忘却
他人の理由なんて知るはずもなく、まして原因なんて考えてわかるものではない。しかしわかってはいても気になって仕方がない。そんなことが青年にはあった。
若さか、はたまた何かの病か。単にあれこれ考えてみても何もならないこともわかっている。ただ何か意味があるはずだと、それだけは信じて青年は町に現れる。
何の気なしに町を歩くようになったのはいつのことだろうか。決まった時間に決まった場所。今では普通に毎日歩くようになっている。そんな意味では中高年の散歩と大して変わらないな、と苦笑さえ覚える。
きっかけは忘れたが、今まで続けて来たことには理由があった。それこそが気になって仕方がないことと直接関係のあることなのだが、そんな自分の理由なんて簡単でそしてくだらないとしかいいようがない。
とある人間を見ること。
青年は今日もいつもどおり歩く。
歩き始めて数分と経ったあたりから青年の挙動が怪しくなる。それは一箇所を注視しても怪しまれないほどの人目かを確認するためだ。そして納得したかのように軽くうなずくと、青年は歩みを遅め、そっと目的の電柱辺りを見る。
少女。そこにいるのは憂いを帯びた表情を見せる一人の少女である。
青年は少女を横目でちらちらと追いつつ、他には何もせずに通り過ぎる。何もできるはずがない。少女を見るという歩く理由、歩く目的は果たしても気が晴れることはない。なにせそこから先の気になっていることをきくことができないのだから。少女を見ることを目的として良しとしてしまっている以上、気になっていることを聞くという行為は一歩先に踏み出さなければならないということなのだ。
できるはずがない。ただ気になっているというだけで話しかけることなんてできない。そんな権利もまして勇気もない。青年はきっかけがほしかった。いつの間にか現れ、それから毎日同じ場所に立つ少女に、なぜ、という疑問をぶつけられるほどのきっかけが。
青年は次の日もまた次の日も歩く。その少女に惚れたわけでもないのに、なぜこうも執着するのか。そんなことはわからない。いや、忘れてしまったのか。今ではただ、なぜ少女がそこにいるのかが気になって仕方がない。
そんな普通が永遠に続くのではないかと思えたとき、青年は永遠という言葉に疑問さえ感じた。そしてきっかけは向こうからやってきた。
「あの・・・」
一瞬わからなかったが、少女の瞳は確かに青年を捉えていた。
「ん・・・」
青年はできるだけ自然に、自分の期待を押し込めるように少女のほうを向く。
「なぜ毎日同じように歩いているんですか?」
意外な質問だった。青年が感じていたように、少女も相手のことを異質な気になるものと捉えていたのだ。
「な・・・、なぜ君は毎日同じように立っているの?」
青年には少女の質問に答えられなかった。だから疑問をぶつけたのだった。気になっていたことなのに、それ以上に自分に対して何か釈然としない。
「なぜ・・・。あなたがいたから・・・」
「違う、そうじゃない。君がいたから歩いていたけど違う。なぜおれは毎日同じ時間に歩いていられるんだ?」
青年は少女に問いかける。
「なら、わたしはなんで毎日同じ時間同じ場所に立っていられるんですか」
少女も何かを感じた。何かとても不思議な違和感を。
「ないんだよ。君とこうやって話をしている今以外に、ほかには歩いているだけなんだよ。君にあいたいというだけのために歩いているという自分しかない。おれは何でいつもここにいるんだ?君は何でいつもそこにいるんだ?永遠と思えるほどに」
永遠なんておかしいに決まっている。青年は異質な自分に疑問を持った。
「そうだ・・・よ。わたしが立っていたのはあなたを見たかったからだけど、どうして毎日、いいえずっとあそこにいたんだろう。ちょっと気になってた・・・」
忘れていた何かが青年と少女によみがえる。それは自分を否定する事によって得られた真実であった。
二人が感じた永遠に対する些細な引っかかり。それを感じてしまったことが今までにないことだったのか。そしてさらに二人が話すということが、それも異質であることかのように何かがおこったのだった。
「囚われていたんだ・・・」
すがすがしい気分だった。
執着から解き放たれた二人は、どこまでも自由にいけるような気分だった。
了 |