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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第三章

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第23話 それは、たった四文字の言葉 1

頑張りますが、ちょっと、更新ペースが落ちるかもしれません。
バグと残業が俺を襲うのです……。物理的に体が足りない。

 そこは、スラムとの境目が曖昧になる街の隙間に作られた、地下に広がる大きな空間。
 スラムのチンピラを寄せ集めた『スラッグス』という名の集団が主催しているイベント場。

 スタジアム型に客席が作られ、中央にあるリングは建物一階分ほど深く沈めらている。部屋の中央の上部にはリングの上を映し出すモニターが設置されている。

 そして、それを取り囲むようにある客席にはスーツやドレスに身を包んだ裕福そうな人間が、顔が分からないようにするための仮面をつけていた。

 それだけでも十分に異様な光景だった。しかし、何よりも異様なのはその雰囲気。

「『さぁさぁみなさん、お立会いっ!! 今宵も欲の坩堝の摩訶不思議。大声で叫んで、ヤジを飛ばして、大金を転がし笑ってくださいっ!!』」

『『『ウァアアアァアアァアアアッ!!』』』

 全員が全員、熱に浮かされたような強烈な熱気を持ち、蛇がうねるように籠って会場を包んでいる。

 たとえそれを見たのが、分別のつかない子供であっても、その場の異様さは感じ取れたであろう、そんな光景。

『ウガァアアァアアアッ!!』

『コブッ!?』

「『ああっ!! 青コーナーの狼マスクの男の拳が顔面に決まるっ!! 思わずよろける赤コーナーの熊マスクっ!!』」

「おおいっ!! しっかりしろ狼マスクッ!! 貴様には大金を掛けているんだっ!! 儂に恥をかかせるなぁ!!」

「ホホホッ、いい調子ですわっ、ほらそこですっ、ひるんでいる間に腕の一本も折ってやりなさいっ!!」

 口角の泡を飛ばしながら、仮面の奥にある目をギョロつかせる大勢の人間と、薄汚れた布切れを纏って、落ちくぼんだ目で殴り合う二人の男。

 百人近くを悠々と収納できる豪華な客席と、薄汚れた武骨なリングが接しているその場所で行われているのは非合法の『賭けに見世物』と『殺し合い』だった。

 喧嘩の勝敗で掛ける遊戯施設は珍しくない。
 王国には存在しないが、帝都では『コロッセウム』という名の巨大な闘技場が公式な娯楽の場として存在している。

 だが、そのコロッセウムと違うのは、降参も戦闘不能もあり得ない、どちらかが死ぬまで終わらないということ。

『ふぅ、ふぅ、ウガァアアアアアアァアッ!!』

『や、やめっ、ギャアアアアアアアアアっ!!』

「『熊マスク、立てなーいっ!! チャンスとばかりに狼マスクが目つぶしにかかったっ!!』」

 できるだけ残酷な殺し方をすることで、戦いを勝ち残った方が得られる報酬が増えるということ。

『ぐぁ、ああぁ、だ、やめっ、ぐぅうううっ』」

「『これはエグイっ!! 潰した目の中をぐるぐると指で掻きまわしているぅ!!』」

『ふひっ、フヒヒッ、こ、これでラムネいっぱい貰えるぅ、アギャッギャ』

 戦っている者たちが自らの意志で集められたものや、拳闘用の奴隷などではなく、『スラッグス』により、『ラムネ』を使って薬漬けにされた者たちだったということ。

 そして、

「『ラムネェエエエっ、ラムネェっ!!』」

「『たすっ、だすげっ、もうっ、にぃ、さ……』」

 …………そのほとんどが、この悪質のショーを盛り上げるために近しい者同士を争わせているということだった。

 

 部屋の端、離れた位置から少し冷めた視線でその退屈な劇を眺める。

「ったく、悪趣味な光景だな」

 人の黒い部分を煮詰めているような光景に、俺は思わず声をこぼした。

「やっていること自体は私たちもあまり変わりませんけれど」

「自分から好きで狂ってるような奴らと一緒にされるのは業腹だがなぁ」

 嘆息しつつも、自分の行動もきっと他人から見れば似たようなものなのだろうとため息を吐く。

 まぁ、正しくなく、綺麗でもない行動が、醜悪な様相をさらけ出すことになるのは仕方がない事なのだろう。
 別にそうなることが嫌なわけではないが……。

「はぁ、やっぱり嫌味な世界だなぁ、ここは」

「大丈夫なのです。シュリアたちはちゃんと相手を選んでるのですよ。別にわざわざ関わりのない相手をどうこうしているわけではないのです」

「それに、ご主人様が言ったのではないですか。ああいう風になってしまわないように、復讐で必要のない死人は出さないとお決めになったのでしょう?」

 シュリアとミナリスの言う通りだった。
 狂った世界で、人のまま復讐を完遂させるために灰色の刃先の上を歩いていくと決めたんだ。

「人の振りみて我がふり直せ、か。なるほど確かに、良い格言だ」

 復讐者と虐殺者の境界線。

 最初に引いた線を俺たちは、犯し過ぎてはいないだろうか? 

 気が付かないうちに箍を嵌められない化け物にはなっていなかっただろうか?

 例えば、そう、落ち度のない真っ当な商会を巻き込んだ時に感じていた罪悪感。

 あれは、本当に本物の感情だっただろうか。

 復讐を、八つ当たりの免罪符に使っていないだろうか。

「…………」

 見回すのは人の黒い欲に魅せられて怪物に落ちてしまった者たちの姿。

 俺たちがアレと似た様をさらすのは、復讐すると決めた相手にだけでないといけない。

「ダメだな、今回のこれは復讐だ。ゴミ掃除に来たわけじゃない。計画変更だ、観客は無視する」

 どうせ集まっているのはクズたちだからとついでに殺す気だったが、復讐にそんな『ついで』はいらない。

 俺たちは世直しのためにこんなことをしているわけじゃないのだから。
 関係のない悪党を成敗しようとするのは、どこぞの正義の味方がやるべき仕事だろう。

 今回は『スラッグス』を潰すために力をすべて割り振らなければいけない。
 それぐらいでないと、何の弔いにもなりはしない。

「んんー、シュリア的には観客の豚共も同罪だと思うので、アレを殺しても同類になったりしないと思うのですけど……」

「私もシュリアと同意見ですが、ご主人様がそうおっしゃるなら、従いましょう。ご主人様が変なところで理屈っぽいのは最初から分かっていましたから」

「……」

『海人、おぬし、変なところで理屈っぽいのぉ。やっぱりハゲるな、間違いないのじゃ』

『兄様はどうして時々無駄なところで心配性になるのですか?』

 レティシアや舞に割と結構な頻度で言われていたことを思い出す。
 やはり、俺の考えすぎだろうか? いや、きっとこれでいいはずだ。
 本当に危ないのは、罪悪感も迷いも、何も感じなくなってしまった時のはずで。
 それはきっと、俺が復讐心に寄り添えずに潰れてしまった時のはずだから。

「……さて、それじゃあやるか。観客は無視でいい、代わりに、『スラッグス』の連中に体にも心にも芯から恐怖が染みつかせて、殺せ」

「かしこまりました、ご主人様」

「了解なのですよ」

 二人が返事をした時だ。

「申し訳ありませんが、少々よろしいですか」

 声を掛けてきたのは、会場を警備している男だった。
 口調は丁寧だが、どこか粗野な雰囲気が消し切れていない。所詮は血と暴力の信条が染みついたチンピラだ。
 貴族を相手にするということで付け焼刃な最低限の礼儀作法を身に着けたのであろうことが丸わかりだった。

(この場でそれ以上が必要ないことも確かだが……、おかげで判別するのが楽で助かる)

「ま、俺たちだってそう変わるもんじゃないか」

 だからこそ、この男は俺たちに声をかけてきたのだろうから。

「なんにしてもちょうどいい。こいつらへの復讐の口火を切るなら――……」

「お客、じゃないなっ、何者だ貴さ、がっ!?」




「静かに笑って、殺してやろう」




 不穏な気配を感じたらしいそのチンピラの顔面をわしづかみにして、魔力集中も合わせたフルパワーで中央の画面へとたたきつけた。

『ちょっ、いったいなんなのっ!!』

『な、なんだっ!? 何がどうなっているんだっ!!』

 一直線に飛んだ男の体が、轟音と共に魔道具のモニターを破壊する。
 大きな音に紛れて耳に届いたブシャリという音が、俺に人間の体がほとんど水でできているということを思い起こさせた。

 リングの上にはガラガラと落ちる壊れたモニターの破片と、ボドリと落ちる肉塊がばら撒かれる。

『きゃぁああああああああっ!!』

『お静かにっ、落ち着いてくださいっ!!』

『どけっ、邪魔だどけっ!!』

 明らかな異常事態を前に、パニックを起こした観客たちは出口へと殺到していく。

「判断の速いこと速いこと。やばいことに関する嗅覚はさすがのもんだな」

 ちょうど出口の正反対の位置に立っていた俺たちの周りからは人が消え、ポッカリとスペースが空く。  
 一応、ポツポツと配置されていたようだった粗野な雰囲気のチンピラ共も、人ごみに流されもがいていた。

「せっかくですから、あの闘技場を使いましょう」

「ちょうどいい広さもあるし、皮肉も利いてて面白いのです」

「いいな、それ」

 ミナリスの提案に頷く形で俺たちはその場の中央にあるリングへと移動する。
 降り立ったその硬い地面は、冷たく乾いた空気が覆っていた。

「まるで映画かドラマだな、こりゃ」

 リングへと通じる通路には、関係者以外は立ち入ることはできない。人の壁がないため、ぞろぞろと現れる黒服たちがどんどん周囲を取りかこむ。

「おい、てめぇら、せっかくのショーを台無しにしてくれやがって、どういうことになるかわかってんだろうなぁ?」

 現れたのは特徴的な声で観客を煽っていた男。
 ひょうきんな印象を受ける声は鳴りを潜め、重くドスの利いた声質へと変わる。

「びっくりなのです、思ったよりずっとわらわらとゴキブリが出てきたのです」

「確かに。シュリアはうまい例えをしますね」

 まぁ、当然そんなことを気にするようなわけもないのだが。
 穏やかに話してみせる様子が、どうやら男の感性を逆撫でしたようで、分かりやすいほど怒りで顔が赤くなっている。

「あぁ!? 何を落ち着いてやがるッ!! この人数が目に入んねぇのか!! たかだかウチのアリを一匹潰した程度で調子に乗るんじゃねぇッ!!」

「おいおい、普段から煽りまくってるくせに、自分の煽り耐性はねぇのかよ」

「んだとてめぇっ!!」

「ほらまたそうやって叫ぶー。ああ、そんな風に頭の毛細血管ぶっちぎっちゃうから、虫並みの思考力しかないわけか。世の中上手くできてんな」

「なっ、がっ、て、てめぇ……」

 ほんと、ここまでわかりやすい奴も珍しい。
 もしあの顔を真っ赤にして目を血走らせている様子が演技なら、本当に大した役者だ。

「それに何より、お前、見る目がなさすぎるよ」

「あぁ?」

「落ち着いてる? 俺たちが? 誰のどこを見て何を考えたら、そんな判断にたどり着くんだよ、おい」

 俺も、ミナリスも、シュリアも。

 ずっと耳元で鳴りやまない、殺せと叫ぶ声。
 内側から飛び出そうと、体の中で暴れ回る尖った石のような熱。
 中から外から暴れ回られ、今にも氷解してしまいそうな理性のタガを、ギリギリのところで必死につなぎとめて。

 ――だけど。

「あの貴族の豚共はいい。クズだか、今回の件には関係がない……、だがな」

 ――――――だけど、もう構わないよな。

「お前らは、絶対に許さない」

 ――――――もうこれ以上、我慢する必要もないよな。

「ただの使い捨てでも、下っ端でも、関係ない。前座だからって、手を抜く気もない」

「っ!?」

 こいつらはグロンドへと続く踏み台の、そのまた踏み台で、そして、俺が殺したくてたまらない奴らで。
 ……だから、こぼれ出た言葉には堪えきれない憎悪がこもった。




 ―――――「全員、ひきつぶすように殺してやるよ」。




「ひっ、はえ? グぁ、ぎゃぇぶぇ!?」

 男の眼孔に指先を突き立て、目を潰すのと同時に地面へと叩きつけた。
 ドゴォン、と大きな鉄球を落としたかのような轟音に、その場が静まり返った。

「ほんと便利な世界だよなぁ、ここは」

 ゆらりと低くなった姿勢を持ち上げ、口の端を吊り上げる。

「ドイツもコイツも、中途半端に体が頑丈で。おかげで存分に、お前らを甚振れる」

「ギャアアアアアァアアアアアアァアアッ!?」

 勢いよく振り落とした足が、グジャリとした水音と併せて男の腕を押しつぶす。
 ピッ、と飛び散った血が、頬へと跳ねた。

 もう何も、我慢などする必要はない。

 俺は、ゆっくりと視線を上げ、戸惑いと恐怖に体をすくませる奴らを見て、さらにもう一段深く、口の端を吊り上げた。


             ☆


 びちゃりと、滴り落ちる赤い水音が、生ぬるい熱を持って響く。

 もうずっと昔に思えるような、遠くなってしまった日々の記憶。
 その中で、俺は、俺たちは確かに笑いあえていた。

『兄さん、見て見てッ。この野菜、剣みたい形してるよ!』

『大丈夫だって、兄さんは心配性なんだから』

『行こうっ、兄さんッ! Bランク……いや、Aランクの冒険者になって、有名になってやるんだっ!!』

 …………あぁ、なんで、こんなことになったんだ。
 わからない、わからない、わからない。

 なんで俺はこんな場所にいる。 
 なんで俺の目の前に、弟の死体がある。
 なんで俺の手が、弟の血でこんなに赤く汚れている。

 そこはまるで地獄の窯の中のようだった。
 周りには人間としての原型を失くした死体が転がっている。
 そんな死体ばかりの中、少なくとも人間だったことが分かる弟は、少しはマシなのか。

「……ははっ、そんなわけない。そんなわけねぇよ」

 どうしてこんな時に、俺は正気に戻るんだ。
 薬が抜けたのか? だったらどうして今、この瞬間なんだ。

 どうして、弟よりも早くこうならなかったんだ、そうすれば、殺されていたのはきっと俺だったはずなのに。

 そうじゃなくてもずっと狂ったままで居られれば、こんなっ、こんなっ!!

「…………」

 気が付くと、目の前には地獄の窯の主が立っていた。
 冷たく見下ろす相貌は、狂ったようにこの惨状を生み出した人間とは思えないほど、穏やかな光に満ちている。

「頼む……、殺してくれ。一片の救いもないぐらい徹底的に、殺してくれ」

 もう、いやだ。こんな世界は、俺には耐えられない。

「仇を、討たなくてもいいのか?」

「……ダメだ。こんな風にいられるのはきっと今だけだ。それに、俺はもう、助からない。そうなんだろ?」

「っ」

 諦めと共に救いを求めた俺の言葉に、その男は顔を歪めた。

「ははっ、なんて顔してやがる」

 これだけのことをためらいなくやる悪魔が先ほどからやけに人間臭い表情をしやがる。

「どっちにしろ死ぬなら、アンタに殺される方がずっとましだ。最後まであんな薬に弄ばれるのは御免だ」

「……そうか」

 その男は一度目をつぶった後、静かに目を開く。
 そこには、ぞっとするほど暗い暗い、暗い炎。

「だったら安心して死ね。俺が全員、殺してやるから」

「ぶっ、ハハハッ、そりゃあいい。先に地獄で待ってるさ」

 思わず漏れた笑いは、いったいどれだけ久しぶりのものだろうか。
 今はもう、思い出すことすらできない。

 ほうっ、と光を放ちながら、男の手に飾り気のないシンプルな直剣が握られる。

 振りあがったそれが、暗く黒い炎のような男の表情に綺麗に映えて。

「どうして、こうなっちまったんだろうなぁ」

 人生最後のつぶやきと共に、俺の視界は闇に閉ざされた。


              ☆


「はぁ、ったく」

 俺は男を両断した【始まりの心剣】の構成を解いた。
 視線の先には、ラムネに侵され、人生を狂わされた男がいる。

「死ぬ間際だけ正気に戻るとか、勘弁してほしいよなぁ」

 救えないのは、ここにたどり着いた時からわかっていた。リングに上げられた二人が既に手遅れだったことは見て取れたし、何より俺たちは慈善家ではない。

 出会うすべてを共犯者に引き込んでいては、すぐに立ち行かなくなってしまう。



 そして何より、こいつは一番最後のその瞬間、俺に、『復讐』ではなく、『救い』を求めた。



 その程度じゃ、ダメなんだ。
 復讐を諦めるような人間を共犯者にするつもりはない。それが例え、死を感じた瞬間でも、それでも殺すと誓える人間で無くてはダメだ。
 それはつまり、殺され掛ければ復讐心を揺らがせてしまう程度の純度の思いしかないということだから。

 コイツの復讐心は、残念ながら俺たちには淡過ぎた。

「まぁ、それでも。ついでに仇はとってやるよ」

 もう十分すぎるほど重すぎるものを引きずってきている。今更一つや二つ、それが増えたところでどうということもない。

「…………ははっ」

 そうして、吊り上がる口の端から笑いが漏れる。

「くくっ、アハハハッ、あぁあ、テンション上がってきた!! 次の場所に行くぞ、二人とも。アイツらを殺すのにもう一秒だって我慢できねぇっ!!」

「かしこまりました、ご主人様」

「はいなのです、海人様」

 さぁ、次の場所へと向かうとしよう。
 まだまだ、アイツらを、『スラッグス』のクズどもを飲み込む地獄の窯の蓋は開いたばかりだ。
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