挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

50/145

50 もうひとりのヒロイン1

 伊藤さんの発言は、すべてが破天荒であった。
 だけど、何一つ間違っていなかった。


 伊藤さんは言った。
 ニートとは、すなわち兵法である。
 ニートを極めし者は、最高の兵法を学んだ者に等しい、と。


 俺が二大凶暴モンスター、クリスタルドラゴンとシューティングスターを撃破できたことが、その真意を的確に物語っている。


 ・戦わずして勝つ。
 ・風林火山。
 この二大兵法を、ニートタクティクスとして繰り出せたのだから。


 さらに伊藤さんは、こう言った。
 お姫様は、漫画の世界の住人だと。
 これはすでに理解の範疇を超えている。
 だが、これも当たっていた。

 それも『スタイリッシュ悪役令嬢の逆襲』でわずか3コマしか登場していない、超モブキャラということまで知っていたのだ。

 お姫様はすぐに「あーん、あーん」と泣く。
 きっとコミックの作者は、お姫様の人格まで作り込んでいないのだろう。
 だからどうすればいいのか分からず、まるで赤ちゃんのような反応しかできないのかもしれない。まさに白いキャンバス。



 そろそろ東の空が赤く染まり出してきた。

 伊藤さんが宣言した日まであと三日となった。
 伊藤さんは4日以内に、1万ゴールドを手にしろと言った。つまりフロイダからエクイアルサファイアを、指定した時間以内に回収しろってことだ。


 それは一体どういう意味なのだろうか。
 お姫様が消えるまでの時間なのだろうか。



 それとも……
 もしかして、カノンさんの身に……



 伊藤さんは、更に妙な事を言ったのだ。
 お姫様が消えてしまうってのも、かなりヤバいことなのだが、俺の頭を支配しているのは、伊藤さんのその言葉ばかりだ。
 朝が来ちまったのに、眠気なんて吹き飛んで、目がさえる一方だ。
 嫌なことばかりが脳裏をよぎる。


 モンスターを撃沈させた俺には、1548ゴールドもある。

 伊藤さんと別れた後、街まで戻り、お姫様に宿代を渡して翌日の集合場所を決めると、俺はある場所へと急いだ。



 俺の脳内には、何度もあの台詞が蘇る。
 その度に、俺はゾクッと身震いをしてしまう。



 伊藤さんが残した驚異的な言葉――
 それは。



 ――このまま駒を進めると、いずれカノンさんと戦うことになる。



 俺がいくらその言葉の真意を問うても、伊藤さんは「今のあなたがそれを知れば、すべてを失います」と静かに繰り返すだけだった。


 別れ際に伊藤さんはこう言った。


「もしかして、エリック様は彼女のことを好きになってしまったのですか?」


 カノンさん。
 俺が尊敬する人。

 果たしてそれだけなのだろうか。

 カノンさんとはちょっと話しただけ。
 時間にして30分くらい。
 だけど人を好きになるのに、どれだけの時間が必要なのだろうか。

 カノンさんという存在は、たった一瞬で俺の心を虜にした。

 ことある度に、俺の脳髄に蘇り、彼女が俺に語り掛けてくるのだ。
 最初は、道に迷った時、もしカノンさんならどうするだろうか――そういう心理だった。だが、今は果たしてそうなのだろうか。


 彼女を助けたい。
 彼女を守りたい。


 こんなことを考えるなんて、おこがましいこと甚だしい。
 俺なんかより、彼女の方がずっとずっと強い。
 だけどそれは精神面であり、人間性においてだ。


 彼女は女性。
 レベルはたったの3。
 でも悪に屈しない為に、弱者を救う為に、塀の中で戦っている。


 あんなに白いのに。
 あんなに華奢なのに。
 もはや視力すらないというのに……

 それでもあの、曲がった事が嫌いなことを連想させる口角の上がった美しい唇は、彼女の存在感を力強く引き立て、長くて優雅な黒髪は、上に立つ者の気品を感じさせられる。


 まさに檻の中のジャンヌ。
 俺の心を救ってくれた傷だらけ天使。


 それを確かめる為に、ロングナイラの収容所を目指しているのかもしれない。



 *



 収容所の厚い扉は閉ざされている。
 懐中時計を見た。
 午前7時23分。
 開門まであと7分。


 彼女は目が見えない。
 それなのに、俺は手鏡を出して髪型を整えていた。
 徹夜をして目はやや赤目を帯びているというのに、どういう訳かいつものニートらしい死んだ目ではなかった。自分で言うのもこっ恥ずかしいのだが、なんとも勢いのあるいい顔をしているのだ。


 カノンさんに会ったら何を話そうか。

 今は告白なんてとてもできないだろう。
 俺はまだまだ半人前だ。
 まずはカノンさんに認めて貰えるような人になろう。
 カノンさんの好きなタイプを聞こうかな。


 そうだ、カノンさんの尊敬している人を聞こう!


 その人に少しでも近づけるように頑張ろう。
 そうすれば、なんか活路が見えてくるような気もする。


 そう――
 もう、俺は、俺自身の心に気付いていた。
 偽りのない本心というヤツに。



 伊藤さんは変な事を言った……
 でも伊藤さんの言う事は変なことばかりだ。
 嘘こそ言わないが、突拍子のないことばかり。




 もしかして伊藤さんが言いたかったことは、こうじゃないのだろうか。

 伊藤さんはこういう言い方をした。


 運命のラスボス――


 それはまさしく運命の人に違いない。


 そして如何なる汚い言葉を吐いても、その絶望を飲み込む事ができず、そしてニートの腕輪に心を奪われる。だからあなたは次の試練を乗り越えなければなりません――


 つまり今のままの俺だと、あっさりフラれちまう。


 このまま俺が駒を進めて行けば、カノンさんと戦う――


 それは恋愛という名の心の駆け引きをするってことだろ?
 まさにバトルだ。
 そして俺は負ける。


 あくまで今のままでは。
 そう言っているんだろ、伊藤さん。



 だけど最後に聞こえてくるのは、別れ際に言われたあのセリフだった。


 ――もしかして、エリック様は彼女のことを好きになってしまったのですか?


 その言葉で、俺は自分の本心がハッキリと分かった。


 でも――
 どうして伊藤さんは、あんなに辛そうな顔をしたんだろうか。
 朝日を背にした伊藤さんのメガネは、何とも言えないくらい寂しそうだった。


 なぜ?


 だけど最後に小さく漏らした言葉が、俺に勇気を与えた。
 伊藤さんはうつむいたままメガネの中央に指を添え「やはりそうでしたか。わたくしとしたことが、思慮が足りませんでした。まさか、まぉ……。
 いえ……
 わたくしは、あらゆる状況を考慮していますが、それはあくまでも絶対的な指標の上においてのみです。
 最後に判断するのは、実際の受け手。
 わたくしは運命を信じます。
 わたくしの計算した事項など、所詮、色眼鏡を通しての仮説。
 そんな仮説を覆すのは、いつも熱き心。
 あなたの選択は、きっと過酷な運命を切り開くでしょう。
 あなたはニート。
 ニートに不可能などありません」と言ったのが聞えたからだ。



 伊藤さんは俺を応援してくれている。
 再び懐中時計に視線を落とした。
 まだ30秒しか経っていない。
 こんなに長い7分間を経験するのは、実に何年ぶりだろうか。


 足で、足元の土の上に何度も落書きを描いては消した。
 無意識のうちに……カノンさん……と書いていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ