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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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閑話 遠く勇者に狂うもの 1

最初に申しておきますが、三章は聖女のお話ではありません。
どうして、どうして、どうして。
最後の最後の瞬間まで、海人様はあの悪魔に心を囚われたまま。

この世界で私が一番あなたを愛しているのに。
この世界で私が一番あなたに尽くせるはずなのに。
この世界で私が一番あなたにふさわしいはずなのに。

けれど、あなたの隣に、私はいない。
私の隣に、あなたはいない。

なぜ、あんな悪魔のために涙を流すのですか。
なぜ、あんな悪魔のために心を砕くのですか。
なぜ、あんな悪魔をあなたは望むのですか。

あなたがそれを望むなら、私は私のすべてを捧げてあなたのモノになるというのに。

そう、きっと、あの悪魔さえいなくなれば、海人様も目を覚ましてくれるはず。
あの方はあの悪魔を滅ぼす宿命にある存在。そして私はあの方に寄り添い尽くすための存在。

それを知った時の感動を今でも覚えている。それが歪んでいると知った時の絶望を今でも覚えている。

だから、歪の原因たるあの悪魔を殺してしまえば全て元の通りになると思っていた。

そしてそれは最高の形で成し遂げられたはずだった。
海人様が自らの剣を持って、その呪縛の鎖を断ち切ったのだから。

……なのに、そのはずなのに。
その時にはもう、手遅れだった。呪縛の鎖の破片は、あの方の心に深く深くめり込んで、どうしようもないほどにその魂は汚されてしまっていた。
そのことを思い知らされてしまった。

だからせめて、その魂だけでも開放したかった。囚われ、汚されて悪に落ちた魂も、大いなる神の身元で浄化されれば再び来世でめぐり合えることだろう。

だって私は聖女で、海人様は勇者なのだから。

そして、私の願いが正しかったことを知った。
間違った結末を迎えた世界はなかったことになった。気付いた時、私は呆然とするとともに、歓喜に涙した。

今度こそやり直せる。今度こそ失敗しない。
今度こそ、私はあなたにとって唯一無二の存在としてその魂に寄り添える。

 ああ、だから、待っていてください。
 私の愛しい、勇者様。


          ☆


 ガタゴトと上下する馬車に久しぶりに揺られながら、私、メテリア=ローレリアは少し旅の疲れを感じていた。

(海人様が考案されたあの揺れない馬車に慣れすぎてしまったせいですね)

 前の世界ではただただ凄いと思うばかりで、その仕組みについては商人のアーバレスと話しているのは知っていたけれど、その内容をきちんと聞いていなかったのがとても悔やまれる。

 長時間硬い椅子に座り、地面から伝わる振動に晒され続けたお尻が痛くなる。
 休憩のたびにこっそりとヒールで痛みを和らげてはいますが、そもそも経験を覚えていても体はまだ海人様と出会うずっと前、聖女として籠の中の鳥として閉じ込められていたころの旅慣れない体のまま。

 海人様と試練をくぐり抜け、鍛え上げたレベルも、『聖魔導』『水魔導』などのスキルレベルも全てなかったことなってしまった。
 海人様との特訓の成果も、そのほとんどが無に帰ってしまっているのがとても悲しい。

 けれど、そんなものはまた二人で積み重ねて行けばいい。私が知る情報を持ってすれば、私と彼だけでも十分に魔の化身を倒すことができる。そう、仲間なんて邪魔者を連れて旅をしたのがそもそもの間違いだったのだ。

 あの人には私だけでいい。私にもあの人だけでいい。

「……ふぅ、この国に来るのも久しぶりですね」

「は? 久しぶり、ですか?」

 そんなことを考えていると馬車の窓からオロルレア王国の首都、王都オロルの外壁が見えてきた時、私は懐かしさから思わず言葉を漏らしてしまった。
その言葉を聞いた側従きの侍女が不思議そうに首をかしげる。

いけない。私はこの国に来るのは初めてということになっているのだから、こんな発言が出るのはおかしい。

「何でもありません。少し言い間違えてしまっただけです」

 少しそっけなく答えて、それ以上は聞くなと態度で示す。しかし、何も知らないこの侍女は機嫌を損ねてしまったのかと少し怯え気味になっているので、悪いことをしてしまった。

「それより、王都について挨拶を終えて落ち着いたらお茶にしましょう。あなたもご一緒してくださいね、話し相手がいないのは寂しいですから」

その緊張をほぐしてあげようとニコリと笑みを浮かべると、侍女は少し顔を赤らめて『は、はいっ』と少し上ずった声で返事をした。

私は再び窓の外に視線を戻すと、再び王都へと目を向ける。
あの方から聞いた話を思い出せば、きっと今頃はまだ王都の近くに有る新興ダンジョン、『ゴブリンの巣穴』で戦いの手管を増やしている頃なのでしょう。

早く、早く、早く――……。

焦っても仕方がないと頭で理解しながらも心は逸り、それをこらえるために握り締めた手が服の裾に少しだけシワを寄せた。

(海人様、今度こそ、今度こそ私があなたのお側に……)

会いたい、会いたい、会いたい。
会ってその瞳に私を映して欲しい、その声で私の名を呼んで欲しい、私に笑いかけて欲しい。

今度はもう、勇者様を誘惑し、堕落させたあの下劣な女を勇者様のそばに近付けたりはしない。

「レティシア=ルウ=ハールストン……」

 名前を思い返すだけでも忌々しいあの悪魔。
海人様の優しいお心に付け込んで、その魂を絡め取った女、本来私がいるべき場所に割り込んで来た女。

今度は絶対に好きにはさせません。前の世界ではあの方に出会ったのはあの女に囚われてしまった後でしたが、この世界では違います。
あの方の心をお救いし、寄り添うのは私であるべきなのです。そうでなくてはならないのです。

「め、メテリア様、やはりご加減がよろしくないのでしょうか?」

 どうやら考え混みすぎて、感情が表情に出てしまっていたようです。

「そうですね、長旅の終着点が見えてきて緊張が解けてしまったのかもしれません。少し馬車に酔ってしまったみたいです」

「そ、それはいけません、一度休憩を……」

「くすくす、慌てすぎですよ。休憩するなら街に入ってからで大丈夫です」

 侍女の焦りもわからなくはない、法国で聖女と言えば他国で言う王族と近しい扱いになる。建前だけでなく、法国の中の影響力も確固としたモノになった今の私の不興を買うようなことになっては一大事と侍女が慌てても仕方がない。

とはいえ、本当のことを告げることもできないので、私は自分の心を静めるために、自分の道具袋の中からお気に入りのぬいぐるみを取り出した。
両手のひらに乗るくらいの大きさのそのぬいぐるみは黒一色の髪に闇色のローブを羽織っている。
愛しい愛しいお方を象ったそのぬいぐるみを、まるで本人であるかのように優しくそっと撫でる。

(待っていてください、海人様、今すぐお側へと参ります)

 私の心はそれだけでとても穏やかになる。
小さく微笑んで、馬車が街へと付くまでの間、ただひたすらにそのぬいぐるみに触れるのだった。

それからさらに少し馬車に揺られ、王都の門にたどり着いた。

 王都にはそれなりに人が集まっている。ルナリア法国の聖都よりも少し雑然とした雰囲気の街は活気に満ち溢れている。
 あと数ヶ月もして海人様がダンジョンを攻略すれば、独占していたダンジョンも一般に解放されてさらに人が集まってくるだろう。

(いえ、今回は私もいるんです。数ヶ月も掛からないで攻略できます)

 王都の城下町を馬車で走りながら、窓からそびえ立つ王城を見る。

(まずはアレシア王女との面会。協力を得られないようなら、秘密裏に勇者を召喚したことやその代償をネタに交渉をしないといけませんね。王城の中でもいろいろ立ち回らないと)

 海人様をかたどった人形の頬をぷにぷにと触りながら深く思考に潜る。

(召喚の秘密を知っているのはリュードス団長率いる王家直轄の騎士部隊と王族だけのはず、あの腐った王家がどうなろうと知ったことではありませんが、根回しをしておかなければ海人様と私の二人の旅に横槍を入れられてしまう可能性もあります)

 そう、今度こそ万難を排して、勇者である海人様と聖女である私は結ばれるのです。
 優位は私にあります。あの王女を筆頭に、海人様を排したい相手がいても前の世界の知識がある私ならどうとでもなるでしょう。

 いえ、むしろ、そうして共に障害を乗り越えていけば、より海人様と私の絆も深まることでしょう。

「ふふふっ」

「メテリア様、すっかりお加減が良くなったようですね。安心しました」

「ええ、もう大丈夫です。心配をおかけしましたね」

「とはいえ、油断していると旅の疲れは一気に襲って来るそうですから、王家の方々へのご挨拶が済みましたら今日はゆっくりと休みましょう。メテリア様の身に何かあっては一大事ですから」

 侍女の気遣いに礼を言いつつ、私は胸を高鳴らせる。

 この街に、すぐ近くに海人様がいる。

 魂をお救いするためでもそのお命を狙う日々は本当に辛かった。魂に住み着いた穢れを浄化するためとはいえ、あの方の体に刃が突き立つ瞬間の、あの張り裂けそうな胸の痛みは一生忘れることはできないだろう。
向けられる敵意が心に突き刺さり、そうして海人様の心を変質させてしまった亡き魔王への怒りがつのる日々。

 けれど、そんな日々ともお別れだった。
 これからは本当にたどるべきだった世界が紡がれてゆくのだから。

「ふふっ」

 私はそれを想像し、再び笑みをこぼすのだった。

 
 
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