を保つためにも、最終的な撤退は避けられないにしてもその日を可能な限り遅らせることを現地部隊に期待していた。
 そのためには、レバノンの内戦の状況を国際連盟軍に正確に把握させるわけには行かなかった。それにこれまで無事であった一〇〇式司令部偵察機が撃墜されれば、ヴィシーフランス軍の脅威を高く見た国際連盟軍も安易な軍事力の行使を避けるはずだった。
 それが、この日プレー軍曹達が一〇〇式司令部偵察機を撃墜すべく行動していた理由だった。


 ヴィシーフランス空軍が保有する現有の機材では、高速で飛来する一〇〇式司令部偵察機を迎撃するのが困難な以上は、機体の強化と運用の工夫で機体性能を補うしか無かった。
 まず試みられたのが機体の軽量化だった。第6飛行隊の保有機材であるドヴォアチヌD.520から特に程度の良い機体が選抜されて、不要機器の撤去が開始された。
 不要と判断された機器は少なくなかった。主翼に装備された7.5ミリ機銃は四丁全てが早々に撤去されていた。撤去跡の開口部は余計な空気抵抗とならないように整形されて塞がれていた。だが機銃を撤去する程度の改造は機動性を向上させるためにこれまでにも例がないわけではなかった。
 そもそも敵速を考えると射撃時間がそう多く取れるとは思えない。7.5ミリ機銃弾では威力が最初から不足しているはずだ。

 D.520の残された兵装は、エンジンブロック内に銃身を通して機首から発射される20ミリのイスパノ・スイザ製のモーターカノン一門だけだった。数は少なくなったが、一門あたりの威力は7.5ミリ機銃弾と比べると格段に高いため、短い会敵時間でも命中さえすれば十分な破壊力を発揮できるのではないのか。
 やはり短時間と予想された射撃時間を考慮して、重荷となる装弾数も半分ほどに抑えられていたが、会敵は一度きりと割り切ってしまえばそれでも十分だった。

 次に撤去されたのはコクピットに備えられた防弾板と通信機材だった。相手から追いかけられる形の対戦闘機戦闘は想定外なのだから、後方から撃ち込まれた射弾から搭乗員を保護するための防弾板は理屈の上では不要となる。
 プレー軍曹達搭乗員は何となく納得出来ない様子で撤去された防弾板を眺めていたが、次に空中線の支柱まで撤去されたのには呆然とせざるを得なかった。レーダーが実用化されるつある現在では、通信基地からの支援がなければ有効な迎撃戦闘は難しいのではないのか。
 搭乗員たちはそう考えていたのだが、作業に忙しい整備員達に代わって機体の改造内容を説明し始めた飛行隊長のリシャール大尉はあっさりと否定していた。

 この迎撃戦闘ではレーダーの支援は遠距離で一〇〇式司令部偵察機を発見した時点で打ち切られることになっていた。これまでの経緯から、日本軍の航空偵察の目的には、ヴィシーフランス空軍が乏しい機材を駆使して構築していたレーダー網の詳細を把握することが含まれていると考えられていたからだ。
 だから長時間のレーダー波の発振は、電波源の観測が可能な機材を搭載していると思われる日本機が飛行している際には行うことが出来ないというのだ。そしてレーダーの支援が無いのであれば長距離通信の必要性もないから、無線機は一〇〇式司令部偵察機迎撃のために選抜された小隊内で通話を行うための短距離用があれば十分ということになる。
 しかも短距離用と割り切れば空中線は短くて済むから、抵抗源となる支柱も不要となるはずだった。

 理屈の上ではわかったのだが、どうにも時代に逆行しているような気がして、機体同様に選抜された搭乗員たちは首を傾げざるを得なかった。
 自分たちが一〇〇式司令部偵察機の撃墜に成功すれば、仮にレーダー波の観測を行なっていたとしても敵軍にその情報が渡る可能性はないだろう。つまり撃墜の失敗を予め織り込んでいるのではないのか、要するに自分たちはたいして期待されていないということになる。
 更にげんなりとすることに、改造後に試験飛行を行なって見ると、軽量さだけを買われて搭載された代替品の短距離無線機か恐ろしく短縮された空中線のアースが完全にはとれていないせいなのか、エンジンからの放射を拾ってしまうらしく無線機の通信可能距離は極端に短く、雑音も多かった。

 軽量化のために外された機材はそんなものだったが、これでもまだ足りないと思われたのか、燃料どころか、滑油の搭載量まで合わせて百キロ近くも減らされていた。
 それどころか整備員たちは使用しない予定の燃料タンクそのものさえ撤去を始めていた。


 このように極限までドヴォアチヌD.520の軽量化が図られたが、それだけでは一〇〇式司令部偵察機に追いすがるほどの速度性能は期待できなかった。いくら機体が軽くなったとしても、上昇速度は上がるが、水平面での最高速度は殆ど変わらないからだ。
 水平速度を向上させようとすれば、空気抵抗を軽減するか、出力を向上させるしか無かった。
 だが、空気抵抗の軽減はすでに限界まで行なっていた。というよりも現地部隊レベルの改修では無線の空中線用の支柱を撤去するぐらいしか方法が無かった。あとは機体表面の抵抗を低減するために塗装を剥がして機体表面の平滑化を図ったが、それ以上の機体形状を変更するような抜本的な処置は難しかった。

 残る手段は何らかの方法で機体を推進させるための出力を向上させるほかなかった。最も手っ取り早いのはエンジンそのものをより出力の高い機種にすげ替えることだが、それは不可能だった。
 というよりもドヴォアチヌD.520に現在搭載されているイスパノスイザ製の12Y45よりも強力なエンジンが入手出来るであれば、余計な手間をかけて軽量化などを図るよりも早くとうの昔にエンジンを換装していたはずだ。
 だが、ドイツ占領軍の監視下で軍備を制限されていたヴィシーフランス空軍は、規模の拡大をようやく始めたばかりで、航空産業に限らず一端は規模や技術開発を縮小させた軍需産業一般も事情は一緒だった。
 だから現在の飛行隊が手に入るエンジンは12Y45しかなかったのだ。

 エンジンそのものが交換出来ないのであれば、他の手段で出力を向上させるしかなかった。例えばプロペラの形状や枚数を変更することで推進力の向上を図ることは可能だった。
 ドヴォアチヌD.520の設計開発が開始されたのは、今から五年以上も前のことだから、その間にも激しい戦火を反映するように航空技術も長足の進歩を遂げていた。
 だから、最新技術で製作されたプロペラに換装すれば出力向上が見込める可能性はあった。

 ただし、プロペラの換装にも限度はある。通常はプロペラの形状も枚数も搭載するエンジン出力によって選定されるからだ。同じ機種でもエンジンがより大出力のものに換装されれば、新たなプロペラに入れ替わるのが普通だった。
 というよりも、エンジンとその推進軸に連結されたプロペラは本来不可分な関係にあると考えるべきなのだ。

 結局は、エンジンそのものの出力向上が見られなければ、プロペラの換装を行なっても労力の割に効果は薄いと言わざるを得なかった。
 飛行隊への乏しい割り当ての中から、良質な燃料油を抜き出して使用することである程度のエンジン出力は向上するはずだが、根本的な解決にはつながらなかった。

 八方塞がりだった。ドヴォアチヌD.520を原形として現地部隊による改修を行う限りでは、機体のバランスを崩すほどの軽量化によっても上昇性能をいくらか向上させることしか出来ないのだ。
 これではD.520が離陸する滑走路の上空に向かって、まっすぐに一〇〇式司令部偵察機が飛来してくれない限り、迎撃地点にたどり着くことすら困難なのではないのか。

 プレー軍曹達が、上層部の無理解にいい加減に腹に据えかねるものを感じ始めた頃、ようやくしばらく姿をくらましていたリシャール大尉が笑みを浮かべて現れていた。
 リシャール大尉は改造工事にあたって用意されていた機材の内、最後になって船便で移送されてきた重要機材の受け取りにベイルート港まで赴いていたらしい。
 つまりその機材は、飛行隊長であるリシャール大尉が受領しなければならないほどの重要性を持っているということになる。

 本来であれば改造工事が命じられた時点でフランス本国から移送されていたはずなのだが、輸送にあたった貨物船が地中海に展開する敵潜を警戒して欺瞞航路をとったものだから、当初計画よりも遅れてベイルートに入港していたらしい。
 もっともその貨物船はベイルートに無事入港はできたものの、出港することは叶わなかった。レバノン共和国現政権に敵対する少数宗教派民兵のテロにベイルート港が襲われた際に撃破されて、今では無残な残骸を港口に晒していた。


 飛行隊の整備ハンガーに到着するなり整備班長が直々に開封した荷物の中身は、最新のエンジン出力増強装置という話だった。それをつけると従来型のエンジンでも二割ほども出力が向上するらしい。
 原形はドイツで開発されたものらしいが、ヴィシーフランスの枢軸側での参戦に伴う友好国への技術供与の一環としてヴィシーフランス空軍に提供されたものらしい。
 移送されてきたものは参考となる現物と設計図を元にフランス国内で生産されたものらしいが、基本的な構造や能力は原型機と同一であるという。
 すでに本国ではドヴォアチヌD.520を用いた改造と試験が行われており、この作戦に向けて急遽その試験機に搭載されたものと同型の改造キットが生産されて移送されてきたようだった。

 それを聞いたプレー軍曹たちは小隊長のグローン少尉を先頭に興味津々でその装置の搭載工事を見物に来たのだが、出力増強装置の実物を見るなりお互いに顔を見合わせることになった。
 二割もエンジン出力を増強させるというのだから、何か自分たちにはよくわからない魔法のような手段でもあるのかと期待していたのだが、エンジン側に追加となる接続配管などの改造キットを除くと、木箱の中で機体への取り付けを待っているその装置は、ただのタンクとあまり能力のなさそうなポンプに過ぎなかったからだ。
 顔を見合わせているプレー軍曹達に、部下たちを指揮していた整備班長が出力増強装置の機構を説明してくれたが、それを聞くなり、再び軍曹たちはげんなりとすることになっていた。
一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr2.html
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