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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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第21話 悪魔の誘う声 1


「『おおお? なんだかよく分からんが、お前、いい魂してるなぁ。なんかどっかで見たことあるような気も、んんーまぁ、いっか、美味そうだしな。ついでにお前も食ってやろう』」 

「はっ、そりゃどうも。天使の戯言よりはよっぽど信用できるな。全く嬉しくわねぇけど」

 悪魔の言葉に鼻で笑って返して、手にした【心火の霊剣】を握り直す。

「『それにしても容赦ないねぇ。俺様の腕が落ちちまったじゃねぇかよ、並みの剣士じゃこうならないんだがなぁ』」

「別に問題ないだろ、お前らに体なんてあってないようなもんなんだから」

「『ん? 同胞にあったことでもあるのかい? いい瞳をもってるわけでもないだろ?』」

 悪魔とは、精霊の一種である。
精霊は魔力の塊が意思を持ったものであり、魔法の基本属性と同じく火、水、風、土、光、闇の6の種類が存在している。人間の適性とは違い、無と系統外は存在しない。
 だが、代わりというわけではないが、これらの属性精霊たちとは違う別種として『天使』と『悪魔』が存在する。
どっちも両極端な奴らで、個人的にはどちらも好きにはなれないが、今重要なのは目の前の化物がその『悪魔』であることだ。

「ちょっと以前にいろいろあってな。ただ、お前らには同胞なんていないだろ?」

「『おうおう、そりゃそうだ、同種であっても同胞じゃねぇなぁ、で? そこまで分かってるならこんなのが意味ないことぐらいわかってるだろ?』」

 ニヤァ、と笑みを浮かべた悪魔の腕が再生されていく。
地面に落とした二本は空気中に散っていった。おそらくそれを取り込んで再生したのだろう。

「なん、で……」

 声を発したのはシュリアだった。ちらりと視線を向ければ、むき出しの土の床で服を汚したシュリアの姿がある。

「勧誘する前に死なれちゃ困るからな、ちょっとおとなしくしてろ」

 それだけ言って視線を悪魔へと戻す。

「というわけでさ。お前さ、ちょっと邪魔なんだよ。消えてくんない?」

 そう言って、再び手にした【心火の霊剣】を悪魔に向ける。

「できるなら魔力消費は抑えたいからな、今すぐいなくなるなら見逃してやってもいいぞ?」

「『逃げる? オレ様が? おいおい、冗談はよしてくれよ。なぁんでそんなこと聞かなきゃならんのよ。せっかくこんなうまそうな飯が目の前にあるっていうのに』」

「そうか、じゃあ、…………死ね」

 【心火の霊剣】に魔力を込めて火を灯す。
 俺の魔力を喰らった刀身が青白い炎でその身を包む。ちろりと炎が揺れると同時に、身を引いた悪魔の右腕の先を切り飛ばす。

ぼとりと落ちた悪魔の腕のその切り口では青白い炎が燃えている。

「『おおっと、お前さん、魔剣士か。でも残念、言っただろ? そんな薄っぺらな炎じゃオレ様の体は……』」

悪魔の言葉は丸っと無視して地面に落ちた腕を粉みじんに切り刻む。

「『だからさぁ、そんな風にしても意味がないって知ってるんだろ? ちょっと形を崩されたってこうして直ぐに……』」

余裕綽々と言った様子で偉そうに上から視線で告げる悪魔の表情が不意にこわばる。

「ほら、どうした。再生しないのかよ?」

「『て、てめぇ、なにしやがった』」

「さぁてなぁ? なにしたと思う?」

 悪魔の体は肉や骨で出来ていない。魔力を変質させて作り出した擬似物質の塊だ。
だから、そこに同じく俺の魔力の擬似物質を混ぜ入れてやれば、それを分離しなければ再吸収なんて真似はできない。

当然、色つきの砂粒を混ぜ合わせた砂山の中から一色の砂だけをより分けるような作業、すぐさま終えることはできない。

そうして手をこまねいているあいだに、切り口から燃え上がる魔力を燃やす炎が、完全に悪魔の体の一部を再起不能へと押しやる。

【心火の霊剣】の真価は、心霊化ではなく、この物理的な肉体を持たない魔力生命体や精神生命体を焼き殺せる炎の生成と、自分の魔力を精霊や悪魔のような魔力体を持つ相手に流し込んで行動を阻害できる点だ。
心霊化はあくまでそれを利用したモノに過ぎない。

「『ば、バカな、ん、んなことできるわきゃ……』」

「はいダメー」

「『ぐおわっ!!』」

 悪魔はその魔力で出来た体から光属性の上位魔法である聖魔法でもなければ有効打を与えられない。

そのため、直接の戦闘では相手の攻撃をほとんど無視して、長い詠唱の高威力の魔法で蹂躙するという戦い方をすることが多く、悪魔は戦闘技術そのものが拙い。

だから、予想外の目の前の驚異に対してこんな致命的な隙を作り出す。
懐まで踏み込んだあと、下から切り上げた刃は腰のあたりに生える左翼と、もう片方腕を切り飛ばして細切れにする。

「『くそっ!!』」

「それもダメー」

悪魔が慌てて受肉した魔力の形質を変化させて非物質化しつつ、後ろに飛んで距離を取ろうとする。だが、【心火の霊剣】のパッシブ効果で、俺の目には非物質化した悪魔の姿もきちんと捉えられている。

 袈裟斬りの要領で右足を付け根から切り飛ばし、左足の膝から下も続けて切り上げるように切断する。

当然それも念入りに裁断し、吸収再生できないようにしておく。

「『なっ、なんでだっ、なんでオレ様の姿が見えるんだっ!! そもそも物質化してないのにどうやって剣でオレ様を切れるんだよっ!!』」

「ばっかだなぁ、わざわざ説明してやるほどお人好しに見えるか? 悪魔には人の魂の本質を見る目があるんだろ?」

「『ちくしょうっ、何なんだお前っ!!』」

バランスを崩した悪魔が地面に転がる。
翼も片方を潰したのでもう移動することもできないだろう。それにこの距離ならこいつが魔法を詠唱するよりも早く潰すことができる。

「お前らは自分の体を過信しすぎなんだよ。痛みを感じない上に斬られても魔術を食らってもほとんど無意味だから攻撃の避け方が雑なんだ。ほら、俺は優しいからな、ちゃんと教えてやったぞ? どうだ、お人好しに見えるか?」

ガタガタと震える悪魔に微笑んでやる。
せっかく教えろというから教えてやったのに。失礼なやつだ。

「『ま、待ってくれ、頼むよ。オレ様はただ、契約に縛られて言われたことをヤっただけなんだ、ひぃ!!』」

 魔力を込め直した【心火の霊剣】が大きく青白い火を吹き出す。

「うん、そうだな、知ってるよ。お前ら悪魔は基本的に契約なしには他人に益することも害することもできない存在だからな」

「『だ、だったら、許してくれよ。も、もうその子の命は取らねぇからよ。契約の対価にもらえるっていうだけだから、奪わなくても契約には反しねぇし、あの女との契約ももう終わってるからよ。次の契約は結ばねぇから、だから……』」

「だから? それで?」

 手にした心剣を大きく振り上げる。

「『た、頼む、助けてくれよ……』」

「あぁ、残念だな。俺はさ、どうでもいいやつに『助けてくれ』なんて言われるのが死ぬほど嫌いなんだよ」

「『やっ、やめてくれぇええっ!!』」

「やだよ」

 そう言って剣を振り下ろそうとした時だ。

「待ってですっ!!」

「ん? おい、なんのつもりだよ」

静止の声とともに抱きついてまで俺を止めたのは、たった今の今までコイツに嬲られていたハズのシュリアだった。
一瞬、悪魔に魅了の魔術でもかけられたかと思ったが、そんなものが使われていないのは俺がずっと確認していた。

「ダメです……、カイトさんに殺させはしないです」

 だから、俺はその憎悪に燃える赤い瞳を見て、すぐに思い至らなかった自分を恥じた。



「そいつを殺すのはシュリアです。絶対、絶対譲らないです」



「……あぁ、そりゃそうだよな。許せないよな、自分の復讐相手をどんなやつかもわからない相手に横から掻っ攫われたら」

 俺だってそうだ。
この恨みを知らない奴に、したり顔で勝手に恨みの代行者を気取られたらその場で殺しにかかる自信がある。

復讐に参加するのが複数人になっても構わない。それが俺が恨んだ原因と異なるものでも、別に構わない。
 けれど、自分が参加しない復讐など絶対に許容できない。自分が参加できないただの観客席は、きっと焼けた鉄の椅子以上に座り心地が悪い。

(……ふむ、回復にはまだまだ時間がかかるなコイツ)

 ちらりと悪魔に視線を戻すと、怯えた表情をしながらも周囲の魔力を取り込んで体を再生しようとしていた。
気付かれないとでも思っているのか、はたまた気付かれていてもそうするしかないと判断したのか。
どちらにしろ、先に勧誘を済ませても良さそうだ。

「なぁ、シュリア。今日はお前を勧誘しに来たんだ」

 【心火の霊剣】に流していた魔力を止めて自分の中にしまうと、一度シュリアを引き剥がして再度シュリアへと向き直る。

 無理やり引き剥がされたシュリアは地面に両手を付き、足を折り曲げた状態でこちらを見上げている。

「シュリア、お前の事情は分かってるよ。あの女の全てに復讐したくてたまらないんだろう? 憎くて憎くて、どうしようもなく憎くて仕方がないんだろ?」

 シュリアはその言葉にこれまでで一番不快げな視線を返す。
 射殺さんばかりというのはこういう視線を指すのだとばかりの鋭さ。

あぁ、分かっているさ。
イラついてるんだろう?

この気持ちをかけらも理解してないくせにって。
同情なんかで解かった気になって勝手に自分を語るなって。

「目の前のこのクソ悪魔が憎いんだろう? 自分が関わらない形でこいつの存在が終わってしまうのが許せないんだよな」

その理解は正しい。
俺たちはまだ、同種であっても共犯者じゃない。
共通点がどれだけあろうが、本当の意味ではその痛みを知らない、もちろん、お互いに。

どれだけ言葉を尽くしても、どれだけ耳を傾けても、そんなものでこの痛みは伝わらない。

「だけどな、今のお前には力はない。あの悪魔がここまで弱っていても、お前はこいつに何一つ痛痒も与えることはできはしない」

「っ、それでもっ、っ!!」

 かなり本気の殺気と魔力を乗せた威圧を少女へ叩きつける。
本能に訴えかけるレベルの危機感は、物理的に少女の反抗の芽をそぎ落とす。

「惨めだよな、けどな、こいつだけじゃない。ユーミスの死にもこのままならお前は関われない。あいつは俺が殺す。お前の気持ちも事情も俺には関係ない、お前に遠慮するつもりは欠片もない」

「がぁあああっ!!」

 けれど、威圧に竦んでいるはずの体を無理やり動かして、シュリアは俺に向かって飛びかかって来た。

計画性も何もない、ただ、俺を敵と認識した故の行動。
そんなものが通用する訳もなく、その腕を躱して後ろ襟を掴んで地面に引き倒し、暴れないようにその背を踏み潰す。

「っぐぅ、このっ……!!」

「今のお前には何もない、知らなかったからだ。知ろうとしなかったからだ。だから、こうして何もかも失った」

「……」

「足りなかったのは力じゃなくて意志だ。この世界で必要だったのは優しい世界に尽くす慈愛の心じゃなくて、白地図を疑い尽くして黒く染め上げる猜疑の心だ」

「……ってるですっ」

「何一つ知らないくせに、表面だけを『信じてるから』なんて言葉で誤魔化して、都合のいいものだけを見てきた。だから、こんな地獄の底に落ちることになる。悪いことはしてなくても、やらなきゃならいことを怠った結果がこれだ」

「そんなことっ、言われなくてもわかってるですっ!!」

 その目には、ギラギラと宿る炎。
 どこに吐き出せばいいかもわからない、自分の身の内を喰らい尽くそうとする黒い炎。

「痛いか? 『復讐なんて諦めます』と誓うならすぐにでも足を退けてやるぞ」

「ぐうっ!! がっ、ふざ、けるなです……、それは、あの女はシュリアの獲物ですっ!!」

「今おとなしく従うならこの場から逃がしてやる。同情してるのは本当だからな、いくらかの金だってやろう。どこかの田舎に引っ越して静かに暮らせばいい」

「そんなものいらないっ!! そんなの生きてないですっ、死んでるのと全然かわらないっ!!」

 それは獣のような、いや、獣の叫び声。
そうしなければ本当に死んでしまうばかりの声。



「殺してやる殺してやる殺してやる!! この痛みを忘れるくらいなら、死んだほうがずっとマシですっ!!」



それは理性なんてものは欠片もない、合理性の欠片もない欲求に支配された叫び声。
けれど確かに、ただ本当に生きたいと願った、反逆者の産声だった。

「そうか」

 そう言って足をどければ、今度は転がるようにして離れたあと、躊躇なく足に噛み付いてきた。
怯ませようなんて意図はない、噛みちぎってやるとばかりの強さ。

「ってぇ、容赦なくいったな、お前」

「っ、どうして、抵抗しないです」

 抵抗もせず、成すがままにされてる俺を不審に思ったのか、少しして顎の力が弱まる。

「ケジメだ。確認のためとはいえ、胸糞悪いことを言った自覚はあるからな」

「…………」

 疑うような顔で、真意を見透かそうとする目で俺の目をじっと見てくる。

「最初に言っただろ? これは勧誘だって」

「かん、ゆう……?」

「ああ、そうだ」

 大人しくなったシュリアの前にしゃがみこみ、きちんと視線を合わせる。

「さっき、死んだほうがマシだって言ったな。だったら今日、ここで生まれ変わる手伝いをしてやるよ」

目を合わせて手を差し伸べる。

「なぁ、シュリア。俺と一緒に復讐しないか?」

 
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