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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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126 とある墓地で

 ゆとりショック。
 別名、ゆとりの乱。
 それはたくさんの死者まで出した今世紀最大の無秩序な混乱と、歴史の教科書は記している。

 ゆとり教育の末――
 自分勝手なゆとり世代が大量発生し、民家に火をつけ、殺人強盗、欲望の限りを尽くした。教師がそれを止めようとしても、返り討ちにあってしまう。

 それは凄惨な内乱だった。
 死者400万人、行方不明者4000万人、倒壊した奥屋4000棟……


 それを正したのが野球だった。
 完全に暴徒と化したルール無用のゆとり戦士を、一瞬で黙らせた究極の教育。
 それこそ殺人野球。

 殺人野球こそ最高の哲学だ。
 学者、偉人、哲学者はこぞって殺人野球を高く評価した。



 本当はゴンザークの差し金で動いていた、北村よしおの謀略ではあるのだが、それが分かったのは、これよりもずっと後のことである。
 のちにそれを記した船中八策と呼ばれる書物がでてくる。
 船中八策とは北村よしおが草案した、8ヵ条に渡る新しい国家構想である。そこには、どうすれば大政奉還ゆとりきょういくがスムーズに進行できるかを事細かく記してある。
 まずは軍の最高発令者、国家警備隊の長官、そして王の取り巻きはすべて、ゆとり支持者に置きかけていき、王を丸裸にしていった。
 そしてゆとり=近代国家というデタラメを妄信させた。

 北村よしおは、鼻くそばかりほじっている。
 だから、まさか密かに船中八策を用い、裏工作をしているなんて、とても思えなかった。
 だが北村よしおは銃を作ることができた。
 それはゆとり教育を受けたからだと話す。
 質のいいアイゼンハードの子どもたちがゆとりを受けると、いつも鼻くそをほじっている北村よしおなんて、軽く超えられるだろう。
 王は勝手にそう妄信した。

 だから王は、まんまとゆとり教育を受けるとステルス性戦闘機が作れるのだと信じ込んでしまった。

 王は裸の王様にされてしまい、いくところまでやりつくしてしまった。


 時のアイゼンハード王アレックス21世は、ゆとりショックの責任を感じたのだろうか、疲れ果てた顔でしばらく愕然と宮廷内を見つめていたが、王冠を玉座に置くとそのままどこかへ姿をくらませてしまった。



 *



 そして時は、今に戻る。
 殺人野球が世界を支配するこの現代。




 伊藤はアイゼンハードの北部にある、ユトリキューヤの墓地にいる。
 山を半分以上も削り、見渡す限りすべてが石の墓である。
 ここにはたくさんの罪なき市民が眠っている。

 白いゆりを手にしている伊藤は、どういった心境なのだろうか。
 曇った眼鏡の中央を指で押すと、静かに口を開いた。


「――彼もここに来たのですね。おそらく32分12.591秒前に」


 この男には、分かってしまうのだ。
 だれがいつ、ここに何をしに来たのか。


 彼――
 それはすべての墓に供えられている、あれを見ればすぐに分かる。



 小さな台形の上に丸い球体が載せてある。
 まるで花を手向けるか如く、すべての墓石に供えてあるのだ。


 それは鼻くそだった。


 すべての墓にひとつひとつ丁寧に。
 墓の数は1000や2000どころではない。身寄りのない者には墓石の代わりに木や小石が置かれてある。その前にも丁寧に台形の形に整えた鼻くその上に、球体の鼻くそが置かれてあるのだ。

 鼻くそをほじるのには限界がある。


 伊藤は静かに墓地の道を歩いた。


 伊藤はやや眉間を寄せ、目を細めた。


 鼻くそに血が付着していたからだ。

 もう、ほじるのは限界だったに違いない。

 されど北村よしおは、ほじり続けた。
 さぞ痛かっただろう。苦しかっただろう。
 それなのに――どうしてあなたは、そこまでして……


「……きっとこれがゆとりタクティクスの意地……なのですね」


 伊藤はそう小さく漏らした。


 伊藤が使ったのは意地という言葉だった。
 同時に伊藤はもう一つ別の事項を見破っていた。


 鼻くその形状は、見事にまで整えられた台形、そして完全なる球。
 なんとなく丸めただけでは、このような真球などできるはずもない。
 ここまで完璧な形を形成するためには、ち密な計算が必要である。

 伊藤には分かる。
 この鼻くそは完璧だ。

 高精度の真円度測定機にあててみても、わずかな誤差すら出ないだろう。それが何千個もあるのだ。

 だから伊藤は、悟っていた。
 北村よしおは、ゆとりを超えている。


 ゆとりは、台形の面積は学習しないし、円周率は3でいいのだ。
 だが3では、ここまで完璧なまでの真球の鼻くそは生まれない。


 よしおは、覚醒したのだ。
 ゆとりを超えた、真のゆとりに目覚めている。


 そう、例えるなら、闇のストーカーシュバルツァーがその使命に目覚め、暗黒魔導士から闇と光の魔法どちらも併用できる白銀の追跡者にプロモーションしたように、世の中に必要とされなかったニートのエリックが、この世界に必要とされる伝説の兵法家の血を受け継ぐニードに目覚めたように――




 北村よしおも、覚醒したのだ……




 そしてこの場所は伊藤の他にもいる。


 ざざっ。

 草を踏む音で、その男は自分の存在を伊藤にアピールしてくる。
 そして醜悪な笑みをチラつかせて話しかけてくる。

「伊藤。待っていたぜ」


 伊藤は自分をつけていたこの人物に既に気付いていた。だが声をかけることなどせず、そのまま墓地を歩いていた。
 自分の目的は、ただこれから始まるだろう決戦に向けて、悲惨な最期を告げた者たちに詫びにきただけなのだから。
 自分がもっと早く気付いていれば。
 ひのきの棒が、最強ということをもっと早く知っていたら、このような大惨事を未然に防げたかもしれない。
 それが悔やまれる。


 だから尾行していたスポーツ用品店オーナーを相手にすることなく、花を供えるとゆっくりと手を添えた。


「無視するんじゃねぇよ!」


「……わたくしはあなたに用などございませんから」


「……ククク。口ではそう言っても、本当はてめぇは俺に用はあるはずだ」


 伊藤は少しだけ顔を上げ、ゴンザークに視線を向ける。
 あの男にそっくりだ。
 かつてエルフの少女が倒した、営業妨害タクティクスの使い手に……
 まるであの日の復讐をするために、再び地上に舞い降りてきた悪魔のような形相である。


「わたくしはあなたに用などございません。あなたが勝手に勘違いされているだけです」


「ククク。ならどうして、てめぇは自分の部下を使って、俺の殺人野球をぶっ壊そうとしているんだ? お前は殺人野球が間違っていると思っているんだろ? だけどな、この世界のみんなは殺人野球が正しいと言っているぞ。学校では義務教育でそう習う。もう時代は完全に殺人野球を認めているんだよ。俺は正義って言葉は大嫌いだが、殺人野球こそ、この世界の正義なんだよ。だからお前らはそれに逆らうと、悪党ってことになる」


 正義と悪。
 その言葉は絶対的な指標で図ることはできない。
 立場や時代、目的に応じて、曲がることもあるだろうし、くつがえってしまうことだって往々に存在する。
 だから伊藤は静かに応える。


「事の善悪、それは皆さまの尺度で勝手に想像すればよい事。わたくしのミッション……。それは……」


 伊藤はスーツの裏から、一本のひのきの棒を取り出した。


「な、なんだ! やるってのか? いいのか? 俺はスポーツ用品店のオーナーなんだぞ。ありとあらゆるスポーツ用品店を在庫として持っているし、数年前からアウトドアグッズだって入庫しているんだ。最近のアウトドアグッズはスゲーぞ。もし俺を攻撃してみろ。大気圏中に飛ばしているバーベキューセットからトング型のビームが降ってきて俺を防衛してくれる。
 攻撃力は5000億。
 そんなスポーツ用品やアウトドアグッズを5万と持っている。
 ククク、さぁやってみろ」

「フフ……」

「何がおかしいんだ?」

「そのバーベキューセット。もう少し改良した方がいいですね。おそらくまだそれでは実用化レベルに至っていません」

「ざけんな! なんなら、ここで使ってやろうか?」

「使わないでしょう。現状のこの状態で最大限効果を発揮するなら、一発遠方にでも落として威嚇行為として利用するくらいのみとなります。攻撃力は5000億の攻撃を遥か上空から落としたら、ここ一帯が消滅してしまいます。それを防御するためのスーツなりコロナ―なりを用意しないととても実用化できたとは言えません」

「グググ……。さすがだな、伊藤……。だが俺には普通の武器だってあるのだぞ」

 ゴンザークは懐に手を入れた。ピストルを取り出そうとしているのだろうか。だが常識になるつつあるが、ピストルくらいでは、ひのきの棒に勝てる訳はない。


「構えなくてもいいですよ。わたくしがひのきの棒を取り出したのは、わたくしのミッションをお伝えしようとしただけなのですから」


「……お前のミッションはどうせ正義なんだろ……。あまりにもくだらんわ!」

 ゴンザークはこのように思っていた。
 伊藤はきっと正義の為にこの戦いをやっているのだろう、と。
 正義なんてくだらねぇ。縛りプレーのようなもんだ。正義とは、一定の条件付きで良い事をするオナニー行為。
 大義名分をほざいている者たちが、自分の思想に酔いしれたいだけの自己満足、それが正義だ。そんな題目、聞くだけ時間の無駄である。

 ゴンザークが一番嫌いな言葉、それが正義だった。
 だからゴンザークは、ケッと唾を吐き捨てた。正義ってのは、粗大ゴミの中に湧いた汚ぇネズミがのたまわっている戯言と同等なレベルだ。だから俺様の素晴らしい鼓膜に触れさせるのすら、もったいない。


 だが伊藤は続けた。


「わたくしは商人。正義や悪になど興味などございません。わたくしは損得だけで動いています。これがわたくしにとってメリットがあると思っているからやっております」


「は? 何言ってやがる? 勝てもしねぇのに、メリットがあるってのか? どうせお前らは、正義というくだらないまやかしの為に戦っているんだろ? 死を覚悟してな。だって現にお前は、俺に歯向かっているじゃねぇか?」


「それはあなたの勘違いです。わたくしは何もしていません。それでも歯向かっているとおっしゃるのなら、わたくしの立場から言わせていただくと、あなたが勝手にわたくしのクライアントに挑戦されているだけです」


「何をバカなことを言っているんだ? だってお前らは俺の邪魔をしようとしているじゃねぇか!?」


「違います。あなたがわたくしのクライアントを目の仇に思っているだけです。わたくしのクライアントは、ただ純粋に正義を貫こうとしていらっしゃる。それをあなたが阻止しようとしているだけです」


「……言葉だけでは何とでも言えるわ。お前が言っているのは、所詮、条件反射で返している屁理屈の無限ループよ。力量差だけで計算しても、もはや天文学的数字にまで達しているのだぞ。なんだかんだ言って、お前らに勝ち目なんてないのさ! ククク」


「わたくしという人物を勘違いされているようなので、ひとつご忠告させてください」


「は? なんだ? 命乞いの類なら聞かんぞ」


「この世界の主人公はあなた達です。わたくしは皆さまを支援する者。それが商人という役割なのですから」

「は? その理屈からしたら、俺も主役ってことか? 俺から見れば俺が主役ってのは分かるが、お前にとっても俺は主役なのか?」


「はい。そうです。ゴンザーク様も主役のお一人です。もしあなたが居なければ、このような世界は訪れませんでした。ですがあなたのおかげで、わたくしのミッションは完成しつつあります。わたくしのミッション。それはこの、攻撃力1のひのきの棒で貫けぬものなどない事を立証すること。ただそれだけです」


「……なるほど。
 ケッ。
 クソが。
 伊藤ってどれほどの男かと思って楽しみにしていたけど、とんでもねぇクズ野郎だったな。てめぇは、主役と脇役という言葉を使った。それは必死に戦っている奴らを、空の上の世界から見下している神様が言うセリフだぜ。お前は神を気取ったサディスト。所詮、お前はただの武器マニア。弱いアイテムを駆使して難しいゲームを攻略することを楽しむ腐れゲーマーのように、この世界を舐め切り、外野という安全な場所から、必死で戦う駒たちを傍観して楽しむ無責任な野郎なのさ」


 伊藤はスーツの中にひのきの棒を仕舞うと、ゴンザークの吐き捨てた暴言に応えようとはせず、丁寧に一礼をしてこの場を後にした。


 ゴンザークは目を大きく見開き、伊藤の背中に向けて暴言を投げつけていた。
 当初は、正義がどうとか、悪がどうとか、そんなことを永遠としゃべりまくって説教でもするのかと思っていた。
 まだそっちの方が気持ちよかった。
 だけど奴は、自分を神か何かと勘違いしてやがる。
 だからゴンザークは誓った。
 ――絶対に伊藤を、この殺し合いの野球に引きずり込んで、地上から完全に抹消させてやる。血の言ってきすら残さねぇからな!

 伊藤が消えて尚も、何度も何度もその言葉を繰り返していた。



 伊藤が残した言葉の真意。
 それはどういう意味だったのだろうか。

 ゴンザークの言う通りの意味だったのだろうか。
 この世界は自分には関係にない。自分は武器が売れたらそれでいい。それだけだったのだろうか。
 それとも――


 伊藤は、どこまでもひのきの棒にこだわってきた。
 それにどのような意味があるのだろうか。

 攻撃力たった1のすぐに破損する世界最弱の武器。
 威力を信用する者など、ほとんどいない。
 されど、その武器は如何なる物をも貫くのだと、この物語が始まった当初のころから豪語していた。


 ゴンザークは脅威なまでの軍事力を要する。



 されど伊藤は言った。
 自分は主役ではない。主役はあなた達。――わたくしの使命は、このひのきの棒に貫けぬものなどないことを立証すること、と。


 ひのきの棒とは、果たしていったい何なのか!?
 ひのきの棒にまつわるこの物語は、いよいよ最終局面へと向けて、大きく舵をきりはじめたのだけは紛れもない真実なのかもしれない。
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