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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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128 あの惨劇の生き残り

 姫菊たちを囲んでいた野次馬の隊列は崩れた。
 殺人野球を崇拝する者たちは、予期せぬ援軍達にひるんでしまったのだ。

 姫菊の一団は、その隙に逃走をはかった。
 だが愚民たちが、我を忘れて呆然としたのは、ほんの一瞬だけだった。

 誰かが叫んだのだ。

「奴らを許すな! いいのか! 不殺の野球を許すと、再びゆとりを使徒が世界を襲うぞ!」

 ゆとりの使徒――
 かつて世界を暴徒の渦に叩き込んだ、邪教の信者のことだ。

 ゆとりを学びし悪魔たちに、再び世界を委ねてなるものか!

「追え! 追うのだ!」

 そう叫ぶ声は、そばにいた者に伝染し、唖然としていた民衆たちは我へと返り、再び弓を手に姫菊たちを追い始めた。

 姫菊、アーク、珍念、ヴァルナ、ヴェルザーク、そしてその後を仮面の少女が続く。

 一方、追手の数は増える一方だ。

 姫菊たちは、敵をまくために迷路のような細い街路字をくねくねと走るが、その圧倒的数に翻弄されていく。

「あっちだ! やつらはあの角を曲がったぞ」

 どこまで逃げれば諦めてくれるのだろうか。
 姫菊の表情にはそういった不安の念が過っていたかもしれない。それは汗となって頬を伝う。

 それに――

 私の後には、見ず知らずの三人までが同行してくれている。
 いったい彼らは何者なのだろうか。
 赤毛の騎士と剃髪の僧侶は、おそらく殺さずに同意していくれているような気はする。人相を見たらそれくらいわかる。彼らは紛れもなく善人。
 されどもう一人のがっちりした体躯の長身の男性。
 精悍な顔をしているが、あまり善人のような人相ではない。もし耳が尖っていたら魔族と言われても違和感など微塵もない。
 民衆たちは彼のことを教員と呼んでいたが、そのような風格ではない。心に憎悪を宿している。
 そのような者までも、私の後を走っている?
 どうして?
 わからない?
 とにかくこうなった以上、逃げなくては……

 その時だった。

「こっちです」



 誰かが声をかけてきたのだ。
 いったい、だれが?


 味方? それとも……


 四方八方から追われる姫菊に選択肢はなかった。
 声のするほうに走った。
 そこは袋小路だった。
 高い塀が前方をふさいでいる。
 姫菊は言葉を失った。
 こんなところに来てしまっては……
 もはや活路は閉ざされてしまった。

 しかし地面に穴があり、声はその下から聞こえてくる。


「早く! こっちです!」



「姫菊! どこだ!」

 追手だ。近い。もうすぐ傍まで来ている。
 見つかるのは時間の問題だ。
 こうなったら行くしかない。
 姫菊は声のするほうに飛び込んだ。

 飛び込んだ先には――
 そこにはたいまつを持った青年がいた。
 どうも足が不自由のようだ。
 松葉づえをついて、足を引きづりながら歩いている。

 目が合うと男性はにっこりと目を細めた。

「姫菊様ですね」

「あ、はい」

「私はあなたのような方が現れるのをお待ちしておりました。さぁ、我が主も首を長くして待っております。どうぞ、こちらへ」

 男はそう言うと、洞穴の奥をたいまつで照らした。


「あ、あなたは?」

 男はにっこり目を細めるだけで、それ以上の返答は一切せず、踵を返して歩き出した。
 姫菊たちは、この不思議な男の後を続くしかなかった。

 迷路のような下水を、男に続きしばらく歩いた。
 道は徐々に広くなっていく。
 たいまつがないと真っ暗でまったく見えない場所ではあるが、そこはなんとも広大だった。まるで地下要塞のような、そのような趣を漂わしている。
 アイゼンハードの地下に、このような地下迷宮があったなんて。



 随分と歩いただろう。
 そこは何とも涼しく快適で、地上と完全に隔離された空間だった。


 男は立ち止まった。

「着きました。我が主はこの奥にいます」

 男が照らした先には大きな扉があった。
 そこで男は初めて自己紹介をした。


「申し遅れました。私はアツシと申します。人類史上、最初に殺人野球を体験した者です」



 丁寧に頭を下げて、このように続けた。



「私たちゆとりは、大きな過ちを犯しました。そして生まれたのが殺人野球です。それで私は片足を失いました。ですが……」


 姫菊は大きく息をのみこんだ。
 ……アツシ。
 彼の名を、姫菊は知っている。
 プロ野球選手を目指さす者なら、その名を知らぬものはいないだろう。
 伝説の教師、二宮金死郎が発案した、殺人野球の最初の被害者モルモットが彼だった。歴史書にはすでに死んだと記されていたが、まさかこのような場所で……


 そのアツシの目からは涙が流れていた。


「さぁ、球界のジャンヌダルク姫菊様。早く中へ。私たちはこの日のためにヘドロをすすって生きながらえてきました。あなたはまさしく救世主です。そして、まだ、われわれの戦いは終わっていなかったのです」
いつもお読みいただきましてありがとうございます。
スタイリッシュ武器屋2巻が9月30日に発売になります。
何卒よろしくお願いいたします。
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