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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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95 嫌われ者の未来

 アスカ……
 それはカノンの自我オリジナルが、咄嗟に名乗った仮面かりの名前。
 その言葉の通り、マスクで己を隠している。


 どうして仮面をしたのか。
 ただ単に正体を隠したかっただけなのか。


 それとも……


 あの男はそういったことを絶対に気にすることはない。
 他人の所為など、まったくもってどうでもよいこと。
 あの男が気にすることは、至ってシンプル。
 自分にとって損か得か、ただそれだけ。
 他人がそれをどう思っているのかなんて関係ない。

 少なくとも彼自信は、口癖のようにそう言っている。


 アスカは女子トイレで仮面を外し、いつもの軍服に着替え、アイテムボックスから愛刀のサーベルを取り出して腰に差し、もといた場所に戻ろうとしていた。



 観客の去った閑散とした狭い通路。
 そこにあの男が立っていた。


 無言のままクールな眼差しで、普段通りのスタイリッシュな黒いスーツ姿で。
 カノンが伊藤の気配に気づき、顔をあげる。それに相槌を打つかのように眼鏡の中央を指で押さえた。



「……伊藤さん、どうして私を助けた? 嫌われ者のこの私を」


 正直、カノン・アスカは不思議でしかたなかった。

 試合が中盤に差し掛かった頃、カノンは女子トイレで一人苦しんでいた。
 何もできない自分がもどかしかった。

 もしかして泣いていたのかもしれない。
 トイレから出ると、そこには伊藤の姿があった。
 そして自分にひのきの棒を売ってくれたのだ。最低限ではあったが、ヒントまでくれて。

 確かにそれを望んでいた。

 カノンは知っている。
 ギルドでは誰にも相手にされなかった戦士ヴァルナを、聖騎士にまで成長するきっかけを与えたのは伊藤。そして珍念が大僧侶になったのも伊藤との出会いが大きかった。

 それだけではない。

 伊藤の店に訪れて、大成していった冒険者は他にもまだまだたくさんいる。

 剣聖マキシム。エルフのノエル。ニートのエリック……

 だけど伊藤は自分が認めた相手にしか、ひのきの棒を売らないことは、カノン・アスカは今までの経緯から良く知っていた。


 でも自分に置かれた状態は、まさに八方塞がり四面楚歌の状態であった。
 そしてこの窮地から脱出するには、数々の冒険者をスタイリッシュに救ってきた伊藤しかいない。口では損得でしか動かないと言う、彼にしか……


 だけど自分の眼鏡にかなった者にしか、ひのきの棒を売らない。
 それが伊藤なのだ。


 なのに――
 それなのに、どうして――


「私は嫌われ者だ。なのに……」


「はい、あなたは嫌われ者です。みんなに嫌われています」


 知っている。
 もう慣れた。
 誰もが私の敵だ。私を憎んでいる。


 唯一私を慕ってくれるのはアーク達をはじめとする砦にアジトを構える敗戦続きの兵士たち。
 だが彼らが慕うのは、本当は私ではない。
 彼らに進むべき道を示したあの人のことを慕っている。
 そう、兵士たちが慕っているのは、訳あってこの体を使用していた魔王の人格なのだ。



 この世界のすべての住人は、私を嫌っている。
 それは分かっている。



 カノンは言われても仕方ないと思っていた。それだけのことをしてきたのだ。だけど、面と向かってハッキリそう言われたのだ。


 ――お前はみんなに嫌わている、と。


 返す言葉すらない。


 そんな自分に、この男はひのきの棒を売ってくれた。
 それは情でしかないと思っていた。
 だって、嫌われ者を助けて何のメリットがあるというのだ。

 
 伊藤はもう一度眼鏡の中央を指で押し、静かに口を開いた。


「あなたは自分を嫌われ者と何度も蔑んでいる。それはどうしてですか?」


 カノンは軽く笑う。


「ふ……、あなたは私の事を何も知らない。私は嫌われ者。そしてそのことにもう慣れたわ。それが私の今までしてきた業。だって誰が私の事を好きになってくるというの? まさか物好きの伊藤さんが私に興味でも抱いた?」


「はい」

 カノンはエッと声を漏らし、真っ赤な顔で伊藤の方に顔を向けた。


「はい、わたくしは、あなたがどこまで人に嫌われていくのか興味があります。あなたのおっしゃる通り、あなたを好きな人など誰ひとりいません」


 さすがのカノンもこの言葉には堪えたのだろう。
 顔をうつむかせた。
 そしてこの場にいるのも辛いのだろうか。
 歩き始めようとしてきた。

 伊藤は言葉を続けた。


「そう、あなたの価値はゼロに等しい」


 そんなこと、知っている。私は嫌われ者。それだけのことをしてきた。自分だけが優雅に生きる為にすべてを利用してきた。だからこれは当然の結果だ。
 そんなこと分かっている。
 分かっている……
 でもカノンの拳は、ギュッと強く握られていた。


「人は過去をどうやっても修正することはできません。あなたには、どうしもない過去しかございません。とんでもない過ちを繰り返してきました。もうすでに終わっています。幸せになる権利などありません」


 分かっている……
 そんなこと、分かっている……


「これはわたくしが言っているのでありません。あなた自身が、そうおっしゃっているのです」


「え?」


「もう一度言います。カノン様、あなたの価値はゼロ、あなたには幸せになる権利などない――この言葉はあなた自身が言っているのです。『私は嫌われ者。それでいいのだ』、という言葉に置き換えて」


 カノンは言葉を返せなかった。
 私は嫌われ者。口癖のようにそう言い続けてきた。
 その理由を自問自答することもなかった。
 そう言いつづることで、自分自身が楽だったのかもない。


 嫌われ者、でも本当は……
 そういった感情がなければ、このようなセリフ、口にしない。
 言う必要がないのだから。
 本当に嫌われ者になりたいのなら、黙って悪事を働き、陰で人の不幸を笑えばいい。甘い汁を一人ですすればいい。人の失敗を手を叩いて喜べばいい。敢えて自分が嫌われ者だなんて、言う必要などどこにもないのだ。むしろ人気者のふりをした方が、悪行を遂行しやすいだろう。


 そう伊藤が言っているような気がした。
 この男は、心の奥底まで見透かしているのだろうか。


 伊藤は静かに口を開く。


「わたくしは損得でしか動きません。それが商人。あなたがこれから更に嫌われていこうが、誰かに好かれようが、別にわたくしにとってどうだっていいことです。ですがひとつだけ、お伝えしておきます」


 カノンは顔を上げた。
 目は見えない。
 だけどきっと、伊藤の次の言葉を聞きたかったのだろう。


「敵チームのリーダ。ギガスウォーリア。彼が倒れる瞬間、あなたの行動に心打たれ涙しました。そしてあなたはその細い体で、巨体の彼を背負い医務室に運び、そっと頬を撫でた。それはきっと彼の顔を見たい、そう思ったのでしょう。
 あなたの過去はもはや修正などできません。
 あなたができること。
 それは未来をどう生きるか、それしかありません。
 あなたが憂うのは、ご自身の将来なのか、それとも野球の行く末なのか、わたくしが推測するようなことではございません。あなたの目標は、あなたが勝手に作成すればいいだけのこと。幸せになりたいのか、不幸になりたいのか、正義か、悪か、それはあなたの決める道。あなたがご自身を悪女と言い張るのなら、それもありかと。ただ――」


 ただ……
 なに……


「あなたの立ち振る舞い。かなりスタイリッシュでしたよ。わたくしは嫌いではありません」


 最後にそう言うと少しだけ口元に笑みを浮かべ、伊藤は立ち去った。
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