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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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閑話 遠く勇者に狂うもの 2

「アレシア様、お加減はいかかですか」

 自室で声をかけてきたのは顔にいくつもの傷跡を持つ壮年の男性。我が王家が抱える騎士団で最強と言われる団長であるギードットでした。
 いくつもの修羅場を潜ってきたのでしょうとひと目で分かる風格とその体躯、そして少しシワガれたような低い声は、王女が使う部屋として飾り付けられた部屋には場違いに過ぎていますが。
 もちろん、それがどうしたという話でもありますけれど。

「ええ、問題ありませんわ、ギードット。傷も完治しましたし、あのネックレスにも外したことで掛けられるタイプの呪いもないようです」

 一週間ほど前、急いでエルミアの街から呼び寄せた研究者たちにネックレスについて調べさせていた結果がようやく出ました。
 神官たちが言っていた通り、やはりあのネックレスに付与されていたのは呪いのたぐいではなかったようです。

 本来、ネックレスに付与されていたのは『HP自動回復』『回復効果微増』『幻影像記録』『自己破損修復(小)』の4つ。

 ですが、このうちの『HP自動回復』『回復効果微増』『幻映像記録』が『逆行回復(微)』『脱着不可』『認識阻害』の三つに置き換わっていました。

 逆行回復はそのまま体の傷を巻き戻して回復させる高等回復術の一つ。
 通常の回復魔法はHPを回復させ、出血を止めるだけで失った体の部位は完全には修復されることはありません。かすり傷程度ならともかく、ある程度以上に深い傷を負えば傷はそのまま残ってしまう。

 中でも欠損などは致命的で、切り落とされたりした腕などが生えることもありませんし、失われた血も戻ることもありません。

 そして回復しきれずに傷を残せば、HPも徐々に減っていく。

しかし、逆行回復は傷そのものを巻き戻して回復していくので、込められた魔力の許容量の中なら失われた部位さえ再生します。だから回復しきれば傷跡一つ残ることもなく、体は傷を負う前の状態に戻っていました。

 けれど、傷が治りかけている時にかけているそれは苦痛を与える魔法になります。

 傷を巻き戻していくという性質上、ある程度治療された傷は治療される前の一番ひどい状況にまで戻ってから再度治療されていく。
 これが一瞬で回復するようなものなら苦しみも一瞬でしかありませんが、付与されていたのは『逆行回復(微)』。
 回復速度は非常にゆっくりとしたもので、ワタクシは背中の傷の痛みに幾晩も眠れない時間を費やすこととなりました。

『認識阻害』は他者に向けられるべき対象が着用者に向けられていました。他人の名前を口に出せなくなり、事態を公にしないようにするために多くの人間と接する場には出られなくなりました。

 そして、これらの能力の効果を受けないようにネックレスを外そうにも、『脱着不可』の能力のせいで物理的な力では外すこともできない。

 結局、この脱着不可の付与のせいで結局術式に強烈な魔力を流すことで術式すべてを壊してから取り外すことになったのです。

 惜しくとも、あのネックレスは装備品としての価値よりも第一王位継承権の証でもあることが重要であり、継承権を主張する歴史的な権威なのだから。

 ですが……。

「それよりも、ネックレスの修復は進んでいますの?」

「城下で一番と呼び声の高い細工師に修復をさせております。おそらくは数日中には修復されるかと。ですが、術式の方は……」

「それは、仕方ありませんね。あれは建国の頃、古代の進んだ魔術技術によって付与されたものですから。再現しようとしてもできるものではないでしょう」

 そう、そうとは分かっていても、座った足の上に置いて握っていた手に力が入る。

 あのネックレスは、ワタクシにとって第一位の王位継承権を持つと証明するための装飾品というだけではありません。
 あれは、ワタクシが亡きお姉様から譲り受けた、大切な品なのです。
 ほかに手段がなかったとは言え、多量の魔力を流したせいでネックレス自体も破損してしまった。

 見た目だけなら細工師に頼んで修復することもできますが、ネックレスが元の状態から壊れてしまったままなのには変わりがありません。

「……無理に急かしたりはしませんわ。ですから、せめて見た目だけでも完璧にもとに戻すように伝えるように」

 感情を表に出さないよう、できるだけ冷静な口調でそう告げる。少しでも声を荒らげては、理不尽な八つ当たりをしてしまいそうでしたから。

 いくらギードットが長年王国に使えてきた忠臣で子供の頃から親しくしてきたからといって、甘えすぎるわけにもいきません。

 ワタクシはオロルレア王国の第一王位継承者、アレシア=オロルレアなのですから。

 それに、元々お姉さまの騎士であったギードットにとってもあの首飾りは大切なモノだった。それを汚されて怒りを覚えているのは、ギードットもまた同じでしょう。

「ハッ、かしこまりました」

 ギードットはそう言って一つ頷きました。

「それで、要件はなんなのですか? ワタクシの様子を伺いに来ただけということはないのでしょう?」

 親しくしているとはいえ、仮にも王女の部屋にただ様子を見に来たということはないでしょう。
 彼自身忙しくそんな暇はないでしょうし、用もなく王女の部屋を独り身の男性が訪れる事への外聞の悪さもある。
 その程度のことに頭が回らないような人間でもありません。

「はい、ひとつはご報告を。例の黒髪黒目の少年ですが、やはり残念ながらこの街には残っていないようです。表はもちろん、裏についても徹底的に網を伸ばしておきましたが、尻尾すら出しません」

「それで?」

「黒髪黒目、それに特徴的な黒い服となれば目撃情報もそれなりにあります。服は途中で変えたようですが、数日分の足取りは掴めました。裏、スラムにも出入りしていたようですが、結局、数日泊まった宿から姿を消して以降の足取りが掴めません」

「ですが、街から出たという記録はないのですよね?」

「はい、おそらくは門以外から何らかの方法で外に出たのでしょう。あの時に城にいた使えない騎士は役立たずではありますがレベルは普通にあった。それをあそこまで容易く相手取ったところを見れば、その力だけは確かにそこそこなレベルの強さがあるのは確かですな」

「……城壁が崩れて魔物が襲ってくる事件。たしかウォールイーターという魔物のせいでしたね。あの混乱に紛れて街を出たのかしら」

「騎士が駆け付けた時にはそれらしき人間は見当たらなかったそうです。壁が崩れた場所の前に元々廃材が積まれていたことや、情報が途絶えてからしばらくして壁が崩れたことを考えると……」

「もしかしたら壁を崩したその新種の魔物すらあの化物の手の内だったのかもしれないということ? 発見が遅れるような場所で壁を崩して町から出たと」

 町を囲う城壁が、それも一国の王都を覆う壁がここまで前兆もなく崩れるなど前代未聞の事態です。
 壁の崩れた場所に運よく居合わせて外に出たなど、信憑性に著しく欠けています。むしろ、自らその事態を引き起こしたと思った方がいいでしょう。

(しかし……、いえ、そちらの方がずっと荒唐無稽だわ。やはり、勇者の力に耐えきれずに気を狂わせたのでしょう。所詮は異なる世界の劣等種、人間の皮を被っただけの化物ですし)

 ふと浮かび上がった考えを首を振って否定する。

「はぁ、本当に忌々しいわ。伝承に寄れば来たる勇者は最初は強力な固有スキルを持っているだけの存在で、隔絶した強さは持っていないはずなのに……」

「所詮、伝説は伝聞です。自分の目で見たもの以上に信用できる証拠などありませんよ」

「……そうですわね」

(次に大聖霊様のお言葉を聞けるのはまだしばらく先ですし、口惜しいですわね。ワタクシにお姉さまぐらいの精霊魔法の才能があればもっと頻繁にお声を聞くことができたのかしら)

 神に愛されたといっても過言でないほど才能を持っていた姉の事を思う。

「……色々不明な点が多すぎますが、引き続き情報を探るように。理由を探られるのは避けたいので、あくまで秘密裏にですが」

「承知しました。もうひとつの要件はルナリア法国の使者が到着したとのことです。ですからご準備の程をお願いいたします」

 そう言われ、そういえばそろそろだったと思いだす。

「ルナリア法国の聖女様ね。まさか、彼女が直接王国に乗り込んでくるとは思っていなかったけれど……」

 ルナリア法国はルナリア教を国教とする宗教国家です。
 ルーナリスを主神とする宗教で、教義は魔の存在に鉄槌を、地上に楽園を、弱者には救済を。
 細々な戒律を除けば基本的にその3つを標榜する宗教で、大陸では最大規模の宗教として広まっています。

 この大陸ではそこかしこに土着の信仰が根付いていますが、それが国家レベルでまとまり力を持っているのはルナリア教だけでした。

 そして、国家である以上は政治との関係を切り離すことはできないもの。いくら宗教が綺麗なものでも、そこにある人間の間にはドロドロとした汚泥が溜まる。

「対立派閥との関係の整理がうまくいった、という話ですが、少し信じられませんわ。聖女としての評判は何度か耳にしましたが政治的な能力に長けているという話は聞いたことがないですし」

 ルナリア法国の聖女、メテリア=ローレリアはルナリア教の象徴とも言うべき存在。

 聖女自身は清廉潔白、純真無垢な人物で法国では民から大変人気のある人物であるという話でしたが、全ての人間がそんな美徳を兼ね備えているわけではなく、当然そこには権力闘争が蔓延る。
 法国は少し前に法王が倒れ、政情が不安定になっているため、いくら聖女といえど足場を固めるまでは法国を離れるようなことはできないはずでした。

「ですが、事前の連絡通りに聖女自らこの国まできておられます。内容も告げずに会談を、とやや一方的ではありますが正規の手順を踏んで会談を申し込んできている以上、完全に有力者たちを掌握したと見てよろしいかと」

「そうね。まぁ、まずは見てから判断するとしましょう。どのような人物なのか、この目で直接見てからまた考えることにするわ。例の男の捜索にあわせ余裕が有るようでしたら聖女の情報も攫っておいて」

「仰せのままに、アレシア様。では、そろそろ時間ですので謁見の間に出るようにお支度を」

「相手は法国の聖女、メテリア様ですもの。言われずとも、きちんとした格好で臨みましょう。着付け係のメイドを呼んでちょうだい」

「ハッ、それでは失礼します」

 一度きっちりとした礼をしたあと、ギードットは部屋から出ていきました。
 それからしばらくして、コンコンッとドアがなり、少し年を取った女性の声で『王女様、部屋の中におはいりしてもよろしいですか?』と聞こえて来る。

「お入りなさい」

 ワタクシはそう声を掛け、メイドに着替えを手伝ってもらいながら、かの聖女様がどのような要件でわざわざ我が国までやってきたのかに頭を悩ませていました。

 
            ☆

 
「初めまして、ユードラス=オロルレア王。そして王妃並びに王女様方」

 オロルレア王国、王城の謁見の間。

 現れたのは、青銀というべき青みのかかる長い髪を髪を一房に三つ編みにし、右肩から体の前に垂らしている清廉さを体現したような女性でした。

 聞きしに勝る美女で、あまり体の線がでない宗教の法衣を着ながらまるでその魅力を損なっているようには見えません。そして、異様に乳房が大きかった。
 法衣の上からでもわかる程に抗うように存在を主張しています。
 しかしながら、柔らかな目元と優しげに見える顔だちと、その全てを包み込んでしまうような包容力を感じさせる雰囲気が性の対象としてではなく、それを母性の象徴として見せていました。

事実、その場に臨席している騎士たちは視線を奪われながらも、そこに劣情の色はほとんどありません。

 まさに「高嶺の花」というのがふさわしい、聖女然とした清楚さと母性の塊のような雰囲気を纏う女性でした。

「私の名はメテリア=ローレリア。不肖の身ながらルナリア法国で聖女の称号を戴いております。まずはルーナリス様のお導きに感謝の意と、今回の出会いに祝福を」

 両手を組んだ祈りのポーズをとる聖女は魔法を使っているわけでもないのに穏やかな光を纏っているように感じました。

年齢はワタクシよりも2つ上という話でしたが、受ける印象はそれよりもずっと成熟しているように見える。

「んんっ、メテリア嬢。今回は『親睦を深めたい』ということでしたが、どういったご用件でしょう。交易に関する条約なら昨年交わしたばかりだと思いますが、条文に手直しが必要な部分でも見つかりましたかな?」

 王の隣に立っていた宰相が一歩前に出て聖女に問う。
どうやらお父様や宰相たちは今回の訪問が一年前に締結した穀物の貿易についての条文に訂正を求めに来たと思ったらしい。

「いいえ、私が今回訪れたのはそのような些末な件についてではありません」

 そう言った聖女がゆるゆると首を振る。
宰相たちは自分たちが予想していたものと違って肩透かしを食らわされた後、国家間の条約を些末事と言われたことに関して鼻白みました。
もちろん表情を取り繕ってはいましたが、幼いころから接しているワタクシには、国の立ち位置すら左右する貿易関係の条約を些末な話と言われ、『聖女と言ってもこの程度か』といった感情が簡単に見て取れます。

 ですが、そんな侮りに漬け込むようなタイミングでその言葉は差し込まれました。

 

「私はここに『ルナリア国の重要人物』としてきたわけではありません。『ルナリア教の聖女』としてここにいるのです」


 
その言葉に謁見の間が凍り付く。
この場にいるのは王家の人間と護衛の騎士、宰相、それから外交を担当する文官と侍女です。

事情を知って意味を理解しているものは『まさか』という感情を抱き、それ以外の者も聖女の言葉の意味を考えています。

「それは、どういう意味かな?」

 宰相ではなく、お父様が自ら問いかける。その顔色は悪く、冷や汗もにじんでいる。

「あら、ここで話してしまってもよろしいのですか?」

 ニコリと微笑みながら言う聖女に、事情を知るものは全員悟った。

――――……この聖女は『勇者を召喚したことを掴んでいる』。

魔を払うという絶対教義をもつルナリア教の聖女としてこの国を訪れたという宣言から、政治的な理由ではなく宗教的な理由で訪れたということでしょう、少なくとも建前上は。

 そこから思いつくことなど、布教に関する援助を願うか、もしくは『勇者召喚の儀』が行われたことを知られていることくらいしか思い浮かばない。
そして、布教に関する援助を求めているのならば、『この場で話してもいいのか?』という言葉が出るはずはない。そんなことを言う必要はないからです。

この場で話されて困る内容は、秘密裏に『勇者召喚の儀』を行い、その事実を隠蔽していたこと。

 不穏な動きを見せる魔族を倒すために『勇者召喚の儀』は行ったが、ルナリア教の教義では勇者もまた特別な地位につけられる。秘密裏に勇者を囲い、独占しようとしたとそしられてもおかしくはない。

実際のところはその通りで、最初の力のない頃に勇者に恩を売りつけてうまく操ろうと画策していたために『勇者召喚の儀』については極秘裏に行ったのです。
後で何か言われようと『力のない時期に魔族に狙われては困るため、存在そのものが知れ渡ることのないように保護していた』とでも言えばそれ以上は何か言われることもありませんから。

だが、今の状況はそれ以上に悪い。呼び出した勇者は気が狂っており、完全に王家を敵として見ていた。あれだけのことをされて敵意を持たれていないなど冗談にもなりません。

何の仕込みもない状態でこの事実が公になれば、王家にとって無視できない傷になってしまう。それは勇者を独占しようとしていたどころではない弱みとして周辺の国に漬け込む隙を与えることになってしまう。

「……宰相と騎士団長を残し、王族以外は退出せよ」

「へ、陛下?」「なぜ我々を……」

「良いから下がれ、二度は言わん」

 事情が分からないものたちは目を白黒させながら去っていく。

「あなたも下がっていてください」

「で、ですがメテリア様」

「心配しなくても大丈夫です、何か起こることはありませんよ」

「……そうですか、メテリア様がそうおっしゃられるのであれば」

 聖女の言葉にやけにあっさりと頷いた聖女のお付きは一つ礼をして去っていく。
そうして最後の一人が去り、謁見の間の扉が閉まる。

これでこの場に残るのはお父様とお母様、私、宰相のバラスに騎士団長のギードットと、目の前の聖女のみ。

 けれど、お父様も聖女にどこまで知られているのかが分からないせいで難しい顔で言葉を出しあぐねていた。
知られているのが勇者召喚を行ったことなのか、それとも、あの勇者の行動についても関知しているのか。

 だが、先に言葉を紡いだのは聖女の方だった。

「さぁ、お話をしましょう。あなた方の行動については把握しています。まずは、『黒髪黒目』のあの方の、勇者様のことについて」

「「「っ!!」」」

 その場にいた聖女以外の人間が息をのむ。
ワタクシの脳裏に考えるだけでも怒りの湧く化物の姿が思い起こされる。

 だが同時にお父様は体の力が抜けたようだった。いや、諦めたといった方が正しいでしょう。
勇者が『黒髪黒目』をしているというのを知っているということは、勇者の行動を、最低でもこの国と敵対的な行動をとって出て行ったことくらいは把握しているのでしょうから、誤魔化す意味もなくなったということです。

「……それで、メテリア殿。要求はなんだ」

ワタクシはすぐさま白旗を上げたお父様に内心で舌打ちする。
諦めるのが早すぎる。お父様にそう言った方面の才能がないことは知っていましたが、負けが決まっている交渉こそ強気で臨まねばどれだけの大敗となるか分かったものではありません。

「あの方と邪魔をされない逢瀬を。私は聖女です、勇者に寄り添うべき存在ですから」

 だが、お父様の言葉にそう言った聖女は、まるで花が咲くよう笑みを浮かべました。

無茶な要求をされずにホッとすると同時に、聖女に対し気味の悪さを憶える。
勇者のあの行動を知っていて、なおそのような笑みを浮かべることができる目の前の少女がワタクシには理解できませんでした。

 ルナリア教では聖女とは勇者に寄り添い、支えとなって世界に慈悲の心を与える存在であるそうです。ですが、いくら勇者という存在の支えとなれることを光栄に思うべきという教えが含まれているとはいえ、心の底からそう言い切れる聖女のその狂信的な考えは欠片も共感することはできませんでした。

ただ、セリフからしてどうやら聖女も勇者の居所を掴んではいないようです。

「すまないが、王国でもその足取りは追い切れてはいない。王都内で数日分の足取りは掴めたが、それ以降はぷっつりと情報が途切れてしまっている」

(っ、口が軽すぎますわ、お父様……)

 あっさりと情報を渡してしまうことに小さく下唇を噛んだ。けれど、その場で一番予想外の反応を示したのは聖女の方でした。

「……え?」

 あまりにも想定外の言葉を言われたように聖女は表情を取り繕うこともせず、驚きの声を漏らしました。

だが、お父様はそのことにも気付かなかったようで話を続けている。

 最近は反王家の勢力も蠢動していて、ここで法国を敵に回すのは断じて避けたいのでしょう。勇者を手中にすることで反王家の勢力を抑え込むつもりでしたが、結局それは失敗に終わってしまいましたし。

 どうやら勇者のことについて洗いざらい話すことで、これ以上は法国の不興を買うのを避けるつもりのようでした。

「召喚直後に我が娘を含め、多くの騎士に負わせた深手を見て力だけで頭の働かない狂人の類だと思っていたが、これだけ完全に身を潜められるとなるとそうではないらしい。やつの残した言葉からいずれどこかで行動を起こすだろうから、それを待つのが一番早いかもしれん。もちろん、王国としても秘密裏に捜索は続けるが、黒髪黒目以外にこれといった特徴が見受けられない以上はやはり難しい」

「残した言葉とは?」

「『俺はお前らには従わない。お前らに渡すその屑共は見せしめだ。必ずそれ以上の目に合わせてやる。全てを奪い尽くしてやるから、覚悟しておけ。二度目の復讐者より』だそうだ」

 お父様の言葉に、今は綺麗に消えたはずの背中の傷がズクリと疼く。
 それと共に憤怒の感情も湧き上がってきました。もちろん、それをこの場であらわにするような愚は犯しませんが。

「貴殿がどこまで詳細に事を知っているかは知らぬが、少なくともあれで終わりではないというのは確からしい。いずれ行動を起こせばその時にでも捕縛できるだろう」

 お父様はそう言ってため息をつきました。

「……度目? ……んな、……か、……で…………けど」

「メテリア殿? いかがされた?」

 ですが、その言葉に何故かワタクシ以上に聖女の方が強い反応を示しました。お父様が声をかけたのにも気が付かない様子で、一気に悪くなった顔色で少しうつむき加減にブツブツと小さな声で呟いています。

 勇者の足取りがつかめなかったのがそこまでショックだったのでしょうか。

「…………ても、…………か、…………レティシア=ルウ=ハールストンっ」

「っ」

 ワタクシの立ち位置から聖女さまがギリッ、と歯を食いしばったのが見えました。
 少しだけ垣間見えたその憤怒の表情にゾッ、と背筋を何かが駆け上る。

「メテリア殿、メテリア殿っ、お加減でも悪いのか?」

「…………いえ、申し訳ありません。どうやら自分で思っている以上に旅の疲れがたまっていたようです。お話の続きはまた後日ということでよろしいでしょうか?」

 完全に顔を下に向けた聖女はすぐに再び顔を上げると、それでも笑顔を作ってそう言いました。
ですが、顔色の悪さは誰の目から見ても明らかであり、同じく微笑んでいるのに、そこに先程の花が咲くような笑顔はありません。

「そ、そうか。メテリア殿に万一のことがあっては我が国も困る。話の続きはまた後日とすることにしよう」

 聖女は最後にもう一度祈りの姿勢をとり、綺麗に礼を取った後に謁見の間から出て行った。

(レティシア=ルウ=ハールストン?)

 ほとんどなにを言っていたのかは分からなかったが、一番最後に聖女の呟いた名前だけはハッキリと聞き取ることができました。
聞き覚えのないその名に、ワタクシはどこか不吉なものを感じていました。


           ☆


「ぁぁあああああっ!! ああっ、うぐぅうううっ、ああああああっ!!」

 そこは王城の一室。
 国賓として居留を許された部屋の中で、聖女様は狂ったように用意されていた寝具に向けてその感情を吐き出していた。

「なんでっ、なんでっ、なんでっ!! どこまでっ、海人様とっ、私のっ、邪魔をっ、すればっ、気が済むのですかっ!! 悪魔めっ、悪魔めっ、悪魔めっ!!」

 荒れ狂う感情を叩きつけるように手にした枕をベッドの上に叩きつける。
 私が聖女様のお付きになったのはこの国に来る直前で、聖女様のことをよく知っている言えるほどの時間を一緒に過ごしたわけではない。

 けれど、こんなに感情を顕にし、そして明らかに『怒り』、いえ、『憤怒』と言えるような表情と行動を取ったところを見たことがない。

「どうしてなのですかっ、どうしてこの世界でもあの方の魂は囚われているのですかっ!! まだのはずなのにっ、今度こそ私がお救いするはずだったのにっ!!」

「め、メテリア様? いかがなされたのですか?」

 見たこともない聖女様の行動に内心ビクビクとしながらも、その行動の理由を聞く。
 そもそも、聖女様が何に怒りを覚えているのかが私にはわからない。やはり、無理を言ってでもあの場で聖女様を一人にするべきではなかったのだ。

「あの女っ、魔女っ、汚さないでっ、あの方は私の、私の……っ!! うぅ、うううううううっ!!」 

 しかし、聖女様には私の声も聞こえていないようだった。

「メテリア様……」

 狂乱する聖女様を、私は何もすることもできずに眺めているしかなかった。

ということで、これで閑話は終了です。
次話から主人公に話が戻りますが、第三章前半は復讐成分は入っておりません。
+注意+
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