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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第一章 

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第7話 勇者、ストーカーと死神を兼任する 1

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 男は、ただ懸命に走り続けていた。

 周りを気にしない全力疾走は障害物を避けるのも煩わしいとばかりに壁や廃材のスレスレを走りぬけ、そのたびに腕や足に擦り傷や切り傷ができる。

 だが、男にはそんなことを気にしている余裕はなかった。

 体にできる細やかな傷などどうでもいい。冷静に考える理性などとうの昔に恐怖に押しつぶされている。
 本能が訴えているのだ、殺されたくなければとにかく走れと。

(マズイマズイマズイマズイッ!!)

 息が切れ、全身が休息を取れと訴え始めても、脳から発せられるのはそれでも急げという命令だ。

 混乱する思考で走っている意味を恐怖ともに思い出していた。

              ☆

 その日の役目も、その男にとっては普段となんら変わらないルーチンワークのような作業だった。

 このスラムには陽に顔を向けられなくなった人間が毎日のようにやってくる。

 手配されている犯罪者、親をなくした孤児、お家騒動で居場所をなくした貴族、事業に失敗した商人、借金を返せなくなった冒険者に、貧困にあえぐ普通の人間。

 後ろ暗さを持つ人間が最後に逃げ込むこのスラムは、さまざまな人間の坩堝と化している。

 そんなスラムにも秩序はある。

 この場所がなくなればスラムのそういった(・・・・・)人間たちが町にあふれ、治安は悪化するのはよく知られていることだった。

 昔、スラムを根こそぎ排除しようと正規の騎士団を使い武力で制圧した町があった。交易で栄えていたはずのその町は、確かにスラムは消滅したが、治安の悪化から商人が寄り付かなくなり、坂から転がり落ちるようにして衰退の一途をたどった。

 だからこそ、どこの町もある程度以上はスラムに干渉しないことが暗黙の了解になっていた。
 実際、スラムに迷い込みさえしなければ、スラムのない町よりもスラムのある町のほうが治安のいい暮らしができていることが多い。

 とはいえ、それが許されるのはあくまで程度をわきまえた範囲までの話だ。必要悪とは認めていても、スラムに逃げ込んだ人間が必要以上に表側に干渉を始めれば、町や国としても対応せざるを得ない。

 スラム側としても町や国に直接介入されることは避けたいものだった。だからこそ、どこのスラムでもその頂点近くに立つ者達はスラムそのものを管理する。

 スラムの規模が大きくなり過ぎないよう調整し、最低限の秩序を維持する。

 できる限り外との摩擦が起きないようにする。

 そうして、スラムの外で邪魔になる人間を引き受ける代わりに、スラムの中での出来事はある程度、何が起きても不干渉という暗黙のルールが出来上がったのだ。

 街や国が認めた治外法権の場、それがこの世界におけるスラムという場所の実態だった。

 だからこそ男は、元密偵という立場で得た技術を活かし、王都のスラムをまとめている男からの指示を受けていくつかある町の入り口を監視していたのだ。

 危険な人間が入り込んだようなら外見の特徴などの情報を把握を。

 貴族や富豪などの敵対すると危うい町の有力者の子供などが迷い込めばその保護を。

 そうすることでスラムという場所がルールをはみ出し、粛清されることがないように守っていた。この町が危険にさらされるということはそのまま自分の居場所がなくなるということなのだから。 

 だから、男は大通りからスラムへと踏み入ってくる気配をスキルで知ったとき、いつものように対象の監視体制を取った。

 その少年は見た目は15を過ぎた程度に見えた。黒髪に痩身の体躯、その身に纏った漆黒の衣服は質は良いように見えたが、物が集まるこの王都でも見慣れない衣装だった。

 少なくとも町の有力者ではなかったが、身なりからして食い詰めものや逃げ落ちた犯罪者というような感じではなかった。
 他の町の貴族か商人か、その影響力のほどが分からない。少なくとも普通の町人ではないのは確かだった。

「となると、少し深めに傷を負ってもらってからのほうがいいか
……」

 男は小さくつぶやくと、何時も通りに侵入者の周りを取り囲むチンピラの様子を見た。そして、迷い込んできた人物が襲われ、ある程度の怪我を負ったところで助けに入るつもりだったのだ。

 チンピラたちと男は一応の契約関係にあった。いわゆるマッチポンプである。

 定期的に金を渡すことで、男が死なせてはまずいと判断して助けに入った場合、適当に戦闘するフリをして男たちには逃げてもらい、男は侵入者に恩を売る。

 そうすることで穏便にスラムからの退去を願い、スラムに対する悪感情を刺激しないようにするのだ。

 いつでも割って入れる準備をしつつ、『骨の2、3本が折れたあたりでいいか』などと考える。恩を売るのに最高のタイミングを計りながらその少年に殴りかかるチンピラたちを眺め、そして、絶句した。

「へ? ギャアアアアアァァァッ!?」

 響き渡る絶叫。しかし、その光景が何なのか、男にはとっさに判断できなかった。

 殴りかかろうとしたチンピラたちが地面に倒れ伏している。何がどうなってそうなったのか、密偵として鍛えた己の目でも微かにしか捉えられなかった。

 まるで鼻歌でも歌うかのように軽々とこの惨状を作り出した本人は、それに対して特に何の興味もない様子だった。その手にはいつの間にか投げナイフにでも使うかのような小さな刃物が握られており、その場から這いつくばって逃げ出そうとしていたチンピラのリーダーの腕を地面に縫いとめ、最後にはその首を刈ったのを見たところで男は駆け出した。

 なんと言うことはない。

 自分では対応できないと悟ったのだ。

 国の騎士団でさえ敵わないのではないかと思えるほどの力量。
 スラムの外の、表の人間とは思えないほどの命を刈ることになれた精神性。

 何でもないことのように命を刈るその姿はまるで死神のように見えた。

 チンピラたちが自分との関係を話したかどうかは男には分からなかった。だが、アレ(・・)に目をつけられれば自分は絶対に生き残れない。
 とにかく早く、一歩でも遠くに、とキナ臭い橋を渡り続けてきた男の勘と生存本能が警鐘を鳴らしていた。

 どう対応するにしても自分の手にははっきりと負えない相手と悟り、このことをスラムのまとめ役に一刻も早く伝えようと恐怖に押されて駆けつづけるのだった。 

             ☆

 そうしてしばらく走り続け、男はスラムの市場にたどり着いた。

 表の通りの屋台で置いてあるものとは比べ物にならないほど粗悪な商品がたち並ぶ通り道を逸れ、建物の一角に入る。

 無骨な建物内部には鋼鉄製の扉が備え付けてあり、その両脇には番人である2体のガーゴイルが鎮座していた。

 灰色の冷たい質感を持つ石肌と同じ温度の冷たい緋色の瞳が二組、四つの目玉が男を見下ろす。

「「合言葉は?」」

「はぁ、はぁ、『掃き溜めの合鍵』」

「「通るがいい」」

 寸分のズレもなく同時に答えた2体のガーゴイルの返事を聞くと、男は息を整えて鋼鉄製の扉を押し開いた。

 中はスラムの中の建物とは思えないほど清潔に保たれていて、置かれた調度品なども価値が高いものが多く、それこそ中堅の貴族の屋敷と比べても遜色がないほど立派な内装をしていた。

 中央に置かれた革張りのソファには用心棒である元騎士や元冒険者が数人、賭け事をしてくつろいでいた。

「ん? どうしたぁ、ジャック。そんなに慌てて」

「おいおい、察してやれよ。悪いもんでも食って腹が昇天しちまってんだろ?」

「あ、てめぇっ、ドサクサ紛れにイカサマしようとしてんじゃねぇよ!!」

「ちっ、目ざといやつめ」

 自分の名を呼ばれ、いつもの調子で笑う同僚に先ほどまでの恐怖心が収まっていくのを感じる。ここまでくれば安全だと張り詰めていた緊張が抜けたのだ。

「ボスに会いたい、至急だ」

 とはいえ、早く知らせなければいけないことなのは間違いがない。何が目的なのかは分からないが、少なくとも迷い込んでしまった一般人ではない。

 一個人の影響力などと理性が訴えるが、密偵として多くの人間を見てきた自分の勘が、このまま放置してはスラムにどんな影響を及ぼすか分からないと告げていた。

「なんだ? 国から騎士でも派遣されてきたか?」

「………そうではないが、後で話す」

 一言であの惨状を説明できる自信がなく、密偵をしていた関係で、言葉の上っ面だけ伝えても正確な情報が伝わらなければ意味がないと考えていた男はそういって言葉を濁す。

 軋む木の階段を上がり、突き当たりの部屋の前に立って扉をノックした。

「『誰ですか?』」

「ジャックです。ボス、至急、お伝えしたいことが」

「『鍵は開いていますから、自分で入りなさい』」

「失礼します」

 丁寧に扉を押し開くと、白髪をオールバックで固めた30歳前後のモノクルの男が怜悧な印象を抱かせる切れ長の目で手元の書類に目を落としていた。

「すみませんが、この資料に目を通しながらでもかまいませんか?」

「問題ありません、ボス」

 男がそう言ったのは、情報の重要性を低く見たからではなく、自分のボスが資料に目を通しながらでも十分に確かな判断ができる人物だと信頼していたからだった。

「ほう、少し長くなりそうですね。そこのソファに座ってかまいませんよ」

 声の調子で判断したのか、ボスの声音に真剣な色が混ざる。

「では、失礼して……」

 男がソファに腰を下ろすと、何から話すべきかと頭の中ですばやく情報をまとめながら口を開いた。

 しかし、それが言葉になる前に、ボスのほうが先に口を開く。

「ふむ、ジャック、下手を打ちましたね」

 機先を制され、まだ何も言わないうちから『下手を打った』と言われた男は驚いて一瞬思考がとまる。

「は? あの、それはいったい……」



「どうもー、あんたがここのスラムの親玉さん?」



『どういうことか』と男が続けようとした言葉は、その声と扉が蹴倒される(・・・・・)、バタンッ、という音でかき消された。 

 開いた扉のから入ってきた人物に男は一瞬で自らの血の気が引いていく音が聞こえた気がした。

 そこにはまるで友人の家に遊びに来たような気軽さで、右手で首から下をなくしたガーゴイルの頭を掴み、左手で両腕と両足を反対方向に折り曲げられた同僚の元冒険者を引きずった………。

「あ、道案内ありがとうな。それでさっきの件(・・・・・)はチャラにしておくよ」

 死神のような笑顔を浮かべる、黒髪の少年が立っていたのだから。
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