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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942シチリア海峡海戦14

 呂43号潜の狭苦しい艦橋で見張を続けながら、苅野中尉はすぐ脇に浮上して係留されている大型潜水艦に、幾度となく目が行くのを止められなかった。
 ―――それにしても不格好な艦橋だな……
 その艦の見慣れない形状の艦橋を見ながら、苅野中尉はそう考えていた。


 エル・アゲイラ沖合の海域で呂43号潜と邂逅しているのは、補給任務のために建造されたという特殊な潜水艦である伊351号潜だった。
 伊351号潜は、中型潜水艦である呂43号潜から見ると一回り以上は巨体な最新鋭の巡洋潜水艦に匹敵するほどの艦体を持っていたが、攻撃能力は無いに等しかった。
 搭載された備砲は対空機銃のみで、一応は四門の魚雷発射管も備えられてはいたが、魚雷の搭載定数は四本だから通常の任務では予備魚雷は搭載しないことになっていた。
 だから打撃力だけを見れば、発射管に収められたものの他に予備魚雷を搭載する中型潜水艦の呂43号潜よりもはるかに劣っていることになる。

 その代わりに、伊351号潜の艦内には、自艦用とは別に大容量の燃料タンクが設けられており、他艦や飛行艇などの友軍への補給、あるいは離島などへの燃料輸送を行うことが出来るから、いわば潜水油槽船とでもいうべき特異な存在だった。
 本来は航空部隊による哨戒範囲を拡大するために、飛行艇への燃料補給を前提として建造された艦らしいが、広大な太平洋ではともかく、地中海戦線で運用する限りでは二式飛行艇などの大型哨戒機の航続距離は十分間に合うから、就役したばかりの伊351号潜は、中型潜水艦の補給艦として転用されたらしい。
 呂43号潜は、マルタ島からの高速航行の連続で乏しくなった燃料を、第6艦隊に直属しているその伊351号潜内のタンクから移送されている途中だった。


 敵地であるはずのエル・アゲイラ沖合で、そのような危険極まりない海上燃料補給を行っているため、本来であれば、厳重な警戒が必要だったはずだが、苅野中尉はどうにも気が入らなかった。
 呂43号潜も、伊351号潜も、肉眼をはるかに超える探知範囲を有する対空捜索電探を作動させているし、この海域はエル・アゲイラから他の要地への航路上からは遠く離れているから、国際連盟軍に追撃される状態で戦力の乏しい枢軸軍が、哨戒機をわざわざ飛ばしてくるとは思えなかった。
 逆に周辺の海域には、マルタ島から発進した友軍の哨戒機が複数の哨戒線を構築して多段索敵を実施していたから、呂43号潜と伊351号潜が不意に会敵する可能性は殆ど無いといって良いだろう。
 そのように考えて苅野中尉は見慣れない伊351号潜を覗き見ていたのだ。


 伊351号潜は、就役したばかりの最新鋭艦だが、その補給用潜水艦という任務のせいなのか、アレクサンドリアから出撃している呂43号潜の僚艦ともいえる第3潜水戦隊の巡洋型伊号潜と比べると、同じ伊号潜でも剣呑さに欠けているような気がしていた。
 図体が大きい割には、艦橋周辺の銃砲兵装が貧弱だからそう感じてしまうのだろう。
 ただし、他艦の流麗な線形の艦橋を見慣れていると、下部が逆台形となって、上部が広がった奇妙な形状の艦橋構造物には不思議なほどの迫力があった。

 苅野中尉がその奇妙な艦橋構造物に首をかしげていると、背後から急に声がかけられた。
「あの艦橋構造だと電探が無効化されるらしいね」
 給油作業を監督していたはずの倉原大尉が、いつの間にか艦橋に上がってきていた。伊351号潜との間には燃料移送用の蛇管がすでに接続されていた。給油作業自体は機械長以下の機関科下士官兵に任せるつもりらしい。
 洋上での燃料補給自体は何度も訓練しているから、対象が水上艦の油槽船から潜水艦となっても、作業内容には大した違いはないらしい。それに地中海の穏やかな海面でお互いに静止した状態での作業となるから、難易度は相当に低いのだろう。

 苅野中尉は、うろ覚えの知識を思い出しながらいった。航海長である中尉は、当然のことながら電探の使用法や戦術には精通しているという自負があったが、原理まではさほど詳しくはなかった。
「実験結果によれば、無効化という程ではないそうですが、ある程度は見張電探からの反射波を低減できるそうです」
 倉原大尉は、技術的な話になるせいか、面白そうな顔で伊351号潜の艦橋を眺めていた。
「塗装も他の艦とは違うな、ずいぶんと分厚いが、あれが噂の防探塗料だな」
 ちらりと伊351号潜の艦体に視線を向けてから、苅野中尉は首を傾げていた。確かに伊351号潜の塗装は、呂43号潜などの他艦と比べると若干黒ずんで見えており、塗装膜厚も異様なほど厚いようだった。
「あれも電探対策の塗装なのですか。ずいぶんと念が入っているようですが、本当に効果があるのでしょうか、自分には分厚すぎて抵抗になっているように思えますが」
「抵抗源にはなっているだろうな。あれで水中速度はいくらか低下しているだろう。それ以前にあの図体で、モーターは本艦と同型のものが搭載されているから、水中速度は最初から高くないだろうが。
 ディーゼル主機の出力もあまり大きくないから、水上での速度も高くはない。もっとも、最初から戦闘用ではなく、輸送用の艦艇なのだから多少の速力の大小は大した問題では無いのだろう。
 それと、あの塗装がそうなのかどうかは分からんが、艦政本部技術研究所では電磁波を吸収する磁性塗料と、音波探信儀対策の防音性塗料が研究されていたはずだ。詳細は俺も知らんが、それなりの効果はあったらしい」

 倉原大尉の説明を聞きながら、眉をしかめて怪訝そうな顔になった苅野中尉はいった。
「これからの潜水艦は、皆あのような艦橋や塗装を施されて身を潜めながら戦うことになるのでしょうか」
 苅野中尉は伊351号潜の艦橋が異様なせいか、何とはなしに違和感を覚えていた。確かに潜水艦は海中に身を潜めることの出来る特異な艦だが、呂43号潜のような海中型は海大型と共に艦隊決戦においては駆逐艦のように敵主力艦に対して襲撃を掛けることを前提としていたはずだ。
 現在のような通商破壊戦や敵根拠地偵察といった任務では、相手が低速であったり、不動であるのだから大した機動性は必要とされないだろうが、機動力の高い敵主力艦隊に襲撃を掛けるには、非発見率の低下よりも機動性の確保も重要なのではないのか、苅野中尉はそう考えていた。

 だが、倉原大尉はあっさりと苅野中尉の考えを否定した。
「それはないな。音波探針儀対策の防音塗装はともかく、あの形状の艦橋が現在の伊号、呂号の後継となる次期主力艦に引き継がれる可能性は無いだろう。将来の戦域を考えれば、おそらく磁性塗料の採用も見送られるか、艦橋などへの限定採用となるはずだ」
 苅野中尉は、ほんのすこし安堵したが、すぐに首をかしげた。
「将来の戦域……とは何のことです。潜水艦が敵主力艦や通商破壊戦以外に使用されるということですか」
 そう言いながらも、苅野中尉はあまりのその可能性を考えてはいなかった。倉原大尉は自分よりも海軍軍人としての経歴は長いが、機関科将校だから戦術などには大して詳しくはないし、それ以前にあまり興味もなさそうだったからだ。

 今度も倉原大尉はあっさりといった。
「そういった敵情のことではないよ。そうではなくて、これからの潜水艦、あの伊351のような特異なやつではなくて本艦のような戦闘用の潜水艦はおそらく対電探対策よりも、水中行動力の強化や、音波探針儀からの欺瞞の方が重要視されるはずだ。そういっているんだ。
 よく考えてもみろ。今だって航海長が目視するよりもずっと遠距離で探知できる電探を中型潜水艦の本艦でさえ装備出来ているんだ。これから先、艦艇や哨戒機が搭載する電探の性能はどんどん向上していくから、安易な洋上行動はできなくなるはずだ」
 苅野中尉は、一転して落胆した表情になった。つまりこれから先潜水艦はずっと潜って、海中深くに隠れなければならないということではないのか。
 だが、水上速度と比べて現在の潜水艦の水中速度は恐ろしく低いし、搭載する電池の容量やモータの出力から最高速度の持続時間も短い。それでは高速の敵主力艦を襲撃することなど不可能ではないのか。

 つまらなそうな顔になった苅野中尉に気がついた倉原大尉は、苦笑していた。
「航海長の考えはわからんでもない。現在の潜水艦の水中速度やバッテリーでは大して水中では戦えんとでも言うのだろう。だが、それは本艦を含む現在の潜水艦が水中行動よりも水上行動を重視してるからだ。だから、既存の技術でも水上艦構造を排して、71号艦のように水中行動を前提とした設計を行えば、水中時の性能を飛躍的に高めることは不可能ではない。
 将来は、充電でディーゼル機関を使うので通気させるために浮上する以外は、潜水艦はずっと潜水行動を続けるようになるのではないかな。それも水中充電装置が広く普及して海中でも安全にディーゼルエンジンが使えるようになれば、完全浮上することすらまれになるかもしれんな」
 苅野中尉は不思議そうな声をあげた。
「71号艦、ですか。それはどういった艦なんですか」
 だが、倉原大尉はそれに答えなかった。青白い顔を一瞬固まらせてから、口の中でモゴモゴと何かを言ってから戸惑ったような顔を苅野中尉に向けたが、口を開こうとする気配はなかった。


 不審な様子から、苅野中尉も事情を察していた。おそらく71号艦とは、日本海軍が建造した実験艦か何かなのだろう。倉原大尉は機関学校での教官職が長かったから、そのような実験に携わる機会も多かったのでないのか。
 ただし、その実験艦の機密指定はまだ解除されていないのだろう。思わず倉原大尉もその名を口に出してしまったようだが、本来であれば苅野中尉には機密を知る資格はないのだろう。
 ここは聞かなかったふりをするほかなかった。無理に所在なげな様子を作った倉原大尉が煙草を口にしようとしているのを横目で見ながら、素知らぬ顔で苅野中尉は見張りを続けようとした。
 だが、そのような気まずい雰囲気はすぐに覆されていた。
 勢い良く発令所につながる気密扉がこじ開けられると、呂43号潜の潜水艦長である麻倉大尉が飛び出してきたからだ。

 麻倉大尉は素早く周囲を見渡して苅野中尉を見つけた。だが狭い艦橋では中尉を見逃しようも無かったはずだ。
 潜望鏡基部や電探空中線が立ち並んでいる艦橋は、本来は規定の見張り員と哨戒長が配置されただけでいっぱいになってしまうほど狭かった。
 そんな呂43号潜の艦橋に、細身の倉原大尉はともかく、丸々とした体つきの麻倉大尉まで入り込んだものだから普段以上に狭苦しくなっていた。
 周囲に向けられた双眼鏡を握った腕のひじがお互いに当たりそうになっている見張り員が、迷惑そうな視線を麻倉大尉を飛び越えて苅野中尉にまで向けていた。
 苅野中尉にしてみればはた迷惑なことだったが、珍しく興奮した様子の麻倉大尉を見る限りでは無視も出来なかった。

 だが、苅野中尉が何かを口にするよりも早く、麻倉大尉が早口で言った。
「哨戒長を交代する。これから本艦に魚雷を移送するから、すまんが航海長は作業の指揮をとってくれないか」
 苅野中尉は狐につままれたような顔になっていた。
「魚雷の……移送ですか。それはかまいませんが、補給艦の当てでもついたのですか」

 だが麻倉大尉は、それを聞くなりじろりと苅野中尉を睨みつけるとじれったそうにいった。
「何を言っているんだ航海長。あの伊351から貰うに決っているじゃないか。本艦が搭載する残りの魚雷は二本だけだ。これではエル・アゲイラから出港する船団を襲撃できんだろう」
 そう言われても、まだ苅野中尉は要領を得ない様子で首をかしげた。
「伊351号潜は給油用の燃料槽は持っていると聞きましたが、予備魚雷まで持っていたのですか」
「馬鹿なこと言うな。あれは燃料しか積んでおらん。そうではなくて、伊351号潜の発射管から魚雷を抜き出して移動させるんだ」
 ぎょっとして苅野中尉は目を見開いていた。そんな中尉を気にする様子もなく、麻倉大尉が続けた。
「どうせあの艦は燃料移送後はマルタ島に向かうんだから、魚雷を持っていても使う機会はないはずだ。そういって伊351号潜の潜水艦長とは話をつけてきた。今、あっちの艦内では魚雷発射管からの抜き取り作業を実施しているが、燃料移送中は重量物を動かすわけにも行かん。
 だから燃料補給後、すぐに魚雷移送にかかるから、今のうちに航海長は水雷長と位相作業の打ち合わせを済ませて準備に掛かってくれ。ああ、水雷長には先に話をしている。
 それと移送作業には機関科の手も引き続いて使いますから、機関長も航海長を手伝ってやってください」

 麻倉大尉はそういうと、その体躯からは信じられないほど素早い動きで、まだ唖然とした表情をしている苅野中尉の手からもぎ取るように双眼鏡を受け取っていた。
 それで仕方なく苅野中尉はすごすごとして、艦内に戻るラッタルに足をかけていた。本当に洋上で潜水艦同士が魚雷の受け渡しを出来るのかどうかよく分からなったからだ。
 しかし、苅野中尉の後を追って発令所に入ってきた倉原大尉は、面白そうな顔をして中尉の肩に手をおいた。
「いつか航海長に麻倉さんは狼でも豚でもなくて熊だと言っただろう。さて、熊が冬眠から目覚めちまったな。これからおもしろくなるぞ」
 そういうと倉原大尉は前甲板につながる回廊に歩き出していた。苅野中尉は、しばらく絶句して大尉の後ろ姿を見つめていた。

 慎重すぎると思い込んでいた麻倉大尉の下で、今まで楽をしてきた借りが一気に帰ってきたような気がしていた。
呂33型潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ssro33.html
伊351型潜水艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ssi351.html
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