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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第三章

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第3話 勇者と魔王、両成敗

「ちっ、くしょっ!! こんの!!」

 現在、俺はものの見事に回収してしまったフラグに悪態をつきながら、心剣を作り出して壁に突き立てることで減速を図る。

「止まれっ、このっ!!」

 ガガガガガッと石の壁の表面を削りながら、なんとか少しずつだが落下速度が落ちていく。
 止まるためにさらに気合を入れて剣を突き出す。

 ある程度まで減衰したらこの体は傷どころか痛み一つ負わないだろうことは一度目の落とし穴で確認済みだ。
 そう言う意味では制止状態にまでする必要はなかったが、なんかもう意地だった。負けたくない。

「っ、ギリギリ止まったか」

 そして、最初よりは短い落とし穴が終わる寸前で速度をゼロにすることに成功した。
 切っ先の十数センチを喰い込ませた剣に片手でぶら下がり、ちょうど下を見た時だ。

「ん、なんじゃ? 誰じゃお前」

「……」

 聞こえてきた声に返事を返すことはできなかった。
 そこにいたのは、赤よりも深い紅を湛えた髪と、黒真珠よりも強い輝きを放つ黒の瞳、小柄な体躯と白絹の肌を持つ一人の少女。
 美しさとあどけなさの両方を感じさせる少女には、子供以上大人未満という印象を受けた。

 はっきりと言って、とてもかわいい美少女だった。これが平和な下の世界なら一発で一目ぼれしていたかもしれない。
 アレシアやユーミスも美少女で美人だったが、好みで言えば一番この子がタイプだ。
 そんな少女が地面に座り込み、何やらスープのようなものを作っている鍋をグルグルとかき混ぜている。

 だが、今の俺にはそんな容姿の美醜なんてどうでもよかった。
 少女がその身に纏っていたのは、この世界で俺が一度も目にしていなかったもの。
 俺の世界の、俺の国の、伝統的な民族衣装である、『着物』。

 赤い髪に映える黒を基調としたその和装は、数羽の白い鳥の柄が入っていた。
 純粋な着物というわけではないようで、足を隠す丈は短く、膝の上までしかその足を覆ってはいない。着物というよりも、着物ドレスと言った方が正しいような風貌だった。

 それでも、この世界で初めて見た『和』のテイスト。

 焦がれて止まない元の世界の面影にガツンと頭を殴られたような気がした。

「? 誰だかは知らぬがっ、まさか、この鍋が狙いかっ!? そうだとしたら許さぬぞっ!! この鍋は妾の鍋じゃっ、とっとと立ち去れ」

「っ!? うおわっ!?」

 一度怪訝な顔をしたその少女は、かき回していた鍋の棒を置いて、こちらに向けた手のひらから、一瞬で魔力を練り上げて火球を放ってきた。

 あまりに滑らかで早すぎる魔法の発動に俺は中途半端にしか対応ができなかった。
 チリッと耳元をかすめるようにすごい速度で通り過ぎた火球が、背後の穴壁にぶつかって爆発する。

 ただの威嚇のつもりだったようで大きく怪我をするほどの威力はなかったが、背後から爆風に煽られて突き刺さっていた【始まりの心剣】が壁から抜けてしまった。

「落ちっ……」

「あっ、バカこっちに落ちてくるでないっ!!」

 再びその少女がこちらに手を向けるのが見えた。

「くそっ、そう何度もやられるかっ!!」

 また火球か、それとも今度は水か、風か、土か。
 どれでも構わない、ただ全力で叩き切るっ!! 

「はえ!?」

 だが、使われた魔法はそういった性質ではない予想外のもの。
 多分性質は風、俺が落ちていく少女の元を覆うようにドーム型の防護壁のようなものが現れている。

 そこに攻撃の意思は感じられず、おそらくはただ本当にこっちに落ちてくるなというための魔法。
 しかも、何もせずに身を任せていれば綺麗にストンと勢いを殺したうえで地面に下ろされただろう。

 とっさとは思えないほど緻密な魔法の制御に瞠目しながら、残念ながら俺が振り下ろそうとしている腕がもう止められないことも自分で理解していた。

「なっ、斬られ……!?」

(あぁ、その、マジすいません)

 少女にとってもその風の膜が切られたのは驚きだったようで、驚きとともに顔を引き吊らせているのが分かる。
 その顔を見ながら俺は重力が命じるままに地面に落ちた。グツグツと煮え立つその鍋の上に。

「あっぢゃあああぁあああっ!!」

 ガリャンッ!! と音を立てて鍋が転がり、俺の右腕に何かドロッとしたものが掛かる。
 俺は慌てて道具袋から水の入った革袋を取り出してかけると、続けてHPポーションをふりかけて火傷を癒した。

「あ、あああっ!! せっかく、せっかくようやくマトモな感じになったというのに……」

 転がった鍋の前で少女は両手と膝をついて、『orz』な姿でうなだれている。

「あ、いや、その……」

 その少女が発する悲壮感に俺は声がかけられなかった。

 見回せば、先ほど落ちてくる前の部屋と同じような作りの部屋。違うのは部屋の片隅に掛け流しの水飲み場のようなものがあることと、微妙な異臭を放っている料理らしき物体Xたちの残骸が廃棄された謎のコーナーがあること。

 何かもう、それだけで色々と状況が理解できてしまった。少女の名誉のため、マトモらしい料理の様子については黙秘させて頂く。
 とりあえずこの場は謝罪を優先するべきだ。

「悪か……」

「なにしてくれるのじゃっ、この戯けぇっ!!]

「がふっ!!」

 頭を下げようとした俺に下から振り上げ気味の右フックが突き刺さる。

(い、痛ってぇ!? さっきの魔法といい、なんだこの子!?)

 この世界では強さに男女の差なんてものは関係がない、どんなにか弱く見える少女でも、ステータスによっては拳一つで建物を倒壊させるような強さを発揮できるのがこの世界だ。

 とはいえ、今の俺を普通に殴ってダメージを与えられるなんて、どう考えても普通じゃない。
 凄腕の冒険者か何かなのか? 見た目とのギャップが激しいのには慣れてきたつもりだったが、このギャップはひどい。

 まぁ、とりあえずこれでこの女の子の気も済んだだろう。と、思ったのだが、

「ってぇ、欠片のためらいもないとか。まぁ、とりあえずこれで手打ちってことに、っでぇ!?」

「するわけないじゃろっ!! このノッペリ顔がっ!!」  
 油断していたところに今度は反対側から平手が入る。

「こ、こいつ、人が下手に出てれば調子に乗りやがって……、だから」

「うっさいのじゃハゲッ!!」

 ガンッ、と今度は下から振り上げるアッパーと共に、事実無根な罵倒を掛けられた。

 何か、頭の片隅でブチッ、と膨れ上がる荷物を縛っていた紐のようなものが切れる音が聞こえた。
 今のこの状況とか、いろんな疲労感とか、着物で元の世界の事思い出したりとか、そもそも異世界に呼ばれた理由とか、急いでいるのにテンプレのように襲ってくる厄介事、帰れない自分、弱い自分。

 ヤラれたことはただのきっかけに過ぎなかったのだろうが、今まで澱のように積み重なってきたものがまるで火をつけられたかのように弾け飛んで、限界を超えた。

「ハゲてねぇよっ、このバカ女がっ!!」

 最後に残った欠片のような理性がした仕事は「女を直接は殴れない」ということだけで、バッと構成した【ハリセンの重羽剣】で思いっきり目の前の女の頭を張り飛ばした。

「い、痛いっ、なんじゃ!?」

 パァアアンッ!! 派手な音を立てたハリセンだが、こいつは魔力を通さなければタダの紙ハリセンな心剣なので、特に怪我をさせることもない。
 【ハリセンの重羽剣】は魔力を流すと、魔力で出来た非生物を直接はじき返したり、霧散させたりできる心剣だが、直接的な攻撃力はほぼ皆無だ。

 つまり、良心の呵責もなく思いっきりハリセンを振り抜ける。

「たかが飯だろうがっ!! っていうかどう見たってマトモな料理になってねぇよっ!! どうせあっちの生ゴミと同レベルだこの赤頭っ!!」

「いたっ、イタッ!? こ、このぉ~っ!! 言うに事欠いて生ゴミじゃと!? しかも母上から譲り受けたこの髪を侮辱したなっ!!」 

「事実しか言ってねぇだろうがこのチビッ!! なんの料理かしらねぇが何をどうやったらあんな料理が出来上がるんだ!! なんかドロっとしてゴポゴポして色もよくわからんマーブル模様だし人の食いもんじゃねぇだろう!! それにお前の頭の色もちゃんと赤いだろうがっ!!」

「さっきの言い方に悪意があったんじゃ!! それに妾はチビではないっ!! 収まりのいいキュートな身長をしておるだけじゃ! お前の目は節穴かッ!! 妾の美はこれで完成されておるんじゃアホッ!!」

「ハッ、自分で自分のことを『妾の美』とはマジウケるんですけど。自意識過剰にも程があるわプププッ」

「な、ん、じゃ、とぉ~!? もう許さんっ、絶対許さんっ、泣いても絶対に許さんからなっ!!」

「っ!?」

 魔力を練り上げるのを感じて、一歩後ろに跳んで身構える。先ほどのことを考えれば一瞬で魔法が飛んでくるはずだ。
 だが、先程よりも魔法の発動に時間がかかっている。と言ってもコンマ数秒で発動していたものが、2秒程度に引き伸ばされたぐらいだ。

 しかし、そうして発動したのは、想像していた攻撃魔法とは違うものだった。
 シュンッ、目の前から姿を消した少女、いや、赤頭が少し離れた位置に移動する。

「短距離転移っ!?」

 驚く俺を置き去りに、手のひらを頭上に向けて5個のボール系の魔法を待機させている。すごい魔法の制御能力だ。

(水に土、ほかにあれは闇、ヤシの実みたいなのは植物か!! 最後のあの赤と灰のマーブル色の奴はなんだっ!?)

「ちょっ、まっ!!」

「待たんわ、許さんといったじゃろうっ!!」

 そう叫んで少女が手を振り下ろす。

 5個の球体が四方に散り、ボール系ではありえない様な速度で、しかも複雑な曲線を描きながら迫ってくる。
 さっきのように一瞬で発動し、それも複数の属性で、しかも基本6種に含まれない特殊な属性も織り交ぜて。
 知っている中で最高の技術を持つユーミスにだってこんなことはできない。

「チッ!!」

 残念ながら全て避けきるのは厳しいと判断した俺は、だったらせめてと、一つは喰らうのを覚悟してやり返すことを考える。
 視界には制御された魔法と、こちらを見てニヤリと笑っている赤頭の顔が見える。

(一番被害が少なそうなのはあのヤシの実みたいなやつ、水と土と闇は躱して、残りのわけのわからん属性は)

「打ち返すっ!! だらっしゃあああっ!!」

 魔力を流したハリセンが金属質な鈍色へと代わり、それを左から右に横薙ぎにするようにして最後の正体不明の魔法を打ち返した。

「ふぁあっ!? で、でたらめじゃ……っ!! むわっ!?」

「がっ!? ベェッ、なんじゃこりゃ!?」

 俺が3つの魔法を躱して、謎の属性魔法を打ち返すとほぼ同時に別方向から迫って来たヤシの実のような魔法が俺に直撃した。

 バカリッと割れたヤシの実の中に込められていた謎の液体が俺の体に降りかかる。
 俺が打ち返した剛速ライナーもきちんと赤頭に直撃しているのが見えた。どうやらあの魔法の正体は煙の魔法だったようで、当たるとその場で拡散して赤頭を薄く赤に色付いた煙が覆っている。
 だが、俺はその様子を確認する余裕がすぐに奪われた。

「か、かゆいぃいいいいいいっ!! 全身痒いいいっ!!」

「し、シミるのじゃああぁあっ!! 目が、めがぁあああっ!! 鼻が、粘膜がヒリヒリするぅ!!」

 痒い痒い痒い痒い!!
 全身を蚊にでも刺されたかのような痒みが体を走っている。
 一方、煙から這い出してきた赤頭は目からボロボロと涙をこぼしている。

「おぉおおおおっ、おま、お前っ、なにしたこれっ!!」

「ふ、ふんっ、まいったかぁあ、それはウシルの樹液で皮膚に触れれば一時間は痒みがぁああっ、シミるぅううう、肌がヒリヒリするのじゃああっ!!」

 不敵な顔で笑いながら、勝利宣言じみたことをしようとしたようだったが、ボロボロと涙を流しながら鼻の頭を真っ赤にしていては迫力など欠片もなく、終いには再びうずくまってしまう始末。

「い、一時間、一時間もこのままっ!?」

 絶望的な話に軽く卒倒しかけ、そのまま気を失ってしまえれば良かったのだが、痒みでそれもできなかった。

「かゆいぃぃいいいッ!!」

「シミるぅぅうううッ!!」

 俺たちはその場で床の上をゴロゴロと転げ回りながら地獄のような時間を過ごすことになるのだった。

 
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