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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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136 葛藤

「姫菊さん。わしには責任がある。殺人野球を容認したのはわしの責任だ。だからわしは、命に代えても球界と戦っていく必要がある」


 王の話はそこで終わった。


 かつてアイゼンハードの王と呼ばれた人間は、ただの貧しい少年だった。
 言葉すら話せぬ一人の少女を救うために、奮闘し、そして世界を変えるために、王という地位を目指した。



 姫菊は言った。



「私達は……あまりにも違い過ぎる」


 王は次の言葉が怖かった。


 何故なら、姫菊なら自分に賛同してくれると思っていたからだった。
 正義のために万進している彼女なら、自分の心が分かってくれると……


 だけど彼女から帰ってきた言葉は、二人の隔壁……


 ……そうか……


 結局、自分は逃げてきただけだった。
 ゆとり教育を認め、殺人野球を引き起こすきっかけを作ったのは自分だというのに、王の席から逃げるように姿をくらまし、このような下水にひっそりと生きながらえている。
 球界と戦うための密かに戦略を練っていると言えば聞こえこそ良いが、何か特別な功績をあげているわけではない。

 ハッキリ言ってしまえば、無駄に延命しているだけだ。
 ドブネズミのように、誰の役にもたたず、誰もいないジメジメした場所でコソコソと無計画に生きているのと変わりはしない。

 弱者。
 負け犬。
 敗者。
 役立たず。


 この言葉こそ、自分にふさわしい。


 一方、姫菊は、恐ろしい球界と戦っているのだ。
 不殺の野球を武器に、容赦ない野球戦士達と全力でぶつかっていっている。
 敵は既に野球のルールすら捨てている者も少なくないのだ。違反とされている毒ガスやロケットランチャーまで使用してくる。それをバットとグローブだけで応戦している。
 更に仲間からも見放されたというのに、それでも懸命にくらいついている。



 この二人を短い言葉で例えるなら、負け犬と挑戦者。
 これを果たして、同士と言えるのだろうか。



 ……いや、到底言えるはずもないだろう。



 姫菊をここへ招いたのも、球界と戦っていくには彼女の力を必要だと言えば聞こえはいいが、実のところ逃げていただけだ。


 悪と戦うことから逃げていた。


 自分は、姫菊のように恐ろしい野球選手を目の前にして、果たしてネクストバッターズサークルから腰を上げ、バッターボックスに向かえるだろうか。バットを握れるだろうか。バットを構えることはできるだろうか。

 相手の狙いは、キャッチャーミットではない。
 自分の心臓だ。

 敵はストライクなんて欲しくない。
 奪いたいのは、三振ではない。
 相手の命を奪いたい。
 だから奴の狙いは心臓か顔面。良くて利き手、利き足。

 それが野球だ。
 野球とは、命を奪い合うゲームなのだ。

 相手を抹殺するために、マウンドに立つ。
 それこそ、人々を熱狂させる真のピッチャーの姿である。

 相手はプロだ。
 放つ球は、時速300キロを超える。
 野球装甲をしていても、そのような剛速球を浴びればひとたまりもない。



 球界と戦うと言いながら、それが怖かった。
 直接戦うことから、目を背けてきた。


 姫菊さえ来てくれたら……
 彼女と会えれば……

 それはただの言い訳。
 手詰まりになった自分を慰める手段なだけ。


 ただ……


 こんな私の話を聞いて欲しかった。
 頑張った自分を知って欲しかった。



 殺人野球の根源……
 ゆとり教育の発端……
 それを生み出したのは、自分だ。
 だから、せめてもの償いをしたかった。
 でも、何もできずにいた。
 それを聞いてもらいたかっただけ。
 ただの言い訳を、今、最も輝いている者に聞いてもらい、少しでも慰めて欲しかっただけだったのかもしれない。


 よく頑張ってきましたね。
 一緒に頑張りましょう、と。


 ……だけど姫菊は、そのような甘い生き方をしてきていない。


 野球の練習すらしたことの無い自分なんかが、球界を変える……
 そんなこと、どの口が言うか!
 そう言われても仕方ないことを、自分は行ってきたのだ。


 一緒にいる、仮面の少女、僧侶、聖騎士、ニヒルなコートの男……素性こそ分からないが、それぞれ壮絶な人生を送ってきているのだろう。
 どういう訳か、皆、ひのきの棒を装備しているが、その双肩から発しているオーラが違う。その者達と、自分なんかが肩を並べるなんて、それこそおこがましいことなのである。




 だから王は自分の中で決めていた。
 彼女たちが、もし仲間になってくれなかったら、自分も、自分の手で立ち上がると。
 わずかに残った財産を使い、球団を立ち上げ、球界へ殴り込みをかけると。
 おそらく犬死になるだろう。

 姫菊のように野球の練習をしてきていないのだ。
 もちろんスライダーやカーブを投げられる訳もない。バッティングスキルも皆無。金のない球団の、さらにこんな最弱なリーダのもとに誰が集まってくれるのだろうか。

 いや、一人だけいた。

 人類で最初に殺人野球をした、ゆとりに毒された不良。
 アツシだ。

 彼は無理やり殺人野球をさせられ、片足を失った。
 されど野球を恨まなかった。
 かつてアツシは、粗暴の悪い不良だった。
 熱血教師である二宮金四郎を小馬鹿にしていた。
 自分はゆとりタクティクスを極めたゆとりのエリートだと、錯覚していた。
 だが、今までの行いを後悔して、ひそかに殺人野球を食い止めようとしている王の世話を買って出たのだ。
 王にとって同士は、いや、心から信じ合える仲間は、アツシだけだった。
 だからこの二人で、夕暮れの高架下、キャッチボールから始めることになるだろう。

 でも、いい。
 そうするしかないのだ。
 そうやって少しずつでも練習をしていかないと、野球がうまくならない。
 何もしなければ、ルール無用のプロ野球選手と渡り合えるはずなどないのだから。でも高架下でキャッチボールをすれば、わずか0.000000000001%くらいは上がるかもしれない。

 でも、それでいい。
 それしかないのだから。


 そんな気持ちで、王は姫菊を真っ直ぐと見た。
 姫菊は静かに口を開いた。


「確かに私たちの立ち位置は違うかもしれない。私は一人の野球選手。あなたは権力者。あなたと私の心は違います。私の思いを、あなたは共感できないと思います」


 権力者……
 すなわち、この世界の責任者。
 今あるこの惨状は、すべて王にある。
 今横暴している殺人野球こそ、すべての悪の根源を根絶やしにできる正義の所業と、庶民に認知させたのは、まさしく権力者の成しえた悪行である。


 王は、姫菊の発したこの言葉を、そのように捉えた。


 まさしく正論だ。
 でも、このように面と向かって言われて、さすがに堪えた。
 王はぐっとこらえ、それでも姫菊の目を真っ直ぐ見た。

 何と言われようとも構わない。
 自分は前を向いて、躍進するのみ。

 野球の経験のない自分だって、殺人野球をとめてやるんだ。
 いや、止める事は出来なくとも、動くくらいはできる。
 命を狙ってくる悪の野球選手らに、渾身のストレートを投げつけてやるくらいはできるはずだ!


 だが、姫菊の口からは意外な言葉がでた。


「……でも……
 王様は野球を止めるために動かれている、いわば野球と相反する者。
 私は本当の野球のすばらしさをみんなに伝えていきたい。みんなに野球の楽しさを伝えていきたい。殺さない野球は、楽しんだって!
 王様はさきほど、良い世界を作っていきたいとおっしゃられましたね。
 その気持ちは私も同じです。いい世界を作っていきたいのは一緒です。王様、一緒に殺人野球を止めましょう!」


 そう言って姫菊は手をさしのべてきた。
 王は涙した。
 そして姫菊の手を強く握った。



 姫菊はそっと目を閉じた。
 彼女は、心の動揺を隠しきれなかった。


 ――この今感じている感情ははなんだろう?
 この手の震えは……
 この熱い躍動感は……
 そうだ!
 この人は自分と同じなんだ。
 王様は自分と同じように、世界を変えるために戦おうとしてきた。
 この理不尽な社会を変えるため――
 殺人野球こそ正義という、間違った世の中を正すために……




 これが新たなる球団――レッドイーグルの誕生した瞬間だった。



 不殺を誓う姫菊京香を筆頭に、様々な心の葛藤をもつメンバーたちが集った。
 これより球界が大きく揺れる事となる……
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