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17 営業妨害タクティクス 初級編1

 武器屋さんや道具屋さんが並ぶ商店街。

 あたしは、鼻息を荒げて足早に進むご主人様に必死についていっています。

 

 不安で仕方ありません。

 逃げたくなる気持ちがこみ上げてきます。

 だってこれからライバル会社の嫌がらせをしなくてはならないのですから。

 

 ふいにご主人様は立ち止まり、あたしの方に振り返りました。

 そしてちょっと来いと言って、人けのない路地裏に連れていかれました。



「おい、ノエル。

 なに心配そうな顔をしているんだ?

 営業妨害タクティクスは最強だ。

 これを覚えると如何なる繁盛店でも一瞬で粉砕できる。

 1年前にできたルーシェルの魔法ショップを知っているか?」




 あたしと同じエルフが作ったお店だからよく知っています。店舗は歩幅7歩程度とご主人様のお店に比べてはるかにちっちゃいですが、赤い屋根とクリーム色の壁がとってもかわいらしい素敵なお店です。

 おつかいで前を通る度に気になっておりました。


 だからあたし「あ、はい」とうなずきます。

 ある日突然無くなったので、ちょっぴりさみしく思っていました。

 


「あそこを叩き潰したのは俺だ」



 え……!?



「店の主は魔女でな、精霊の宿った剣とかフードとか、入手困難なアイテムを売っていた。闇のルートを持っていたに違いない。

 おそらく伸びるだろう。

 だから俺様の秘儀、営業妨害上級タクティクスで叩き潰してやったのさ。

 営業妨害上級タクティクスには一切の死角などない。

 つぶした後まで綿密に計算している。

 だって店の主に再起してもらったら困るだろ?

 だから再起不能にしてやったのさ。

 オーナーのルーシェルは懲役100年の刑。今頃、豚箱の中だ」



 ひ、ひどい……



「どうだ、この破壊力。

 伊藤の店も最初はひのきの棒しか売らない変な店程度にしか思っていなかったから今まで泳がせていたが、俺を怒らせたが最期よ。

 ククク。

 あ、おめぇ、俺の事を酷い奴だと思っただろ?

 それはお前がまだ子どもだからだ」



 え? と顔を見上げるあたしに、ご主人様は続けます。



「冒険者は冒険という戦場に出ると、怪我は当然、一歩間違うと死ぬかもしれんだろ?



 たしかに……。



「死んだからってモンスターを恨むか?

 そんなのおかしいだろ?

 大抵の死因は格上のモンスターに挑んだのか、はたまた油断していたのか、そんなところだろ。

 油断した冒険者の方が悪い。

 俺達商人だって同じだ。

 商人にとって、ビジネスとは戦場だ。

 商売を始めたら死ぬかもしれないのだ。

 油断した方が悪い。

 魔女ルーシェルは、俺の商圏で商売を始めた。

 格上の俺がいることを計算せずに、挑戦してきたのだ。

 だからその挑戦を受けてやっただけだ。

 だけど、俺は優しいんだぞ。

 営業妨害タクティクス極をしようすると、ビジネス相手を絶命させることだってできる。

 だが殺さずに生かしておいた。

 それだけでも十分すぎる恩情だが、さらに俺の愛は深い。

 もしすぐに豚箱から出てこられたらどうなると思う?」



「また、頑張って、お店を再建して欲しいです……」



「なかなか賢いぞ、ノエル。

 きっとそうなるだろう。

 あの女は懲りずに、また魔法ショップを始めようとするに違いない。

 そして負けた悔しさから、再び俺に挑戦するやもしれない。

 言っとくがルーシェルは弱くねぇ。

 かなりの切れ者だ。

 俺が手加減して倒せる相手ではない。

 もしかしたら、営業妨害最終奥義を発動させなければ勝てないかもしれない。

 そうなれば、ルーシェルは間違いなく死ぬことになる。

 そうなったら悲しいだろ?」



「……は、はい。悲しいです」

 

 

「同じ商売人だ。

 俺だって殺したくはないさ。

 だから温情をかけて豚箱につっこんであげたんだ。

 情けをもって豚箱に入れる奸計、『密告100年殺し』を使ってな。

 これにはまだ続きがある。

 ルーシェルはエルフ族の魔女だ。

 わりと長生きする。

 だから檻の中に、俺の寿命が尽きるまで封印してやったのさ。

 これで俺とぶつからずに済むだろ?

 分かるか?

 これが商売人の愛だ。

 勝負した相手のことを、最後までちゃんと考えてやることも大切なんだぞ」



「あ……。は、はい」



 ところどころ違和感を覚えたものの、ご主人様の力説に思わずうなずいてしまいました。




「よし。

 賢いぞ、ノエル。

 俺はお前を一人前にしてやる。

 娘のカトリーヌは思いやりのあるやさしい子だから、商人に向いていない。

 ビジネスは戦場だ。

 商人は時に非情な手にでなくてはならないからな。

 だからお前が立派な商人になって、カトリーヌを支えてやるんだぞ。

 ところで、お前、営業妨害に抵抗があるんだろ?」



「は、はい……。人の嫌がることはしたくありません」



「ふふふ。

 安心しろ。

 本日は初級編だ。

 どうして営業妨害に抵抗があるのか言い当ててやろうか?

 お前は営業妨害をいけないことだと思っているからだ」



 マジマジと顔を見て問われたので、勇気を出して本音を言いました。


「あ、はい……。意地悪をすることはよくないと思います……」



「だろうな。

 大抵の商人は数術ができる。

 このスキルが低ければ、ビジネスではすぐに絶命する。

 お前はラッキーだ。

 この俺様に直に数術を学べるのだから。

 ちなみに俺の数術スキルは87ある。

 そんじょそこらの勇者や商人の育成機関で教えているレベルを遥かに凌駕している。

 大数の法則っていうのがあってだな、これは商売をする上で基本的な考え方になる。

 それをこれからお前に伝授してやる。

 これを学べば、商売上手になれるぞ」



 そういうとご主人様は道端にあった小さな枝を握り、地面に何やら書いていきます。

 あたしは学校へ行ったことがありません。

 営業妨害は怖いですが、勉強を教わるわくわく感もありました。



 奴隷のあたしなんかが、勇者塾で教わる勉強ができるって感激です。

 たいすうのほうそくってなんだろう、そんな気持ちでご主人様の隣に座りました。



「いいか。ノエル。

 想像してみろ。

 六面体のさいころを6回振って、1はどれくらいでると思う?」


「えーと、1回くらい?」


「違う。

 3回かもしれんし、1回もでないかもしれない」


「……はい、そうだと思います」



「だがこれを6000回振ったらどうだろう。およそ1000回は1がでるだろう。これを大数の法則という。ここまでは分かったか?」


「あ、はい」


「大数の法則を用いれば、『営業妨害』=『ノエルの喜び』と証明できる。

 ノエルは、俺の機嫌がよかったらうれしいだろ?」



 そりゃそうです。

 ご主人様が不機嫌だと、あたしにキツクなります。

 だから「はい」とうなずきました。



「よし、これで『俺の幸福』 = 『ノエルの幸福』が仮定できた。

 だが、これだと確率は1/1。

 サイコロの時の理屈と一緒で、まだ不確定なものだ。

 カトリーヌや女房の機嫌が良くても、お前はうれしいだろ?」


「……あ、はい」


「これで『我が家の幸福』 = 『ノエルの幸福』がさらに強固になった。

 我が家が幸せになるためには、伊藤の店がつぶれなくてはならない。

 伊藤の店をつぶすには、営業妨害しかねぇ。

 伊藤には奴をひいきにしている上客がいる。

 だから俺一人の力では無理だ。

 ノエルのバックアップがいる。

 だが今のノエルは営業妨害ができない。

 だったらこれから営業妨害タクティクスを覚えるしかない。


【証明式】

『ノエルが営業妨害タクティクスで伊藤の店をつぶす』=『俺はうれしい』=『ノエルもうれしい』

 この確率は1ではない。

 嫁と娘もいる。

 だから3倍になる。


 つまりこういう結果が導き出せる。


『ノエルが営業妨害タクティクスで伊藤の店をつぶす』=『ノエルは無茶苦茶うれしい』


 営業妨害こそお前の喜びなのだ!

 どうだ、分かったか!?」




 ご主人様は一息ついて、にっこり笑いました。



「なぁに、心配するな。

 初級編はわりと簡単だ。

 さすがのお前でも、客としてなら伊藤の店に潜入できるだろ?

 堂々と表から入ればいいだけだ。

 そしてひのきの棒を一本買え。

 そしてクレームを言うのだ!

 な、簡単だろ。

 でもこれだけでも十分度胸がつく。

 中級編になると一気に難しくなるが、お前ならできる。

 立派な商人になれる!

 さぁ行くのだ!」



「あのぉ……。

 買えっておっしゃいましたが、お金はどうしたらいいんですか?」


「ふふふ。

 たしか伊藤は相当な推理眼を持っていると噂されているが、所詮三流。いや、五流よ。俺はその上をいく。

 ノエル。

 お前は5ゴールドを持っている。

 そしてその金は、胸のペンダントの中にしまっている」



 え。

 ど、どうして知っているんですか……!?



「ククク。

 お前がいつも大切そうにペンダントを見ていることは知っている。

 俺は半年前に駄賃をやった。

 髪が長いから床屋に行って切るように付け加えてな。

 だがお前の髪は短くなっていない」



 このお金は、いつかお母さんにあげようと思って……。

 故郷は滅んじゃったけど、きっとお母さんはどこかで生きていると信じています。

 どこかであたしを探している。

 そんな気がして……。

 だからお母さんがあたしを迎えに来てくれたとき、困らないように、お母さんのペンダントの中に大切にしまっていた――

 そんな5ゴールド。



「ククク。

 図星だな。

 金を使わないところを見たら、お前、お金を貯めたいんだろ?」


 弱々しくうなずきました。


「くくく。やはりな。

 そんなお前に、商法の秘訣を教えてやる。

 金を貯めているうちは、決して財布は大きくならない。

 金は回すものだ。

 知っているか?

 金は使った分だけ返ってくるものなんだぞ。

 そうやって商人は自分の懐をでかくしていく」



 確かに気前よく使ってくれる人のお店に行きたくなるという心理は、なんとなくですが分かるような気もします。



「だから俺はお前に金を使わせてやる。

 そうしたらいっぱい増えて、すぐ返ってくるぞ。

 お前は5ゴールドをなげうって、クレームをつけ、伊藤からそれ以上ぶんどればいい。自ら身銭を切って投資した分、必死に回収しようと頑張るだろう。

 これが自己犠牲の精神だ。

 俺は同時に努力する精神をお前に教えてやっている。

 そしてこれを背水の陣という。

 俺はさらに、最強の陣形まで伝授してやっているんだぞ。

 お前がもし徴兵されて奴隷兵長を任されても、営業妨害タクティクスを使えば如何なる敵も即座に粉砕できる」




 ……。

 色々教えてもらいましたが、ひとつハッキリとわかることがあります。




 伊藤さんは、危険なお薬を密売する悪い人です。

 そして伊藤さんは、珍念様を恐ろしい破戒僧にしたのです。




 昨日、珍念様という立派なお坊様を見かけました。

 身寄りのない貧しい子供たちにパンを配ったり、寺子屋とよばれる無償のスクールで勉強まで教えたりしているそうなのです。


 すごいなと心から思いました。

 あたしもお話がしたいなと思い、お仕事が終わると珍念様の寺子屋に行こうとしました。



 その時、ご主人様がこっそり教えてくださったのです。

 いつも勢いのあるご主人様ですが、いつになくさみしそうな顔をしていました。



「行くな!

 行くんじゃねぇ」


「ご主人様。急にどうされたのですか? 目が真っ赤ですよ」



 あたしは驚きを隠しきれませんでした。

 だってあの厳格なご主人様が、男泣きをしているのですから……



「うぅ……

 確かにあの珍念はなかなかの人格者だった……

 マジでいい奴だったよ。

 かつては、俺の店に毎日のように托鉢に来てくれた。

 俺はあいつが大好きだった。

 だから俺は、あいつの足元に小石を落としてやって『拾え。恵んでやる。その石が10個になったら1ゴールドと交換してやる』と言ってやったんだ。

 その後、お使いだとか、肩もみだとか、店の前の掃除とかを0.1ゴールドでこき使ってやった。

 俺を酷い奴に思うだろうが、実はそうじゃない。

 俺は奴がでかくなると信じていた。

 だから精神修行をつけてやったのだ。

 やっぱり睨んだ通りだった。

 奴は偉い坊さんになって、ペーペーの小僧から寺持ちの住職にまでクラスチェンジした。俺がこっそりと修行をつけてやったからだ。

 だから俺は奴を認めていた。

 奴にも営業妨害タクティクスを伝授してやろうと思っていた。

 ライバルの寺をぶっつぶして、天下一の大僧侶にしてやろうと思っていたんだ。そして俺と組んで、俺はビジネスで儲けて金を回し、その金を元手に珍念の寺をFC化させ、どんどん信者を増やして、ガバガバお布施が入る仕組みまで構築しようとしていたんだ。

 俺と奴が組めば、天下が取れる。

 だがその夢は、ついえた。

 奴は、終わっちまったんだ。

 ひのきの棒で木魚を叩くようになってから、あいつは変わった……」

 


「それはどういうことですか?」



「あいつはヤクの売人だ。

 伊藤から危ねぇ白い粉を卸してもらって、パンに混ぜてガキ共に配っている。

 一度それを口にしたら、もう止まらない。

 欲しくて欲しくてたまらなくなり、幻覚作用まで引き起こしちまう」



「……ど、どうしてそんな恐ろしいことをしているのですか?」



「簡単よ。

 忠実なる下僕が欲しいからだ。

 あいつは寺子屋でマインドコントロールをしている。

 一日一善という名の恐ろしい洗脳術でガキどもをアゴで使っている。

 ところで一日一善って知っているか?」


「いえ」


「毎日ひとつ良いことをやることを、一日一善という」


「よく分かりませんが、それってすばらしいことではないのですか?」


「おい、気をつけろよ。

 お前みたいな単純バカは魔法耐性も低いから、すぐにひっかかっちまう。

 いいか?

 絶対にやるんじゃねぇぞ。

 一日一善は恐ろしい呪いの経典に書かれている。

 その術中にはまると、毎日最低一回良いことをしなくては不安になるという。いわゆるサイコ催眠の一種だ。

 催眠にかかったガキ共は、何かに憑りつかれたように熱心に近所の草むしりや掃除をやるようになった。

 あいつは宗教法人を持っているんだぜ?

 国とも袖の下でつながっている。

 国から公共事業を高額で下してもらって、そいつをタダでガキにさせているんだ。

 そのうちマインドコントロールしたガキ共を使って、聖戦ハルマゲドンという名のテロを起こすに違いない。

 なぁ、酷い男だろ?

 あいつ、かつては光の僧侶属性だったのに、いつのまにか破戒僧になっちまったんだ……」

 



 心やさしい珍念様を恐ろしい破戒僧にしたのは、伊藤さんです。

 絶対に許せません。


 

 どういうことでしょう。

 悪というキーワードで、いくら頑張っても、まったく思い出せなかったお母さんの記憶が、突如目の前にフラッシュバックしてきました。

 


 お母さんは、あたしを抱いて大勢の人の前で声を張り上げていました。



「我々は誇り高きエルフ族。

 如何なる逆境の波が押し寄せようとも、絶対に悪に屈してはならぬ。

 今こそ、正義の名のもとに剣をとるのだ!」



 みんな大粒の涙を流していました。

 まだ幼かったあたしには、お母さんが何を言っているのか理解できませんでした。

 だけど、あたしはお母さんを誰よりもカッコいいと思いました。

 お母さんを尊敬しています。



 あたしだって悪に負けません。

 伊藤さん、あなたは紛れもなく悪。

 だけど、あたしはまだ力がない。

 だから、あたしはあなたを倒すために営業妨害タクティクスを会得します。

 

 

 

 

 

 

 

 ここが伊藤さんのお店……

 白く無印の外装。

 剣や槍がズラリと並ぶご主人様のお店と異なり、なんとも清潔感のあるコンパクトな印象。

 ですが、このお店は裏で白い粉を売っています。

 あたしはお母さんの為にとっておいた大切な5ゴールドを握りしめて、悪の商人、伊藤さんの店に乗り込みました。

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