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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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113 監督

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 伊藤は丁寧にお辞儀をした。
 アスカは店に誰もいないことを確認すると、すぐさま提案をするためにカウンターまでやってきた。

 アスカが言葉を発する前に、伊藤は深々と頭をさげた。

「まだ何もお聞きしておりませんが、その申し入れをお受けする訳にはいきません」

 カノンは話す前に断られ、面喰いもしたが、さすが伊藤だ。

「どうして私が何を言おうとしているのか分かったの?」

「あなたは、わたくしが戦術指南をしていることをご存知です。初めてお会いした時も丁度その場面でしたからね。ですが戦術指南はできても、野球のコーチをすることではできません」

「ど、どうして? 1ゴールドの利益にもならないから? そんなことはないわ。勝ち進めばそれなりのスポンサーだってつくだろうし、そうしたら……」

「わたくしは心無いお金は受け取らない主義。ですが、この度お断りしたのは、お金の問題ではございません」

「じゃぁ、何が……」

「わたくしはお伝えしているひのきの棒タクティクス――、受講内容にはそれなりの自信がございます。使い方次第ではございますが、少なくともこれを習得しても不幸になることはございません。ですので自信をもってお客様にお勧めしております。
 されど野球の技術を習得しても、何のメリットもございません。
 野球とは、何でもありの殺し合い。
 野球は9対9のスポーツと思われておりますが、実は違います。
 敵によってはベンチから攻撃していくるでしょうし、資金力のあるチームなら観客まで買収して観客席から包囲網攻撃をしてくる可能性もあるでしょう。
 球場の平均収容人数は2万。
 すなわち2万対9の戦闘になるおそれもあります。
 いえ、それだけではございません。地底に軍を潜めることだって可能です。
 人は下からや頭上から、また背後からの攻撃に弱い。
 その場合、時に非情な選択を迫られることがあるやもしれません」

「伊藤さんなら、そんな時でも冷静に対応できる! だから私は……!」

「はい、もしその場面で監督を務めていたら、冷静にこう言うでしょう。
 最前列の選手に死んでください、と」

 アスカは言葉を失った。

「被害を最小限に抑えるには、最前列の選手に盾になって死んでいただく。
 その間に、塁を回り得点し、コールド勝負に持っていく。
 誰か一人、死んで頂き、その死を乗り越えて勝利する。
 それが野球。
 一瞬の躊躇も許されません。少しでも迷えば全滅するのですから」

 アスカは何も言い返せなかった。
 伊藤なら奇跡を起こせると思ったからである。
 だが伊藤の発言はまさしく正論。
 アスカもカノンとして軍を動かした経験があるから、伊藤の言っていることは少なからず理解できる。
 最小限に被害を食い止めるためには、そこに情など持っていては駄目だ。人を物としてとらえなければならない。それは分かっている。
 だが今回、自分が招き入れようとしているメンバーは、かつて迷惑をかけた者達。そんな彼らに死ねなんて、とても言えやしない。

 伊藤は短く続けた。

「それが野球の名を借りた戦争なのです」

「だけど誰かが球界を変えなければ、この世界から殺人野球をなくすことはできない。誰かが立ち上がり、そして誰かがそれに続き……」

「そして無駄に死に、不殺の野球を唱える者はすべて消え、大衆の記憶から忘れ去られる」

「……」

 アスカは言葉を失った。
 まさしく伊藤の発した言葉は正論すぎた。
 伊藤は続ける。

「世界中には、貧困や飢えで苦しむ人が何億といます。あなたがやろうとしていることは、彼らをすべて救うために、国家権力に剣を向けて戦おうとすることに近い。人はそれを革命と呼び、中心者たちは熱くたぎっておりますが、旗から見て、果たしてそれは正しい姿でしょうか? わたくし知っている大僧侶は、自分ができることを確実に一歩一歩やっております。
 もし野球に反対されるのなら、街頭演説から始め、世論の声に耳を傾け、大衆を巻き込み、時に政治の力も借り、一歩ずつ時代を変えていく必要があるのではないでしょうか」


 確かにそうなのかもしれない。
 だけど、姫菊は言っていた。
 それでは手遅れなのだと。
 すでに野球連盟は、政界を牛耳っている。
 マスコミの力で、世論すら自在に操れてしまう。
 さすれば、野球に反対するだけでつるし首になるだろう。
 正しい事が正しいと言えない時代が、もう目の前まで押し寄せているのだ。
 野球こそ正義。野球こそすべて。
 そのような時代が、もうそこまで来ている。
 敵はもうチェックメイト寸前なのだ。
 もはや野球を変えるには野球しかない。
 正しい野球をやり続け、ファンに訴え世論を巻き込んでいくしか、もはや手は残されていないのだ。

 これを姫菊なら熱く語れるだろうが、アスカは違った。
 悔しそうな目で伊藤を一瞥すると、足元を見つめ、口を閉ざしてしまった。

 そもそもの発端は伊藤の所作から始まったのだ。
 野球チケットなんてくれるから、気になって観戦してしまって、挙句の果てにはこのようなことにまで足をつっこんでしまった。
 結果として様々な出会いがあり、それ自体をとやかく言うつもりはないが、だからこそ伊藤は味方だと思っていた。
 なのに、何故この人は、どうしてここまで論破してくるのだ。

 伊藤は眼鏡の中央に指を添える。

「――と、過去のわたくしなら言っていたでしょう。人は変われます――」


 ――人は変われる。

 その言葉にアスカはビクンと反応した。
 自分の言動の変化に気付いていたのかもしれない。
 自分の心は冷え切っていた。
 心の扉は、まるですべてから拒絶するかのように固く閉ざされていた。
 だが、アスカは姫菊との出会いで何かが変わっていた。
 己を悪女と蔑み、冷え切った感情しか持ち合わせていなかったのに、誰かのためにここまで熱くなれた。

 伊藤は静かに続ける。

「そう、過去のわたくしなら、あなたの申し入れに耳を傾けることなく断っていたでしょう。確かにこの度の敵は紛れもない悪です。ですが大衆はそれを望んでいる。野球をフェアーなスポーツにしたいと願ったいる者はもはや誰もいないというのに。それなのに戦おうとしている。はっきりいって不毛な戦いなのです。ここに1ゴールドの価値すら感じません。
 ですが――」

 伊藤はアスカを真正面から見つめた。

「あなたはわたくしを熱くしてしまった」


 アスカは顔を上げた。


「ただ、わたくしではチームを勝利に導くことができません。あなた達を勝利に導くことができるのは――」

 そこまで言うと伊藤は懐中時計を開いて、時間を確認した。
 そろそろか。

 伊藤は知っていた。
 伊藤の持ち合わす知という性質が、チームを熱くたぎらせることを著しく欠くことになるということを。伊藤は理路整然と話す故、みな伊藤がいるだけで安心する。
 だが、それでは駄目なのだ。
 野球というスポーツで、最期のせめぎ合いを勝利するには、煮えたぎるような熱いハートが必要なのだ。
 どこか緩んだ心では、最期の詰めで心負けする。
 未来を熱いものへと変えていくには、そこに燃ゆる魂が乗っていいないといけない。

 だから伊藤は既に呼んでいた。
 彼女たちを勝利に導くことができるあの者を。
 彼を置いて、それができる者は誰もいない。

 もう一度、懐中時計を見た。

 それと同時に、店の戸が開かれた。
 姿を見せたのは、白いコートを着た精悍な顔つきのたくましい男性である。

 その音に反応して、アスカは視線を戸の方へと切り替える。

 アスカの瞳にも、その男が映った。――と同時に、アスカは全身の血がまるで逆流しているかのような凄まじい衝動に襲われた。


 ――どうして奴が!?


 アスカはこの男を知っている。
 一時たりとも忘れたことはない。
 姿こそ変えているが、アスカにはその正体が分かった。
 目の前で両親を八つ裂きにし、自分に9つのカルマを植え付けたあの野郎だ。
 今は人の姿をしている。
 だが、野郎の内に秘める魔を、感じ取ることができる。
 地味の力故?
 アスカの中に眠る『地味』が、その本性を押してくれたから?
 アスカの本能がこう語る。


 ――なつみも奴を知っているのか!?


 普段は冷静なアスカ――
 抑えきれない激情が怒りの牙となり、我を忘れ男に飛びかかった。アイテムボックスからありったけのひのきの棒――数にして49本を取り出し、横連結させる。アスカのレベルから想定して億はゆうに超えるだろう、如何なるものをも貫くひのきの棒の渾身の一撃だ。

「おのれ! ヴェルザァァークゥ!!」

 男は口の端で笑う。

「ほぉ、あの時のガキか。でかくなったな。カノン!」
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