月を縛りて
未だ夕暮れと呼ぶにも早い時間。高く明るい日は、くっきりと房事を照らし出す。
抱えあげられた明月の太腿は、体液に濡れ光を反射していた。
それを掬い取るように指を這わせると、腰紐で明月の手首と繋がっている寝台が軋む音を立てる。
明月が身を引こうとするのを、その音が即座に伝えていた。
八雲は明月の首に手を伸ばして彼女の身体を押さえつける。苦しげに明月の表情が歪み、喉からは細く空気が漏れた。
「逃げられると思うな」
低い八雲の声は獣の唸り声のように、明月を威嚇する。
何かを言おうと明月の唇が動いたが、喉から漏れるのは掠れた吐息のみ。明確な音を形成することはなかった。
八雲が首から手を離すと、急に肺に侵入してくる大量の空気に明月が咽る。首筋には赤く跡が刻まれる。
そこに唇を寄せ、胸を鷲掴みにする。柔肌に歯型がつくほど強く歯を立てる。
明月の小さな悲鳴が聞こえたが、それに構わず更に力を入れると口の中に鉄の味が広がった。
ゆるやかに舌で舐め取ると組み敷いた体が震える。
形の良い胸は八雲の手の中で柔らかく歪んでいた。
明月の中に強引に押し入る。勢いそのままに膣壁を擦り上げ蹂躙した。
手荒な行為に、明月は唇を噛み締めて耐えている。
きつく瞑られた目と寄せられた眉、痛みに涙を流しながらじっと堪えるその姿に、八雲はかつてないほど情欲を煽られていた。
薄暗い部屋は、如実に時間の変化を表していた。
暗がりに浮かび上がる明月の滑らかな肌には、いたる所に乾いた血がこびりつき、首や手首に赤い痣がくっきりと浮かぶ。
「怒っているのか」
明月は先ほどからぐったりとうつ伏せに横になったまま、顔を上げようともしない。寝ているわけではないというのは、息遣いから察せられた。
長い髪に指を絡ませながら問うと、明月は顔だけを八雲に向ける。赤く腫れた目が八雲をじっと見た。
「いいえ」
弱弱しく掠れた声で、しかしはっきりと答える。
「申し上げたはずです。私のこの体は、全て貴方様の自由であると」
その返答に、八雲は自嘲気味に笑った。
「私には、怒るのも勿体無いということか」
明月の瞳が柔らかく細められる。口の両端を釣り上げて笑みを形作る。
言葉にされずとも肯定の意がはっきりと伝わってくる。
「ご存知ですか、八雲様」
ゆっくりと、明月は身を起こした。薄い毛布を胸元に引き寄せる。
「怒りが、どれほど強い感情であるのか」
再び八雲へと向き直る。
「怒り、恨み、憎しみ……そのような感情は、簡単に心を支配してしまいます。その対象のことしか考えられなくなるほどに」
明月は傷の塞がりきっていない首筋に手を伸ばす。乾いた血がほっそりとした指先に付着した。
「ですから、私は決して貴方様を憎むことも、恨むことも致しません」
それだけ強い感情なら簡単に抑えられるものではない。そう言おうとしたが、八雲は明月の目を見て開きかけた口を閉ざした。
自信に満ちた明月の瞳に、一切の疑問は封じ込められてしまった。
明月の認識が甘いということは決してない。
彼女は八雲の性格を、残虐な行為を行うことに一切のためらいがないことを知っている。
それを分かった上で彼女は八雲が何をしようとも決して怒りはしないし、止めようともしないのだ。
仮に足を切り落とし、どこへも行けないように、踊れないようにしても。
明月が気を許した相手を、ことごとく殺したとしても。
八雲は明月から目をそらすと、溜息をついた。
苛立ちは既に鳴りを潜め、代わりに倦怠感が身体を埋め尽くしている。
八雲は上着を羽織ると寝台から降りた。
「また来る」
短く言い置いて、八雲は部屋から出て行った。
扉に彼の姿が遮られ、明月が深く安堵の溜息をついたことを、八雲は当然知らない。
そして、それから数日の後。
八雲はまた、部屋にいない明月を探して中庭へと訪れていた。
「またここにいたのか」
桜の木の側に座る明月を見つけ、八雲の声に微かに安堵の響きが混じる。
明月に乱暴を働いて以来、変わったことが二つある。
一つは、明月が部屋にいないことが多くなった。
そんな時、大概は中庭に行けば明月は見つかる。だが、中庭にいなかった時は彼女が帰ってくるまで見つけられないのが常であった。
誰に聞いても、その間明月がどこにいたのかは分からない。明月に問うたところで、城内を散歩していただけとしか言わない。
今日は中庭にいてくれた、それだけのことで安心してしまっている自身を、八雲は認めざるを得なかった。
「いつも、こんなところで座っていて飽きないか」
「どうせどこにいても同じようにただ呆けているだけなのですから、部屋の中より大分マシです」
春の風が柔らかく明月の髪を撫ぜていく。
空は薄い雲に覆われているものの、空気はさらりと乾いて暖かかった。
「暇か」
「ええ、かなり」
淡々と、素っ気無ささえ感じる口調で明月は八雲に応じる。
これが、もう一つの変化。
明月は以前に比べて、笑わなくなった。
今までは皮肉を言いながらも微笑むことがよくあったというのに、ここ数日それが殆んどない。
「ならば、もう少し足繁く通うことにするか」
「もう少しも何も、八雲様は異常なほど足繁く通ってくださってますが」
あくまで口調は淡々としている。
拒絶の素振りなど、全く見せていない。
だというのに、それくらいならば暇である方がよっぽどいいという明月の意思が伝わってくるように八雲は感じた。
八雲は間違いなく、失敗をしたのだろう。
明月を手に入れるという試合を進めて行くうえで、致命的な失敗を。
何か挽回の手立てはないものか。
思案しながら、八雲は白い空を見上げた。
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