ハリネズミくんの冬
「おーしくら まーんじゅーう おーされーて なーくな」
「おーしくら まーんじゅーう おーされーて なーくな」
ネズミくんとウサギくんが『おしくらまんじゅう』をしています。
「ああ、僕も一緒にやりたいなあ……」
ハリネズミくんは小さく呟きました。
ですが、そんなことはできないということをハリネズミくんはわかっていました。
ハリネズミくんの体中に生えているとがった沢山の針。
『おしくらまんじゅう』なんかをしたら友達を穴だらけにしてしまいます。
「寒いなあ……。ネズミくんとウサギくんはあったかそうでいいなあ。
しばらく一緒に遊んではもらえなさそうだし、おうちに帰ろう」
ハリネズミくんはとぼとぼと家に帰りました。
ほんとは家になんか帰りたくありませんでした。
家にいてもたいくつだったし……、さみしい思いをすることもわかっていたからです。
「ママ! だっこして!」
「はいはい、こちらへいらっしゃい。
針はできるだけねかせてね。
じゃないと、ママは坊やの針が刺さって穴だらけになっちゃからね」
「うん! 大丈夫!」
ハリネズミくんの弟がお母さんにだっこしてもらって気持ちよさそうです。
とてもあったかそうです。
ですがハリネズミくんは、弟と違って生まれてからこれまで、だっこなんてしてもらったことがありませんでした。
なぜなら、ハリネズミくんには他の仲間や家族と違って、背中だけじゃなく、お腹にも、つまりは体中に針が生えているのでした。
それに、ちょっとドキドキするだけで体中の針が起き上がってしまうのです。
「ねえ、ママ?
どうしてお兄ちゃんには、僕たちと違って、お腹にも針が生えているの?」
ハリネズミくんの弟が聞きました。
まだ小さい弟は同じ質問を何度もします。
ハリネズミくんはそれを聞かれるのが嫌でした。
弟は、それを知っているのか、ハリネズミくんは直接は聞きません。
でも、お母さんには遠慮なく聞いてしまいます。
「お兄ちゃんはね、特別なの。
どんなに怖い大きな動物に襲われたって。
どんなに鋭い牙を持つ動物に狙われたって。
体中の針が護ってくれるのよ」
「ふーん。じゃあ、僕たちは怖い動物に襲われたら、食べられちゃうの?」
ハリネズミくんの弟が心配そうにたずねました。
するとお母さんは笑って言います。
「大丈夫よ。キュって丸まって、お腹を見えないようにすれば、怖い動物は、針が怖くて逃げていくわ」
「そっかあ」
ハリネズミくんの弟は、安心したように言いました。
そんな話を聞いていると、いつもハリネズミくんは悲しくなります。
――丸まったら大丈夫なんだったら、お腹に針なんてなくたっていいじゃないか
――寒い冬に誰とも、くっつけなくって寂しい思いをするくらいなら、ヤマネくんやリスくんみたいに冬眠でもしちゃえればよかったのに
でも、そんなことを思っても仕方ありません。
ハリネズミくんの体には、針が沢山あって、それに、冬眠なんてできないのです。
長くて、さみしい冬はまだまだ続きます。
ハリネズミくんはやっぱり家を出ました。
家にいると少しは、あったかかったけど、お母さんと体をくっつけている弟を見ていると、うらやましくてつまらなくなったからです。
歩いていると、ヤマネくんの家が見えました。
窓から中をのぞくと、家族みんなで体を寄せ合って眠っています。
それを見て、ハリネズミくんはまた悲しくなりました。
――僕の針は、眠っているときだって、逆立って、トゲトゲになるって言ってたな
――冬眠できたとしても、誰も僕と一緒に寝てなんてくれないんだ
――きっと、途中で寒くなって起きてしまうだろう
ハリネズミくんはとぼとぼと歩いていきます。
やがて、ハリネズミくんは森の中にある小さな泉につきました。
水は冷たそうでしたがとてもきれいです。
ハリネズミくんは泉の中を覗きこみました。
澄んだ水は、波ひとつなく、ハリネズミくんの顔を映し出します。
「ああ、なんで顔だ。お腹だけじゃなくって顔中も針だらけだ。
いっそこんな厄介な針なんて消えてなくなればいいのに」
ハリネズミくんが言うと、突然泉の水が輝き始めました。
泉からは女神様が現れました。
「ハリネズミくん。どうしたのですか?
そんな悲しい顔をして」
女神様は優しく尋ねます。
ハリネズミくんは、女神様なら、なんとかしてくれるかもしれないと考えて思い切ってお願いしました。
「僕……、体中に針があるのが嫌なんです。
普通のハリネズミに……。
いっそのこと、針のないハリネズミになりたいんです。
女神様の力でなんとかなりませんか?」
それを聞いた女神様は言いました。
「針がなくなったら、誰もあなたのことをハリネズミだってわからなくなりますよ」
「でもいいんです。ちょっとの間だけでいいですから」
「では、その願いを叶えてあげましょう。
でも、それは夜になるまでの間だけです。
よるになれば元通りです」
そういうと女神様は、不思議な呪文を唱えました。
みるみるうちにハリネズミくんの体の針が消えていきました。
女神様は、
「いいですか? 針が消えているのは夜になるまでの間だけですからね」
と言い残すと、泉の底へと消えていきました。
ハリネズミくんはウキウキして家に向いました。これでお母さんに遠慮なくだっこしてもらえます。
その途中でウサギくんとネズミくんがあいかわらず『おしくらまんじゅう』をしています。
――折角だから、僕も混ぜてもらおう
そう思ってハリネズミくんはウサギくん達に、声をかけました。
「ねえ、僕も入れてよ」
するとウサギくんが、不思議そうな顔をしてききます。
「君は誰だい?」
「僕だよ。ハリネズミだよ」
今度は、ネズミくんが言います。
「うそだい! 針なんて生えてないじゃないか!
針のないハリネズミはネズミだろ?
だけど、僕とはちっとも似てやしない」
「ほんとうだよ! 信じてよ。
女神様の力で針を……」
ハリネズミくんは説明しようとしましたが、
「なんだか変な奴だな。
気味が悪いから、あっちで遊ぼうよ」
と言って、ウサギくん達は行ってしまいました。
――そうか……、僕の体……
――まったく違ったふうにみえちゃうんだ
――これなら、ひょっとしたらお母さんにも僕だってことを気付いてもらえないかもしれない
そう思うとハリネズミくんは家に帰るのが怖くなりました。
ハリネズミくんは、森へと引き返しました。
せっかく針が無くなったのに、『おしくらまんじゅう』もできないし、お母さんにだっこしてもらえないのなら意味がありません。
女神様に元に戻してもらおうと思ったのです。
「なんだ、珍しい動物だな。見たこともない。
だが、食べてみる価値はありそうだ。
冬だと言うのに丸丸太って食べごたえがありそうだ」
ハリネズミくんの目の前にオオカミが立ちはだかりました。
ハリネズミくんはこれまでも何度もオオカミに襲われそうになったことがありましたが、体の針のおかげで食べられることはありませんでした。
でも、今はその体を守ってくれる針はありません。
ハリネズミくんは必死で逃げようとしましたが、すぐに捕まってしまいました。
「そんな小さな体と短い足で逃げられると思ったか?
ネズミのようにすばしっこくもなければ、ウサギのようにぴょんぴょんはねたりもしない。こんな捕まえやすい動物は初めてだ」
そう言うと、オオカミは口をあんぐりとあけて、するどい牙をむき出しにして、ハリネズミくんを食べようとしました。
その時です。
「痛い!!」
突然、オオカミはハリネズミくんから手を放しました。
「なんだ! さっきまで無かったはずなのに。
体中に針があるじゃないか!
それも全部とがっていて。
おかしいなあ。ハリネズミなんかじゃなかったはずなのに。
まあいい。ハリネズミだって食べられるんだ。針の無い頭からかじればいい」
そう言うとオオカミは、ハリネズミくんをかじろうとしましたが……、
「なんだ! 顔中が針だらけじゃないか!
これじゃあ食べられる場所なんてない。
悔しいが諦めるしかないのか」
と言って残念そうな顔をしながら森の奥に消えていきました。
ハリネズミくんが空を見上げると、そこには月が輝いていました。
知らない間に夜になっていたようです。
女神様の不思議な力の効き目がちょうど切れたところでした。
ハリネズミくんが家に帰ろうとするとお母さんが迎えに来てくれました。
ハリネズミくんは、お母さんにさっきのオオカミの話をしました。
それを聞いたお母さんは、
「まあ、それは怖いわねえ。
でもね、普通は丸まった時に顔も一緒に隠すものなのよ。
あなたには必要が無いと思って教えてなかったわね」
と言いました。
「そうなんだ……。じゃあ、やっぱり僕の体中の針って役立たずなんだね」
がっかりしてハリネズミくんが言うと、お母さんが、
「そんなことはないわよ。今日はその針のおかげで助かったじゃないの。
それにね。次に怖い動物に襲われたときは、その鼻もちゃんと隠しなさいね」
と言いながらハリネズミくんの鼻をちょんと突きました。
そして、
「それから、あなたの手にもね。そこには針は生えてないんだから」
とハリネズミくんの手を握りました。
あったかいお母さんの優しい手に握られてハリネズミくんは、手だけじゃなくて、体全体がぽかぽかするいい気持ちになりました。