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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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97 カノンに植え付けられた9つのカルマ

 カノンの両親は勇者だった。
 父リューゼルは、誰もが認める剣の使い手。
 母フローリアは、賢者ですら認めるくらいの強力な魔法を自在に操れた。

 
 そして人々を恐怖のどん底に陥れた暗黒鬼神ヴェルザークを封じ込めることに成功した。

 
 だが暗黒鬼神ヴェルザークは、密かに復活を遂げていた。
 そして自分を屈服させた二人の勇者に復讐を誓った。
 地底奥底から勇者たちの姿を観察していた。

 ひっそりした村で愛情あふれる家庭で育てられている、まだあどけない、いたいけな少女を。

 
――ククク、貴様らの大切な宝物は、カノン……か。カノンの人生を徹底的にぶち壊してやる。私をこのような目に合わせた報いをとくと味わうが良い。

 
 暗黒鬼神ヴェルザークは、カノンの人格を崩壊させるべく9人の悪魔を探しに行った。

 
 残虐、非道、欲望、破壊、傲慢、卑劣、嫉妬、冷血……

 
 それぞれの道を究めた者たちを次々と配下へとしていった。
 再び愚かな勇者が誕生しないように、そしていずれは覚醒して人間界を屈服させる忠実なる下僕へとするために。



 だがどうしても最後の一人が見つからなった。
 カノンを封じ込めて人格崩壊させるためには、どうしてももう一人、決定的な性質が必要だ。それはなんだ!?


 暗黒鬼神ヴェルザークは苦悩した。
 そして魔界だけでなく、人間界も視野に入れ、探索を始めた。


 時に冒険者に扮しギルドの中へ、高価な服に身を包んで社交場に、時に教師へと姿を変え、学校へ……


 息を潜めじっと見つめた。
 そして遂に見つけたのだ。


 暗黒鬼神ヴェルザークが回復魔法専門学校の講師に扮して探しているときだった。
 最初はまさかその子が、9番目のカルマとは気づきもしなかった。

 何故なら、その子はあまりにも地味だったからだ。

 その子は、ちょっと癖のある黒い髪をした14歳の少女だった。
 名前はナツミ。
 学校の成績は、中の中。
 特に秀でた能力があるでもない。
 クラスの仲間からは罵られ、いじめられていた。
 だけど言い返すだけでもなく、作り笑いを浮かべている。




 暗黒鬼神ヴェルザークは、回復魔法の基本、ヒールの詠唱方法を黒板に書いていた。敵である人間のガキ達に勉強を教えている自分に、なんとなくだがもどがしさを感じながらも、チョークを走らせていた。
 ちなみにヴェルザークはさすが暗黒魔界のトップだけはある。目的はカルマの発掘ではあるが、今まで散々悪魔を教育してきたこともあり育成の極意を知り尽くしている。その分かりやすい授業の運びで子供たちや父兄からはかなりの人気があった。


 そんな授業の最中――

 誰かがナツミの頭に消しゴムのカスを投げてきた。
 ナツミはびくっとする。
 その姿を見て、クラスの数人は笑う。


 暗黒鬼神ヴェルザークは、気にすることもなく、中級魔法であるヒーリングプラスの極意を黒板に書いていた。だが内心はこう思っていた。

 ――人はこうやって同族の弱者を迫害する。私は弱いといった理由だけで同族を迫害しない。この世界には時間という軸が存在する。その者は今という時の中において弱いだけであり、いつまでも弱いままだとは限らない。それに弱さを知っているから、強くあろうとする。つまり弱さというのは強くなるための過熱材。どうして人間はそれに気づかないのだ。どうしてそれを学ぼうとしない。だから屈服させないといけない。まてよ……、カノンを崩壊させるための第9のカルマは『迫害』なのか……

 暗黒鬼神ヴェルザークはいじめっ子のリーダーを特定することにした。おそらく消しカスを飛ばしたのは末端のパシリ。それを命じたやつがいる。そいつがそれなりの心を持っていたら、スカウトをしてカノンの体内に送り込むカルマへと育て上げてやる。そう思い、ニヤニヤ笑っている者たちの中から大体のあたりを付けていた。

 目が合うと目をそらし、窓の方を向いてニヤニヤしている太った女子がいた。彼女の名はアキ。学校ではいつも明るく授業を盛り上げているし、クラスのみんなを笑わせることにも長けている。暗黒鬼神ヴェルザークはアキの手元にあるノートに注目した。ごにょごにょっと何か書いている。

『ナツミのバーカ、お前なんて死んじゃえよ』

 その時、ナツミは手をあげた。

「あの、先生……。トイレに行っていいですか?」

 弱々しいその発言でみんなは大声で笑った。
 ナツミはお腹を手で押さえ、目を真っ赤にはらしている。

 本当にトレイに行きたいのかもしれないし、この状況に耐え切れず、それが体に現れているのかもしれない。
 暗黒鬼神ヴェルザークは、何人もの魔界戦士を育成してきた。
 悪魔以前に教育者でもある。
 だからナツミの心が痛いほど分かった。

 
「大丈夫か? 一人で行けるか?」

 それは演技ではなく、素の暗黒鬼神ヴェルザークの言葉だった。

 ナツミは小さくうなずき、教室を出た。

 暗黒鬼神ヴェルザークは奥歯をかみしめた。

 ――自分が赴任してきたのは、ほんの数日前。
 このいじめは完全に慢性化している。
 おそらくトイレで泣くのだろう。もしかして耐え切れず嘔吐するのかもしれない。何をやっているだ、ここの教育委員会やPTAは! この学校は腐っても他人を救う回復魔法を教える神聖な場であるはずなのに。それなのに!



 暗黒鬼神ヴェルザークは、自習を言い渡し、こっそりナツミを後を追った。
 彼女がよからなぬことを考えないか、心配だった。


 しかしこの直後、暗黒鬼神ヴェルザークですら驚くことが起きたのだ。


 廊下の向こうからナツミが歩いてきている。

「お、おい、ナツミ。大丈夫か?」
「はい、すいませんでした」

 軽く頭を下げて暗黒鬼神ヴェルザークの横を通り過ぎていった。


 それとほぼ同時に。
 教室内からものすごい叫び声があがった。


 暗黒鬼神ヴェルザークは急いで教室に戻った。
 なんといじめのリーダー、アキが血を吐いて苦しんでいるではないか。
 周りにいたクラスメートが必死に回復魔法を唱えているが、状況は一向に良くならない。

 暗黒鬼神ヴェルザークは、上級回復魔法ヒーリングバーストを詠唱した。それでも苦しそうに悶えている。かなりの力量を入れ、それでようやく吐血は治まった。
 アキはそのままうつぶせに倒れた。

 暗黒鬼神ヴェルザークはアキを抱き上げると、
「大丈夫だ。気を失っているだけだ。そのまま自習を続けていなさい。ロックとアリア、ちょっと手伝ってくれるか?」

「あ、はい。先生」

 暗黒鬼神ヴェルザークは、アキを医務室へ連れていき、クラス委員の二人に看病を任せ医務室を出た。

 その間、暗黒鬼神ヴェルザークは考えていた。


 いったい何が起きたのだ……
 暗黒鬼神である私でさえ、回復にかなりの魔力を要した。
 もしかしてナツミがこれを!?


 ほんの一瞬だけそう思った。
 ナツミが見せた涼しげな顔がそう思わせたのだろう。


 だがヴェルザークは腑に落ちなかった。
 暗黒鬼神である自分ですら、ナツミが何をしたのか分からない。
 教室に戻るとナツミは席に座ったまま、じっとしている。
 いつもの地味な彼女。


 また消しカスがぶつけられる。


 この日からヴェルザークはナツミを注目するようになった。


 もちろん彼女が心配なのもある。
 真っ青になって手を上げた彼女を可哀想だと思った。この学校の教育を根本から変えたいとも思っていた。
 だが。
 もうひとつ。


 地味という存在に、何かを感じていたのかもしれない。

 地味――もしかしてそれが第9のカルマなのかもしれない。
 さすがにこの時のヴェルザークには、そこまでの確証はなかっただろう。もしかしてそう思うことで、ナツミを救いたかったのだと思う。暗黒鬼神である自分が敵である人間の教育を変えていくなんて、抜本的におかしい。そもそもの目的がずれている。だから強引に自分の目的にすり替えていたのが実際のところだ。

 それを証拠にヴェルザークの日記にはこう綴られてあった。

 冒頭には、『第9のカルマは恐らく地味であろう』という自分を正当化する文言から始まり、特段検証する様子もなく、ナツミは今日もちゃんと学校にきた。一人ぼっちで弁当を食べている。でもよかった。ちゃんと残さず食べた。食は元気の源だ。私が直接教育委員会に意見を述べれば、今回のいじめは終焉を迎えるだろうが、それではナツミが本当に幸せになれない。これから社会に出れば、もっと多くの迫害が彼女を襲うだろう。それに打つ勝つには彼女が今、決意し、戦うしかない。どうすればナツミがいじめっ子に負けないような強い心を持てるのか、これから考えていきたい。

 だった。
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