そして彼ら(彼女ら)は、乗り物に乗り遅れる!
「乗り物に乗り遅れる」 500字×4話
A シオン 18歳 女性
B ケイ 26歳 男性
C リナ 35歳 女性
D ブンタ 45歳 男性
の四つのシーンのちょー短編です。A~Dの条件が、決められたテーマ小説、感想評価がありましたらお待ちしております。
「乗り物に乗り遅れる」 500字×4
シーンA シオン 18 歳女性
べたつく肌に、髪の毛がはりついて気持ちがわるい。耳鳴りのように鳴り響く蝉の声を振り払うように、紫苑は大きく前へ足を伸ばす。一歩前に走るごとに鞄の中身がぶつかり合ってガタゴトと不快な音を立てて耳に触る。背後から音を立てて迫る白く細長い車体は、すぐに並走しはじめ、あっという間に追い越してしまった。ごつごつとした地面の感触を、ローファー越しに感じながら、この角を曲がった先にあるバス停めがけて急ぐ。制服のスカートが太ももに当たって、少し痒い。持久力も体力もあまりない紫苑の息はとうに上がってしまっている。
気持ちはアッチェレランドになるのに反して、走る脚はレンタンドになっていくのがもどかしい。
曲がり角を曲がると、バス停には誰もいない。はっと視線を走らせると、バスのドアは今にも閉まりそうで、手を大きく振り上げ乗ることをアピールしてみる。バス停まであと少し、普段ならなんてことのない距離も今ばかりは、千里もあるように感じてしまうのはどうしてだろうか。バスの乗客の一人と目が合う。戸惑ったような気恥しいような男子高校生の視線と紫苑のそれとが交差する。
「っ!」
あと、10歩やそこらだというのに、足は地面に縫い付けられたかのように微動だにしなかった。はたと気が付いたら目の前にいたバスは消え、あの独特な重低音も聞こえないほど遠ざかっていた。
シーンB ケイ 26歳 男性
ばっと、飛び起きると、枕もとにあるうさぎの時計を手元にひきよせると、二本の針が、五時二十四分を示している。ドレッサーの鏡には、涙の痕が残る私の姿が写っていた。お兄ちゃんはいつも、この家からお仕事に行くとき六時には出ていくけど、今日は出張だから三十分早く出るって言ってた。お仕事頑張ってほしいけど、でも、今日だけは何としても飛行機に乗るのを阻止しなきゃ。正夢って言葉があるくらいだもん、あんな怖い夢現実になってたまるかっ。
だだだだっと階段を駆け下りる、お父さんまだ寝ていたいだろうに、何事かって部屋から顔を出す。
「お母さん、おにいちゃんは?」
「お兄ちゃんなら今さっき、出たわよ?」
そんな! 今日はダメなのに。パジャマだってことも忘れて、サンダルを引っ掛けて慌てて外に飛び出す。どうやら本当にお母さんが言った通り、出たばかりのようで、「おにいちゃん! ケン兄ちゃん!」と叫んだら、すぐに振り向いてくれた。
「真白? どうした」
過保護なお兄ちゃんは、すっとんでこっちに来た。おにいちゃんのスーツの裾をぎゅつとつかむ。絶対に、止めて見せる。なにも、いわない私のことを不思議そうに見るけれど、私の服装に気付くと、自分の上着を脱ぎ被せて一度家に戻ろうとやさしい声で言う。こくこくと馬鹿みたいに首を縦に振り、おにいちゃんの足止めをする。
「あのね、ダメなの。行っちゃ。今日は一日、真白といて? 一生のお願い、おにいちゃん」
前に、お兄ちゃんにお願いしたいことがあったら、「上目づかいでこてんって首を傾げておねだりしてくれたら何でも聞いちゃうよ」とよくわからないことを言っていたので、やってみる。効果は驚くほど抜群だった。抜群すぎて、絶対に濫用しないって心に刻んだ。
数時間後、緊急速報が各チャンネルで流れて、おにいちゃんが乗る予定だった飛行機が墜落したっていって私はもちろん、おにいちゃんも、家族みんなが驚いた。おにいちゃんには、「真白は俺の命の恩人だぁ」っていつもよりハイテンションで抱き付かれて頬にキスされたのは、無事だった喜びをかみしめているんだよね?
シーンC リナ 35歳 女性
「定員はもう一杯だ、他に当たってくれ」
似たようなセリフをもう何度聞いたことだろうか。灰色の煙を吹かし、トラックは次々と町の外へと脱出していく。モンスターが近づいていることを知らせる緊急警報を知らせるサイレンが鳴ったのはつい数時間前。多くの者がベッドから飛び起き、車のあるものから順に、この街から離れはじめる。
「リナ。どうでしたか?」
「無理ね。どこも一杯みたい。ケン、貴方だけならきっと一緒に乗せてもらえるはずよ」
背後にいる青年は、「リナを置いていけません」と眉をひそめて苦しげに、どこぞの恋愛小説から抜き出してきたようなルックスの持ち主の気持ちはありがたいけれど、彼まで道ずれにするのはリナの望むところではない。
「はぁ、私が、美少女だったり、妙齢の美女だったらきっと乗せて貰えたかもね」
肩を竦めてなんとなく言った言葉に、あぁその通りだと妙に納得する。もう三十過ぎたおばさんで、急いで逃げ出してきたから化粧もしていないのだ。誰もかれも、自分の命を優先するのは当たり前だ。
そもそも、準備不足自分が悪いのだ。きっと心のどこかで自分だけこの街は鬼に襲われないなんて甘っちょろいことを考えいたのだ。荷物をまとめてなかったから乗り遅れた。
「リナ、リナは、どうするつもりなのですか」
逃げる足がないからなぁ……ん? ふと視線を上げると博物館の看板、そういえばたしかあそこに展示されていた骨董品、整備をこまめにしていたような。
「リナ、何を思いついたのです?」
こんな非常時だというのに、お綺麗なかんばせに優しげな笑みをたたえ、くすくすとした忍び笑いをもらすと、いたずらを思いついた子供の様に目を瞬かせ「聞かせてください」とビロードのような声で耳元にささやいてくる。
「くすぐったいわ。ケン、博物館にある骨董品ビークル、動くかしら」
まだ、大丈夫。彼が、居る限り、まだ足掻ける。人混みの中はぐれないようにしっかりと手をつなぎ、駆けだした。
シーンD ブンタ 45歳 男性
どんなに忙しくても年に一回は家族サービスの日を設けている。毎年行き先は違って、今年は一番下の娘のリクエストで、千葉県にある大きなテーマパークに決まった。
心が弾むような音楽が響き渡り、行き交う人々の足取りも気持ち軽いように見えるのは気のせいではないだろう。娘たちの一番の目的は、最近できたばかりのアトラクションで長蛇の列ができていた。並び始めた時は四十五分待ちと表示されていたが、あれから三十分経った今、ようやく色鮮やかな絵と英語が描かれた建物内にようやく入ることができた。
「おとうさん、あのね。由宇ね、いちご味のポップコーンたべたい」
単身赴任をしているせいで、なかなか会えないせいか、たまにあった時にはうんと甘やかしてあげたいと思ってしまう。妻には、「文太も怒ってください、私ばかりでは不公平です」と文句を言われてしまったので、息子には厳しく当たるようにしている。
「おう、父さんにまかせておけ」
あと十五分くらいはかかるようだし、その間に買ってこれるだろうという考えはどうやらものすごく甘かったようだ。まさか、ポップコーンまでアトラクション並の長蛇の列を並ぶとは……娘の抱いていたぬいぐるみと同じキャラクターのケースにしっかりとイチゴ味のポップコーンを入れてもらったところで、上の娘から「お父さん、順番あとちょっと」というメールが、さっきからたびたび来ている。
慌てて、アトラクションの列をたどっていくが、蒼いシャツに陣図を着た息子の姿も、薄い桃色のワンピースを着ている娘たちの姿も、紺のゆったりとしたデザインの服を身に着けた妻の姿も、なかなか見つからない。とうとう、最前列にまで来てしまった。「それではいってらっしゃぁい」という女性スタッフの声を受け3D眼鏡をつけた乗客の姿がつぎつぎと旅立っていく。
「乗り遅れたかぁ……」
待っていてくれてもいいじゃないかという気持ちもわきあがるが、楽しんでもらうために来たのだから、こういう気持ちをむけてはいけないと飲みこむことにした。仲間外れにされたようなさびしい気持ちを、甘酸っぱいストロベリー味が慰めた。
テーマにちゃんとそれているか気になるので、感想が頂けると嬉しいです。