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  黒猫少年少女 作者:黒檀
第一章 夢野商会
4 少女襲来
「今日のお客さんは早いですね」夢野は私の一歩前へ出る。
「まだ店は開店時間ではないだろう?」
「いいえ。開店時間外が本来の商売時間ですよ。古道具屋なんて誰も来やしない」

 黒はつまらなさそうに言う。

「お客様がいらしたのなら、その破れたシャツは着替えたらどうです、黒髪小僧。みっともない」
「貴方が破いたんでしょう……、」
「そうでしたか?」

 着物を口に当てて、わざと知らぬふりをする。 
 その時、店頭と家の境目辺りから、連絡路を抜けて、豪快に駆けて来る足音がこちらへ向かってきた。客人というには、随分図々しい様子だ。
 居間を通って、豪快に台所に飛び込んできたのは――金色の髪が毛先で豊かにカールした少女だ。外国人のような容貌の。

「アタシにそんな気は回さなくて結構よ、夢野」

 ぱっちりとして大きな目をしばたかせた、人形のように可愛いらしい女だ。長いまつげに囲まれたその瞳は青色に光っている。彼女を見るなり、夢野の奥ゆかしい瞳は死んだ魚のように不透明になる。歓迎の色は全く見えない。

「……キルシュではないですか。それを先に言いいなさい、黒髪小僧(こくはつこぞう)。彼女を勝手に上げないでくださいと言ってあるでしょう」
「キルシュ様は言っても聞きませんから」

 黒はことさら小さく呟いた。そんな二人の様子は歯牙にもかけず、彼女は一方的にきんきんと喋りだす。

「ねぇ、ウチの商会、今回は仲介業務を請け負ったの。だからアンタの商会で対処業務やってくれない?」

 勢い込んで夢野に詰め寄る彼女は、妙な格好をしている。先程、黒が着ていたエプロンのようなものに、フリルたっぷりのブラウス、ベビーピンクの風船みたいに膨張したスカート、頭には小さな小さなシルクハット。そして、白い、これまたレースたっぷりの靴下。腰に手を当てて、堂々と夢野に人差し指を突きつけてそう言ったのだった。

「シトロンのとこにはもう断られちゃったの。お願い」

 お願い、という割にはしおらしい様子が見られない。爪先で立って踏ん張る様は、駄々っ子のような強引さだけがある。

「嫌です。他の商会をあたってください。執筆の方の締め切りが近いんです」
「ヒトの世界で小金稼ぎなんてやってないで、コッチに戻ってきなさいよ」
「お金に興味があってやっていることではありませんよ。第一、一文も頂いていない」
「ったく、宝の持ち腐れ・豚に真珠・黒猫に小判とは、まーさーしーくアンタのことね」

 アンタ、と細い指を夢野の胸元に突きつける。夢野は五月蝿そうに払っただけで、彼女の激しい様子には慣れきっている様子だ。

「宝を私なんかに取られてるような連中が間抜けなのです」
「宝ってのは黒ちゃんのことよ。クロちゃん頂戴!」

 キルシュは、黒に飛びついて、腕を胸に抱きこむ。飛びつかれた衝撃に身体を揺らしただけで、黒は眉を一ミリも動かさない。この黒髪の主従の無感動ッぷりときたら。
 それに対して、金髪少女は躍動感に溢れること溢れること! こんな無反応な連中と数分も顔を突き合わせていたら退屈してしまうだろう。かくいう私は、すでに一晩は耐えた。

「何を言い出すかと思えば。それ(クロ)は私が勝ち取った宝なんかじゃありません。もともと、私のモノです」

 けち、と夢野に向かって赤い舌を出す。

「ねぇ、クロちゃん、ウチの商会に来たら絶対、いっぱいカッコイイ仕事させてあげるよ。家政婦みたいな仕事じゃなくてね、」
「そう言われましても、僕は使い魔風情ですので決定権はございません」
「ツレないツレれない! 可愛いのに可愛いのに、」

 キルシュは、量感のあるスカートを揺らしながら地団太を踏み、(くろ)をじりじりと追い詰めて食器棚にはり付けている。私は、遂に訳が解らなくなり、夢野の陰から顔を出した。「彼女は誰なんだ?」
 女は、黒から顔を剥がして私に食いつきそうだ。その吊り上げられた目に睨まれて、体がギクリとなる。

「何、この子。まさか、また新しい黒猫?」

 キルシュは黒を抱きしめながら、金色の髪を振って夢野を見上げる。夢野はそんな彼女を楽しむように、袖で口元を隠し、ゆらゆら笑っている。

「いかにも。(おと)、彼女はキルシュ、お客ではなくて同業者です」

 女はフン、と傲慢そうに鼻を鳴らした。

「いいご身分ね。こんな辺鄙なところで綺麗な黒猫二匹も侍らせちゃって。もう契約はしたの」
「もちろんです。こんな綺麗な子見つけて放っておく訳ないでしょう」

 夢野は、私を引き寄せて頭に頬をぴたりとつけてきた。そんな彼を、キルシュは大きな目を糸のようにしてねめつけた。

「……ロリコン」
「おお厭だ、年増の妬みは怖いからねぇ、(おと)。気をつけなさい」
「なんですってぇ?」

 彼女は、せっかくの可愛らしい顔をすぐに歪ませる。夢野の一言一言にはそんな影響力があるようだ。「ところで、キルシュ様の使い魔はどちらですか」と黒。
 キルシュは、弾かれた様に黒から離れ、自分の使い魔が居ないことに動揺し始めた。そうか、彼女も黒猫を飼っているのか。
 夢野は「やれやれ」と言い、調理台の上に放置したまま溶けた木苺のアイスをゴミ箱に捨てた。
 彼女は、金切り声を上げて走り回った。……と言っても、この邸宅で駆け回れるところなどたかが知れている。大声を出せば、隅から隅まで声は通り、調子がよければご近所さんにも叫び声をおすそ分けできるようだ。だから、こんな家で劇的になれる彼女はすごい……としか言いようがない。

「ノワール、ノワール、どこなのぉ!」
 
 泣きそうなキルシュがごくりと喉を鳴らして黙る、その一瞬のことだ。弱々しい声が店の方から聞こえていた。夢野はポン、と手を打って間抜けな声をだす。

「あらら……あすこ、結界掛けていたの忘れていました。貴女の使い魔くらいだったら、引っかかるでしょうね」
「そういうことは早く言いなさいよ!」

 言うが早いか、キルシュは駆け出して店との連絡口開けに走る。私と黒は、のそのそと後を追いった。自分で言うのもなんだが、実に我々は覇気がない。低血圧の吸血鬼のようだ。特に黒は、暗いところでは生き生きするに違いない。
 連絡口戸の前、キルシュが背中を見せて座り込んでいる。良く見ると、同じ色の髪の少年が彼女の腕の中にいる。もさもさと金色が同化して、見分けがつかなかったのだ。水色の目で、金色のふわふわの髪を持った幼い男がぐすぐす泣きながら我々に気づいて見上げてきた。

「どうじでも、ここが通れないんでずぅ……」

 白いフリルブラウスに、チェックのショートパンツ。更にはズボンの吊り紐に、靴下止め、リボンタイと一見余分そうなものが彼の体を飾りたてている。主人同様服装には手抜かりが無いようだ。いや、主人が手を入れているのだろうが。
 着物を引き摺り、のろのろと付いて来た夢野は、「天使」のような使い魔を撫で回しているキルシュに呟いた。

「かく言う貴女こそ……幼年趣味ですか」

 キルシュは、無視を決め込んだ。というか、その少年にしか眼がいっていないのかもしれない。

「ほらほら、泣かないで、ノワール。厭よね、この気持ち悪い男が意地悪したのよ。後で仕返ししてやりましょうね」

 傍から見たら、この金髪の二人はそう変わらない幼さだ。それなのに、キルシュはまるで母親のようにノワールの世話を焼く。彼女が少年をあやしている様はどこかままごとじみていて、滑稽に映る。実際、弟を赤ん坊代わりにして母親ごっこをしている少女に見えなくも無い。
 


 やがて我々は、居間へとおちついた。
 居間の円卓、純和風のインテリアの中で、ゲームのキャラクターか何かが現れたような奇妙な光景。黒髪トリオは何も言えずに、金髪親子(主従)を眺めていた。
 ノワールはしゃっくりをしながら涙と鼻水をたらし、それをキルシュが一々拭いてやっている。いつまで泣いているつもりだ、この小僧は。ヂーン、とかんだ鼻紙の処理に困った少年を見かねて、夢野は屑篭を差し出した。

「……キルシュ。貴女、まさか親子漫才を見せるために此処へ来たわけではないでしょう、」

 静かに問いだす夢野に、きっとした表情でキルシュは振り返る。

「対処業務をお願いしたいの」
「ああ、そうでしたね。済みませんが、仕事の都合上お断りさせて頂きま、」

 パチン、と小気味良い音を立てて夢野の青白い手のひらを引っ叩く。彼女は闊達とした動きで遮り、夢野の言葉に終着点を与えない。(ところで夢野は、黒が『先生』と呼んでいるように、なにか物を書く仕事をしているようでもある)

「どっちがアンタの本職だと思ってるの」
「基本的に夢野商会は紹介所ですから。実地業務は遠慮したいですね」
「誰が人間界くんだりまで出て仕事の斡旋を頼むってのよ。魔界にだって腐るほど仲介所はあるんだからね。あんたのそれは、ただ仕事から逃げてるだけでしょう」
「ですから私は、仕事を受けて人間界に出てきた彼らの案内人をしているつもりなのですが」

 夢野は、キンキンと喚く彼女にも寛容……とは言えないが、……斜に見るような笑みを投げかけては、大人しく応対している。

「あんたがそんなんだったら、ウチの商会にクロちゃんを引き抜こうって言うのに」
「黒髪小僧は口は悪いし、私を尊敬していませんが、仕事は完璧だし、秘書としても敏腕です」
「だから、使いどころが違うのよ」

 唸るように彼女は言った。

「音はまだ何も知りません。私一人で調教するのは難しいですね。黒髪小僧がいてくれなければ」

 キルシュは、くだらないものを見るような目つきを私に寄越す。私は、彼女の領域に在るものとして認められていないようだ。威嚇しているのだろうか。

「……夢野、あんた何の説明も無しにこの黒猫と契約したの? 個人が勝手に黒猫と契約するのは、禁止されているわ」
「ええ。知っていますよ。しかし、あまりに綺麗な子でしたので、つい」
「やっぱり夢野は変態だわ」

 キルシュは、小さな握りこぶしを卓袱台(ちゃぶだい)に叩き付けた。ノワールは全身で猫のように飛び上がって驚いた。見かねた黒が、ノワールの背中を擦りながら主人を促す。

「キルシュ様、ノワールは酷く脅えていますし、元に戻しては如何です」
「クロちゃん、優しいのね。ノワール、戻りたい?」

 言葉の後半は、彼女の使い魔に向けられていた。ノワールは、キルシュのブラウスを掴むとコクコクと目を瞑って頷いた。すると、キルシュは赤い粒を小さなシルクハットの中から取り出した。グミのように半透明で、大きさは普通の錠剤程度だ。女はその粒をノワールに渡し、彼は口の中で噛み砕いた。
 ――たちまち、ノワールは一瞬で形を失い、ふかふかの長い毛の黒猫に変身した。小さくて可愛い猫だった。変身に関する驚きはもう無い。むしろ当たり前のような気さえする。それよりも、ノワールの変身を引き起こしたと思われるあの粒だ。何だ、その薬は。

「音は知りませんよね。本来は、ああして変身するんです。……でも、僕には必要ありませんので、夢野先生は常備していらっしゃいません」と、もはや状況説明係に成り果てている黒。
 では、私には必要ということだろう?

「夢野ったら、まさかあの原始的な方法で変身させてるの?」

 信じられない、とでも言うようにキルシュはその可愛らしい顔を顰めた。腕に抱かれたノワールまでもが、夢野をじっとりと睨んでいるように見えなくも無い。


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