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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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第28話 それは確かに崩れて壊れる音がした

地に伏せるユーミスがこちらを見上げて睨みつけて来る。だが、足首はへし折ったままなので逃げられる心配はない。

「ぐっ、あっ、動けない女を苛めて楽しむなんて、相も変わらずいい趣味をしていますね、勇者。さすがは魔王に欲情するような、づっ!!」

「おう、そうだろ? レティシアはいい女だった。だからお前みたいな女があいつを語るな、穢れるだろ」

 ポーションを使い、MPを回復しながら、ユーミスの傷口を剣でえぐる。そして傷を回復させてから再び剣でえぐる。MPが減ってくればまたポーションを飲む。

国防の関係もあって、高位貴族らしく高い苦痛耐性スキルを持っているユーミスには一定以上の効果は見込めないが、それでもこれだけやっても全く問題ないというのは嬉しい。
苦痛耐性を持っていない普通の奴らならここまでされると心がへし折られて壊れるか、殺してくれと言いだすか。
 どちらにせよ、おかげでこうして楽しむ余裕もある。

手慰みと言うには楽しい時間を何度か繰り返す。しかし、つまみ食いのしすぎももったいない。

作業量的にミナリスはまだ準備をしてるだろうが、シュリアの方は十分遊びの時間を楽しめたかな? と思ったところでミナリスとシュリアに連絡を取った。

「『ミナリス、シュリア、こっちの準備は終わったぞ。そっちは終わったか?』」

 使うのは、スキル『心話』。
 以前にネズミ一号から受け取った情報をミナリスに流した時のように、【復讐の聖剣】で繋がったパスを利用した通信手段だ。

 あまり離れると使えなくなるようだが、普通の通信用の魔道具などとは違い、まず盗聴される心配がないのが素晴らしい。

「『はい、こちらミナリス。残っているのは半分の半分ぐらいです、申し訳ありませんご主人様』」

「いや、かまわない。というか、ミナリスのほうは終わってたらビックリだよ。手を抜くなんてのがありえないのが分かってるだけにいったいどんな無茶やったのか心配になるから」

 というか、半分の半分って。
 いや、地頭がいいから時々忘れそうになるけど、ミナリスは元々は普通の村娘だったんだから、ちゃんとした計算は出来なくても仕方ないか。後でそういう勉強をする時間を取ろう。

「『シュリアの方はどうだ?』」

「『こっちは大丈夫なのです、暇だったのでちょっと遊んでたくらいです』」

「『そうか、それならそろそろこっちにきてくれ。そっちのオモチャよりこっちのオモチャのほうが良いだろ?』」

「『っ!! はいですっ!!』」

 そう嬉しそうに返事を返すや否や、俺とユーミスが戦って大荒れになった戦場に青白い光の魔法陣がフォン、と広がった。

「転移、あの魔法陣は我が家の転移石ですか」

「あぁ、こういうものは有効活用しないといけないだろ?」

 転移石はその名の通り転移の力を持った石である。

俺の心剣とは違い、魔力は消費しないが少人数・短距離・発動に時間がかかるなどデメリットも多い。
更に言うと希少なので値段もお高い。それでも万が一のときの脱出手段として貴族などは大体所有している。

そして、転移の魔法陣がひときわ強く光を放った次の瞬間、そこにはネコさんとクマさんを引き連れた満面の笑みのシュリアと、夜着を着た20名弱の老若男女が入り混じった人間の集団が現れた。

シュリア以外の全員が、ユーミスの個人邸宅で雇われていた人間、つまり、ユーミスが信を置けると踏んだ、少しは情を持っているらしい人間たちであり、その全てが苦痛にゆがんだ顔をしている。

「おいおい、ちょっとって言ってたのに遊びすぎだろう」

「えー、これぐらい良いと思うです。ただちょっと、指をいくつかなくしたり、耳とか瞼とかを齧り取ったり、髪を無理やり引きちぎったりしただけなのです。死ぬようなことはしてないからイケると思うのです」

 いや、何がイケるのかは分からないが。
まぁよく見れば確かに放っておいても死にそうにない程度の怪我で抑えられてるし、壊れてないならそれで問題ないか。

「それに、海人様だってユーミス姉様のことつまみ食いしてるです」

「いやほら、思い通りにそこそこ早く決着ついちゃったし? ただ待ってるのも暇だったから」

これが日本人の得意技、自分のことは棚上げて、である。

「それにしても、いい格好をしてるです。さすがはユーミス姉様なのです。よくお似合いなのですよ」

「シュリア……ッ、我が家の使用人にまで……」

 ユーミスがシュリアを睨みつけるが、シュリアはその顔に蠱惑的な笑みを浮かべて笑うだけだ。

「さてと、それじゃあ始めようかユーミス。まず一つ目の出し物は『第一回、ユーミスふるぼっこ大会!! 二度目はないよ?』だ。パチパチパチー!!」

「パチパチなのですぅっ!」

 まるで幼稚園のお遊戯会でも始めるように、わざとらしい拍手がその場に響く。

「ほら、ゴミ虫達、演目は始まりましたですよ?」

「「「ひっ!!」」」

 シュリアの言葉にクマが笑い、ネコがナイフとフォークをキンキンッと鳴らす。

「いやっ、いやあっ、お願いだから耳を食べないでェ!!」

「ごめんなさいごめんなさいっ、坊主にでもなんでもしますから皮膚ごと髪を引き千切らないでくださいっ!!」

 恐怖にはちきれんばかりに歪む声が響く。

「ほら、貴方は執事長なのです。だったら、他の使用人のお手本にならないといけないはずです」

シュリアが氷のような視線を向けた先には頭の髪の毛の右半分を雑に力に任せて引き千切られた男がいた。髪ごと頭皮が剥がされたようで流れ出て固まり始めた血が真っ青な顔と合わせて軽くホラーだ。

どうやら一番激しくされたようで、右手で押さえている左手は、人差し指と薬指、小指の三本が齧り取られたようになくなって傷口が焼けている。

「ひっ、申し訳ありませんっ、愚図で下種なゴミ虫で申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありませんっ!!」
 
ガタガタと震える男はまるで命乞いでもするようにひきつらせた顔で泣きながら立ち上がった。

「ほら、とっとと他のゴミ虫達もちゃんと働かないとどうなるか分かってるです?」

「「「っ!!」」」

 笑わない緋色の瞳に射竦められたその他の使用人たちも立ち上がる。

「ほらユーミス、お前の立ち位置はこうだっ」

「ぐっ、あぁっ!!」

 ユーミスの腕をつかんで引き摺りながら使用人たちの目の前に這いつくばらせる。

「申し訳、ありません、ユーミス様」

「何を……、がっ!?」

 完全に恐怖と混乱に支配された表情を浮かべた執事長だった男はユーミスの背にその足を踏み落とした。

 最初の一人に習うように連鎖して他の奴らもそれに倣い始める。

「ごめんなさいごめんなさいっ!! 死にたくないんですっ!! 病弱な妹がいるんですっ!!」

「私はっ、私は家内を守らないといけないんですっ、ぁあ、お許しくださいユーミス様っ、お許しくださいっ!!」

「がっ、うっ、ぐっ!!」

 謝罪の声と次々に踏み落とされる足に、ユーミスの体が地に沈む。

「くくっ、アハハハハハッ!! 信頼を置いてた使用人に踏みつけにされる気分はどうだユーミス? 無様だなぁっ、アハハハハッ!!」

「まるでゴミ虫に集られる生ごみです。あぁ、これじゃあそのままなのです。失敗なのですよ」

 レベル的な差も元々の素質でも圧倒的な差が使用人とユーミスの間にはある。苦痛耐性も考えれば痛みなんものは全くないと言ってもいい。それでもあのユーミスがソーリィを囲っていた屋敷で働かせるほど信を置いている使用人たちにこうして足蹴にされるのは屈辱だろう。

「くっ、卑怯なっ……!!」

ユーミスの屈辱にまみれた視線が心地いい。
どれだけその光景を見ていただろうか。しばらくしてミナリスから『心話』で連絡が入ってきた。

「『ご主人様、準備が完了しました』」

「『そうか、ならこっちも第一演目は切り上げるよ』。さぁ、そろそろやめてもいいぞ」

そう声をかけてやると、使用人たちは動きを止めてこちらを見た。
ユーミスは怒りに満ちた瞳でこちらを見ている。

「あ、あのっ、私たちは――……」

「それじゃあ、お前らはもう用済みだから死ね」

「えっ」

 そして、俺は【始まりの心剣】で男の首を落とした。
ゴトンッと地面に落ちた頭が転がる。

「な、なんでっ、ちゃんということ聞い、がふ!!」

 その次は抗議の声を上げようとした一人のメイドがネコのフォークで首を貫かれた。

「何言ってるです? 出番の終わった配役は退場するのです。常識なのです」

シュリアは軽く首をかしげて言葉を口にした。

「た、助けッ!? ごっ」

「やめてッ、何でもしますから死にたくな、ぎゃあっ痛い痛い痛いぃいいいっ!!」

 威圧を掛けて逃げ惑うことすら許さずに第一演目の仕上げにかかる。
 俺とシュリアで、要らなくなった出演者をきれいに掃除した。

「このっ、外道がっ……!!」

「あら、さすがお優しいユーミス姉様です。自分を足蹴にしたあんなゴミ虫が殺されるのに怒るなんて」

「あなたたちが悪趣味な戯れに無理に付き合わせたのでしょうっ!!」

歯を食いしばってユーミスがこちらを見る。

「くくくっ、そう怒るなって。まだ第一演目だ。さぁ、まずはお前が信頼していた奴らを叩き潰した。次は第二演目、お前が積み上げてきた過去を壊してやる」

 そして、俺は町で手に入れた魔道具を起動した。望遠鏡のような魔道具を【魔繕の鈎刃】で改造したもの。
王女への仕掛けを確認するとき、ジュフェインに依頼した魔法生物の様に中継カメラのような力を持つ魔道具だ。
一度目の時にも使っているのでユーミスもそれが何なのか分かっている。

「これは、町の映像?」

 警戒心をあらわにするユーミスの前に浮かび上がるのはエルミアの町の映像。
いまだ夜の明けない町は静かに寝静まっている。

「さぁ、第二演目を始めよう。『ミナリス、始めろ』」

「『はい、ご主人様』」

 届くミナリスの声。

そして、夜闇を引き裂く轟音がエルミアの町から響いた。

「なっ!? これはっ!?」

 映し出されるのは高温を示す青白い爆炎。
暗い夜空を照らす炎がエルミアの町を照らし出す。

相当な距離があるにもかかわらず、その爆発音がここまで響いてくる。

「な、なんてことを……」

「あぁ、綺麗な花火だ。お前の積み上げてきた過去が燃える炎だ」

 ミナリスに命じていたのはエルミアの魔道具研究を行っている施設の爆破。

ユーミスが望みをかなえるために、必死に積み上げてきた魔道具の研究情報が、時間が、露と消えていく。

エルミアに点在する研究所から上がった爆発に家を飛び出してきた野次馬が見守る中、建物は瓦礫になり替わり、書物は塵と消え、素材は炭となる。

本当に、きれいな色の炎だ。

 町の人間が炎を消そうと水をかけているが、そんなもので火は消えない。ミナリスが『幻炎毒鬼』で生み出した高温で燃える発火性の毒薬に大量の油も撒いてある。

普通の火災ならありえない、冷たくも見える青白い炎は地獄の底ので燃える篝火のようにも見える。

やがて、エルミアの町の魔法使いたちが現れて魔法を使ってその炎を鎮火する頃には、高温による完全燃焼でそのほとんどを白い灰へと変えた見る影もない跡地が残るだけ。

勢いを弱めてチリチリと燃える赤い火と、静謐さを保つ青い月だけが焼けた地面を照らしている。

「あ、あぁ、私の、この町の研究の礎が……」

「これで第二演目は終了だ。次は第三演目、今度はお前の未来を奪う」

 そして映し出されるのは、エルミアの町の中央にある石碑。

「まさかっ……!? や、やめなさっ……!!」

「『バーンッ』」

 俺は愉悦の笑顔を浮かべながら、くしゃりと見えない何かを押しつぶすように、両手を合わせて軽く叩いた。

それとほぼ同時に、映し出されていた石碑がガラガラと音を立てて崩れ落ちて行った。

「そん、な……、エルミアの石碑が……」

 ワナワナと震えるユーミスの声。

「あぁ、いい、とってもいい表情だユーミス。でも、まだ第三演目だ。『忠実な使用人』『積み上げてきた過去』『目標としてきた未来』を壊した。次は、『いまお前が持っているモノ』を壊す」

「っ!? ま、待ちなさいっ、待ってくださいっ、これ以上何をするつもりなのですか!?」

 引きつった表情を浮かべるユーミスの頬を、シュリアの手が触る。
その顔に浮かべる表情は、シュリアが最後にユーミスから向けられた笑顔ととても似た笑顔。

「ユーミス姉様、何も怖がることはないです。ただ、ユーミス姉様は行動の結果を受け取るだけ。これから、ユーミス姉様にできることは何もない。だから、これがシュリア達からの贈り物です♪」

移り変わった映像は、エルミア家が直轄で抱えていた研究施設の跡。
崩れ落ちたそこから這い出して(・・・・・)きたのはゴブリンやレッドキャップなどがゾンビ化したアンデッドだった。

「『ギャルォォ』」「『ォオボォァア』」

それも1体や2体ではない。各箇所から現れたアンデッドの数は既に30を超えている。

「『ッ、キャアアアッ、アンデッドッ、町の中に魔物がっ!!』」

 シンッと静まり返るその場に、一人が上げた声にどこか傍観者気取りでいた野次馬たちが蜂の巣を突いたように騒ぎ出す。

「ど、どういうことですか!? あんな数のアンデッドをいったいどうやって!?」

「何を言ってる、あれはお前が虐殺したシュリアの村から引っ張ってきたアンデッド達だよ。覚えてるだろう?」

この日のために、シュリアの生まれた村に行ってきた。
そこにいたのは夥しく数を増やしつつあるアンデッドの群れ。

理不尽に、唐突に命を奪われた大量の負の情念と、悪魔が呼び出されたことによる残留魔力がその数を増やしていた。

「みんな、姉様が生んだ苦しみから生まれたアンデッド達なのです。シュリアは言ったはずなのですよ、『姉様は自分の行動の結果を受け取るだけ』って」

その無念を晴らす手助けと、寄り集まったアンデッド達の集団を呼び寄せるために数日かけて設置してきた転移陣を設置してきた。
魔法を使えなくとも、魔法陣に魔力を込めることはできる。

MPポーションを飲みながら魔力を注ぎまくった転移陣から、ミナリスに設置させた目印の座標にどんどんアンデッドが研究所の跡地から現れ、周囲の人間に襲い掛かろうとする。

「こんなっ、こんなことをしてっ、エルミアの民たちにまで被害がッ!!」

 ユーミスの顔から更に血の気が引いてく。

「あぁ、確かに怪我人も死人も出るだろうなぁ」

 心底楽し気にユーミスに笑いかけてやる。
実際は、最初の爆発で叩き起こされたおかげでアンデッドの存在はすぐに発見されている。教会の人間もいるし、ある程度の数までは間引いているから無駄に多くの人間が巻き込まれることはないだろうが、そんなことはユーミスに告げる必要はない。
それでも、100や200では聞かない人数は死ぬだろうが、今回は必要な犠牲だから仕方がない。

「けどな、たくさんたくさん、死んでもらわないと困るんだ。凄惨な事件として記憶に残って貰いたいんだよ、悪いとは思うぞ? でも、俺の夢に必要な犠牲だから。お前ならわかってくれるだろう? なぁ、ユーミス」

「くっ、この……っ」

 くっくっくっ、と小馬鹿にした嗤い声を漏らすと、俺は言葉を続ける。

「それに、エルミアの民が? 白々しいなぁ、そんなものを気にしてるわけじゃない癖に。それとも認めたくないのか? この光景がお前から何を奪い取るのか、本当は分かってるんだろう?」

「な、なにを……」

「ねぇねぇ、お優しいユーミス姉様? 無知なシュリアに教えてほしいのです。突然爆発した、姉様が直轄して管理してきた研究所、そしてそこから湧き出すアンデッド。そこから考えられるのはどんなシナリオです? 最後に行き着く、責任の所在はどこになるです?」

 クスクスと笑いながら、シュリアがわざとらしい言葉を掛ける。

「ま、さかっ、私にこの騒動の罪を擦り付けるつもりですかっ!?」

「正解正解大正解ッ!! アハハハハッ!! そうだよ、お前らが一度目の世界で俺にしたことだよ。俺が世界を救う勇者からすべての悪徳を背負った魔王になり替わったようにっ、お前はエルミアの町の優秀でお優しい領主様から、魔道具の研究施設で非合法な魔物の実験を行っていた犯罪者に成り下がる。俺の時と違うのはそれが冤罪じゃないってことくらいか? あはははっ!!」

 しかし、皮肉なものだ、一度目は協力して殲滅したアンデッド達を、今度はこうして町に呼び出しているのだから。

「けどな、罪を贖うのはお前じゃない。当たり前だろ? 俺は今、ここでお前を殺すんだ。もちろん、お前を表に出すつもりはない。ひっそりとここでお前は最後を遂げる。なら、お前が清算するはずのものはいったい誰が被るんだろうなぁ?」

「それ、は……」

 もし、これだけの事態が起きたエルミアの町でユーミスの所在が掴めなかったら?

ユーミスの失態はそのまま家の失態である。
それでも、ユーミスだけが首を括れば、問題はそれで終わるだろう。元凶であるとされていても、被害が軽微で領主の一人娘となればそれで片が付く。けれど、そのユーミスが雲隠れした時、その罪を贖うことになるのは、ユーミスの親類だ。

まず間違いなく、家に関わるものが処刑にされる。その範囲がどこまで及ぶかは分からない。けれど、ユーミスが排除ではなく認めてもらうことを望んだ両親は、確実に処刑されることになるだろう。

「このっ、外道がっ!!」

「クハハッハッ!! 全部お前らが俺にした事だ。一度目の記憶があるなら俺が家族と友人を虐殺して召喚されたことも思い出してるよなぁ? あのクソ王女に聞いたんだろうが、俺が真実を知った後は散々そのことで馬鹿にして挑発しようと必死だったもんなぁ? それでどうだ、俺と同じことをされた気分は。過去も未来も大切にしてきた人たちも丸ごと奪われた気分はよぉ!! アハッ♪ アハハハハッ!!」

 止まらない、止まらない、止まらない。
楽しくて仕方がなくて、嗤い声が止まらない。

 一度目の世界での、あの惨めな逃亡生活のことを思い出す。
 屈辱と怒りに震えながら、それでも膨らむ憎悪を吐き出さずに我慢してきたのは、この日のためだ。

「この、気狂い勇者め……っ、絶対に許しませんっ、地獄に落ちなさいッ」

 屈辱と怒りに震えるユーミスが憎悪の目をこちらに向けて来る。

「死ねっ、死ね!! シュリアっ、お前もですっ!! なぜおまえたちが生きているのですっ!! とっとと二人とも地獄の底に帰れっ、この亡者共がああああっ!!」

 それは、憎悪に塗れた瞳。
ユーミスが苦しんでいると裏打つ証。

「きゃはっ、きゃははっハハハハッ!! 何を馬鹿な事を言ってるです。帰るも何も、シュリアたちはいまだってずっと地獄の底にいるです。でないと、ユーミス姉様を地獄の底に引きずり下ろせないです」

「あぁ、いいこと言うなぁシュリア、アハハハッ!!」

 そうだ、俺たちは、地獄の底に落とされて、地獄の底で生きることを選んだのだ。
 傷を負ったままそこから抜け出す道を探すよりも、その場所にお前たちを引きずり込む道を選んだのだ。

ユーミスの言う通り、俺たちは復讐しない道を削ぎ落したときに、紛れもない、亡者になることを誓ったのだ。

「く、狂ってる……っ!!」

 重なり合って共鳴する哄笑。
虚勢の陰に恐怖を滲ませるユーミスの顔がたまらない。

「さぁさぁ、さぁさぁさぁさぁあっ!! 盛り上がってきたなぁおいっ、次が俺たちが最終演目だっ、晩餐に上げるのはお前の『夢』だユーミス! シュリア、用意は出来てるか?」

「もちろんです♪ 姉様、シュリアたちが用意した最後の役者を紹介するです。『メタルさん』、連れて来るです」

 シュリアは三体目の使い魔にそれを命じる。
 そして、メタルさんに体を動かされて、最初の時と同じように森の奥から現れたのは、今度こそ正真正銘のソーリィだった。

服装は屋敷で働いていた時と同様の長袖のメイド服。一人で現れたように見えるソーリィだが、ソーリィの体の骨の中には、俺が【火蜘蛛の脚剣】の火毒で溶かして液体化させた純度の高いミスリルの合金に、シュリアの『傀儡憑代』で命を吹き込んだ三体目の使い魔『メタルさん』がその身を潜めている。

「また偽も、いえ、これは、ソーリィ!!」

「ユーミス、さま……」

 恐怖に青ざめたソーリィの顔を見たユーミスは、今度こそ完全に血の気が引いて、青どころではなく真っ白な顔になる。

 剥がれ始める虚勢はユーミスの心に纏う鎧のかけらだ。
分かってはいたが、やはり、この女が、ユーミスの夢の形。

「や、やめて、やめてくださいっ、それだけはっ、ソーリィだけは……っ!!」

 ガタガタとユーミスが震えはじめる。

「最後の演目は『夢風船』だ。ソーリィの体にはシュリアの使い魔を仕込んである。今日まで毎晩毎晩、お前に見せてきた通りに」

「っ、やはりあの夢は……っ!!」

「クマさんに頼んで夢として見てもらったです。どうです? 面白かったですか?」

 あざけ笑うシュリアを、ユーミスが蒼白な顔で見上げている。

「あぁ、その顔を見られるなら、このゴミ虫を苛めたかいもあったのです♪」

「きゃっ、ぎゅぐっ」

「ソーリィ!!」

 メタルさんに命じてソーリィの体を無理やり操って這いつくばらせたシュリアがその背を踏み潰して笑う。

「それじゃあルールは簡単だ。そのお前のお気に入りの中にいるメタルさんは、シュリアが合図するのに合わせて膨らみ始める。そうすると当然、最後には……」

 そこでわざと言葉を切って静かに笑ってやる。

「いやぁっ、死にたくないっ……、ひっぐっ、うぅ」

「…………」

 死への恐怖に涙を流すソーリィに、言葉の先を想像したユーミスも泣きそうに顔を歪める。

「でも、俺は優しいからな、一つだけ助けられる方法を教えてやろう。そのメイドに魔力を注ぎ込むんだ。シュリアの使い魔も魔法生物だ、許容量を超えて魔力を注ぎ込めれば活動を停止させられるぞ?」

 助ける方法と言われ、一瞬だけ顔に希望の光を灯したユーミスの顔が絶望に染まる。
なぜなら、それを成すためのMPは、俺との戦いで奪われているのだから。

俺は魔封じの枷を外してやる。
シュリアも蹴り転がすようにその足をソーリィから退けた。

「それじゃあ、スタートだ。お前の夢の風船が、膨れすぎて弾けないように頑張ってくれ?」

「だっ、ま、待ってくださ……!?」

「いやなのです♪ えいっ」

 シュリアはユーミスの言葉を最後まで聞くことなく、最後の演目のテープを切った。

「あっ、ああああぁああっ、やめ、やめて!! いたいいだいいだいぃいいっ!!」

「ソーリィ!!」 

 さっそくメタルさんが膨らみ始めたようで、骨が内側から圧迫される痛みにソーリィが泣き叫ぶ。
その声にユーミスが足をもつれさせながらソーリィへ近づき、残り少ない魔力を注ぎ始める。

「くっ、うぅうううっ!!」

「ぐぅぅううっ、助けて、ユーミス様っ、いだい、いだいですっ」

「耐えて、くださいっ、すぐに助けますからっ!!」

 懸命に魔力を注ぐユーミスだが、全快時ならともかく今の状況ではシュリアが丹精込めて生み出したメタルさんを活動停止に追い込めるほどの魔力はない。

「がぁ、ぁあっ、あっあああぁっ!!」

 すぐにそこを突いた魔力を、それでも無理やり絞り出しているせいで、いつかの俺の様にユーミスの体に裂傷が走っていく。

 ――――だが、それでもまだ遠く届かない。

「ぎっ、がぁ、あ、あっ」

 ビクビクとソーリィの体が跳ね、ボロボロと流す涙にユーミスからしたたり落ちた血が混じる。限界を超え、無理に注ぎ込む魔力もその勢いを減じ始める。

「だめっ、ダメダメだめぇえええええええっ!! お願いしますっ、あぁ、勇者様っ、シュリアっ、私が愚かでしたっ、何でもしますっ、だからっ、だから許してくださいっ!! ソーリィを殺さないでくださいっ!!」

 涙ながらに懇願するユーミス。
蔑み、利用し、俺を嘲笑いながら裏切ってたユーミスが今、ここまで無様な姿を晒している。

「ハハハッ、許すわけねぇだろ!! お前が俺たちを亡者だって言ったんだろうがっ、亡者が人の言葉を聞くか」

「馬鹿にしてるです? ユーミス姉様、シュリアはあなたに復讐するために外道の道に落ちる手を選んだです。だから、……――存分に苦しんでくださいです、きゃはははッ!!」

「っ、このっ、悪魔ぁあああああああああ!!」

 ギシギシと、ユーミスの望んだ夢が軋む音が近づいてくる。

「あ、がっ、うぁ……」

「ソーリィっ、ソーリィソーリィソーリィ!!」

「ユー、ミス、様……、あっ……」

それは膨らみ過ぎた水風船を地面に落としたように。
 びゃしゃんと、人間の体のほとんどが水分だと改めて認識させられるような、そんな音を残してソーリィの体は肉塊、いや、肉片へと変わった。

「……え、あ、え?」

 自分に降りかかる大量の血に、ユーミスはただ呆然と言葉を落とす。
現実を認めたくないのか、認められないのか。

ユーミスの中のそれは、既に触れれば崩れるような脆い砂の残骸だ。

 だから、俺がずっとずっとユーミスに言ってやりたかった言葉で、座り込んだまま動かないユーミスの耳元に囁く。



「なぁ、ユーミス。たったいま、俺と同じようにお前の大切な夢も『壊れた』ぞ? 最後にもう一度だけ聞かせてくれよ、今、どんな気持ちだ?」



「あ、ぁあ、あああぁああああああっ、いやああああああああぁあぁぁぁぁっ!! こんなの、やだやだやだっ、やだぁああっ!!」

「あはははははッ!! そうだ、そうだよユーミスッ!! それなんだよっ!!」

「きゃはッ♪ もっと泣けっ、もっと喚けっ、もっと叫べっ!! 天国にいる母様とシェルミーに聞こえるくらいに、その悲鳴をあげるですっ!! きゃははははは!!」

 一人の悲鳴と、二人の歓喜。

 あぁ、これだ。これなのだ。

ずっと求めてきたのはこれなのだっ!!

俺は、これを見るためにいま二度目の世界を生きているッ!!

「さぁ、これで俺たちが用意した演目は終わりだ。存分に楽しんでくれたみたいで何よりだよ、ユーミス」

「姉様が幕を上げた劇です。これが最後の幕引きです」

 愚か者しかいなかったこの劇の幕を下ろそう。

俺とシュリアは互いに飾り気のないシンプルな二振りの剣を一振りずつ、丸袋から取り出した。

「やだぁ、やなのぉっ、いやなのぉっ!! こんなの嘘っぱちなのぉっ!! そうだって言って、言ってよぉ!!」

 ユーミスはガリガリと頭を掻き毟り、まるで子供の様に泣きながら首を振る。
 すべてを拒絶するように泣き叫ぶユーミス。

「アハハッ、じゃあな、ユーミス」

「ユーミス姉様、さよならなのです」

 そうして俺たちはその復讐の剣を高々と掲げた。

「いやああぁああああ、がっ、ぶっ」

 あらかじめ決めていた通りに、俺とシュリア、二人の剣がユーミスの心臓を貫く。

「アハハハハハハハハハッ!! アハッ、アハハハハッ!!」

「きゃはッ! きゃはははははッ!!」

何度も、何度も、何度も、なんども、なんども、なんどもナンドモナンドモナンドモ―――――。

氷のように冷たい夜の空気の中、そこだけが異様な熱気を渦巻かせていた。

自分の口から上がる狂ったような嗤い声と、シュリアの上げる嗤い声は、どこか元の世界で聞いたピアノの連弾に似ていた。

 どれほどその体を貫き続けただろうか。
気が付けば目の前にはただ剣で貫いただけで出来上がったひき肉だけが残っている。

 手にした剣は血だけでは物足りないとばかりに、水気を含んだ肉片がまとわりついていた。


                     ☆


どうしようもなく異様な様をさらけ出すその場には全身を返り血に染めた、一見して黒髪黒目以外に目立った特徴のない少年と褐色肌のエルフに似た少女が互いを背にして座り込んでいた。

 周囲に散らばるのは肉と血と骨のかけら。
遺体としても、『壊れ物(ジャンク)』にまで辱められたその遺体が地面に投げ出されている。生前の面影はもうそこにはない。

「シュリア、お前の復讐は一応終わったわけだが、今後どうする? この場所に残るか?」

「質の悪い冗談なのです。シュリアの復讐はまだ終わってないのです」

 少女は拗ねたようにむくれながら言う。

「シュリアがミナリスさんと海人様から受け取ったこの憎悪はもうシュリアのものでもあるのです、シュリアが初めに抱いた憎悪だけがはらされたって憎い相手が増えてるのですからまだまだ復讐は始まったばかりなのです。のけものなんて許さないのです」

「そうか、そうだよな。バカなこと聞いたな」

 少年の中には、初めは少女の中にはなかったはずの少年が抱いた憎悪が伝わってくる。
原初が少年のものであっても、伝わって来るそれは既に少女のものだ。
一人目を殺したせいでちょっとセンチメンタルになったかな、と小声でつぶやいた少年は空を見上げる。

「あぁ、楽しかったなぁ。早く、二人目をヤリたいなぁ」

 そういった少年に返事はなく、ただ少しだけ少年の背にかかる重さが増しただけだった。

 少年たちは夢を見る。
いつの日か、この地獄の底にすべての憎悪の対象を引きずり込んで、そして安らかに消えていける日を願って。

それらを照らしていた月の光は何一つ語ることもなく、そのすべてを受け入れるかのようにただ白じみ始める空から姿を消していくだけだった。

 ――……復讐は、まだ終わらない。
 身を焼く炎は太陽さえ飲み込まんと黒い熱を持って嗤っているのだから。
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