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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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125 ゆとり教育と野球6

 グランドに閉じ込められたゆとり戦士たちは、完全にパニック状態になっている。
 それを見ているスポーツ用品店オーナーはニカリと笑う。


 ――ククク。
 あまり知られていないが、ゆとりは最強のタクティクス。
 ゆとりを極めし者は、時代をかえることのできる天駆けるドラゴンになれる。
 ……ゆとり8カ条を悟りさえすれば、な……
 だが、お前たちには無理だ。
 そして、この世界を支配するのは正義や悪ではない。
 恐怖やきゅう惰弱ゆとりを使いこなせる者のみが、時代を自在に操ることができるのだ。
 さあ、我がイニシエーションの贄となるのだ。惰性に生きた出来損ないのゆとりたちよ。


 グランドでは

「……く、くるな!」
「お前こそくるな!」

 ゆとり戦士たちは野球道具きんだいへいきを手放すことができなかった。
 もしそれを捨ててみんなで協力して籠城作戦にでもでたら、勝機はあったかもしれない。さすがに何時間も動かなければ、スポーツ用品店のオーナーは諦めるかもしれない。オーナーは暇ではないのだ。店の掃除とか給与計算とかいろいろやることがある。だがもし動かなければ、その隙に同級生ゆとりせんしに殺されてしまうかもしれない。
 ならその前に殺してやる。
 最初に動いたのは、アツシだった。

 箱に入れてあったボールを掴みとって、クラスメートにぶつけた。
 派手に爆発する。

 服が破け、真っ黒になって倒れた。

 それを見てアツシは猛烈に笑った。
 気でも触れたのだろうか。
 いや、どうも違うようだ。
 アツシの感情。
 それはとてつもない興奮だった。
 これで自分の死ぬ確率は減ったのだ。これを繰り返せば自分は生還できる。それだけではない。なんなのだ。この全身が震える物凄い快感は。そうか! 俺は今、悟ったのだ。俺が生き残るためには、俺以外が死ねばいいんだ。みんなの不幸が俺の幸福。そうだ! これがこの世界の常識。みんな相手を蹴落として生きているのだ。だから俺はもっともっと遠慮なく蹴落としてやる。これこそ真のゆとり!

 アツシはボールとクラスメートに投げ続けた。
 お前らが死ねば、俺は助かる。俺の為に死んでくれ!


 金四郎は叫び続ける。

「アツシ! やめろ! おちつけ! アツシィィ!!」


 スポーツ用品店オーナーは笑い続ける。

「おおお! アー君。すばらしい。あなたはもしかして伝説のゆとり戦士になれるかもしれませんね」


「……で、伝説? なんか知らんが、俺のゆとりタクティクスは最強だ」


 アツシはそう叫んでボールを投げ続けた。
 他の生徒たちも狂ったようにバットで応戦したが、先手を取ったアツシが優勢状態を独占した。クラスメートたちは、ボールにあたって爆発に飲み込まれて次々と四散していった。

 スポーツ用品店オーナーは笑う。

「なるほど、ゆとり戦士としての資質は兼ね備えているようですね。さて、次は、と」

 そう言うと天井を張り巡らせている水晶パネルのひとつを覗き込む。

「じゃぁ次の対戦相手は……、アルフレッド君のクラスにしましょう」


 アツシは「え?」と漏らす。


「アー君、安心してくださいね。アー君にも選手を補充してあげますから。さぁもっとエキサイティングなゲームをのびのびやってください。最強のゆとり戦士さん」


 さっきまで、興味津々でこの殺人ショーを応援していたゆとり観客たちは、真っ青になった。逃げ出そうと走り出す者が続出した。だがスポーツ用品店オーナーは、ありとあらゆるスポーツ用品を大量に在庫として持っている。そしてこのオーナー、最近はスポーツ用品だけではなく、アウトドア商品もラインナップしている。
 アウトドア商品はスポーツ用品とは異質な力を発揮できる。
 いくら逃げたところで、店で販売しているアウトドアグッズで簡単にとらえることができてしまうのだ。
 オーナーは虚空をタップした。
 手元にボタンがズラリと並ぶ。

「ククク。どれに、し、よ、う、か~な?」

 オーナーはボタンを押した。
 ビニールとアルミのパイプが数本飛び出してきた。
 オーナーが選んだのはキャンピング用のテントである。
 最近のキャンピング用のテントは山で迷子になっても良いようにGPS機能がついている。だからいくら逃げても追跡することができるのだ。逃げ惑うゆとり戦士を追跡しながら徐々ににテントの形へと姿を形成している。そして逃走しているゆとり戦士を、ドスンと包み込んでくるくると丸まった。
 テントは野営の道具だけではない。逃走者確保、これが最近トレンドになりつつ新しいテントの使い方である。


「許して! 野球だけは嫌だ!」


「許すもなにも、私はあなた達に、あなたが今までしてきたことをやっているだけです」

「俺達はゆとりなんだぞ。ゆとりは自由だ!」

「そう、あなた達は自由。そういう理由で放火や強姦、殺人までしていました。そして殺人野球も熱狂的に応援しておりました。さすがゆとりと感心しましたよ」

「えへへ」

「あなた達は人が苦しんでいる姿は楽しそうに見ることが出来ても、いざ自分がその立場になると逃げてしまうんですか? あなた達は先ほどまで放火や強盗をしていたのですよ? それは自分が考えたからいいんだという、なんともしょーもない理由で正当化していたのですよ? だから同じ理屈で、このショーは私が考えたのだから、別にいいでしょう? あなたと同じことをしているだけなのですから」


「ごめんなさい。分からなかっただけです」


「ほう? 泥棒したり、放火したり、殺したり、それは分からなかったからかと? そういうことですか」

「ゴメンね。テヘペロ」

「では私も同じことを言いましょう。私も分かりません。テヘペロ。さぁ、気持ちよく殺人ショーの舞台に上がってきてくださいよ」


 次々とゆとり戦士をグランドにぶち込んでは、殺人野球を強要した。
 アツシの片足はもげ、骨まで露出している。

「アー君。ほら、頑張って。仲間を補充してあげますから」


 観客達は、「ごめんなさい。野球はいやだ。野球だけは許してください」と逃げ回っている。

 さすがに王もドン引きした。

 スポーツ用品店のオーナーは、王に向かって言った。

「王様。少年たちに聞いてみてください。野球をするか、それともゆとりを捨てるか?」


 王はこの惨劇を見て完全に判断能力を失っていた。だから放心状態で口にした。

「お前たち。野球と脱ゆとり、どっちがいい?」

 子ども達は泣きながら声をそろえて言った。

「野球は嫌だ。ゆとりなんてやめるよ」

「これからは大人の言うことを聞くのか?」

「あーん、あーん。聞くよ。大人の言うことをちゃんと聞くよ」


 子ども達は泣きをしながら、失禁までしてガクガクと首を横に振っていた。

 王は我に返った。

 暴徒と化していた凶悪なゆとり戦士たちが、泣きながら武器を捨てていくぞ。自分の命までゲーム感覚で奪おうとしていた悪に魂を売った卑劣な少年たちが、次々と改心していくぞ。
 なんなのだ。このスポーツ用品店の男。
 絶対に不可能に思えた脱・ゆとりを、意図も簡単にやってのけたぞ。
 すご過ぎるぞ。この男。そして殺人野球。

 そうだったのか。
 殺人野球が世界を救う方法だったのか……





 ゴンザークは静かに目を閉じた。
 結局、現れなかったか。
 伝説のスーパーゆとりタクティクス使いは……

 かつて時代を変えた伝説のゆとり戦士がいたのだ。彼はどこまでも自由だった。そんな彼はスタイリッシュな和風商人だった。奇抜なことばかり言って、周りをびっくりさせていた。それは今までの常識をぶち破ってきた。そして彼が提唱したゆとり8カ条で時代を変えた。
 それは真のゆとりタクティクスのなしえるわざだった。だから敵も多かった。
 彼の異名は、天駆けるドラゴン。

 
 *

 
 殺人野球の効果は、凄まじかった。
 勉強を嫌がるゆとり戦士の少年に、今まで親は頭を悩ませていた。
 それが今はどうだ。

「言うこと聞かなければ、野球部へ入れるわよ」

 親が一言そう言うと、子どもは真っ青になって机にかじりついて猛勉強を始める。

 万引きをしたゆとり戦士だって同様。今までは、自分で考えたアイデアを否定するのかと逆切れをしていた。欲しい物を手に入れたいけどお金がない。だから万引きをするという斬新な方法を思いついて勇気をもって実行しただけだ。どうだ。この想像力と行動力。それがゆとりの言い分。ゆとり中心の社会では、ゆとりの想像力こそ正義だ。これを覆すことなど到底できない。死罪に値する。
 半殺しにされていた店員は、今は「プロ野球選手を呼ぶぞ? なんなら選手にスカウトしてもらうか?」と言えばいいだけになった。そうすると「勘弁してください」泣いてあやまる。




 野球がアイゼンハードを救った。
 殺人野球が、この地に再び秩序をもたらせたのだ。





 スポーツ用品店オーナーは、すぐに王様に提案した。

「私はゴンザークといいます。コロシアムにいる剣闘士たちにプロ野球戦士に育て上げることをお許しください」

「え? え?」

「定期的に好き勝手やりやがるゆとりのクソガキどもに、野球を見せてやらねば、またゆとりが街を襲いますぞ」

「そ、それはそうだが……、普通に野球をやっている球団の方たちはどうなるのだ?」

「分かりませんか? ゆとりがはびこる混沌とした時代を救うのは殺人野球だけなのですよ? 世界平和の為に球団を変えなければなりません。しかしあなたはこの国の最高権力者。だから問うているのです。
 この世界に秩序を満たす為に恐怖やきゅうを選択しますか?
 それとも自由を与え惰弱ゆとりを許しますか?」


 恐怖と惰性。


 確かに惰性を正すには恐怖しかない。
 さすがにそれは王にも分かる。
 されど……


「何を迷っているのですか? ご覧になったでしょう。自由ゆとりを許すことは滅びの未来しかないのですよ? この世界を救うには殺人野球しかないのです」


 その言葉で、王の目は大きく見開いた。
 ――確かにそうだ。ゆとり戦士たちは野球を体験した途端、手のひらを返したように良い子になった。効果覿面。すご過ぎる即効性だった。確かにこの世界を救うのは殺人野球しかない。殺人野球は正しい。



 王は頷くしかなかった。




 ゴンザークは心の中で笑った。
 目的が成就したからだ。
 これでスポーツ用品店が、武器屋の売り上げを超えることができる。

 何故なら、球界で殺人が容認されたら、今まで売れなかった高価な野球用品が売れるからだ。今回使用した爆薬入りのボール、ロケットランチャー機能のついたバットを始め、脳神経にコードを接続して潜在能力を格段と引き上げることのできる高機能野球アーマーや浮遊機能の付いたジャンピングシューズだってバカ売れする。
 これでスポーツ用品店は新たなる需要が生まれるのだ。

 
 ククク、すべて筋書き通り。


 ゴンザークは見上げた。
 そこには自分が縛り付けた熱血教師、二宮金四郎がいる。


「先生。分かりましたか? ゆとりを正すには殺人野球しかないのです」


 二宮金四郎は泣いていた。
 無言のまま下唇を強く噛み締めたまま、ただ涙ばかり流していた。
 ――許さない。ゴンザーク。いつか絶対にみんなの仇をとってやる。
 鋭い眼光が、そう叫んでいた。


 ゴンザークは懐から手鏡を取り出した。

「これは他力本願の手鏡といいます」


 その手鏡をある一点に向けた。


 そこには「わーい、わーい」と無邪気にはしゃぎながらスキップをしている破壊神の女の子がいた。
 破壊神ゆえに抗争が起きると、どこともなく現れ無邪気に発狂してパタパタダッシュをする性質がある。パタパタダッシュとは、手をパタパタしながら猛烈に走る奇行の一種である。

 その少女は手鏡から発せられる光を浴びると「あーん、あーん」と泣き出した。
 さっきまで笑っていたというのに、いったいどうしたというのだ?

「あーん、あーん(言葉が分からなくなっちゃったよー。おバカになっちゃたよー、あーんあーん)」


「ククク、彼女からこの手鏡で知性を奪いました。例え破壊神といえど、この手鏡の前では簡単にアホになります。さて次は……」

 そう言うと、手鏡を握りなおした。


「ま、待て……」


「では先生。私の配下なると誓いなさい。あなたは高い能力、熱い情熱、そして圧倒的な人望まで兼ね備えている。アホにしてしまうには勿体ない。是非殺人野球の手助けをしていただきたい」


 金四郎はふざけるな、と叫びかけた。
 だがその言葉をグッと腹の奥へ押し込んだ。

 もしそれを言うとどうなるか分かっていたからだ。
 この卑劣な男なら、もし逆らえばきっと自分の知力を奪い、従順な僕にしてしまうだろう。今見た破壊神の女の子のように、知性の欠片すらなくなってしまう。

 金四郎は悔しそうに「……分かった……」と漏らす。

 もちろんそれは演技だ。
 隙を見つけ、絶対に活路を見出す。
 殺人野球など許してたまるか。
 金四郎の眼光の奥に宿るかすかな光には、そのような言葉が眠っていた。


「ククク」
 ゴンザークはひとつ笑う。
 見破っていたのだ。
 だから容赦なく手鏡を向けた。


「や、やめろ! 私は……絶対にお前になど……屈せ……ぬ……ぞ……」

 だが、その鋭かったまなこはうつろな目へと変わっていく。

「あなたから奪ったのは、清き知性と正義の心。ですが私にはどちらも不要の長物」
 そう言うとゴンザークの手に生まれた小さな種を地面に捨てた。それは金四郎のスキルなのだろうか。その種は地表に落ちると、すぐに芽が生えてきた。それをゴンザークはつま先でグリグリと踏みつぶした。

「私はまだ表舞台に立つ事はできない。それまであなたが新野球連盟の総帥になるのです。これからあなたのことを、こう呼びます。
 殺人野球きょういくの神、二宮金死郎と。
 さぁ、行きましょう。総帥」


「……はい……」


 これが、この世界に殺人野球が生まれた瞬間だった。
 殺人野球とは、安寧なる日常を守るための秩序である。
 殺人野球こそ、ゆとりを超える究極の教育。
 殺人野球こそ、末法せいきまつに生まれし世界を救う法。
 誰もがそう認めた瞬間でもあった。



 *


 真夜中。
 ゴンザークは、ひとり、スポーツ用品店の事務所で静かにワインを飲んでいた。
 この建物のセキュリティは万全である。
 ここに忍び込める者など、そうはいないだろう。扉は何重もロックされ、赤外線ビームも網の目のように張り巡らされている。

 だが、この男はいともたやすく侵入してきたのだ。

 これだけの動きができるとは……
 物音すらしないが、ゴンザークにはその音の主が分かっていた。

 間違いない。
 真のゆとり使い。
 天駆けるドラゴンの異名を持つあの伝説の和風武器屋にもっとも近づいた究極のゆとり。


「さすがだな、北村よしお」


 それはアイゼンハード王のもとで、ゆとり強化を施していてプロジェクトの最高責任者。いつも鼻くそをほじりながらだらしない顔をしていた、異世界チキューで本場のゆとりを学んだあの男だった。だが今はまるで別人の如くたたずまいである。だらしなく着ていた小汚いシャツは渋い革のジャケットに代わっており、そのぼんやりしていた目は恐ろしいほど釣りあがっていた。



 北村よしおは、ゆとりタクティクスを極めている。


 ひとつ。
 ゆとりは、自由。
 誰の言うことも聞かず、興味あることしかしない。

 ふたつ。
 ゆとりは、敵と味方の区別がつかない。
 客だろうが上司だろうが関係ない。興味がよそにあれば、平気で客の前でスマホをいじる。

 みっつ。
 ゆとりは、無駄な努力をしない。
 今まで自分が言っていたことでも、状況が変われば簡単に覆す。強盗していたゆとり戦士が、逆の立場になれば泣き叫んで許しを請うように。


 北村よしおは、いつもボサボサの髪で相手の前に現れる。恰好だってだらしなく行動もデタラメだ。だが彼は密かに遂行していたのだ。究極の奥義、ゆとり8カ条を駆使して、時代を変えるために。戦えば強いのに、躊躇なく鼻くそをほじる。くだらないプライドなど不要。彼には大義があるのだから。
 自由な時代を作るために、スポーツ用品店と組んで殺人野球の大切さを密かに裏工作していったのだ。

 ゴンザークは小さく言った。

「うりふたつだな。あの伝説のゆとり使いと……」



 それはゆとりを極めた伝説の武器商人、通称、天駆けるドラゴン。
 伝説のゆとり使いが編み出した秘奥義――ゆとり8カ条。
 別名、船中八策。




 彼の名は、坂本竜馬。




 彼は誰よりも自由な世界を求めていた。
 いつもボサボサの髪で相手の前に現れ、恰好だって袴に革の靴と、型破りでデタラメ。だが彼は密かに遂行していたのだ。究極の奥義、船中八策を用い、時代を変えようとしていた。
 自由な世界を作るため、海援隊という武器屋を始め、かつて憎しみ合っていた薩摩と長州と結びつけた。これはゆとりの極意、如何なるものにも縛られない自由な発想によるものである。
 戦えば強いのに、躊躇なくピストルを抜く。くだらないプライドなど不要。彼には大義があるのだから。
 ゆとり故、無駄な努力などしない。彼は志なかばでその命尽きはしたが、彼の努力は無駄ではなかった。時代をも変えたのだから……


 ゆとりを極めれば、誰でも究極のドラゴン、坂本竜馬になれるのだ。
 紛れもなく最強の戦闘術タクティクス、その名はゆとり。


 ゴンザークは金の入った袋をテーブルに置いた。
 北村よしおはそれを開くと適当に一枚手に取ってかじる。

 そして万年筆を手に取りサインをして、パッとなげる。

「領収だ」

 領収書の右下には、サイン代わりに美しい鼻くそがつけられていた。


「新たな敵が現れたら、また声をかけてくれ」

 そう告げて、北村よしおは姿を消した。

「ふ。殺人野球が成就した今、この最強の俺に、もはや敵なんていねぇーよ」

 ゴンザークは窓の外を見つめた。俺が目を細めて見つめているその向こうに、まだ見ぬ敵とやらがいればおもしれぇな。小さくそんなことをつぶやき、再びワインに口をつけた。


 *




 ほぼ時を同じくして、ここは国境のはずれ。
 どうやら森の奥のようである。
 どういう訳か、周りの木々はなぎ倒されている。
 その中央には若い男が立っており、足元には大量の武器が山積みになっていた。ダブルトマホークやツインランサー、更にはマシンガンやロケットランチャー、バズーカ砲といった近代兵器まである。

 だが男の手にあったのは、なんともシンプルな一本の棒だった。足元になるのは、攻撃力1000万パワー以上の近代兵器があるというのに、男の手にあるのは攻撃力1のちんけな棒だった。


 だが男は静かに笑みを浮かべ、眼鏡の中央を指で押さえる。


「やはりこの武器が最強のようですね、さてと」


 この若い男の名は、伊藤。
 そしてこれから武器屋を開業しようとしていた。
 どの武器が最強なのか、誰もいない森の奥で試していたのだろう。

 そして伊藤の目にかなったのは、このシンプルな棒だった。攻撃力たった1。もしかして伊藤が、武器屋を始める理由は殺人野球を止めるためだったのだろうか。

 だが、のちに伊藤がこの武器を売ったのは、冒険に失敗した者だったり、仲間外れにされて誰にも相手にされなかった者、職へつけない者だったり、友達を蔑む者、心を仮面で覆い自らを悪女と蔑む者、そして人間界を崩壊へと導く悪の親玉……そのような心に傷や深い闇かをかかえている者たちばかりだった。


 どうして伊藤が彼らを選んだのか、それは誰にも分からない。


 だが伊藤を慕いひのきの棒タクティクスを極めた者たちは、のちに不殺の野球選手としてゴンザーク率いる殺人野球集団と熾烈な戦いをすることとなる。


 これはただの偶然なのか、それともこの時から計算されていた必然的事項なのか。
 それは誰にも分からない。


 そして世界は混乱を極めていく。この世界に正義などどこにもない。これより殺人野球を認める狂気なる混沌の時代へと突入する。
 もしかして、今日、この時すべてが始まったのかもしれない。
 恐怖やきゅう惰性ゆとり。その恐ろしき二大タクティクスを戦闘術にまで昇華した使い手との熾烈なる戦いが、これから始まろうとしている。敵は、近代兵器まで用いるデタラメな殺人集団だ。


 伊藤は月に向かってひのきの棒を掲げた。
 そして無言のまま秩序なきこの世界を見守る美しい満月に向かい、こうつぶやく。


「ひのきの棒は攻撃力たった1のアイテムです。ですが、ご存知でしょうか。
 このひのきの棒に貫けぬものなどございません」
+注意+
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