その刃、蒼く。-Living Bible-(18/37)PDFで表示縦書き表示RDF


その刃、蒼く。-Living Bible-
作:D



第十七話 バトル・クライ




 何が何だか分からない。

 帝国から姿を消した弟を追って旅をして、ようやく彼を見つけたと思ったら、その弟は戦争を引き起こし帝国を転覆させようなどと、とんでもない事を考えていた。

 戦争によって全てを失う前、あの平和な日々をいつか取り戻せると思っていた。

 親も友達もいなくなってしまったけど、弟だけはそばにいてくれた。いや、いてくれるはずだった。しかし彼は今や、反乱軍の事実上の指揮官だ。貴族なんて飾りに過ぎない。

 自分たちから全てを奪った戦争を、己の手で再び起こす気なのか。

「ああ……もうっ!」

 苛立ちに耐え切れなかった。

 シェラは目の前に突っ立っていたアルベールを睨みやる。突然の事にアルベールは驚きを隠せず、美貌を引きつらせていた。

「き、君は確か……あの少年、カインと言ったな。彼の姉のシェラだったね。これは、その、愛情表現か何かなのか?」

「んなわけないでしょ!」

 八つ当たりでもぶつけようとして、やはり馬鹿馬鹿しくなってやめた。

 アルベールなど相手にしても何にもならない。しかしそれ以上に何もできない自分に嫌気が差した。

「姉さん、落ち着いて……今から戦闘が始まる。といっても、僕らは何もしないし、何も起こらない。ここにいれば全て終わるさ」

「そういうことだ。くれぐれも馬鹿な真似はしないように」

 馬鹿な真似をしようとしてるのは、どちらなのか。

 怒りで殺せやしないかと、きつく貴族の顔を睨み上げる。脇役は黙っていればいい。

「……あんな玩具で、帝国を潰せると思ってるの?」

 その問いにアルベールが口を開くも、それより早くカインが答える。

「玩具じゃない、あれは銃っていうんだよ。姉さんも見ただろう? あれの威力をさ――魔術師の魔法なんて目じゃないんだ」

 確かに、それはわかってた。

 魔法なんて陳腐なものに思えるほどの非情な武器。剣も盾も鎧も、必要ない。そして、自分たちさえも。

 本当の脇役は自分なのだ。死と隣合わせで手に入れた魔法に対抗する力。処刑部隊。それさえも、もう必要ない。それならば、自分たちがしてきたことはなんだったのか?

(あなたはそれでいいの? カイン)

 もう言葉にはできなかった。

 自分は何もできない。ウォードのように体を張って戦争を止めることも、アルベールのように戯言で民を動かすことも、カインのように知恵で帝国と戦おうとすることも。

 ――無力。

 どん、と空気が震えた。

 シェラたちはフィンツから馬車で半日もかからないうちに、神聖王国スクラドの首都ジールに辿り着いた。

 その街の手前、小高い丘の上から夜気に包まれた静かな街並みを見下ろしている。丘の上に兵士たちの姿はなく、街の入り口のほうで爆発が起こった。銃とは別の、手榴弾という武器によるものだ。

「始まった」

 それはカインの言葉か、アルベールか、わからなかった。

 残酷な殺戮の始まりを告げる言葉。そう、あの武器に対抗できるものなどない――これは戦争ではない。虐殺だ。

 まだ街は眠ったように静かだが、やがて聞こえてくるだろう。悲鳴、怒号、断末魔の叫び――
同じだ。帝国が始めた戦争と同じなのだ。結局は。

(また、あたしたちのような子が生まれるのよ。わかってるの?)

 姉の声のない叫びは彼には届かない。

 満足そうな笑みを浮かべるその横顔は、無邪気な少年のそれにしか見えなかった。アルベールのように冷酷な笑みでも浮かべてくれれば、憎むこともできたかも知れない。いや、例えそうだとしても、シェラは弟を憎むことなどできはしないのだろう。たった一人の家族なのだから。彼女自身、わかっていることだった。

「姉さん、どこへ行くんだ」

 呼び止められて気付いた。

 いつの間にか歩き出していた。丘を下ろうとしている自分。一体、何をしようとしてるのだろう?

「あんたが勝手な事をするなら、あたしだって同じ事をするわよ」

 相手の顔も見ずに憮然と言い放つと、決心したようにシェラは走り出した。

 呼び止める声がしたが構わない。自分を困らせたのだから、お返しをしてやるのだ。

 街までの距離はそう遠くなかった。全力で走り続けようやく外壁のところで立ち止まる。体力が限界だった。それもあるが、足が震えてそれ以上進めなかった。

「動きなさい、あたしの体なのよ」

 恐怖は忘れたはずだった。

 毎日毎日、酷い実験を繰り返され、殺るか殺られるかの戦いを強いられて、そして悪魔の力と戦う術を得た。

 なのに今は、死ぬほど怖い。

 やっぱり丘の上に帰ろうか? 悔しいが、自分は無力な小娘にしか過ぎないのは事実。

「きゃあああああああぁっ!」

 シェラは、はっと我に返る。

 この世のものとは思えない悲痛な叫び。それは以前も聞いたことがある。街を焼かれたとき、そこらじゅうで聞こえた断末魔の声。同じ悲劇を繰り返す気か――聖騎士の言葉が蘇る。

「やっぱり、こんなの間違ってる!」

 呪縛を解かれたように、体が動くようになった。

 シェラは再び走り出す。何ができるのか分からない。何もできないかも知れない。

 けれど、何もしないよりマシだった。













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