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スタイリッシュ武器屋 作者:弘松 涼
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107 鬼神のバイト2

 私は何をやっているのだろうか。
 二人の勇者を倒すためだけに地獄の底で鍛え上げ、魔の力を極限に高めた暗黒界の頂点は、夜の店の呼び込みをしている。


 慣れない笑顔を頬に集め、

「兄貴よ、今、得だ。私は強く勧めるぞ」

 と声をかけて回っている。
 少しでも人相の良い客を選んで。

 勇者を追いつめる為だけに見に付けた心眼で、相手の心の内もおおよそだが読み取れる。
 勇者はかなりの切れ者。例え窮地に追い込んでも、絶対にあきらめない。思いもよらない斬新な一手で逆転を狙ってくる。だから次の一手くらい読めなくては勇者に勝利できない。

 こんな私だ。酷い客かどうかくらい、軽く見分けはつく。
 それだけではない。
 懐具合だって分かる。勇者が隠し持っている神器で窮地に追い込まれることは往々に考えられる。
 今、すれ違った男は120ゴールド所有している。職業は薬師か。人を傷つけることを嫌う性質のようだ。
 よし、声をかけるか。

「兄貴よ! 私はフェアリーベルを強く勧めるぞ! 今、サービスタイム中だ。入るなら今がいいぞ」

「え、もう帰るところなんだけど……」

「悪いが帰らんでくれ」

 そなたは良い奴のようだから、チャームだけは使いたくないのだ。
 頼む。
 入ってくれ。
 そんな気持ちで頭を下げた。

 暗黒魔界のトップである私の体に巻かれている看板も、私の体にあわせて曲がる。

「……そ、そんなにいうなら少しだけなら」


 なつみの処遇が少しでも良くなればと思い、打倒勇者用戦闘術をフル活用していた。



 本当に私は何をしているのだろうか……



 *



 この日の業務を終え、10ゴールドを手にした私は伊藤の店に急いだ。
 これでひのきの棒が二本買える。

 もうとっくに日にちは変わっているというのに、伊藤の店の窓からは光が漏れていた。

 果たして伊藤は、この10ゴールドで売ってくれるのだろうか。
 奴は自分の目にかなった者にしか売らない変わり者。そして心無い金は受け取らない主義。私が手にした10ゴールドは、奴の目にかなっているのだろうか。

 そのような心配を胸に、ゆっくりと戸を開いた。

 店内では伊藤がひのきの棒を磨いていた。
 私に気づくと少し笑い、丁寧にお辞儀をしてきた。

「ようこそ、鬼頭先生。お待ちしておりました」

「10ゴールド手に入れた。これでひのきの棒を売ってくれるか?」

「はい、ありがとうございます」

 伊藤はガラスケースの中からひのきの棒を取り出した。
 私は伊藤から二本のひのきの棒を受け取った。

 苦労しただけに受け取った時は、ちょっとばかし嬉しくはあった。私は認められた。あの魔王でさえ、未だ購入できずにいるのに、私はなんとか買うことができたのだ。

 やった!
 思わずガッツポーズをしそうになったが、これでも暗黒界の頂点。それだけはグッと堪えた。


 だが、こうやって手に取ってみると首を傾げてしまうのが正直なところだった。
 私の手には何も変哲のない、ただの棒が二本あるだけなのだから。正直、このような物、どこにだってある。作る気になったら誰にでも作れそうだ。果たしてこんなもので私の悩みは解決するのだろうか。


 伊藤は静かに口を開いた。

「あなたの最終目的は何ですか?」


 ――知れた事。全人類抹殺。

 だが、とても言えやしない。
 伊藤はニッコリ笑って次の質問をしてきた。

「その為にはまず何をする必要がありますか?」

 ――力を見に付けて、勇者を抹殺する。

 これも、とても言えやしない。
 だが、伊藤はニッコリ笑って次の質問をしてきた。

「もうすでに目的の半分は達成していると思います」

 は?

 伊藤は何を言っている?
 例え超人的な観察眼があろうとも、私の心の声など、この男に知るすべなどないのだ。だが伊藤の言動には、恐ろしいほどの説得力がある。


 伊藤は眼鏡の中央に指を添えて静かにこう言った。


「――どうして? という顔をされていますね。しかしそれは、あなたの悲願。その為にあなたは多くの努力を惜しむことなく積まれてきた。だからそろそろ確かめにいく頃だと思います」


 確かめる?
 勇者リューゼルとフローリア、その娘カノンを偵察してこいと言っているのか?

 確かにそろそろそういった行動をするべきだと、思ってはいた。
 闘う前に、敵の力量を把握しておく必要がある。

 いいだろう。
 折角あの魔王だって欲しがっていた伊藤のひのきの棒を手に入れたのだ。


 伊藤は最後にこう言った。


「行くならなるべく早めがよろしいかと。明日の早朝あたりはいかがでしょうか? もし既にご予定があるのならその直後くらい如何かと思います」


 確かにそうだな。行くのなら早めがいい。
 敵の力の分析は早いうちがよいだろう。

 私はスーツの裏から、予定の書かれた手帳を取り出した。


 あ、しまった。忘れていた。
 明日は6時からアキとランニングをする予定だった。
 あいつのことだ。寝坊するだろう。玄関前で待ち時間が15分。30分ほど走って、川べりで青春を語るのが15分。この行為に必要な所要時間は、最短で見積もっても1時間は必要か。


 学園の朝礼が始まるのが7時半。


 つまり偵察に要すれる時間は30分か。
 かなりタイトではあるが仕方ない。



 伊藤と別れると、帰路についた。
 二本のひのきの棒を見つめた。
 なんとも妙な気分だ。

 そんな私は、後ろから気配を感じとった。

「ハディスか」

「……ヴェルザーク様……」

 きっと彼女は私がいろいろと心配なのだろう。

 確かに彼女の気持ち、分からなくもない。
 忠誠を誓った己の主が、敵国のとある学園のとある三年C組に勤務し、突如熱心に改革を始め、そしてひのきの棒を買うために唐突もなく呼び込みのアルバイトまで始め、そしてひのきの棒を買って何だか嬉しそうに浮かれていたら、この人、大丈夫だろうかと考えるのが自然だ。

「案ずるな。私は魔族の繁栄を第一に考えている」

「……私はあなたを信じております」

 振り返るといつもの無表情のハディスの顔があった。
 心の内をまるで感じさせない切れ長の目で私を真正面に見つめている。長い黒髪が夜風でなびいている。
 ハディスは表情をまるで見せない。冷徹なる魔女の異名をとるくらいだ。残忍性は魔界一。そんな彼女の目が、赤く染まっていたように見えた。

「大丈夫だ。安心しろ」と、もう一度言った。

 私の視線を感じてなのか「いえ、これは月明かりで」と小さく漏らし、目元を指で隠した。

 人間界の月は白いというのに。
 月明かりで瞳が赤く見えるのは魔界のみ。

 どういう訳か心の奥が締め付けられるような思いがしていた。
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