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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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137 僧侶

 アイゼンハードの下水溝。
 暗く汚く換気の悪いジメジメしたこの場所で、物語は新たに歩み出そうとしている。


 王と姫菊は熱い握手を交わした。



 それを珍念は、黙って見つめていた。
 彼がこの場に訪れたのは、偶然ではない。

 必然的事項である。
 そして、やはりあの男の計算によるものでることは言うまでもあるまい。





 数時間前。
 珍念は、いつものように伊藤の店に訪れただけだった。

 いつもは自分が木魚を叩く為にひのきの棒を購入していたのだが、この日の購入目的はちょっと違った。

 ついに弟子の数人がクラスチェンジして独立開業することになったのだ。
 弟子は寺を持つことになる。
 だから木魚を叩くためのひのきの棒をプレゼントしようと思ったのだ。
 珍念の心はとても高揚していた。
 弟子の成長が嬉しいのだ。
 これでもっとたくさんの人を幸せにできる。
 弟子たちと手分けをすることにより、もっとたくさんの不幸をこの世界からなくしていける。だからワクワクした気持ちで、伊藤の店に訪れていた。


 そんな珍念に、伊藤は言った。
 いつものように眼鏡の中央に指を添えて。


「珍念様。そろそろ僧侶をご卒業された方がよいと思います」


「ええええ!! ど、どうしてですか!?」


 伊藤は黙って珍念を見つめているだけだった。



 珍念はヴァルナと別れた後も、一日も欠かさず修行を続けていた。
 雨の日も風の日も、黙々と修行をしてきた。
 毎日毎日、木魚を叩き続けた。
 既にどの角度からひのきの棒を叩けば、どのような反応をするのか熟知しまくっている。

 故に、姫菊が襲われたとき、ひのきの棒一本で無数の矢を弾き返すことができたのだが。
 それは、今の珍念にとってあまりにも容易な行為である。


 それほど熱心に修行してきたというのに、伊藤は僧侶を辞めろと言ったのだ。
 珍念は、僧侶以外の生き方を知らないし、そもそも僧侶を極めたいと思って修行を続けている。

 さすがの珍念も、この言葉には反論した。


「伊藤さん! 僕はプロの僧侶を目指しているのです。卒業なんてできません!」

「いえ、あなたは卒業すべきです」

「どうしてですか?」

「ではお聞きします。あなたが僧侶になった理由はなんですか?」

「……そ、それは人のお役に立ちたかったらです……」

「あなたの僧侶レベルは既に9999に達しています。もはやこれ以上の成長を望めません」


「ええええ!! それはどういう意味ですか!? 僕はまだまだ未熟です。だからもっと修行をして……」

「それは珍念様の自由。ですが、あなたの今の現状は、既にクリアしたゲームを何周もやりこみ、さらにレベル上げをしている状態です。そしてレベルは極限状態。そのようなプレーヤーがやることは、ひとつしかございません」


「ええええ!? そ、それは?」


「転職です。新しい職業に就き、新たなスキルを身に付けるのです。そうすれば、今まで見えなかった世界が見えてきます。今までの珍念様では救済できなかった者達の世界を知り事ができ、さすれば彼らを救う事が出来るのです」


「僕が知らない世界……?
 お言葉ですが、僕はいろいろな方達と出会ってきたつもりです。
 まだ僕の知らない不幸が、この世界にははびこっているのでしょうか? 
 ……いえ、世界は広く深い。
 僕なんかが知らないことはまだまだ山ほどあると思います。
 でも、僕は僧侶という職業が好きです。
 僧侶のままでは、この世界を救えないのでしょうか?」

 
「……無理でしょう。
 何故ならそれが僧侶の限界だからです」


「なんでですか?
 僧侶の限界ってどういうことなのですか?
 ……世界を救える、その職業は?」


「プロ野球選手です」



 は?



 珍念が目を丸くしたのは言うまでもない。
 僧侶を辞めて、プロ野球選手を目指せってどういうことなのだ?
 まったく意味が分からない。
 自分はキャッチボールすらしたことがないのだ。
 ルールすらまったく分からない。
 だって自分はスポーツとは無縁の世界で生きてきたから。


「……珍念様はご存知でしょうか? この世界を一時的に救ったのは実は野球だったのです」


 そんなこと、知らないよ。
 野球が世界を救った??
 なんだよ、それ。



「されど暴力の世界を平定した野球は、所詮、更なる暴力を生むだけでした。だからあなたは目指すしかないのです。真のプロ野球選手を! 僧侶ではこの世界を救えません。この混沌とした世界を正すことができるのは、真のプロ野球戦士だけなのです!」


 珍念は固まってしまった。
 まったく分からない。
 だが……
 珍念は反論できなかった。

 だって伊藤が間違ったことは一度もないのだから。

 無茶苦茶な理論を言うが、いつも最後は正しい……


 だから珍念は、黙って向かうことにした。
 伊藤が指示した、武器屋ストリート2番街。
 そこで目撃したのが姫菊京香だった……
 彼女は拡声器を握って叫んでいた。

「野球は殺さなくても面白いのです。正しい野球をやりましょう!」と。


 珍念は目を丸くした。
 なんだよ。それ。
 野球って楽しいスポーツじゃなかったのか。
 殺すってなんだよ?



 珍念は自覚した。
 自分は寺に籠もり過ぎていた、ということを。
 人を救うために修行してきたつもりだったのが、自分は世間の常識がずれてしまっていた。
 野球とは健全なスポーツだと思い込んでいた。
 まさか野球とは、人を殺したらスコアが上がるとは夢にも思っていなかった。


 だから伊藤は断言したのか。
 僧侶では世界を救えない、と。


 珍念は確信した。
 人に幸せを伝えることができるのは……世界を救えるのは……

 それは僧侶ではない。
 真のプロ野球戦士だけだ。
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