第六十話 鬼は死す
テミアが振り下ろした土の剣は、魔力を解除したため、ポロポロの崩れている。小さな山みたいになっており、これだけの量をテミアは軽々に持ったのだ。
筋力がどのくらいあるのか、気になるかもしれないが、今はシエルの方だ。
シエルも圧倒的だった。遠くからの攻撃で、シエルの場所がばれているのに、右鬼は避けきれず、次々と矢が当たっていた。
矢のスピードが凄まじいのだ。シエルが撃っている雷の矢は貫通が出来るだけではなく、矢の速さは他の属性の中では、一番の速さを持つ。
つまり、威力は低いが、スピードがあって右鬼は避けきれないのだ。他の属性だったら、なんとか避けることが出来るってとこだろう。
「やっぱり、雷では貫通とスピードは優れているけど威力は低いね」
何発か当たっているのに、まだ倒れない。雷の矢は貫通するため、威力が充分に発揮されないのだ。直接に身体へ流し込めば、威力が発揮出来るのだが、矢では身体を通り抜けてしまうから一撃では殺せない。
「この矢が一番いいかな?」
シエルは新たな技を発動する。火の矢と雷の矢を同時に発現させて、融合させる。
少し前までは融合なんて出来なかったが、今はあるスキルを手に入れたため、出来るようになったのだ。
「穿ち、爆発せよ。”雷火”!」
火と雷を融合させた一本の矢、火は威力が高く、雷はスピードがある。その二つの属性が融合出来れば、至高の矢が出来る。
詳しくは後にすることで、放たれた一本の矢は、こっちに向かっていた右鬼の頭に突き刺さり、
ドバァッン!
爆発した。
右鬼の頭は爆発によって消えていた。ゆっくりと身体が崩れて倒れる。
「チェックメイト」
これで、2体目の鬼が死んだ。
「何……、やられただと?」
「残ったのはお前だけだ。しかし、流通に言葉を操るんだな? まだ魔人になっていないよな?」
「くっ、邪魔、するなっ! 儀式、魔人、なれない」
輪廻は考えた。ローブの鬼が言う儀式とは、変異魔物が魔人になるということでは? と。人へ死を与えることが魔人になるための儀式というなら、レベルが上がったら魔物から魔人になれるということ。
それでは、高レベルの魔物は魔人になるのではないか。輪廻は魔物についての情報が少ないから判断は出来ない。
目の前の鬼は、魔人になるために街を襲っているようだ。
「死ね!」
ローブの鬼が手を伸ばして突き刺そうとする。輪廻は考え事をしていたからなのか、鬼の手は輪廻に突き刺さった。
「輪廻!?」
あっさりとやられてしまうなんて信じられなかった。
だが、テミアとシエル以外の皆は騙されていた。突き刺さった輪廻は身体が揺れたかと思ったら、消えたからだ。
「お前の能力は仲間を強化させられるが、自分には使えないみたいだな」
「なっ、ぎ、ぎぁぁぁ!?」
輪廻は後ろにいて、伸ばしていた鬼の手は細切れになって地に落ちていた。
「な、何……、う、うがぁぁぁ!!」
再度、別の手を使って輪廻を掴み取ろうとするが、空をきることになり、また細切れにされる。
「また、後ろ、に!?」
「見えていないなら、魔人には程遠いな?」
輪廻は一回目の細切れで既に紅姫を持っており、それで斬ったのだ。
でも、どうやって?
「は、早過ぎる……」
「最期の言葉はそれでいいな?」
輪廻の姿がまたぶれる。英二達はそのぶれを見たことがある。そう、ギルド長のメルアが使っていた”瞬動”と同じだった。
「”散桜”」
また輪廻は”瞬動”で動きながら紅姫を振るう。”散桜”はただの連撃だが、”瞬動”をしている間に切り付けているのだから、ある意味、一つの技に近いだろう。
あのメルアだって、動きながら相手に攻撃をするのは難しい。普通なら初めに何処まで”瞬動”するか決めてからスキルを発動する。ちなみに、”瞬動”は始めに決めた方向へしか動けない。
ただ、連続で発動するなら別である。連続で発動すると、方向転換もたやすいが、身体に負荷が掛かる。
輪廻のように連続で使うとスピードに酔ったり、頭痛に悩まされる。輪廻も始めはそうだったが、自分の訓練で慣れるまで使っていたため、今は自在自由に使えている。
”瞬動”と言うスキルを手に入れるには、ある高みに到着しなければならない。
ある高みとは、単純に条件があることに変わらない。だが、それさえクリア出来れば、誰にも使えるスキルでもある。
”身体強化”が鍵になっており、ステータスの高さが一定に達すると、”身体強化”が”集中強化”に進化して、身体強化されている状態に、第二の強化が付加される。
”瞬動”の場合は、敏捷の高さが一定を越えていれば、”集中強化”で脚を強化して使えるようになる。
そう、”集中強化”を使えるようになれば、使えるスキルは”瞬動”だけではない。例えば、テミアの場合は”金剛”を使える。”金剛”は筋力が高ければ使えて、鉄棍棒を止める時や地喰を操る時に使っていたのだ。
シエルも、頑張っており、二ヶ月で元から高かった魔力が上がっており、一定を越えたから”魔融”を使える。
名前からわかると思うが、”魔融”は魔力、魔法を融合させることが出来る。
どれも強者に相応しいスキルだが、どれも魔力が”身体強化”の数倍も必要で、普通の人なら輪廻のように連続で使おうとは思わない。
このように、輪廻達は”集中強化”で様々なスキルを覚えている。それらを持つ相手にされた鬼は、
「終わりだ」
ローブの鬼は身体中から鮮血を撒き散らし、最後の一撃は首を斬られて命を経つことになった。
突然、現れた変異魔物は輪廻達によって魔人になることもなく、世界から消えたのだった…………
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「お前達がいて、助かったぜ」
「構わない。それが契約だからな」
「契約……?」
ここはギルド長室で、輪廻達、英二達、ギルド長のメルアが集まっている。座れる椅子が足りないから、座っているのは、メルアと輪廻と英二達だけだ。テミアとシエルはいつもように、輪廻の後ろに立って護衛をしている。
向かい側で絢がテミアを睨んでいるのが見て取れた。だが、テミアは無視をしていた。
何故、絢がテミアを睨んでいるのかは、戦いが終わった後にある。
戦いが終わり、絢はすぐに輪廻の元に向かって抱き着こうとしたが、テミアによって止められたのだ。
テミアは輪廻の前に現れて、殺気を放って見下す様な目で見ていた。だが、輪廻の言葉によって、その目は変わっていた。
その時、輪廻が言った言葉は…………
「絢は、姉みたいな存在で敵じゃないから立ちはだからなくてもいい」
と聞いて、輪廻が絢を『姉』と言っていたことから恋愛対象と見てないことにテミアは悟ったのだ。
つまり、恋のライバルとなるスタート位置にも立っていないことになる。なら、今はテミアの敵ではないと判断して、ふっと鼻で笑っていた。
絢の方は、輪廻の言葉で心に陰りが出来るが、それは自業自得だから仕方がないと思っている。だが、目の前にいるメイドの動作が気に入らなかった。まるで、まだ何もしてないのに、私が負けていると言っているように見えたからだ。
絢は何か言い返そうとしたが、ギルド長のメルアが現れたため、ここで話は出来なかったのだ。そして、今に至る。
「ああ、私と輪廻は契約をした。ここにいる間は温泉を貸し切りにする代わり、街に入ってきた魔物や魔人を殲滅すると」
「ここの温泉は最高だからな。それぐらいで貸し切りに出来るなら安いものだ」
輪廻は簡単そうに言っているが、口で言う程に簡単ではない。
もし、魔人イア、ウルみたいな魔人が現れても輪廻達も戦わなければならない。もし、逃げたら契約違反になってギルドカードの没収、悪ければ指名手配になってしまう。
それでも、輪廻は契約した。それだけの自信と強さを持っているからだろう。
「なっ!? それでは、輪廻君はこれからも強い魔物や魔人と戦わなければならないじゃないかっ!!」
「煩いぞ、弱い勇者? 聞いたが、氷のカケラを脚に受けただけで、動けなくなって輪廻に助けられたじゃねぇか」
「……っ! そ、それでも! 輪廻君はまだ11歳だぞ! なのに、危険な契約をさせるなんて、何を考えているんだ!!」
英二はメルアに睨まれて、一瞬だけ怯んだが、その契約は認められないと思ったから言い返す。絢もそう思ったが、この契約は…………
「英二、少し待ってくれ。聞きたいことがある」
「ゲイルさん……?」
「聞きたいことは、契約は、誰から言い出したことだ?」
そう、絢もそこが気になったのだ。まさか、と思いながら次の言葉を待つと…………
「俺からだ」
答えたのは、輪廻だった。つまり、輪廻からメルアに契約を持ち出したことになるのだ。
「輪廻君!? 何故……?」
「そりゃ、こっちに利があるからだ」
「私も街に入ってきた魔物や魔人を消してもらえるからな。つまり、お互いが納得した上で、契約だ。部外者が横から騒ぐな」
「うっ……」
ここまで言われてしまえば、英二は黙るしかない。だが、これだけは聞いておきたかった。
「輪廻君……、そんなに強くなって、何が目的なんだ? まさか、魔王を倒すこととは違うよな?」
もし、魔王を倒すためなら、英二が王に前線へ出さないと頼んだことに反論していたはず。だが、輪廻は反論せずに受け入れていた。
だから、旅に出た目的は魔王を倒すことではないのは予測出来た。
「簡単な理由だ。こいつらと自由に旅をしたいだけだ」
『自由』。家に縛られていた輪廻はいつも『自由』を求めていた。
ここに召喚されたのは、チャンスだったと考え、自由に世界を見回りたいと王城を出た。家の代わり、王城に縛られたくないから出た。
今回の契約は、こっちに利があってこその契約。ここにいる間だけで、契約を打ち切る時期は輪廻の自由になっている。
「強くなったのも、生きるためにだ。それに…………」
キッ! と輪廻の目が鋭くなる。
「人を殺すのも、生きるため(・・・・・)だ」
ここであえて、自分の手札を見せたのは、ゲイルや貴一の目に確信しているようなのが見取れたからだ。
なら、あえてここで一部だけの秘密をばらして流れを掴む。
「そ、そんな……」
「ダガンが言っていたことは本当のことだったわね……」
「情報源はダガンからだったのか。てっきり、ゲイルが気付いたと思ったが……」
「久しぶりに会うまでは、確信がなくて疑っていたぐらいだな。それに、さっきの戦いで殺しに慣れているとわかったからな」
さっきの戦いでは、変異魔物といえ、人型で話せたのだから、普通の心情だったら躊躇が生まれても仕方がない。だが、輪廻にはそれがなかった。
「そうか、俺が話せることはもうないな」
「待ってくれ! なんで、人を殺せるんだよ……」
「…………お前には、わからないだろうな。お前の場合は王城に篭っていた方が自分のためになる」
「わからない……、わからないよ!!」
英二は椅子から立ち上がって、「王城に帰ろう!」と輪廻の腕を掴………………めなかった。
「ぐぁ!? ぐぁぁぁっ……」
「弱虫勇者、御主人様に触るな。汚らわしい」
テミアが英二の首を片手で掴んで、持ち上げていた。
「英二! やめてよ!」
「落ち着いて、今のはこっちが悪かったわ。だから、離してくれるかしら?」
絢が騒ぐが、晴海がテミアに宥めかかる。確かに、今のは無理矢理連れて帰ろうとした英二が悪い。
テミアはどうします? と輪廻に目を向ける。
「離してやれ」
「畏まりました」
首には手跡がくっきりと残っていたが、怪我はしてないようで、ゴホゴホッとむせていただけで済んだ。もし、テミアが本気で掴んだら骨が折れていたのは間違いないだろう。
「ゲイル坊、まだ躾が足りないみたいだな?」
「……すいません、こっちの失態で迷惑をかけて」
いつも謝るのは責任者も請け負っているゲイル。英二もゲイルの姿を見て、罪悪感が沸き上がっていた。
こんなに悪い空気の中でも、話は続くのだった。