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仮想戦記(仮 作者:ロックウッド
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1942シチリア海峡海戦12

 被弾したのは、船団の中で最も西側を航行していたタンカーだった。その右舷側には巨大な一本の水柱が発生していた。水柱の先端は、瞬時に巻き上げられた海水で真っ白に光っていたが、その根本は炸薬の燃焼カスが混じっているのか、奇妙なほど醜く黒に濁っていた。
 状況から考えて、間違いなく魚雷の命中によって生じた水柱だった。

 水柱の高さは、被雷した中型タンカーの全長よりもさらに高く、喫水線の比較的浅い所で起爆したのか、高さ方向だけではなく、左右にも水柱は大きく広がっていた。おそらく舷側の浅い個所に命中した魚雷は、爆圧の大部分を空中に逃がしてしまっていたのだろう。
 もしかすると調定を誤って深度を低くとったか、船首波によって着弾前に針路がねじ曲げられたのかもしれない。

 ルティーニ中佐は、淡い期待を抱きながら、水柱に隠されたタンカーを見つめた。輸送船団に随伴するタンカーは、北アフリカ戦線に送られる燃料油を搭載していたが、そのいくらからは当初計画よりも航行距離長くなったものだから、ジェーラ港でそれまでの航行で危険なほど燃料を消費していた小型艦に移送していた。
 空荷のタンカーは、空所を多数抱えているようなものだから、予備浮力には不足していないはずだ。

 だから、舷側の外板を一箇所くらい破られた程度ならば、運が良ければ沈没したりしないし、沈んだとしても、乗員が脱出するぐらいの時間はあるのではないのか。
 そのように考えていたのだが、ルティーニ中佐の期待は、あっさりと裏切られていた。

 爆発によって巻き上げられた海水が沈み込んで、徐々に水柱によって隠されていた姿を明らかにしたタンカーは、被雷前と船体構造を一変させていた。というよりも、その構造を全く保っていなかった。
 魚雷が被弾したのであろう個所を境目として、タンカーの船体は前後に二分割されて、ひしゃげた構造材をむき出しにしながら、ゆっくりとだったが、早くも海中に沈み込み始めていた。

 舷側に命中した魚雷の炸裂は、爆圧によって極めて短時間の内に、タンカーの主要な構造材を破断させていた。燃料槽の内側にあるものを含む船体強度を負担する構造材は、おそらく一瞬のうちにへし折られていたのだろう。
 これでは、いくら予備浮力があっても海上に姿をとどめておくことは出来ないはずだった。被弾個所から遠くはなれていた燃料槽も爆圧で構造を保っていないのではないのか。

 もしかすると、ジェーラでの給油によって、特定の燃料槽のみが消費されたことで、その個所のみの浮力が過大となって、船体全体での浮力に異差が発生して構造材に余計な負担が生じていたのかもしれない。
 そこに魚雷による爆圧が加わって、一気に構造材が破断したのかもしれなかった。

 ルティーニ中佐は慄然としながら、その光景を見つめていた。早くもタンカーはその船体を海中に没し始めていたが、そこから救命ボートや筏などが降ろされた形跡はなかった。
 これだけ短時間で沈没に追いやられたのでは、生存者は一人もいないのではないのか。
 海上に発生した水柱が巨大だったのは、爆圧が空中に逃げたのではなく、単に爆発力が大きくて、船体をへし折ってもなお水柱を空中に形成させられるほどの力が魚雷の弾頭に残っていたためだったのだろう。
 これほどの威力を、英国軍機の航空魚雷が有しているとは思っていなかった。
 その時、ルティーニ中佐は、この魚雷攻撃が、残存のボーファイターによるものだと考えていた。


 しばし呆然としていたルティーニ中佐は、すぐ脇の見張り員が上げた悲鳴にも近い声に我に返った。すぐ近くで叫ぶものだから、耳が痛くなるほどだったが、中佐がそれを気にすることはなかった。
 見張り員からの報告は、再度の雷跡の発見を告げるものだったからだ。

 慌ててルティーニ中佐は、見張り員の報告にあった方向に視線を向けた。だが、苛立たしい程に真っ青な海面からは、すぐには見張り員のいう雷跡を見つけることは出来なかった。
 ルティーニ中佐は、首を傾げて見張り員の方に向き直ろうとした。これは誤認ではないのか、そう考えたからだ。後続船の航跡か、それとも僅かな自然現象を雷跡と勘違いしてしまったのではないのか。
 最初の雷撃からの時間差を考えると、常識的に考えて別の編隊に所属する敵機から投下された魚雷によるものだと思われるが、戦況を見る限りでは、それほど多くの編隊が、上空の友軍機による迎撃をすり抜けて射点に辿りつけたとは思えなかった。
 ただし、これが誤認であったとしても見張り員を必要以上に叱責するべきではない。例え誤りであったとしても、叱責を受けた見張り員が萎縮して、逆に致命的な報告を自分の判断で止めてしまうようになるかもしれないからだ。


 だが、顔を向けたルティーニ中佐は、見張り員の様子に、何も言えなくなってしまっていた。
 報告を上げた見張り員は、恐ろしいほど鋭い緊張感を周囲に放ちながら、視線を一点に据えていた。しかもその視線は、一定速度で移動しているように思えた。
 ルティーニ中佐は、要領を得ないまま、見張り員が視線を向けている方向に双眼鏡を向けた。

 今度は、すぐにルティーニ中佐も雷跡を発見していた。雷跡が簡単には発見できないはずだった。これまで中佐が見てきた魚雷の雷跡のように、顕著な気泡の跡がなく、恐ろしく視認性の低い雷跡だったからだ。
 見張り員が発見した魚雷は、ほんの僅かな青白い航跡を残しながら、真っ青な海面のすぐ下を高速で船団に向けて突進していた。
 昼間だから一度発見してしまえば、雷跡を見逃す可能性も低いが、おそらく視界の効かない夜戦では、青白い僅かな雷跡を発見出来ないまま、一方的に雷撃を受けることになったかもしれなかった。


 ルティーニ中佐は、唐突に先のマルタ島沖海戦後に、戦闘に参加した各艦から提出された報告書の幾つかに、青白い航跡を残す長大な射程の魚雷らしい物があったのを思い出していた。
 ―――この魚雷は……日本海軍によるものなのか。
 報告書を作成した艦は、もれなく戦闘の中盤に日本海軍の水雷部隊から雷撃を受けていたことを、ルティーニ中佐は確認していた。

 それまでの戦闘でも何度かその雷撃は目撃されていたが、他国の燃焼式エンジンを主機関とする魚雷が、圧縮空気を酸化剤としているのに対して、日本海軍は純酸素を使用する酸素魚雷を実用化させているらしかった。
 酸化剤としての効率で言えば、酸素以外の元素を大量に含む圧縮空気よりも、純酸素の方がはるかに燃焼の効率はいいし、燃焼後の炭酸ガスは海水に吸収されやすいから、雷跡も最小限となる。

 しかし、純酸素は専用の酸素発生器が必要であるし、取り扱いも難しいから、日本海軍以外では今のところ酸素魚雷は実験や試作段階の存在であり、実戦に投入された例は無かった。
 日本海軍が魚雷関連の技術開発にどれだけの資金を投入したのかはわからないが、実用化までには相当のリスクや時間があったはずだ。それは運用面でも変わらないから、それだけ日本軍が雷撃を重要視しているということでもあった。


 ふと我に返って、ルティーニ中佐は視線を空に向けて彷徨わせた。これまでのところ、酸素魚雷が航空機から使用された例は報告されていなかった。酸素魚雷の運用には、専用の設備が多数必要となることから、航空機での運用は難しいのではないのか。
 もしも航空機からでも長射程かつ大威力の酸素魚雷が運用されることになれば、これまで以上の大きな脅威となるはずだった。

 だが、ルティーニ中佐が上空に目を向けても、何も見つけることは出来なかった。雷跡を逆に辿っても、魚雷を発射した母体が全く見当たらなかったのだ。
 呆然とするルティーニ中佐の耳に、珍しく焦ったようなボンディーノ大佐が命令する声と通信指揮所からの報告がほぼ同時に聞こえてきた。
「船団旗艦より通信、船団所属の各船は回避行動自由」
「対潜警戒を厳にしろ。護衛戦隊各艦も回避自由。アルティリエーレのピオキーノ中佐に、雷跡を辿って敵潜を制圧するように命じろ」

 ルティーニ中佐は、潜水艦の存在を示唆するボンディーノ大佐の声に咄嗟に反応していた。
「アルティリエーレは、これまでの対潜制圧で爆雷を定数近くまで使用しています。おそらく残弾は僅少となっているはずです」
「通信を追加しろ、バリはアルティリエーレと共に対潜制圧を実施、指揮はピオキーノ中佐がとれ……確か、あのオンボロの爆雷はまだ殆ど手付かずのはずだったな。アルティリエーレの弾薬庫代わりにはなるだろう」
 ルティーニ中佐は、硬い表情で頷いていたが、内心ではどれだけバリが役に立つかはわからないと思っていた。

 アルティリエーレが有する聴音機の性能は高いが、日本海軍の静粛な潜水艦に対して、どれだけの解像度で探知を継続できるかは不明だった。だが、アルティリエーレの探知結果によってバリからの爆雷投下を指揮するには、相当な目標識別能力が必要のはずだった。
 それに、艦長としての経験の少ないピオキーノ中佐に、自艦よりも大きな軽巡洋艦を同時に指揮出来るだけの能力があるのかも未知数だった。

 それ以前に、アルティリエーレによる対潜制圧は、これ以上の敵潜の行動を阻害できたとしても、当然だが現在の雷撃は阻止できない。
 ルティーニ中佐は、見張り員の報告に、また振り返っていた。
「雷跡、船団旗艦に向かう」
「船団旗艦、回頭開始した」
「駄目だ……あれは間に合わん……」
 見張り員の声にかぶせるように、いつの間にか見張所の扉から顔を出したボンディーノ大佐が、重々しい表情で失望したような声を上げた。大佐の視線の先には、ゆっくりと回頭を開始しかけていた船団旗艦があった。

 しかし、船団旗艦は、元はかつての空母ファルコの原形となったものと同型の大型客船だった。特異な船主の運用方針から、最高速度は一般の客船と比べて高かったが、機動性という面では戦闘用艦艇とは比べ物にならなかった。
 排水量で言えばボルツァーノよりも、軽量ではあったが、重巡洋艦であるボルツァーノと船団旗艦では主機関の出力に十倍以上の差がある上に、舵応答性にも格段の差があった。
 だから、先ほどのボルツァーノが見せたような、回避行動は船団旗艦には不可能だった。魚雷から回避するために回頭を始めてはいたが、舵を切り終わる前に、高速で突き進んでくる魚雷が命中してしまうだろう。

 もちろん、そのことは船団指揮官も理解していた。回頭開始から程なくして、ボルツァーノに船団旗艦からの通信が入っていた。
「船団旗艦より通信入りました。発、船団指揮官、宛、護衛戦隊司令。本船よりの指揮が不可能となった場合は、貴官が船団、護衛隊の指揮を併せて取られたし。平文です」
 ボンディーノ大佐は、一度不機嫌そうな唸り声を上げてから、了解と通信を打たせようとしたが、その前に見張り員が戸惑ったような声を上げた。
「オーダチェが回頭、増速しています」

 ルティーニ中佐が視線を向けると、見張り員の報告通り、船団の後方近くで警戒にあたっていたはずの水雷艇オーダチェが、猛然と加速を開始した所だった。
 かつての欧州大戦の勃発に前後して就役したオーダチェは、この種の艦艇としては限界といってもいい艦齢に達していた。
 そんな旧式のオーダチェが、普段の姿からは信じられない程の加速で、船団の右舷中央に向かって突進していた。

「オーダチェは、何をしているんだ……」
 ルティーニ中佐は困惑してオーダチェを見つめていたが、ボンディーノ大佐は何かに気がついたのか、目を見開いていた。
「オーダチェより通信、本艦は魚雷よりの回避機動中……後は頼む、です」
 通信指揮所からの伝令も要領を得ない様子だったが、ボンディーノ大佐は何事かをもごもごと呟いていた。
 馬鹿野郎といっていたような気がするが、ルティーニ中佐は反応することが出来なかった。オーダチェが何から何を回避させようとしているのか、段々とわかってきたからだ。
 オーダチェは、雷跡を辿るように機動を行なっていた。


 そして、魚雷が船団への到達地点に達した。だが、魚雷の進路上には、未だ回頭を終えずに無様に舵を切り続けている船団旗艦の前に、盾になるようにオーダチェが遷移していた。
 ボンディーノ大佐は、アルティリエーレとバリによる対潜制圧の開始を告げる通信も聞こえない様子で、オーダチェがいた地点を凝視し続けていた。自艦よりもはるかに巨大な水柱が消えるよりも早く、海中に没したオーダチェがそうすればいつか艦隊に復帰するのではないのか、そう考えているかのようだった。
 オーダチェに生存者はいなかった。
ボルツァーノ級航空重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cabolzano.html
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