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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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92 野球とはいったい!?3

 血走った目のギガスウォーリア。
 こいつがすべてぶち壊した。
 彼の目はそう言っているかのようだった。

 鋭い斬撃をアスカに向けて浴びせかける。


 だがアスカはそれを数歩だけ横に移動し、最低限の動きでかわす。
 真空剣の波動で壁が壊れる。


 アスカの長い髪がその余波を浴びて数本舞う。

 まさに紙一重。
 だがその壁はあまりにも大きい。
 完全に間合いを見切っていないとこれだけの動きはできない。
 それだけでギガスウォーリアには分かる。自分とこの女の実力には大きな隔たりがあるということが。


 それでもギガスウォーリアは、目の色を変えて無茶苦茶に斬りまくる。
 壊れる壁や天井。


 アスカは床を蹴り素早くギガスウォーリアの懐に潜り込むと、掌底を繰り出す。
 ギガスウォーリアの巨躯は宙を舞った。


 ――まともにぶつかっても、この女には勝てない。

 当初の目的は姫菊京香の抹殺だった。
 時代から逆行した殺さずを提唱する諸悪の根源。
 危険的思想者。破壊信仰者。裁かれるべき畜生。
 そのような者、この世界にいて良い訳がない。
 素晴らしいはずの殺人野球を否定することなんて、まさにとんでもないことだ。
 それは小学生でも知っている。
 この世界の秩序は殺人野球が保っている。
 殺人野球はまさしく正義。
 誰もが学校でそう習うのだ。
 これは常識。


 だからその悪の根源を絶つ。
 これがせめてもの報いだった。


 このままでは、それができない。


 でも――


 せめてその姫菊に加担する実力者、アスカだけでも葬るしかない。

 目的をアスカ抹殺に切り替えることを決断したギガスウォーリアは、猛烈に斬りつける。

「うおおおおおおおおお!!」と凄まじい咆哮を上げ、何度も剣をふるうが、アスカは気怠そうにそれをかわし、そして掌底を繰り出す。

 ギガスウォーリアはその度に、宙を舞い、吐血し、気を失いそうになる。
 それでも歯を食いしばって立ち上がり、アスカに向かって剣を斬りつける。


 だが、かすりもしない。
 長い黒髪が1,2本舞うだけ。


 でも、こうなることは分かり切っていたこと。
 なんたって相手は、オーディンを一瞬で葬ることのできる実力者なのだ。
 レベルだってすでにとんでもないことになっている。
 あまりの急上昇に、コンタクトレンズタイプの能力測定機は壊れてしまった。
 もはやどれほどの実力があるのか想像もできない。
 だから最初から自分の勝てる相手ではなかった。
 だけどどうしても一矢報いたい。
 その仮面からチラつかせる余裕な笑みを浮かべる口元に、せめて一発お見舞いしてやりたい。


 そこでアスカは初めて口を開いた。

「お前、わりと強かったぞ」


 強い?
 俺が?


 何という皮肉。
 これだけの実力差を見せつけておいて、なんてことを言うのだ。


 床に倒れ、それでもまた奮い置きはするものの悔しくて仕方がない。
 涙まで零れ落ちそうだ。

 だがアスカはもう一度言った。

「私は世辞の類は言わない。お前、わりと強かったぞ。見どころがある」

「これほどまでに俺をいたぶっておきながら、よく言うぜ……。くそったれ」

「前半のお前はハッキリって雑魚だった。だがお前、後半は活き活きしていたぞ。今度やったらわりと接戦するかもな」

「ざけんな!」

「ふざけてなどいない。最終回には5点も入れたじゃないか。それに……。殺さずの野球をしている時のお前、輝いていたぞ」



 殺さずの試合に切り替えてから、ギガスウォーリアはとにかく必死だった。

 自分はプロ。
 どういう局面に陥ろうとも、負ける訳にはいかないのだ。

 ダークムーンからゴブリンズに移籍した理由、それは――
 当時最弱チームと呼ばれていたゴブリンズは、入団する者も減り、とうとうゴブリンやオークに人化魔法をかけて洗脳までし、野球選手として育てていた。

 ギガスウォーリアの父はゴブリン、母は人間のハーフだった。
 ゴブリンである父は森で迷子になっていた母を助けた。人間を助ける、それはゴブリン界にとってタブーなことである。人は、ゴブリンに人化の魔法をかけて野球戦士として駆り出す非情な種族としてゴブリン達は認識していた。

 だが父は言ったのだ。

「確かに人は野球をする。
 そして罪のないゴブリンをさらい野球をさせる。
 人はそんなとてつもなく恐ろしい種族だ。
 だけどリンは関係ない。
 リンが野球を作ったのではない。
 心無い一部の人間が野球にのめり込んでいるだけだ」


 リンとはギガスウォーリアの母親。頑固ではあるが誠実なゴブリンの父を慕う、ギガスウォーリアにとってまるで聖母のような優しい女性だった。
 そんな父は心無い冒険者の経験値稼ぎの対象となり、数年前に虐殺された。母はまるで父を追うかのようにそれからしばらくして病死した。


 人とゴブリンのハーフであるギガスウォーリアは誓ったのだ。

 絶対人間を許さない、と。


 だが俺一人で人間に勝てる訳がない。
 だから人間が生み出した最高のゲーム――野球界でトップになり、人間に俺の存在価値、すなわちゴブリン達の凄さを教えてやるんだ!


 必死に野球を学び、遂にはトップクラスの球団ダークムーンから声がかかった。
 ついに人間たちに俺達の存在意義を知らしめる時が来たのだ。


 そんな矢先。
 ギガスウォーリアはゴブリンズの存在を知った。
 このチームの半分以上は人化魔法をかけられたゴブリンだそうだ。
 俺がこのチームをなんとかしなくては。


 そんな気持ちでゴブリンズの門を叩いた。
 弱小チームのゴブリンズ。
 勝つためにはみんなの命だって必要だ。
 だから非情に徹して戦っていた。
 仲間を見殺しにすることだってあった。
 だが、それが野球なのだから仕方なかった。


 そしてそんな彼の努力が実り、ゴンザークや野球連盟総帥といった実力者ともつながることができた。


 これからだった。
 これからすべてが始まる筈だった。


 それをこの女は!


 もはやこうなったら。


 すまない。みんな。

 


 瞳を強くつむりダイナマイトのスイッチを押した。


 だが。


 爆破しない。


 カチッカチッ……
 何度もスイッチを押すが、一向に点火する様子はない。


 アスカが手の中の物を見せる。
 そこには着火装置があった。

 まさかアスカはあれだけの真空波動をかわしながら、ダイナマイトの存在にまで気付いてその機能を絶ったのか。


 くそったれ!
 もはや打つ手なしか。



 ギガスウォーリアが口に潜ましていた青酸カリを噛み砕こうとした、その時だった――


 アスカは鋭い手刀をギガスウォーリアの首元に叩きこむ。
 一瞬でギガスウォーリアの意識は吹き飛ぼうとしていた。


「……ど、どうして……?」


 ギガスウォーリアが言いたかったのは、どうしてダイナマイトを忍ばしていたことが分かったのかということはもちろんのこと、俺が自決することまで何故見破ることができのか!?
 そして敵である俺を――いや、敵にすら思っていない雑魚同然の俺なんかを何故助けようとするのだ!?


 これがギガスウォーリアの刹那の瞬間に思い描いた感情だった。


 アスカは地味な女の子タクティクスを吸収している。
 地味な女の子は、クラス中の男子の誕生日はもちろん、趣味や、クラスにできている派閥、そのリーダーまでちゃんと事細かくチェックしている。
 そんな地味な女の子の能力をもってすれば、ギガスウォーリアが行う些細な動作によって、何を考えて次何をしようとしているのか察することは至極容易なことである。


 もっと言えば――


 ギガスウォーリアはとにかく必死だった。
 なんとしても勝ちかかった。
 それは敵チームである姫菊やアーク、そしてアスカの目にも一目瞭然だった。


 勝つ手段が殺さずしかなかったからかもしれないが、見事なほどのフェアープレーの連続だった。

 アウトを取る為に必死にボールを投げた。
 通常の野球ではありえない光景だ。
 大抵は勝てないと思えばミサイルをぶち込むのが常套手段。
 だけどギガスウォーリアは、必死に投げ続けた。


 一眼レフを首にぶら下げた野球ファン達が罵倒してくるが、もはや関係ない。
 死体が見たいとほざいているが、もうどうだっていい。


 腕を振り上げ、一生懸命ボールを投げ続ける。
 次々と打たれて、それでも尚も。
 ヒット、ヒット、またヒット……

 
 いつまで投げ続ければいいのだろうか……?

 それでも……
 腕がしびれても上がらなくなっても、尚も投げ続けた。

 
 傍でその姿を見ていたファーストの爆王ガレンは、たまらなくなっていた。走者である姫菊の背後からゆっくり近寄り羽交い絞めにした。

「キャプテン。今です! 真空剣で俺ごと斬ってください!!」


 それしかない。
 一人でも殺して流れを変えないと、もはやこのゲームに終わりはないのだ。


 だがギガスウォーリアは、
「バッキャロ―!! ファーストはお前しかできないんだよ! お前が死んだら勝ちはねぇだろ! それだけじゃねぇ!」

 そして後ろへ振り返り、声を張り上げた。

「ゴブリンズのみんな! お前らもだ! 誰一人死ぬんじゃねぇぞ! 一人でも欠けたら、この勝負、勝ち目はなくなっちまうんだよ!」

 殺さずの野球で勝ちなど拾える訳がない。相手は殺さずの達人なのだ。それはメンバーみんな分かっている。だけどリーダーは真剣そのもの。

 爆王のガレンだって、なんとしても勝ちたかった。
 勝つために殺されても構わないと思っていた。


 洗脳されたゴブリンが多いチームの中、ガレンは数少ない人間だった。


 どうして人間である彼が、こんなチームに入団したのか?
 それは貧しい家族を食わせる為だった。
 腐ってもプロ野球選手の給与は平均以上ある。
 それに死ねば野球保険が遺族に入ってくる。
 金額にして3000万ゴールドを超える。
 それだけあれば家族はなんとかなる。

 でももし敗退して降板させられたら、給与はなくなり保険だって対象外になってしまう。

 だから彼には勝ち続ける理由があるのだ。
 なんとしても勝たねばならない。
 そのためには命だって安い。

 だけどこのリーダーは、俺の命を大切だと言ってくれた。俺がいなくなったら勝ちはないと言った。このようなプロ野球選手に会うのは初めてだった。


 ガレンは知っていた。
 ギガスウォーリアがゴブリンとハーフで、ゴブリンの名誉のために奮闘していることくらい。でも自分の目的は金だ。だからなんだって我慢してきた。別にいい。死んだっていい。


 だけど――
 このリーダーは真剣に勝とうとしている。
 そして誰一人欠けては駄目だと言っている。


 ――俺達の命が大切なんだ、と……


 ガレンは泣いていたのかもしれない。


 それをアスカは見逃さなかった。
 冷たい仮面の下に宿る盲目の瞳がかすかに揺れていた。


 だからアスカは当て身をしたのだろうか。

 ひとつだけギガスウォーリアに分かることとすれば、アスカはこう言ったのだ。
 いつものぶっきらぼうな心無い口調で、淡々と――

 ――また野球をやろう、と言ってくれた。


 そう、殺さずの野球を――


 ギガスウォーリアはその心を感じ取ってかどうかは分からない。だけど、歯すら立たないライバルに活き活きしていたと言われた。輝いていたと言われた。

 確かに殺さずの野球は楽しかった。
 負けはしたがこうやって試合の後、仲間たち顔を並べ、涙をこらえることができた。次は勝とうと励まし合えた。
 これはいったいなんだ!?


 自分が知っている野球とは、大きく逸脱している。

 殺さずの野球なんて、イカれた非国民のやることなのに……


 だけど……。
 マジで楽しかった……

 

 ギガスウォーリアが仲間に「死ぬな、お前たちが必要なんだ!」と言ったのは、例え勝つためとはいえ、本心からであり、それによってなんだかメンバーの動きが良くなっていった。

 
 ヒットを処理して送球する時、アウトを一つ勝ち取った時、思わず笑顔がこぼれた。
 今までの殺人野球だったら、送球などしていても意味がない。それをするくらいならボールと爆弾をすり替えて投げた方が効果的である。
 爆弾を投げつけ、仲間もろとも敵を討ち取り、それをファインプレーと称されていた。頭脳プレーと評価されていた。だから仲間から球を受ける時は疑いの心すら生まれる。

 だけど、もうそれをしなくていいのだ。
 アウトを取る。それだけの為に仲間と一丸となって呼吸を合わせることができる。

 これはいったい……何なのだ!?
 この胸の奥から熱くなる気持ちはいったい何なのだ!?

 イケない事とは知っている。
 間違った事であることも知っている。
 人が死ぬことを楽しみに来ている観客達は怒っている。

 
 だけど……
 このワクワクするような気持ちは、いったい……

 
 ギガスウォーリアはファーストの守護者――ガレンが、自らにつけた爆王の意味を知っていた。
 自爆してでも、頂点を目指すという強い意志でそう名乗っていることくらい。
 家族の為に、それだけの覚悟をして、この男は野球界の門を叩いたのだ。

 


 そんなあいつが、さっき……俺の事を心配してくれた……



 これが――殺さずの野球……なのか……




 だからギガスウォーリアは素直に聞きたかった。倒れゆく肉体……そして飛びかかる意識の中、零れる涙など気にもせず、その言葉を口にした。


「……お、お前はいったい何者なんだ……」



「……私か……。私はただの嫌われ者だ……」
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