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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第三章

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第18話 勇者、グロンドを嗤う

 ギッ、と軽く身を投げ出すように座った椅子が軽く音を立てる。

「ちっ、アイツらめ、調子に乗りおって」

 先ほどまで商会の応接室で相手にしていたのは、グロンド商会とかなり深い関係にある小規模な商会の代表だった。

普段なら取引を終えた後の軽いあいさつで終わるはずの会談は、しかし、今回は普段と違った様相を呈していた。

理由は明快だ。こちらが取引で支払った金銭と商品が忽然と消えてしまったらしい。

 原因を追究しようにも手がかりもなく、その責任の矛先を見失ったその商会はとりあえずの責任の所在を関係者であるうちの商会に求めたのだ。

「何がこちらに損失を折半しろ、だ。いくら取引の直後とはいえ、管理は向こうの仕事だろうに」

終わったことを不満げに吐き出すのは、相手の要望を飲んで損失を補填するための金を渡したからだ。
実際に支払ったのは損失の2割程度の商品だったが、楽に許容したくない余分な出費だ。

 そこら辺の取引相手であるなら突っぱねるような話だった。取引の後すぐに起こったこととはいえ、管理はすでに向こうの商会に移っていたのだから、法的にもこちらが責任を負う必要はない。

それでも話を受けたのは、相手の商会がただの商会ではなく後ろ暗い取引をするための相手だったからだ。

非合法の奴隷に、ご禁制の薬、乱獲が禁止されている魔物の素材や出自不明の魔道具など、表ではできない幾つもの取引をするのに重用していた相手だ。
規模こそウチの商会と比べられるものではないが、だからと言ってないがしろにすることのできない厄介な相手でもある。

いずれ、取引相手ではなく完全に支配下にして取り込んでやるが、今はまだその時期ではない。

「……ふぅ、どうせ、いずれは私の手元に戻ってくる金だ。それに勝手に潰れられては困る」

 あの商会の裏への伝手はかなり広いものだった。ノノリックを切る(・・・・・・・・)時の為にも、あれらの商会には勢いを保ったままでいてもらいたい。

ノノリックは確かに使えるが、いつまでも飼うつもりはなかった。
金が掛かることはさほど問題ではない。

あれは狂犬だ、自らにまとわりつく、理性の鎖を弄ぶ狂犬。

 鉄さびの味が混じる混沌の水飲み場を駆け回る、どうしようもなく血に飢えた獣。

奴に与える奴隷も、裏の仕事も、本当の意味でアイツを満足させることはない。
私の前で享楽的に振る舞う姿は、まるで退屈の海に溺れないように必死に喘いでいるように見える。

あれではいつこちらにその牙を向けてくるかわかったものではない、能力はあるがリスクが大きすぎる。
契約はどちらも好きな時に解除できるというのが契約の条件でもある。普通に契約を打ち切るだけなら子供がおもちゃへの興味を失くすようにどこへともなく消えるだろう。

 だが、ただ切るだけでは裏への影響力が落ちるし、今後の取引に支障が出てしまう。
 タイミングはきちんと計る必要がある。少なくとも、アイツらの手管や伝手を丸ごと手に入れるまではこちらからノノリックを切ることはできない。

「私の判断は間違っていない。これは必要な投資だ」

 自らに言い聞かせるように呟き、支払った金銭のけじめをつける。
 商人は金を回して金を得るもの。先を見据えて使った金は無駄にはならない。

(あれらも愚鈍なわけではない、メンツを守るためにも草の根を掻き分けてでも原因を探し出すだろう。自然に金が消えるなどありえんのだから、その誰かにこのツケは支払わせてやるっ)

 と、コンコンッと扉をノックする音が部屋の中に響く。

「入れ」

「失礼します、旦那様」

 ガチャリとドアノブを回して部屋に踏み込んできたのはフェグナーだった。

「旦那様、不確かながらお耳に入れておいたほうが良さそうなお話が一つ」

「なんだ?」

「あくまでも不確かな情報ですが、……どうやら貨幣の改鋳が行われるそうです」

「なんだと!?」

 その言葉に思わずガタリと立ち上がった。
 もしこの情報が本当なら一大事だ。

 貨幣の改鋳とは、要するに金貨や銀貨などを鋳潰して金属の純度を変更するということだ。

 例えば、同じ金貨であっても、帝国金貨と王国金貨ではそこに含まれている金の量が違う。だからこそ、王国と帝国では金貨一枚の価値が違う。

 つまり、金属の純度を下げるということは、額面では同じ数の金貨を持っていたとしても、実質的な資産が目減りする可能性があるのだ。

「その話は本当か!? 情報源はどこだ!!」

「実は、私の遠い親戚が王都で財務省に勤めておりまして。魔力嵐の影響で魔物に街道が塞がれる直前に手紙が届いたのですが、そういう動きがあるらしいのです。何かあった時にと取り決めをしておいた暗号と、希少なインクで書かれた文での情報ですから、それなりに信憑性は高いと思われます」

「そうか……」

 驚きに囚われたのも一瞬、再び深く思考に潜る。もし今の話が本当なら早々と手を打たねばならない。

 貨幣の改鋳は、過去にも王国が財政難に陥った時に使われた方法で、既存の貨幣の金や銀の含有率を下げて浮いた分を予算へと回すのだ。

(……確かに、今の状況なら貨幣改鋳を決断してもおかしくはない、か……)

 何のためにかはわからないが、最近王国は派手にお金を使った。
 うちの商会に200人近い獣人の奴隷を注文したこともそうだし、かなり高価で等級の高いマジックアイテムを金にものを言わせてのべつまもなく買い漁っていた。

 金に成るならなんでも構わないが、あれだけの金を使えば国ですら金欠になろうというものだ。

「くそっ、最近やけに面倒事が多いな」

 ガリガリと頭を掻き、心を落ち着かせようとぬるくなったお茶を飲む。
 王国では馴染みのない茶葉だが、緑色の液体の独特の風味と渋みが気に入っていた。
 なにより、これを飲むと妙に心が落ち着くのだ。

「さてと……」

 一服して落ち着いてきたところで再度思考を潜らせる。

 もちろん、本音を言えば貨幣改鋳など拒否したいところだったが、改鋳が行われた場合、それ以前の貨幣は使えなくなる。交換の期限を過ぎて隠し持っていれば、見つかった時点で国に接収されてしまう、つまり、表立って使えない貨幣となってしまう。

 金属そのものの価値が薄れるわけではないので、金や銀として手元に残しておくことが目的であるなら誰にも見つからない場所で保存しておくのもまた有りだが、ただの貴族ならともかく、金を使って金を生み出す商人にはデメリットが余りにも大きい。

 多少資産が目減りすることになっても応じたほうが後々の利益につながるのだ。

「ふむ、プラスになるかマイナスになるかは、どのような特権がつけられるかにもよるが……、とにかく品物を貨幣に変える必要があるな」

 資産の目減りを渋る貴族や商人をなだめるため、国も何も考えなかったわけではない。

 その策の一つが、交換する際に額面上の金額を増やすことである。通常は旧貨幣1枚に対し、多めの貨幣が帰ってくるように計算される。つまり、内実はともかく、額面上の金額は多少増える事になる。

 そして、もう一つは一定以上の大量の貨幣の交換に応じた場合に特権が付与されるという点だ。

 以前に貨幣の改鋳が起こったのはおよそ40年近く前のこと。
 その時には各町で一番多く金貨の交換に応じた商爵がその後の10年の間、税金を免除されることとなった。

 それだけの税金を免除されれば目減りしたであろう資産の多くを回収できたであろうし、何より国に対して大きな貸しを作れることになる。

 この利益は、非常に大きい。

もちろん、情報の裏をとる必要はあるが、いろいろな角度から考えても貨幣を集めておくに越したことはないだろう。

「…………ちっ、魔力嵐さえ止めば、すぐにでも確認が取れるのだが」

 王女とは以前から色々と懇意に取引をさせてもらっている。色々と汚い仕事も引き受けさせられているのだが、その見返りにこういう時の情報源として非常に役立つ。

 なのだが、魔力嵐の影響で通信の魔道具が使えず、そもそも連絡を取ることができない。
 魔道具を運び出そうにも長距離通信の魔道具は簡単に持ち運べるような大きさではなく、地脈に関連した構造をしているので簡単に動かすことなどできない。
 さらに言うと、街の外にも利用できる地脈はあったが、長距離通信の魔道具を移動させようとすれば目立つ。
 鵜の目鷹の目を持つ商会だ。あまり目立つような真似は避けたかった。

「……まぁいい。フェグナー、とりあえず仕入れを一度ほかの商会に回して、引き渡し先が確定している品物以外を売り捌いて貨幣をかき集めろ。多少強引でもかまわん。理由はそうだな、帝国に新しく支店を開くために貨幣を集めているということにしておけ」

「はい、かしこまりました、旦那様」

 ひとつ礼をした部下が部屋から退出する。

 私は机から一通の便箋を取り出し、王女へと連絡を取り、貨幣改鋳に関する事実を確認するように手紙をしたためると、馬と槌のグロンド商会の商紋入りの蝋で閉じる。

「おいっ、誰かいるかっ!!」

「はっ、お呼びでしょうか」

「この手紙を転移結晶を使って隣町の支部へと届けろ。急ぎだ」

 通常なら連絡一つに高価な転移結晶を使うなどありえないが、今回は事が事だった。
転移結晶なら転送元の場所の影響を受けずに手紙を届けることができるし、手紙だけなら最下級の転移結晶で事足りる。
 返事も転移結晶で送ることができれば良かったのだが、魔力嵐がこの街を覆っている間はそれは不可能だった。

「かしこまりました」

 部屋に入ってきた部下に手紙を渡して指示を出すと、その部下は一礼の後に部屋を後にする。

「さて、返事が来るのは最速でも7日は見なければならないか」

「はい、そのあたりが限界かと」

ざっと見積もった予測に、フェグナーが相槌を打つ。

 聞いたときは焦ったが、よくよく考えればこれは慶事かもしれない。
急に用立てることができる金では特権を得るほどの金額は出せないが、事前に情報を得て動けるのならその限りではない。
 他の商会も多くの情報網を持っているはずだが、この魔力嵐の影響で物理的にも、魔道具での通信という面でも情報を仕入れるのは難しいだろう。

「ほかにこの情報を知っていそうなものはいるか?」

「いえ、私が手紙を受け取ったとき、ほかの手紙はなかったようですからそれはないでしょう」

 よし、つまり、このままいけばほぼ間違いなく、この町での特権はうちの商会が手に入れることになる。
どのような特権が付与されることになるかは不明だが、そう悪いことにはならないだろう。

「例の"ラムネ"の収益も安定してきたし、これでまた、この商会はでかくなり、いずれはこの町のすべてをわが商会が独占することができる日もくるだろう。そうなれば、今は顔色を窺うしかないうち以外の大商会の会頭共にも、商業ギルドのクソ爺どもにも、だれも私の邪魔をできない。私の元には更なる金が……、アハハハハッ!!」

 まるで周囲から金貨が続々と沸き上がってくるような感覚に、思わず笑い声を上げていた。

 …………その光景を一匹のネズミが見ていることも知らずに。

 
           ☆


「うんうん、いい感じに思い通りに動いてくれてるなぁ」

 ネズミ一号からの感覚共有を切って、ちょうど一人になっていた宿の部屋で俺は呟いた。

 計画は順調な消化具合だった。
うまい具合にクズは破滅の道を踊っていく。

あふれる感情を少しでも押さえつけるように、少しうつむき加減に顔の片側を右手で覆い隠した。

「そうだ、それでいい。お前の欲の示すまま……、クククっ」

肥え太れ、肥え太れ、肥え太れ。

与えられた餌を貪り食らって、ブクブクと風船のように欲望を膨らませろ。

そうして肥大化した欲望を。
薄く、薄く、皮を剥ぐように脆く削り取って。
そして最後に、ギザついた爪先で引き裂くように掻き破ってやるから。

だから、

「さぁ、もっともっとその薄汚れた小金色の夢を追い続けろ。お前が堕とした子供のように、すべてを失うほど求めさせてやるよ。クククッ、ハハハハッ!!」

 俺は堪え切れずに腰かけたベッドに身を投げ出し、愉悦の哄笑を上げるのだった。

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やばいです、やばいです、やばいです。

二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む~裏切り王女~、明日発売です。

本日、会社でそわそわしすぎて「落ち着かないが具合でも悪いか?」
と心配されてしまった作者ですが、明日はもっとダメダメになりそ
うです。

Web版、書籍番ともによろしくお願いします!
あとがきではこのへんで、詳しいことは活動報告をご覧下さい。
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