紹介
川で気絶していたのは、女王様だった。
服装が普通だったのは、変装だった。
少し前に前女王が死に、新しく就任した。
ユエン様の守るべき相手。
シャルリエット・ラ・ローセ四世。
「って…、カイル。お前までなんで驚いているんだい」
シャーリーの横で、ユエン様が冷静に尋ねた。そう言えば、私達と同じ様に話を聞いている。
「就任式には出たはずだよ?」
イアルさんとアリアさんも、怪しそうにカイル様を見つめる。カイル様は、見つめてくる数人に面倒臭そうな視線を返して、小さく溜め息をついた。
「いちいち顔なんか見てるか。俺なんか端の端にいたんだぞ?」
腕を組んで、呆れたように言う。すると、ユエン様も呆れたように言い返した。
「肖像画もあったが?」
「知らなかったんだよ」
「あの日は正面にあったよ」
「……」
カイル様が黙り込んだ。
それでどうやら、勝敗が決まったらしい。ユエン様がもう一度溜め息をついて、シャーリー…、女王様の方へ向き直った。
「で、途中でアレネルドから緊急連絡が来たので、慌てて辺りを捜したのですが…、女王は何をなさろうとしたのですか?」
彼女の方を見る目は厳しい。ひょっとしたら、妹のように大切な存在なのだろうか。口調こそは敬語だが、雰囲気はそうではない。
「知りたいか?」
シャーリー女王が、謎解きでもするような意地悪さできいた。ユエン様は、もうそんな彼女の性格に慣れているのか、是非と答える。すると、シャーリー女王は満足げにこういった。
「我は一度、青い怪物をこの目で見たかったのじゃ!皆が恐れる怪物じゃ、きっと恐ろしいと思ったのじゃが…。いい奴だったぞ?」
もちろんフィオもアリアも、イアルもじゃ!
満面の笑みでこう言われては、怒る気もおきない。その場にいた全員が、照れ笑いを隠すように呆れたような顔をした。
ユエン様も、柔らかい笑みにかわる。しかし、どこか寂しそうだったのは、私の気のせいだろうか。
+ +
アリアさんが、ピクリと反応して立ち上がった。
「アレンが来るわ」
嬉しそうでもなく、ただ淡々とした報告のような話し方だった。カイル様も小さく頷いた。
何秒かして、
「只今戻りましたー!愛おしいお嬢さん方、寂しかったー!」
と、誰かと似たような入り方でアレンが来た。もちろん、扉は盛大に音を鳴らして軋む。あれは、もうじき壊れるんではないだろいか。
「アレネルドじゃないか。何してたんだい?」
ユエン様が小さく目を見開く。と言うか、私は耳を疑う。ー…えっ?
アレンが顔をしかめた。
「ユエンさん、それ内緒だったのに」
「え?そうなのかい?」
ユエン様も顔をしかめる。私達一同はさっきから驚いてばかりだ。私と一緒に来た少年は貴族。私が拾ってきた少女はあろう事か、この国の女王様。
ー…、一体なんなのだ。
「アレン!遅かったのだな」
シャーリー女王が訝しむように呟いた。するとアレンは、ニッコリと悪気なく笑って彼女に近く。
「これはこれは、僕の愛おしい王女様。お元気そうで何よりです」
そう言って、彼女の頭を撫でた。これまた仲のいい兄弟に見える。シャーリー女王も撫でられるのが好きなのか、黙って撫でられていた。
それからアレンは私達の方へ向くと、深く深くお辞儀をした。流れるような優雅な動きだった。
「では、改めて自己紹介といきましょうか、皆様方。私は、アレネルド・デュ・アルストラと申します。只今女王陛下の直属の教育係を信任された所存です。どうぞ、お見知り置きを」
あまりの態度の変化に、誰もが声を上げなかった。いや、ユエン様とシャーリー女王は知っていたはずだが。
「この度はご迷惑をお掛けいたしました。実は、王女さんが此処の話を聞いたらしくて、どうしても行きたいと聞かなくてね。それで、僕自身が下見をしに来たってわけでね。まぁ、話に聞いたような化け物屋敷ではなかったし、いい教育になるかなー、と思って…」
話はなかなか終わらず、要するに女王様のお願いに負け、仕方なく来たという内容だった。
「とにかく…」
一区切り話がついたところで、カイル様が呟いた。
「お前ら…」
静かに、しかし威圧的に口を紡ぐ。なぜか、自然と姿勢を正した。ユエン様も気まずそうに目を彷徨かせる。シャーリー女王が、何かを察したのかアレンの袖を掴んだ。
そしてー…。
「お前ら…、家に帰れ!此処は肝試しの場所じゃないぞ!」
何時も静かな人が怒ると怖いというが、まさしくその通りだと思った。返事をする事さえ忘れた。
ある意味、化け物屋敷だろう、これは。
シャーリー女王が目を潤ませている。確かに、真正面から怒鳴られたのだ。
ユエン様が小さく、悪いねと謝っていた。