第二部
久しぶりに東京来て、蘭ちゃんと買い物に出かけた帰り。
大きな荷物をそれぞれ抱えて、コナン君も入れて三人で歩いとるアタシ。
なんやろ、めっちゃ楽しいのに、なんか足りてへんような気がする。
つい立ち止まって、後ろを振り返ってまう。
「どうしたの?和葉ちゃん」
「ううん、なんでもないよ、蘭ちゃん」
「それにしても新一ったら、いつまで事件追っかけてんのかな」
大袈裟にため息をついた蘭ちゃん。
「そんなに心配せーへんでも、工藤君やったらきっと戻ってくるって」
励ましておいて、やっぱなんかが頭の隅に引っ掛かる。
工藤君……。なんか、工藤君と関係あったような……せや、思い出した!
「なあなあ蘭ちゃん、平次は?」
平次や、何で平次がおらへんのやろ?
アタシが東京来るときはいっつも一緒やから、どっかで待っとるんやろうけど。
そう思うとったんやけど、蘭ちゃんは何故か“狐につままれた”みたいな顔になって、
「ねえ、平次君って誰?」
……は?
「その平次って人、もしかして和葉姉ちゃんのお友達?」
嘘やろ?なんで?蘭ちゃんとコナン君、二人してアタシからかっとるん?
「平次やって。知らんわけないやん。何回も会うとるんやし、な?」
「そんなこと言ったって……コナン君、思い出した?」
コナン君は。黙って首を横に振った。
「もうええ、自分で探すわ」
携帯やったら、平次に連絡つくよね。
蘭ちゃん、アタシ驚かそうとしてもそう簡単には騙されへんよ。
えっと、平次、平次……っと。
平次のおばちゃんやろ、同じクラスの藤本さんやろ……えっ?
無い。
何遍見直しても、「平次」その二文字が見つからへん。
何でなん、平次、どこ行ったん?
***
「平次……」
はっと気がついて、和葉は蒲団を跳ね除ける。
「夢やったんか……」
冷や汗でべったりと張り付いたパジャマ。
気持ち悪いけど、それでも、あの夢ん中よりはよっぽどマシだと和葉は思った。
これが初めてのことじゃない。
この前は、気がついたら一人で学校に行っていて、帰りに慌てて駆け込んだ平次の家で「うちには子供、おりませんけど」そう突き放される。そんな夢だった。
「あ〜、もう、何でなん?」
和葉が寝癖のついたままの頭を抱え込むと、後ろで目覚ましが盛大に鳴り始めた。
***
夏休みに入って、少し経つ。
いつものように、和葉は扇風機の前に座ってテレビを見ていた。
不意に、呼び鈴が鳴った。
誰やろ……、そういぶかりながら立ち上がり、玄関を開けた。
目の前に立っていたのは、あの野球帽を被り、大きなスポーツバッグ肩に掛けた、平次。
普段やったら、「ひょっとして、また東京行くん?何でもっと早よ連絡くれへんかったん、アタシも準備しなアカンねんから」そう言って、二階へ荷物まとめに駆け上るとこだっただろう。だけれども、そのとき和葉が口に出せたのは、
「平次……どっか行くん?」
その一言だけ。
いつもより深めに帽子を被った平次。
目が陰になって見えない平次には、それだけしか言わせないだけのオーラがあった。
「ああ。ちょっと工藤から連絡あってな。事件手伝って欲しい、言われたんや」
「どこ、行くん?」
「とりあえず東京で待ち合わせやけど……。そっからどうなるかは、まだ何とも、な」
「やっぱり……」
気がついたらそう言っていた自分に、和葉は驚いた。
「ほんなら、また後で電話するわ」
そんな和葉を知ってか知らずか、平次はスポーツバッグを掛けなおし、くるりと回れ右をした。
待って……まだ行かへんで……
そんな感情が、さっきから、理屈より先に溢れてくる。
直感的に、そう思ってしまう。
もう理屈を考えるのは止めていた。
今和葉にあったのは、平次がもの凄く遠くへ行ってしまう、そんな予感だけ。
「あ、あのさ、平次」
平次が振り返った。
「絶対、戻ってきてよ」
平次は何も言わず、右手を軽く挙げただけだった。
平次、らしくもなく。
目は帽子の陰にしたままで、また歩き出した。
「アタシ……待っとるからね。ずっと平次のこと、待っとるからね!」
動いていた平次の足が、その刹那止まる。
それでも、平次は振り向かない。
また、平次が遠ざかる。
和葉は、玄関に立ったまま。
平次は、どんどん小さくなり、和葉の視界から消えた。
ドアの形に切り取られた和葉の世界から、平次はいなくなった。
***
平次がいなくても、同じ様に流れる時間。
24時間ずつで、きっちり1日が通り過ぎる。
一体それを何度繰り返しただろう。
送ったメールの返信も返ってこなくなった。
最後に平次から送られてきたのは、月が変わる前だった。
もうこの状況に慣れてもいい、そう和葉は思う。けれども、ふと気がつくのは、いつも寂しげにケータイを見つめている自分。
前よりも、もっと会いたい気持ちが強くなった自分。
『平次は、もうアタシのこと、忘れとるかもしれへんよ』
そんな甘い声が、ときどき和葉の中に囁いてくる。
「せやけど……平次はアタシのこと、何も思うとらへんかもしれへんけど…。それでもかまへん。アタシは、平次の元気な姿がまた見れるんなら」
何度も何度も繰り返される、押し問答。
そんな真夏の夜に、ふと思う。
「これが、“待つ”ゆーこと、かな……」
初めて、蘭の気持ちが分かった気が、した。
いつまでも新一を“待ち”続けている彼女の気持ちが。
座っていた勉強机から、ぴょんと飛び降りる。
そのままカーテンを開けると、絵の具を流したように、綺麗な濃い紺色の空が目に飛び込んでくる。
吸い寄せられるように窓も開け、外に顔を出してみる。
澄み切った空に浮かぶ、ビーズのような星屑。
どこまでも広がる群青と、白い煌き。
「平次もこの空、眺めてんのかな…」
眺めとるよね、きっと。工藤君も一緒に。
事件なんて、早よ解決して工藤君を、蘭ちゃんのところに戻したってな。
ほんで、戻ってきてな、平次。
そう祈るような彼女の目の前で、箒星は思わせぶりに一筋の弧を描いた。
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