「はあ、はあ、はあぁ……」
黒が空一面にはびこる中、当然路地裏にはネオン街の華々しい、見るも鮮やかな光は届いているはずもなく、空同様その場所も暗闇に覆われていた。彼、柊雅之は顔面蒼白になりつつその脚を可能な限り遠くへ運ぼうと躍起になって闇に塗りつぶされた裏路地を走り続けていた。
『なん、で俺が、追われなきゃ、ならないん、だよ』
そう、彼は今追われているのだ。絶対に追いつかれてはならないものに。彼の脳裏には生きていく日々のうち自然と刻まれていった常識というものが確かに存在していた。そのおかげで彼を追うものから逃げるという最良の選択ができたのだ。
『しかし、どうして、奴は、俺を狙って、来るんだ? 獲物が、ちげぇだろ』
しかし、誠に残念なことに彼は既に知っていた、その追われる理由を。心の深層などで分かっているのではなく、自分でも認識ができるくらいの浅さで知っていたのだ。彼がそれを知らなかったのならどんなに彼は救われただろう、いややはり知っていなければ逃げることさえ叶わなかっただろうから知っていて良かったというべきなのだろうか。
『もう、充分、引き離した、だろう……』
彼が若干安心しかけ、今までの暗澹たる想いを打ち破ったと思った時だった。
「なんで、どうして私から逃げるの?」
彼の前方の道の角から彼曰くの奴が、悲しみを帯びた声を発しながらその姿をひょっこりと彼の前に現した。
「ッ! う、うるせえ! だったら、お前の方はどう、して俺を、追って、来るんだよ!!」
息絶え絶え、まさにその言葉がうってつけという状態の彼は、それでも険しい剣幕で虚勢を張っていた。そうでもしなければやられるとでも思ったのだろう。
「好きだから、さっき一目見て好きってそう……感じたの、だから……」
彼曰くの奴はそう頬を赤らめながら、けれど恥ずかしがる様子も見せずそう彼に告白した。
「やめろ! ホントやめてくれ! 冗談じゃない!」
「どうして…………どうしてこの胸が締め付けられるような熱い気持ちを分かってくれないの? ……だったら、もう力ずくで貴方を、私のものに……」
彼曰くの奴はそう独り言のように彼に嘆きの想いをぶつけると、ゆっくりと彼に歩み寄って行った。
そして次に彼が激情たる怒りと恐怖の声を上げた直後に彼は奴のものとなってしまうことになる。
「嫌だ! 嫌だぁぁぁ!! 【男】とは嫌だぁぁぁぁ!!」
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