その刃、蒼く。-Living Bible-(7/37)PDFで表示縦書き表示RDF


その刃、蒼く。-Living Bible-
作:D



第六話 シャイン・ソード




 一振りの剣を掲げてみる。

 刀身は窓から差し込む太陽の光を映し、銀色に輝いている。いかにも切れ味の鋭そうな、鋼鉄の大剣。これならどんな屈強な戦士だろうと、やすやすと切り裂いてしまうだろう。

「うーん、いい感じなんだけど、あたしには少し大きいかな」

 シェラは手にしていた剣を置いてあった棚に戻す。

 そこは街に幾つかあるうちのひとつの武器屋だった。戦争が終わった平和な時勢でも武器は必要になる。旅するなら盗賊や野を這う獣から身を守らねばならないからだ。

(平和になっても武器がいるなんて……人は、いつまで戦い続けるのかしら)

 そんなことを考えながら、狭い店内を飾って埋め尽くす"商品"を眺める。

 剣、斧、槍、弓……大小種類様々、なんでも揃っている。店の外に貼ってあった『望みの物が見つかる不思議な武器屋』という宣伝文句もあながち嘘ではなさそうだ。

「キャッチフレーズは巨大な剣を操り華麗に舞う謎の女剣士! 萌え……じゃなくて、いいと思ったんだがなぁ」

 さも残念そうに、店主である男は言った。

 何がいいのか分からないが、店主の趣味に付き合うつもりは毛頭ない――それどころか、本当は武器など必要なかった。腰元に吊るしている短刀ひとつあれば、十分だ。

「そうだ。魔術師を倒せる武器なんて、ない?」

「はぁ?」

 シェラの提案に店主は眉根を寄せた。

 魔術師は言葉だけで人を殺すことができる。それは非現実的で絶対的な力であり、対抗する武器など存在し得ない。だからこそ大陸は帝国に支配されている。それが常識である。

「冗談キツイぜ……魔法使いが通ったらどうすんだ!」

 店主は急に慌てたように窓の外を見やった。

 魔法使い――それは魔術師の蔑称である。彼らがシェラたちの会話を聞いたら、ただでは済まないだろう。奴らは気分次第で人を殺せる。その権利があるのだ。

(ここに……あるんだけどね)

 シェラは腰元の短刀を触る。

 だが本当はその短刀でなくとも良い。シェラが握ればそれは全て、魔術師と戦う武器になる。

「あのさ、この街の偉い人――なんて言ったかな……カマンベール?」

「お、おいおい……お嬢さん。外ではあまり喋らないほうが身のためだぜ。この街の最大の権力者であるアルベール・フィンツ様は冗談が好きな人ではないからな」

 ああ、そう。アルベール。

 シェラは思い出した。武器屋に入ったのはもちろん買い物をするつもりではなく――この街の事実上の支配者にして貴族たる公爵のアルベールのことを尋ねたかったのだ。

「ふぅん、ご忠告ありがとう。でね、そのアルベール……様について何か知ってる?」

「ん? ……もしかして、あの噂か?」

 あの噂。

 フィンツでは密かに噂が広まっていた。

 アルベールが屋敷に鍛冶師や建築士など、様々な技術者を集めているのは公然と知れていた。

 しかも、大量の鉄を買い込んで何かを開発させているらしい。まさか貴族が趣味で橋を作るとか家を建てるだとか、そんな馬鹿げた話もないだろう。だが自分の金をどう使おうが誰も文句は言えない。

 だけれど、それではまるで、何かを企んでいると自ら宣伝しているようなものだ。それは当人であるアルベールには知られないように密かに広まっていた。しかし、どうせ街の人間の噂などすぐに把握されてしまうのだろう。声を潜めるのは無意味に思えた。

「そう――アルベール公爵が戦争を企んでいるって噂」

「ひ、ひぃぃっ!」

 もう見慣れたような店主の慌てた反応。

 彼がよっぽど怖いらしい。ただの貴族に過ぎないのに、何をそんなに恐れるのか?


 シェラには理解できない。彼女にとって貴族とは、普通の人間より金と権力を少々持っているだけの存在に過ぎない。しかし、だからこそ平民は彼らを恐れるのだ。金と権力。それがあればいくらでも人間を屈服させることができる。

「ごめんごめんっ。で、あれって本当なの?」

「まったく……さぁてね、お偉いさんが考えてることなんてわかりやしねぇさ。でも考えてみろ。戦争してなんの得があるんだ? 帝国の侵攻は止まった。それで平和になった。それでいいじゃねぇか。それに――」

 店主は言葉を止めたが、言いたいことはわかった。

 帝国に勝てるはずがない。最強の魔術師たちを兵器として抱える奴らに戦いを挑む愚か者は存在しないのだ。それとも標的は同盟国である隣国のスクラド? しかしそれも有り得ない。帝国と対等か――それ以上かも知れない兵力を誇る聖騎士団。彼らを敵に回すことなど自殺するのと同じだ。

 でも、とシェラは呟く。

(でも――愚か者だからこそ、そんな馬鹿げたことを企むんじゃない?)

 だが、アルベールが愚か者かどうか、そんなことはシェラに関係ない。

 奴を見つけたらこんな街とはおさらばだ。各地を巡ってきた旅もようやく終われるのだ。

「残念っ! あたしが望んでいるものは、ここにはなかったわ」

「なんだよ! 結局冷やかしかよ! 泣くぞ! うわーん!」

 店主の意味不明の罵声を背中で流しながらシェラは店を出る。

 望んでいるものは、あの場所にある――シェラは見上げた。街のとおりの向こう、高台の丘に聳える屋敷。太陽を背にして眩しいそれは、まるでわざわざ権威を誇示し街並みを睥睨するかのような、アルベール・フィンツ公爵邸。

「あの騎士……ウォード・バズラッシュの言葉を信じるしかないわね」

 騎士から聞いた思わぬ朗報。

 赤毛の少年が公爵邸に出入りしている。

 それが求めている人物なのかは見当もつかない。もしかしたら、とんだ人違いかも知れない。

 でも、やるしかない。

 絶対に見つけてみせる――見つけなければならない。

 シェラは自分に言い聞かせ、神に誓うように強く呟いた。













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