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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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135 王の懺悔6

 この日も日が暮れると、びっちに餌を与えるため、動物園に忍び込んだ。
 バナナの皮でこけるゴブリンゴリラが、威圧的な眼差しでギロリと睨みつけてくる。

 私はびっちの檻の前までやってくると、リュックの中身を見せた。

「ほら、びっち。パンの耳だ」

「あーん、あーん(わーい、うまうま)」


 びっちはぱくぱくとおいしそうに、パンの耳を食べてくれた。

 その日から私は、びっちに会うのが楽しみになった。



 昼間にやってくる客たちは、びっちを破壊神だと罵り、石を投げつけてくるのだ。
 だけど、私はこうしてびっちと長い時を過ごすことによって、彼女のことを知ることができた。
 びっちは普通の女の子だった。
 きっと何も悪い事をしていないのだろう。
 無実の罪で捕まり、この檻の中で見世物にされている。

 びっちは「あーんあーん」としか自己表現ができないため、無実であるという主張ができない。
 それをいいことに、彼女一人を悪者にしようとしている。
 その時の私は、絶対にそうだと確信していた。


 だから、いつかびっちをこの檻から逃がしてやろうと心に誓っていた。


 私がビッチに餌を与えることは誰も知らない。
 唯一知っているとしたら、バナナの皮で転ぶゴブリンゴリラくらいだろう。

 ゴブリンゴリラは、ビッチ以上に知能が低い。
 バナナの皮を足元に捨てれば転ぶということを、いつまで経っても学習していない。
 今日もドテン、ドテンと転んでいる。



 あっという間に2週間が経った。
 この日も私は動物園に忍び込んだ。


「ほら、ビッチ。餌だ。食ってくれ」

 そう言ってリュックの中身を見せようとしたその時だった。
 ふと私は、ビッチの檻の書かれてある張り紙に視線がいった。
 そこには恐ろしい文字が書かれてあった。

『龍の月の華の日。びっちを処刑日す』


 ……お、おい。
 龍の月の華の日といったら、明日じゃないか……



 びっちは殺されてしまうのか!?
 びっちは自分の置かれた処遇を理解していないのだろうか。


「あーん、あーん(パンの耳、うまうま)」といつものように嬉しそうに、パンの耳を頬張りながら鳴いている。


 私を襲ったのは焦りという感覚だった。


「お、おい! ビッチィ! ここから逃げるぞ!」

 ビッチの格納されている檻は、動物園の中で一際頑丈だった。
 子供の力でどうにかなるものでは、到底ない。
 それでも私は、必死にビッチを救おうと、大きな石を何度も鉄格子にぶつけた。

 
 どうしたということなのだ……

 
 頑丈な檻が、少し開いた。
 錆びていたのか老朽化していたのか、さっぱり分からない。
 だが、それを考えている時間などないのだ。
 すぐに私はびっちの手を引いた。


「なんだ! さっきの音は!?」

 やばい。
 見張りの連中が戻ってくる。

 その時だった。
 ゴブリンゴリラが派手に転んだ。
 立ち上がると、また派手に転ぶ。

「なんだ、なんだ。またゴブリンゴリラが転んでいるのか……。うるせぇな。このトンチキ」
「寒いし、戻って一杯飲もうぜ」
「だな」

 見張りの連中はそう言いながら、笑っている。

 ゴブリンゴリラが私を一瞥した。
 そして顎の先を柵の外へ、クイと向けた。



 ゴブリンゴリラ……あんた、もしかして……
『行け!』
 そう言っているのか……?



 私はひとつ頷くと、私はびっちの手を引いて柵の外へ向かった。


 ドテンドテンとゴブリンゴリラが転ぶ音がしばらく続いた。



 だけど更に数分のち。



「あ、びっちがいないぞ!! どこだ!?」



 さすがに気付かれたか。
 私はびっちの手を引いて、とにかく走った。


 松明を持ったたくさんの警備兵が追ってくる。


 びっちは「あーん、あーん」と鳴いている。
 それだと茂みに隠れても、すぐに見つかってしまう。


 ちくしょう。
 びっち、黙ってくれよ。


 それでもびっちは、あーん、あーんと鳴いている。
 もしかして、私に何か伝えようとしているのか?


 びっちは「あーん、あーん」としか言わない。


 ……
 さっきのゴブリンゴリラは、無言のまま、私に行け! と告げた。


 ま、まさか……




『あーん、あーん(アル君。ありがとう、もういいよ。あたし、処刑されちゃうの……決まっていたから)』



 そう言っているのか!?
 そ、そんな。


 びっちは、あーんあーんとしか言わない。



 やばい。
 警備兵が近づいてくる。
 私はビッチの口を抑え、茂みに隠れた。



「おい、ビッチ、どこだ!? 今出てきたら、あんぱんをやるぞ」



 あんぱんなどに釣られる僕らではない。


「おら、ビッチ。あんぱん、俺が食べちゃうぞ」


 何度も言うが、あんパンなどに釣られるびっちではない。
 だけどびっちは私の手を振りほどいて、警備兵の方へ走って行った。





 ……も、もしかして……
 私を逃がすために、びっちは警備兵の方へ走って行ったのか!?


 きっと、そうだ……
 だって彼女は一度も振り返らなかった。
 もし振り返ると、彼女を檻から連れ出した仲間がいることをばらしてしまうから。



 最後に「あーん、あーん」と言って、ビッチは警備兵に捕らえられた。


 私は声を殺して泣いた。

 

 私には分かった。
 びっちは……ありがとう……。
 そう言ったに、違いない。

 

 
 それから、びっちは警備兵たちに連れらえて処刑されたと聞く。

 

 
 その日から私は、国を動かせる偉い人を目指そうと心に誓い、猛勉強をした。
 そして死に物狂いで努力を重ね、長い時をかけ、王へなることができた。

 

 良い国を作りたい。無実の人が裁かれる世をなくしたい。
 ただ、それだけだった。

 

 だが――
 私はゆとり教育という魔性の学問を領民へ広めてしまった。
 その結果、殺人野球が生まれてしまった……

 

 
 私は良い王を目指そうとした。
 だが……
 私は……
 ただの無能だった……

 

 * * *

 

 
 そこで王の話は終わった。

 暗い下水の奥の部屋。
 姫菊達は、この無常なる話を黙って聞いていた。

 
「あーん、あーん(やばやば)」と泣いている謎の少女の正体は、結局分からず仕舞いであった。
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