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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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81 崩れゆく不殺の誓い2

 姫菊は投撃のモーションに入った。
 その視線の先は、キャッチャー城島の構えるミット。

 城島は姫菊のことをよく知っている。
 だから彼女には打算があると思っている。

 ――姫菊は意地っ張りなところもあるが、紛れもなく野球の天才だ。同じ手は通用しない。既に敵の剣筋は読んでいるだろう。だから単純な剣波動くらい難なくよける。それにゴブリンズは弱小チーム。いや、弱小チームだった。だが、このギガスウォーリアは……


 城島はチームの頭脳であるキャッチャーとして、常にありとあらゆる敵の情報は調べつくしている。
 だからギガスウォーリアのことも知っていた。

 確かギガスウォーリアは、優勝候補チームであるダークムーンから移籍している。
 ダークムーンは新野球連盟総帥がひそかに作ったチームと噂されている。
 公平でなくてはならない連盟の総帥に特別なチームの支持は許されないのだが、確たる証拠があるわけでもない。あくまで噂というだけ。


 そのダークムーンの実力は――
 大抵の試合は、1ターン以内でけりがつく。
 奴らが去った球場には、必ず屍の山が築かれていた。
 そしてダークムーンの選手は誰一人、傷一つ負っていない。


 それだけに、このギガスウォーリアは危険だ。
 何か仕出かしてくる可能性がある。


 城島は立ち上がった。

「これ以上危険だ。歩かそう」

 そしてファーストの方に歩を進めていき、ミットを高く構えた。
 これはフォアボールの合図。

 城島の狙いはもう一つあった。
 一塁には牛尾がいる。
 おそらく一騎打ちになる。

 牛尾は重装備で身を固めたヘビーアーマータイプ。重量は300キロを超える。更に背中には姫菊の目を盗みこっそりとギガトンアックスとツインランサーを忍ばせている。
 例え真空剣と言えど、あの鋼鉄の重装備は砕けないだろう。接近戦になれば重さにものを言わせた牛尾の方が有利だ。


 だが、その心を姫菊は見抜いていた。


「駄目よ。あと二球、真剣勝負させて」

「駄目だ」

 だが姫菊は首を縦に振らなかった。
 城島は彼女の性格を知っている。

 ふぅと短い嘆息を吐くと、元いた場所に戻り、腰を下ろしミットを構えた。


 姫菊は体のバネを使い躍動あるモーションで球を放った。
 縦方向に鋭く回転のかかったジャイロボールだ。
 スピードは200キロを超えている。
 これを打てるバッターはそういないだろう。


 だが敵は打ち気などないのだ。
 そして城島の予想は当たってしまった。


「ククク」

 そう笑うとギガスウォーリアはアイテムボックスから、もう一本真空剣を取り出した。
 真空剣二刀流。
 その二本目の剣は一本目の2倍以上の長さがある。
 おそらくその威力は通常の倍以上。

 姫菊が危ない!

 もちろんご存知の通り野球の公式ルールでは、バットを二本装備することは禁じられている。さらにこれは飛び道具。つまりW特級反則事項にあたる。

 
 城島は見逃さない。
 すぐさま立ち上がった。

「反則だ。審判、何をしている! 早く止めろ!」

 アンパイアは「まだ使用していないから、反則ではありません!」と言い返す。

「これから使うんだろ! 使ってからだと遅い」

「いえ、もしかしたら使わないかもしれませんし、もし使ったらその時はあなた達に特別追加点をさしあげますから」


 いつも冷静な城島。
 だがこの時ばかりは焦っていた。

「くそったれ! それじゃぁ手遅れになってしまうんだよ! この役立たず審判!」

「城島選手。あなたはは審判を恫喝しました。よって退場」

「ざけんな!」

 審判は絶対的権利を与えられている。
 危険な選手がいたら、すぐに転移魔法で球場外に転送できる。
 審判が手を上げたと同時に城島の姿は消滅していた。


 ギガスウォーリアは大笑いをして、二本の剣を高く掲げた。


 同時に牛尾がダッシュをしていた。
 目指すはギガスウォーリア。
 背中の大斧に手をかけ、まるで赤い布を目にした闘牛の如く猛進している。



 姫菊は気付いた。
 牛尾は殺さずの誓いを破り、ギガスウォーリアに攻撃を仕掛けるつもりだ。



「待って。牛尾君!」



 その一言が運命の歯車を変えた。



 牛尾はほんの一瞬だけ歩を緩めた。
「キャプテン。俺が止まったら奴は……」


 その瞬間。
 ギガスウォーリアは牛尾の行動に気づき、攻撃の的を姫菊から牛尾に切り替えた。
 強烈な旋風が巻き起こる。


「ぐああああああ」


 あっという間だった。
 総重量300キロの牛尾は宙を舞っていた。
 分厚い装甲は木っ端みじんに砕け散る。

 血まみれになった牛尾は、地面に叩きつけられた。
 まるでギューギュに絞ったボロ雑巾のような哀れな姿に変わり果てている。


「ストライク! ツー!」

 アンパイアは腕を横に振ってカウントを取った。

 姫菊は急いで、牛尾の方へ駆け寄る。

「……うぅ」

 良かった。牛尾はまだ生きている。

「牛尾君」
「キャプテン……。良かった。あなたが無事で……」

 救護班がやってきて牛尾選手を担架に乗せた。


「チィ、踏み込みが浅かったか」とギガスウォーリアは舌打ちをする。

「あなた。反則をしたのよ。だから退場よ」


 だがアンパイアは「いえ、まだ打者は走者になっていないのに牛尾選手が突如暴走してきました。走者以外への故意な攻撃は禁じられています」

 これは一理正論ではある。
 野球というスポーツでは、打者に唯一攻撃が可能なのは、ピッチャーのみとされている。厳密にいえば、ピッチャーも攻撃してはならないのだが、ひとつだけ方法がある。
 それは言わずとしれたデッドボールという大義名分をもってしてだが。



 アンパイアの話は続く。

「牛尾選手は反則攻撃を仕掛けてきています。危険を感じて思わず応戦することは至極当然な行為です。今回の場合、正当防衛権が認められます。ユニカルはまた反則行為をしました。ゴブリンズに5点追加!」


 姫菊は肩を落とした。
 牛尾や城島が一生懸命頑張ってくれたのに。
 それが裏目裏目に出てしまう。


 そんな彼女の傍にチームのメンバーが集まる。
 レオが「あーあ。キャプテンが牛尾先輩を止めなかったら勝っていたのに」と漏らした。

 続いてセカンドの青年も「牛尾はキャプテンの掲げる『殺さず』の犠牲者です。どうしてキャプテンは敵を守って味方を死地に追いやったのですか?」


「ち、違う。私はただ、誰も死んでほしくないだけ……」


 レオは、
「だったら今すぐ野球をやめるべきだと思うね」

「私達が辞めたら、この殺さずの野球は滅んでしまうのよ。それでいいの!?」

「いいも何も、誰も殺さずを求めていないじゃないですか。本当に殺さずの野球を広めたいなら、街頭演説でもやった方がいいんじゃないッスか?」

「やったわ。でも石を投げられた。非国民、死ねって罵倒された……。だから私たちがこうやって殺さずの野球をプレーして目にしてもらい、その素晴らしさを伝えていかなくてはならないのよ! かつてベーブルースがやったように」

「それに何の意味があるんですかね? 俺、退場するけど、他のみんなはどうする? 姫菊キャプテンは、敵の命を大切にして味方を見捨てる酷い人だよ」

「レオ君。違う! 私は……。私は……」

 だがレオに続いて、一人、また一人と離脱していった。





 そしてマウンドには姫菊ただ一人だけとなった。




 姫菊の手にはボールが握られている。
 ――私がこのまま逃げたらどうなる……


 最後列の席から応援していた男が大声を上げた。

「姫菊! もういい。たった一人ではどうにもならない。もうリタイアしてくれ。本当に殺されてしまうぞ!」

 それはたった一人になっても絶対に応援すると言ってくれた、あの騎士の姿だった。
 他の観客達に石を投げられて血まみれになっている男の目からは、止めどなく涙が流れている。



 姫菊は思わずギュッと強く瞳を閉じた。


 このまま私がリタイアしたら、唯一自分を応援してくれたあの騎士は、きっと野球が心の底から嫌いになるだろう。
 もう二度と球場に足を踏み入れてくれないかもしれない。
 殺さずの魅力に気付いてくれた彼のためにも、この聖戦に負ける訳にはいかない。


 あとワンストライクだ。
 それでこの回は抑えられる。
 まずそれだけを考えろ。


 姫菊の正面には、その球を受け取ってくれる心強いキャッチャーの姿はない。
 背後には彼女を後方支援してくれる味方すらいない。


 それでも少女は歯を食いしばり、投球した。
 必殺のカーブで。
 既にツーストライクを取っている。次に空振りをしたら三振だ。
 絶対にこの球だけは打たせない。


 凄まじい回転。
 直角に球は曲がる。
 それは残像となってギガスウォーリアの懐に直進を続ける。
 まさに渾身の魔球だ。


 しかしギガスウォーリアは球を打とうとは思っていない。

「スゲー球だ。もはや見えねぇわ。ギャハハハハ!」


 強烈な二刀流のスイング。
 突風を生成しようとしている。
 例により反則行為。

「さすがにこれは駄目ですね」とアンパイア。

 チームユニカルには5点追加されるが、ギガスウォーリアは手を止めない。
 剣をデタラメに振りまくりたくさんの真空波が生まれる。
 それは竜巻となって姫菊に襲いかっかった。

 アンパイアは知っていた。
 もはやユニカルが何点手に入れようが勝ち目などない。姫菊が死ねばゴブリンズの勝利は確定する。



 姫菊の体が猛烈な竜巻に飲み込まれた。
 細い体は宙を舞い、装甲が砕け散る。
 半壊していた肩あては木っ端みじんに――
 服も破け、白い下着があらわになった。
 そして背中から地面に叩きつけられた。

 うぅ、と血を吐いた。

 全身、青いあざができている。
 内臓や骨だってかなりのダメージを受けているに違いない。
 もはや誰が見たって極限状態だ。

 それなのに懸命に立ち上がろうとする。

「クゥ。あの下着。かなり汗ばんで竜巻だけでは剥がせなかったか。――にしても、わりと胸はでけぇな。そのボロボロになったブラジャーの下がどんな具合になってんのか、ひん剥いて舐めるように調べたかったが、接近戦は面倒だしな……。おめぇら、もう殺すが我慢してくれよな」

 そう言って二本の真空剣を高く上げた。

 最後尾にいた騎士は観客達をかき分けて最前列までやってきて「姫菊、もういい。リタイヤしてくれ。ギガスウォーリア! もうやめてくれ!」と懸命に声を上げている。


 アンパイアは一応、申し訳ない程度に声をかける。

「これ以上やったら反則になり、ユニカルに5点追加されますが、いいですか?」
「もちろんOK。いくらでも加点してやりな」

 アンパイヤとギガスウォーリアは、目を合わせてニカリと笑った。

 それを見て勝利を確信してか、最後尾の席では小さな宴会が始まっていた。
 お猪口と酒を用意したスポーツ用品店社長と、新野球連盟総帥だ。

「総帥。如何でしたか?」

「さすが社長。見事なる手腕。面白かったぞ。猪口才な小娘が泣く姿はいつ見ても傑作。これこそ最高の肴よ」

「そうですね。愛とか正義とか世の中を舐め腐った事を言う小生意気な小娘が、打ち砕かれてボロボロになって泣く姿を見ると本当に酒がうまいですね」



 姫菊はマウンドにうなだれて泣いていた。

 死が怖くて?
 いや、違う。
 自分が許せなった。
 折角自分の掲げる不殺の野球を心底応援してくる人ができたというのに、その想いに応えられなかった。
 それが歯がゆかった。


 だけど、まだわずかな力は残されている。
 装甲は砕かれ、胸と腰を白い布が覆っている程度。
 守備力はもはやゼロだ。
 次に同じ攻撃を受けたら、間違いなく即死。


 それでも懸命に立ち上がった。
 堂々と胸を張った。
 もはや胸あてなどないのだ。些細な攻撃を受けるだけで致命傷、いや、死んでしまう。

 でも、私は絶対に倒れないわ。
 だって自分が死なない限り、得点はユニカルが上。
 このまま最終回まで持ち越せば勝てる。
 あと5ターン、何としても生き残ってやる。


 そのような言葉、誰が見たってもはや虚勢にしか思えない。


「とどめだ! 小娘! 死ねい!」

 ギガスウォーリアの放つ強烈な真空波。
 姫菊は体力の限界にきている。身動きすら取れない。それでもその大きな瞳は閉じることなくまっすぐと邪悪なる回転閃光を見つめている。


 激突寸前。
 誰もが思った。
 姫菊は死んだと。




 マウンドの中央に猛烈な砂塵が舞う。




 最後尾では総帥と社長がニヤニヤと薄気味悪い笑み浮かべ乾杯の杯を交わしている。
「乾杯」「ギャハハ。酒が旨いですな、総帥」


 観客席でも、
「美女が死んだぞ!」「最高だ!」



 あの騎士だけは「うぅぅぅ!!」と嗚咽を漏らし、フェンスを強く握っていた。その手からは血が流れている。



 


 そして砂塵はやんだ。





 次の瞬間。




 場内すべての者は目を疑った。
 そして皆はまったく同じセリフを口にした。




「誰だ!?」




 姫菊の数歩前。
 そこには黒い仮面をつけた者が立っていた。
 背中には黒いマント。
 装甲も黒。
 手には何やら細い得物が握られている。

 
 何が起きたのかは分からない。
 ただ、黒尽くめの謎の鉄仮面が猛烈なる竜巻をたった一瞬でかき消したということだけは、嫌でも理解するしかなかった。



 最後まで姫菊を応援していたあの騎士は、言葉を失い目を丸くしている。

 ――一体誰なのだ。
 たった一瞬であのような芸当ができるなんて……
 背丈はカノン様くらいだが、カノン様であるハズがない。
 我が将は、今、お腹をくだされてトイレで格闘中だ。
 それに将は目が見えない。あのような獣染みた動きができるハズもない。
 だったらあの謎の人物は、一体……



 姫菊も口を開いた。
「あなたは……?」



「私か? 私は通りすがりの悪女……」



 観客たちは猛烈に怒り出した。

「悪女だと! 悪属性なら俺達と同じだろうが! だったらゴブリンズに加担して姫菊を虐めろよ!」


「……ふ」


「何がおかしい!」


「私は真正なる悪女。人の不幸が圧倒的に嬉しいい種族」


「だったら邪魔するな」


「邪魔? 何度も同じことを言わせるな。私は完全なる悪。他人の不幸が面白おかしい種族。私がこの少女に加担すれば、この場内にいる9割9分9厘の者達は不幸になるではないか。圧倒的大多数の者共の幸せを打ち砕く。加担するに十分な理由だと思うが?」


 突然の出来事に驚いていたギガスウォーリアだったが、仮面の女が手に握っている得物を見て笑い出した。


「なんだそれ。ひのきの棒か? そんな猪口才な棒っきれなんかでどうやるってんだ?」


「知らないのなら覚えておくがいい」

 そう言うと仮面の女は、ひのきの棒の先をギガスウォーリアに向けた。


「このひのきのバットで打ち返せぬものなど皆無ということを」





 自ら悪と名乗る謎の仮面騎士。
 彼女の正体を知る者はいない。

 ただ一人――
 彼女にひのきのバットを授けた者を除いては……
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