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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第三章

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第22話 ミナリスとシュリア、噂と老人2

修正を加えてたら気付いたら寝落ちしてました。申し訳ありません。


 酔っ払いとの諍いにシャシャリ出てきた、黒の執事服に身を包む痩身の老人は、要注意人物の一人でした。

 今は段々と大きくなった騒ぎに、集まってきたやじ馬たちでなんとなく円が形成されています。

 これもあまり、うれしくありません。

「うぁ、なんてイヤァな偶然なのですよ」

「本当にその通りですね」

 本当に小声でシュリアと会話しながら、見つめる先には、クズ豚グロンドの腹心、フェグナー・リールットの姿があります。
 フェグナーは好々爺めいた微笑を浮かべながら、酔っ払いが伸ばそうとしている手を掴んでいました。

(邪魔な時に現れてくれたものですっ、はぁ)

 さすがにこの状況では、酔っ払いへの怒りなど、とりあえずは脇に置いておくしかありません。

「…………」

「…………」

 私はシュリアと目で確認を取り合い、とりあえずは黙ってその出来事を傍観することにしました。

「なんだぁ、おめぇ、じじいに手を握られてもうれしくもなんともねぇんだよぉ、ひっく、はなせよぉ!! おらぁ、女の子が触りたいんだぁ!! ヒック!」

「やれやれ、落ち着きなさい。男が酒におぼれてよいのは大切な友と伴侶を失くした時だけですよ」

「んなもん知るかよぉ!! このっ、はなせよじじぃっ」

「はぁ、仕方がないですね」

「あんだぁ? いたっ、いたたたっ、いてぇえ、いってええってっ!!」

 深く皺の刻まれた細腕が、ギリギリと音がなるような力強さを見せつける。

 呂律が相当怪しかった男も泥酔したままといかず、少し酔いの醒めた顔で慌てて老人の腕を振りほどこうとしていました。

「はなせっ、はなせって言って、ぉうぁ!?」

 しかし結局、その手を振り払うことはできなかったようで、最後にはフェグナーの方が力を抜きました。

 急に掴まれていた腕を放された酔っ払いの男は、勢い余って尻もちをついていました。
 ええっと、こういう時は何というでしたか……。

 ああ、思い出しました。ぷぷっ、ざまぁです。

「少しは酔いが覚めましたか?」

「て、てめぇ」

 あくまで冷静な様子のフェグナーに酔っ払いは余計に怒りを刺激されたようです。

「どいつもこいつも舐めやがってつ!! ぶっ殺してやるっ!!」

 尻もちの痛みと衝撃で多少酔いが引いたようでしたが、それでも深く泥酔していたせいで判断力が鈍っているようでした。

 怒りで自制心が飛んだ私が言えることではないかもしれませんが、短絡にすぎる思考に従って、酔っ払い男が腰に吊るした剣へ手を掛けます。

「くらぇええええっ!!」

「はぁ、やれやれ」

 フェグナーは慌てた様子もなく冷静にため息を吐く。

(っ、速いですね)

 何をしたのか直接目にできたのはこの場に幾人もいないでしょう。
 フェグナーが腰から下げたロングソードが、目にもとまらぬ速さで振り抜かれたその瞬間。

「遅すぎます」

 キンッ、と金属が金属を切り飛ばす、澄んだ甲高い音がほんの一瞬だけ響き渡ります。

 あとに残されたのはやけにゆっくりと見える動作で剣を鞘に納めるフェグナーと。

「はっ? え?」

 半ばから断ち切られ、クルクルと宙を舞った剣の半身と、折れた剣の柄を握り、間抜けな表情をさらす酔っ払いの男だけでした。

「な、な、な……」

 目の前の光景が理解できないのか、穴が開くほど自らが手にした剣を見つめている酔っ払いは、今度こそ完全に酔いが覚めたようです。

 酔っぱらった赤い顔が完全に蒼白へと変わり、息の吸い方も忘れてしまったみたいに口がパクパクと動いていました。

「どうやら、酒は抜けたようですね」

「あ、ああ……、す、済まなかった」

 やっと状況を理解できたのか、おびえた様子で酔いの醒めた男が謝る姿はまるで命乞いの様にも見えます。

「いえいえ、誰しも失敗はあるものです」

 切りかかられなどしなかったというような態度で老人は笑う。

 その偽善めいた姿に、私の中でフェグナーへの怒りが積み重なっていきます。

「そちらの剣をダメにしてしまい、申し訳ありませんでした。弁償金はこちらでよろしいでしょうか?」

「は、え?」

 フェグナーは道具袋から金貨を一枚取り出しました。
 押し付けられるような格好でその金貨を受け取った男は戸惑いを隠せないようでした。

 こんないざこざで武器の弁償金をもらうなど普通ならありえないし、その金額もかなりおかしいものです。
 男が使っていた剣はどう見ても高価な品などではなく、金貨一枚もの値段がするはずがないのは明らかなのですから。

「さぁ、今日はもう宿に戻るとよろしいでしょう。それから、これからはあまりお酒を飲み過ぎないよう気を付けることをお勧めします」

「え、あ、ああ」

 道を開けたやじ馬たちの間を、居心地が悪そうに頭を掻きながら、男は歩いてその場から去っていきました。
 それを皮切りに、遠巻きに騒動を観察していたやじ馬たちも解散していきます。

「…………」

 ……本当に、気に入りません。
 この茶番自体も、酒に飲まれていたとはいえ汚い手で私に触れようとしてきた酔っ払いも、興味本位の優越感に浸り、上から目線で騒動を眺めるやじ馬たちも。

 そして、その何よりも、

「お怪我はありませんでしたかな、お嬢様がた。どうにも物騒な様子でしたので割って入らせていただきました」

 何の裏表も、悪意なく押しつけの善行を積み上げたこの男が。
 そのフェグナーの行動が、何よりも心を波立たせる。

「……ええ、余計なことをしてくれました」

 気が付けば、口から言葉を吐き出してしまっていました。
 ここで適当に礼を言って立ち去るのが一番だというのは分かっていますが、感情がソレを許してくれません。

「これは手厳しい。しかし彼もまた、悪気があってのことではないでしょう。ですから彼を許してあげたらいかがですかな?」

「あの男なら、殺すつもりはありませんでしたが」

「腕のなら切り落としてもいいとはお考えだったでしょう?」

「それに、何か問題が?」

「えぇ、私はあまり流血を好みませんので」

「…………」

 ニコニコとした穏やかな表情を崩さない目の前の老人に、さらに神経を逆撫でされる。

 気に食わない、気に食わない、気に食わないっ!

「勝手にシャシャリ出てきて、いったい何の……」

「ミナリスお姉ちゃん!」

 と、小声で名前を呼んだシュリアがメイド服の袖を引く。
 ……ええ、わかっています。これ以上ここで争うのは得策じゃありません。

「っ、そうですね、それでは」

 私たちは踵を返して背を向けました。

「お待ちください。僭越ながら、何かお困りのようでしたら相談に乗りましょう」

 しかし、感情を飲み込んで、その場から立ち去ろうとする私の足が止まる。

「君たちはまだ若い。そんなに心を尖らせずとも、世界は存外に優しくできているものです」

「…………優しい? この世界が?」

 背後から聞こえる声に、ポツリと呟きが漏れました。

「えぇ、よくないことばかりが起こるわけではありません。何があったのかは分かりませんが、怒りに身を任せて世界を恨むよりも、もう少し力を抜いて生きたほうが、幸せになることができ、っ!?」

「そうですね、確かに優しい世界でした」

 誰かを疑わなくても生きていけた世界。

 綺麗なうわべだけを救い取って作られていた、脆いガラス細工のような世界。

 あの日までの私は、確かにそんな世界に生きていられた。

「……」

 私はその場でもう一度クルリと身を翻して正面に向き直りました。
 感情を押しつぶすように固めていた無表情が、静かに笑みの形を取ります。

「私の名はミナリスと申します。以後、お見知りおきください」

 最上の笑みと共に、軽くスカートの裾を上げて礼を取ってみせる。
 そしてまたゆっくりと背を向け、今度こそは立ち止まることもなくその場を離れました。

「もうっ、だめなのですよっ!」

 と、確実にフェグナーへ声が届かないような位置まで離れてから、シュリアが声を上げた。

「……ごめんなさい、シュリア」

 シュリアに言われるまでもなく、余計なことをした自覚はありました。
 焦らずともいずれ決着をつけることになるのですから、偶発的に出会ったこんな機会に、わざわざ記憶に残るような争いを起こして目立つようなことはするべきではありません。

 ですが、我慢ができなかったのです。

 何一つ恨むことなく、綺麗でいられる世界。

 そんな世界に入った亀裂から漏れ出す黒い汚れを理解できないうちに、私の世界は徹底的に踏み潰されて。

 私の手に残ったのは、砕けて鋭く身を傷つける世界の破片と、暗くドロドロとした感情だけでした。

 それを、何も知らないあの老人が、知ったような語る。

 あんな顔で善行を積みながら、その裏で平気でそんな綺麗な世界に居られたはずの人間を、汚れた地の底に引きずり込む片棒を担ぐ。

『この世界は存外優しく出来ているもの』だなんて。

『力を抜いて生きたほうがいい』だなんて。

 とても軽い言葉で語る。

 何もかもが滑稽で、どこまでも不快感を生む茶番でした。
 その行動にあの男を思い出してしまうから余計に我慢が難しい。

「行動が似ているんですよ。私の父親に」

「え?」

 誰かが困っていれば助けを出して、笑いながら親切を振りまいて、誰にでも優しくあろうとする。

 私の父親はそんな人間でした。

 村で頼りにされている自分の父親を、優しい父親だと思っていました。尊敬できる父親だと思っていました。

 ……あの日、自分の立場が危うくなった途端に私と母を切り捨てた、その瞬間までは。

「あんな風によっぱらいとの争いの仲介をしたり、したり顔で他人に道を諭したり……」

「……フェグナーは、ミナリスお姉ちゃんの父親ではないのです」

「ええ、わかっていますよ。ただ、許せないだけです」

 そう分かっています。
 だから、その時が来るのを待つとしましょう。

 あの男がグロンドの傍に立つ以上、その偽善めいた化けの皮が剥がれるその瞬間は、そう、遠くはありませんので。

 
              ☆

 
「私の名はミナリスと申します。以後、お見知りおきください」

 背筋を氷の舌が舐めるその感覚に、なんとか目線を変えてほしいと思った言葉が止まる。

 その間に、まるで世界そのものを憎んでいるかのような様子の二人組の少女は人ごみに紛れて消えてしまった。

(まったく、私も年を取りましたね。あのような少女たちの殺気に蹴落とされるとは……いえ、私の衰え以上に、あの少女たちの殺気が強烈な密度を持っていたせいですね)

 あれほど混じりけのない強烈な殺意は戦場を離れてしまった私には久しく感じていなかったものです。

 なにより、出会ったばかりの私の言葉で、どうこうなるようなものではないと、私は知っていたはずだというのに。

「……自分の行動を後悔していないのに、正しい道を諭そうとしてしまうとは。私も長く生きすぎましたね」

 そんな自分にため息を吐き、止めた足を再び動かし始める。

 人は忘れてしまう生き物です。
 昔、あんなに憎んで殺した兄への思いを、私はもう微かにしか思い出すことができない。
 記憶をたどった先にある残り香はもうすでに朧になりかけていて、周りの全てを憎んでいたはずの自分自身すら他人のものであるように思える。

 …………それもきっと、私がその復讐を成し遂げたからこそなのでしょうが。

「あの子たちにも、私にとっての大旦那さまと同じような相手が見つかればよいのですが」

 すべての激情を吐き出し、何をすればよいかもわからなくなった私を救いあげてくださった大旦那様。

 今は亡きその大旦那様の後を継ぎ、グロンド坊ちゃん、いえ、旦那様はどんどんと商会を大きくしていきました。

 やたらと金銭に執着する面もございますが、その執着が、グロンド商会を大きく育てている。

 大旦那様が最後に残した、『グロンド商会を誰よりも大きな商会に』というその望みの通りに。

 それもあと一歩です。今回の貨幣改鋳での特権を手に入れることができれば、この町でグロンド商会は一つ頭の抜けた存在となる。

 そうすれば、グロンド商会の地位は盤石のものへとなるでしょう。

 ……だからこそ、慎重にならねばいけません。
 そのための情報収集で、あんな少女たちに出会うとは思いませんでしたが。

(しかし、やはり何か良くない匂いを感じます)

 集め回った情報の中に、気になるようなものは何もありませんでした。
 それに反して私の感情はさざ波を打っています。

 理由が見当たらないのに、それでもこの、歯車が砂を噛んでしまっているような、奇妙な違和感を拭うことができない。

「……っと、考えすぎてしまいましたね」

 気が付けばグロンド商会の所有する建物の一つ。
 取引相手に関する情報の記録や整理、商売のタネとなる弱みに強みをするための場所。

「お、フェグナーさんじゃないっすか。また来たんですか?」

「えぇ、少し」

 建物を警備している冒険者に軽く挨拶し、建物中に入る。
 旦那様の言う通り、気付かれないように商会に多くの貨幣を集めるのはなかなかに難事であり、最近はこうして何度もここを訪れては取引の調整を行っていた。

 今回のことで忙しそうに人が行きかう中を歩いていく。

「ん、大丈夫ですか、顔色が優れないようですが」

「あぁ、フェグナー様」

 と、どこかぼんやりとしている顔色の悪い男を見かけて声を掛けた。

(彼は確か……、商取引に関する取引記録を付ける仕事を任せていたはずですね)

「ははは、仕方がないですよ。新たにほかの町に支店を出すなら大量の金銭が必要ですからね。急な話で驚きましたが、お給金の分は働きますよ」

 疲れたような笑み浮かべて、男は笑う。

 今回のことで、急に取引の予定が狂ってしまい、どこも忙しく動き回っています。
 体調を崩すものも出てくるのは仕方がないでしょう。

「この匂い、薬ですか?」

「えぇ、最近、家の近くの道具屋が、質のいいポーションを安く仕入れるようになったので。疲労の回復を速めるポーションを少しばかり……、安いものでもないのでいつもというわけではないですがね」

「そうですか?」

 言葉に少し疑問が混じる。
 しかし、微かに彼に残っている匂いは……。

「っと、すいません、まだ仕事が残っていますので」

「ん、あぁ、そうですね、頑張ってください」

 そう言い残して、男は足早にその場を去って行った。


              ☆


 俺がノノリックと、ミナリスとシュリアがフェグナーと出会ったその二日後。

 血を燃やすような紅い光が街を染め上げる、そんな時間帯。
 そんな光に背中を押されるような気分で、俺たちは街を歩く。

 街を訪れている他国の賓客、要するに、貴族向けの宿やが立ち並ぶその一角へと俺たちは向かっていた。

「貴族というのは、どうしてこう、無駄な装飾を好むのでしょうか」

 そうしてたどり着いた目的地を見て、ミナリスはそうつぶやく。
 外観をキラキラと光る金属で装飾した多くの宿は、明らかに実用性とは別の部分に金を掛けている。

 しっかり者のミナリス的には、金の無駄遣いのように見えて堪らないのだろう。

「うぅ、光が反射して眩しいのです」

 シュリアは若干うっとうし気に目を細めている。
 正直、その気持ちは分からなくもない。

「どうでもいいさ。それより、そろそろつくぞ」

 その地域の中、目指した場所は、スラム街と接しているあたり。

 そこにあるのは、『スラッグス』の下種な遊び場への入り口。

「さぁ、行こう。たった四文字の、そのケジメをつけさせるための第一歩だ」

 俺はそうつぶやき、いつもより若干早く巡る血の流れを感じていた。

「――――――誰一人、許しはしない。復讐相手は全員、ゆっくりと押しつぶすように殺してやる」
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