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  黒猫少年少女 作者:黒檀
第一章 夢野商会
9 登校初日
 九月一日。とうとう中学登校が始まる。生徒たちは、長い真夏の夢から醒めたような哀愁を漂わせて自転車を漕いだり、歩いたり、まだ暑い空気の中を気だるく彷徨う。黒に持って行くよう指示された竹刀が何度も邪魔そうに鞄とぶつかる。

「皆さん、今日からこのクラスの一員となる、『夢野音(ゆめのおと)』さんです。仲良くしてくださいね、」
「夢野音です。……宜しくお願いします」

「ハァイ」と無感動な返事が方々からぼそぼそと聞こえる。教室は、黒のように醒めた目の連中ばかりで、実に覇気が無い。最近の中学生とは、こんなものか。
 ……まぁ、ぎゃぁぎゃぁ五月蝿いよりはましだ。そう思いながら、宛がわれた窓際の最後尾の席に着く。教科書も揃っているので隣のヒトに見せてもらう必要も無い。
 黒はこの列の最前に座っている。眼鏡など掛けていい気なものだ。
 担任の教師が、連絡事項を話している間、ぼう、と外を見る。「体育祭」等と言う単語が何度も耳に入っては抜けていった。

「……ねぇ、夢野さん」

 隣から秘密めいた声が聞こえてきた。見やると、色素の薄い少女が話し掛けてきていた。二重まぶたがパッチリとしていて可愛らしい。肩に付かないほどの髪を好奇心で揺らしている。

「ね、夢野さんって、夢野くんと親戚なの? 今日も一緒に登校してたよね」

 イトコなのだ、と用意された答えをそのまま口にした。そう言え、と黒に命令されている。

「やっぱりそうなんだ。夢野くんは全然喋らないけど、夢野さんは喋ってくれそう。私、福島直子、よろしくね」

 福島直子は綺麗な歯列を見せて、ニカッと笑った。
 




 地味に過ごしていれば可も無く不可もなく毎日が過ごせそうだ。黒が言ってた、「女子を敵に回すな・男とあまり喋るな」の忠告は、今一理解できないが、従っておいて損はないだろう。学校では全く喋らない黒を奇妙に思いながら、彼と一緒に帰路につこうと校門に向かった。
 だが、校門を出てすぐに、思いもよらない奴らに出くわした。
 赤い髪に、赤い瞳を持った男女が腕を組んで堂々と立ちはだかっていた。開け放した紺色のブレザーにズルッズルのスラックスの少年。目のやり場に困る程短いスカートから覗く、脚線美を持つ少女。
 ――間違いなくあの時の天使だった。

「よお、黒猫ちゃんよお、」

 低い声で、舌なめずりをしながら男は言った。私が慌てて黒の影に隠れてシャツを掴んでも、黒は冷静な態度を崩さず、二人を醒めた猫目で見ていた。

「何の用ですか、エーテル高等学院の方が」

 黒の気のない一言で、元々目付きが悪いのに、二人は更に睨みをきかせてしまう。周囲の生徒たちから注目を集め始め、悠長にしてはいられない。如何(どう)見てもこの状況は高校生に絡まれている中学生だ。

「三日以上経ったから忘れちゃった? 忘れんぼうの黒猫ちゃん」

 不穏な雰囲気を発して、興奮しやすい女の天使は背中に手を回し、ぐっと足に力を込め目に攻撃の光を宿らせた、が。
 彼女が例の刃を抜き出す寸前。黒は埃のようにふわり、少女の身体に腕を回して動きを封じた。まるで抱きしめているかのように。

「だから鳩は馬鹿なんです。こんな公衆の面前で。次、変な動きしたら折りますよ、骨」

 黒は、最上級に醒めた声で二人に囁きながら、彼女をその腕から解放した。少女は力無く手を降ろし、ブレザーの袖をぎゅっと握り締めた。




 我々は帰宅路から大幅に外れ、街の中心部にまで足を進めてしまっていた。何故なら、私たちの後を先刻の馬鹿天使双子が後を付いてきているからだ。密着してきて鬱陶しいことこの上ない。

「なあ、少しはこっちの話を聞きけってぇの」

 男の方は、所構わず喚きだすので始末におえない。「どうするんだ」との意味を込めて黒のシャツの袖を掴むと、こちらを振り向いた。

「……参りましたね。こんな街中では跳ねてまくことも出来ません」

 彼には不似合いな情けない顔をして首を振った。それには私も愕然となる。ついに黒と私は立ち止まってしまった。

「仕方ありません。目立ちたくはありませんでしたが、恐喝にあった振りをして人気の無い路地まで逃げましょう。周りのヒトが彼らを押さえ込んでくれるかもしれません」
 
 不良じみた二人の『高校生』を盗み見た。目つきが悪いし、服装も乱れている。役として適当だ。
 
「おい、ちょっと茶に付き合え」
「そう、そこの珈琲屋で奢ってやるって言ってるの」

 こそこそと作戦を立てているところ、先手を取られた。大きな声で叫ばれた。二人は同じ格好(ポーズ)でビシリと右手を珈琲チェーン店に向けていた。夕方の買い物に勤しむ人々が行きかい、ざわざわと明るい声が辺りに満ちている。その中で我々黒髪の使い魔と、赤髪の双子天使は突っ立っている。

「なに黙ってんだよ。さっさとついてきやがれ」

 我々は抱え込まれてしまうと、その珈琲チェーン店に連れ込まれたのだ。


 学生たちの下品な笑い声が交叉する店内で、黒は居心地が悪そうに一人がけソファに身を沈めている。伊達眼鏡を押し上げて左右をチラチラ見る様子は挙動不審だ。
 私はと言うと、この様な洒落た店に入るのは初めてなのでどうも浮かれる。更に言えば、この双子が買ってくれた『フランボワーズホワイトショコララテ』とやらが驚嘆すべき未経験の美味しさなので、我を忘れて味わっている。考えてもみて欲しい! ミルクに木苺にチョコレートの共演だ。否、饗宴だ。

「……あの。僕ら上宵浜(かみよいはま)中は買い食いや寄り道は禁止されているんですけど……」

 黒はおずおずとカップをテーブルに置き、妙なことを言いだした。こんな時でも学生ぶっている。生真面目な奴だ。

「俺らは別に平気だぜ。気にすんなよ」

 黒は「あなたたちの事情は聞いてないんですが」とでも言いたげに、口を半開きにする。

「……どうして僕の居場所が知れたんですか」

 女の方が、カップからストローを抜き出して黒に突きつけた。

「君と戦った時。ホラ、学生服の(ぼたん)が銀。この辺じゃ上宵浜中だね。しかも、式典には学帽が必須だ。……変な学校」

 黒は眉間に皺を寄せて、クリームの付いたストローの先から女の顔に目線をうつす。

「ああ。……僕は間抜けですね。あの時、貴方達がエーテルの制服を着ていたことに気を払いませんでした」

 黒は冷静に呟くと、俯き気味にカップに口をつけた。伏目がちの瞳を縁取るのは黒くて長い睫毛だ。そうでもしていないと、彼の楚々とした美しさは見えないものだ。口を開けばツンケンしていて、相手を見据える目は攻撃的と言えるほどに冷め切った緑である。

「で、はにゃひって何?」
「音、物を口に入れたまま話すのは止めなさい」

 彼が再び顔を上げたときには、例の感動もない平板な表情だ。

「僕らは貴方達と違って主人が居るんです。早く帰らねばならないので、無駄話で時間は余り取らないでいただきたい」

 真っ黒の珈琲を零しそうなほど強くマグカップを机に打ち付けると、酷く恐ろしい顔をした。双子の顔も、少し引き締まった。

「……わかったよ。まぁ、お前らも主人から聞いている話だとは思うがな」

 切り出したのは男の方だ。

「そもそも、なんであたしたちがこんな街にいたと思う。おかしいと思わなかった? こんな街で天使に会うなんて」

 黒は頷いて、小さな拳を顎に当てる。

「……確かに。だから僕はあの時気を抜いていた」
「気を抜いてあの反応かよ。つくづく腹立つ使い魔だぜ。……要するに、この地域に不穏な動きがあるからだ。監視していた」

 黒の顔つきがさっと曇る。

「それは、魔界の連中ですか」
「……それが、構成メンバーが不確かだからこそ、天界人だからって信用できないのが現状」

 双子の表情も、更に険しくなる。どうやら、私はお呼びではないほどの難しい話が始まるようだ。帰りたくなってきた。

「あなたたちが死神連中と仲が悪いのは知っていますよ。もちろん、僕らとは最悪ですが。でも、曲がりなりにも死神は中立の立場のはず」
「たしかに仲は良くねーが。死神だなんて言ってねえだろ」
「じゃあ内部問題ですか」
「いいから大人しく俺らの話を聞けよ。いいか、これ、一応『外交』なんだぜ? ……天界と魔界の。俺ら外交官ってわけ」

 きゃんきゃん言い合っていたが、その一言で沈静化する。

「……外交と言われても。僕の手に負えませんよ。窓口に回ってくださいよ」
「最近、人間界に『第三の勢力』の存在がちらついているんだ」

 天使は黒の指摘を丸ごと無視した。勝手に話を進めているようだ。黒は諦めのため息をつき、奴らの調子に合わせることを決めたようだ。怪訝な表情をして、女の口走った言葉を繰り返した。

「第三の勢力……天界勢力に、魔界勢力……。あとは死神ですか」

 双子は一瞬目線を交したあと、顎をくっと突き出す。指差すのも億劫だ、という調子で。

「てめーらのお仲間、使い魔だ」
「使い魔は主人の指示無しでは動きません」

 黒は首を振って否定をするが、天使は受け入れなかった。事実があるのだろう。

「どういうわけか、主人が死んで、使い魔だけ生き残ってるらしい。そいつがヒトと組んでコソコソしている。ヒトが組しているからには、天使や死神がその中に居てもおかしくないぜ。それが第三勢力だ」
「有り得ません」
「有り得てるから問題なんでしょ。首謀者は、緋色の髪の使い魔。通称『緋髪小僧(あけはつこぞう)』」

 黒の手からカップは膝に滑り落ちた。……運良く、残り少なかった珈琲は小さなしみを彼の学生ズボンに広げるに留まった。

「……そんなの……嘘です」

 見間違いか、それとも、確かだったのか。黒が笑ってるような気がした。

「嘘じゃねえっての。その証拠に、見ろこれ。主人に渡せよ、絶対だ」

 二人は、制服のポケットから、皺くちゃになった白い紙を取り出してテーブルに恭しく置いた。『大天使』と印の入ったなにやら(いか)めしい内容のようだ。黒は、それをひったくると目を丸くした。

「どうしてこんな重要書類をポケットなんかに入れておくんです、外交文書じゃないですか!」

 二人は腹が立つほど大仰な瞬きをすると、互いに顔を見合わせた。で、耳をほじり始める男。

「だから、俺らは外交官だって言っただろ。『渡しなさい』って言われただけだしな。本当は大天使様がお前らの主人に渡すはずだったんだけど。主人が捕まらなくてよお。……どんな結界張ってるんだよ、お前らの主人は」
「だから、わたしらがわざわざキッタナイ地上に降りてやって、下僕であるあんたらに渡してるってわけ。一応言っておくけど、それ、本物だから。偽造防止かかってるし」

 その重要書類とやらには、所々水でふやけた様な痕もある。……第一何で『紙』なんだ……。
 黒はため息をつきながらキチンと革製の黒い鞄に仕舞った。

「で。その使い魔は人間界で何をしているんです」
「だから言ってるじゃない。『不穏な動き』だって」
 
 答えになってない。

「それより、お前ら魔界からの説明を待ってるんだぜ、こっちとしてはよぉ」

 苛立たしげに、男はソファに沈み込んだ。
 ……ひと段落か? 話はひと段落付いたのか? 私が話してもいいだろうか。

「なぁ、魔界って何なんだ」

 二人の天使は、かちんと固まった。そののちに、そろそろと女の方が顔を近づけてきた。

「……アンタ、何も知らないで使い魔やってるの? それじゃ、戦う意味も知らないで戦場へ出る兵士みたいなものじゃん」
「そういうものですよ、使い魔とは」

 黒はそう言う。男の方も顔を近づけてきたので、目つきの悪い顔二つが私の前に並ぶ。

「ま、天界神話なら聞かせてやってもいいぜ」

 コクリと小さく頷く。本当に、猫だった私は何も知らなかったのだ。「天使」に関してだって、こんなに人相の悪いヒトの姿だなんて思いもよらなかったのだから。

「……んだよ」

 ほら見ろ。一寸(ちょっと)でも凝視するとすぐ食って掛かる。


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