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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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第20話 それはだれかの世界が裏返る日 2

「……新しいお家です?」

「ええ、そうよ」

 ユーミス姉様に連れられてやってきたのは、街の郊外にひっそりと立つ建物でしたです。
 そこそこ大きな建物は人目につきにくい、少し辺鄙な場所には建っていましたが、『緋の瞳』には建物全体にユーミス姉様の家にも張られていた大きな魔法がかけられているのが見えます。
シュリアはユーミス姉さまと違って感覚で魔法を使っていただけなので、魔法の内容については詳しくありませんが、きっと以前言っていた『防御用の結界』なのです。

「ここは私の秘密の研究所の一つという名目で借りているの。たとえお父様やお母様でも、私の許可なく立ち入ることは出来ませんから、安心してね」

(それなら、もし領主様とその奥様がこの街に戻ってきても、数日間家に篭っていれば大丈夫です)

 血が繋がっているだけの父と、自分たちを毛嫌いしているであろうその正妻には会いたくはない。向こうもきっと同じです。

「さぁ、入って」

「はいです」

 家の中は特になんということもない普通の家屋です。今朝まで住んでいたユーミス姉様の個人邸宅よりは当然簡素です。それでも、元々村で暮らしていた時の平屋に比べればずっと住みやすそうな家なのです。

「お待ちしておりました。ユーミス様、シュリアお嬢様」

 そう言って頭を下げたのはソーリィさんです。
いつものメイド服を着て、凛とした所作で姉様とシュリアを出迎えてくれました。
 ただ、その傍には母様も、シェルミーも見当たらないです。

「……母様とシェルミー、いないです」

「建物の奥にいるんですよ」

姉様はそう言うとどこにいるのか知っているみたいで、迷いなく歩き出す。それに従って歩き出したソーリィさんのさらに後ろをついていく。

 建物の一室らしい扉を開けると地下室があるようで下に降りる階段が続いてた。
奥からはちょっとジメッとした、嫌な魔力が漂って来ている。

「あの、ユーミス姉様? 本当にこんなところに……」

「こっちよ。ついてきてね」

「あっ、姉様待ってなのです」

 振り返らない姉様を少し不審に思いながらも、その後を付いて歩く。

少し不安を感じながらも階段を一つ一つ降りるたび、もうすぐ母様とシェルミーに会えると考えると、嬉しいと思うと同時に少しそわそわしてしまう。

手紙は何度もやり取りして、何年も一緒に暮らした家族なのに、ちょっと変な気分です。

階段を下りきると、鉄製のシンプルな扉がありました。

「この先よ、みんな、あなたのことを待っているわ」

そう言ってユーミス姉様は微笑んだ。
シュリアに先頭をゆずり、横でニコニコと微笑んでいる。そして、シュリアは少し扉を開けるのを躊躇ってしまいました。

(うぅ、なんか、緊張するです)

久しぶりに会う母様とシェルミーに、まずはなんていうのが一番だろう。
大きな声を張るのは苦手です。でも、今日くらいは最初のひとことを大きな声で話したい。
だから、シュリアは深く息を吸って、少し軋む鉄の扉を押し開きながら精一杯の明るい声を出そうとしました。

「母様っ、シェルミー、ひさしぶりなのですっ、あいたかっ……た、です?」

 けれど、気合を入れたその一言は、結局尻すぼみに終わってしまいました。

「…………」

目の前に見えた光景は想像していたものと全然違いました。
あの嫌な魔力とともにシュリアを出迎えたのは、『ウゥ、アァ~』という低い唸り声を上げるナニカ達と、薄暗い洞窟のような、牢屋の光景です。

監獄のような鉄檻の向こう、澱んだ魔力を纏わせたその何か達は、生物の内臓のような生々しいグロテスクな体を地面でのたうち回らせながら、ぽっかりと空いた空洞のような口から意味をなさない唸り声を上げている。

「っ!! 姉様っ、あれっ、アンデッドですっ!!」

『緋の瞳』で見る視界には、アンデット特有の負の情念が宿る魔力がそのナニカ達に纏わりつくように放射されているのが見えました。
 今まで見たことのある生き物のどれとも違う姿で、何のアンデットかは分からないです、けど、あれは確実にアンデッドです。

「見たこともない体、けど、あれはアンデッドなのです」

「ええ、そうですね、ここら辺はあまり素体がよくなくて、腐らないように魔力を込めるだけで壊れてしまったんです。腐敗は止まったんですけど、色も変色してあんなドブのような色になってしまいましたし」

「…………え?」

思わず傍に立つユーミス姉様を見上げると、まるで当然だとばかりにいつもの微笑を浮かべた、見知らぬ誰かがいました。

「心臓を残して置けばちょっとは違ったのかもしれないですけど、生きた心臓は魔道具に必要不可欠な魔石を精製する触媒になるので抜いてしまったんですよ。どうも、アンデッドは心臓が無くても動きますが、抜き取ってしまうと体に魔力を留める力が弱くなるようで、放っておくと体の肉が腐り始めるみたいなんです」

 目の前の異常な光景に何も感じていないように、困りました、と軽く頬に手を当ててため息を吐いている。

「な、なにを言ってるです?」

 目の前で、姉様みたいな誰かが笑っている。
姉様みたいな顔をして、姉様みたいな声をして、姉様みたいなしぐさをして。

ただ、纏う雰囲気だけが全く見たことのない誰かのようだった。

「やっぱり、死霊術は難しいですね。使い手は少なく、資料もほとんど残ってなくて、何体もダメにしてしまいました。それでも、いろいろな魔物の内臓を繋ぎ合わせたりして、何とか声を上げられるぐらいまでは戻したんですよ? どれだけ無理をさせてもかまわない貴重な実験体ですし、今は思考能力を戻せないかの研究中です」

「…………」

 だれ、です?
目の前にいる人は、いったい誰なんです?
こんな表情をする姉様を、シュリアは知らないです。
こんなことを言う姉様を、シュリアは知らないです。

「あら、そんな怖がった顔しなくてもいいんですよ。今日はやっとお母様と妹のシェルミーちゃんに会える日なんですから、笑顔でいてあげないとかわいそうですよ。さ、こっちです」

「あ、やっ」

 呆然としていたシュリアの手を姉様が握る。
反射的に身を引いても、体格差があり過ぎて引きずられてしまう。

「さぁ、感動の再会ですよ」

「きゃっ、な、なにっ、姉様っ、姉様っ!?」

 ズサッ、と、放り込まれるようにして入れられたのは一番奥にあった牢屋。
 慌てて手を付くのに、持っていた猫のぬいぐるみが地面を転がる。
そして、振り向いた時にはガチャンッと言う音と共に牢屋の扉が閉じられました。
 そこにも当然のように、あの得体のしれないアンデットがいました。

「ひっ……!!」

近くで見ると、形だけを見ればそれは腕と足のない人のような形をしていた。
他のそれらと同じくぬめりとした表面に、どす黒い色をした肌。胸部に胸のようなふくらみがあります。
 人なら頭に当たる部分はツルンッとしていて、顔にはかろうじて鼻のような二つの穴と、唇のない、人と同じ歯だけが並んだ口がありました。

ただ、その2体は他の物とは違うようで、地獄の底から響いてくるような唸り声を上げてはいない。

目はないようだが、こちらを認識しているようでズリズリと近くに這いずってくる。

「やっ、やですっ……」

前にアンデットと遭遇した時は魔法が使えました。でも、今のシュリアには身を守るための力がない。

「い、いやっ、来ないで!! だ、出して姉様っ、ユーミス姉様っ!!」

 錆びの浮いた鉄格子を掴んで、恐怖に駆られるまま必死に姉様に向かって叫ぶ。でも、ユーミス姉様はその向こうでいつもの笑みを浮かべているだけです。

「シュリア、前に精霊石を見たいって言っていましたよね」

「えっ、ね、姉様?」

 ユーミス姉様は自分の懐から厳重に封印布で包まれた何かを取り出しました。
しゅるしゅるとその布を解くと、その中にあったのは黒紫色の鉱石です。

「そっ、それっ、その魔力……、部屋の魔法陣と同じ……っ」

「あら、分かるんですね。やっぱりその『緋の瞳』は便利ですね」

 ゾワリと、いつもの笑顔がとても歪で冷たいものに見える。

「さぁ、シュリア。喜んでください。ずっと精霊さんに会ってみたかったんでしょう? ちょっと毛色は違いますが、彼も一応は精霊ですから」

「『おいおい、酷いじゃねぇか。久しぶりに呼び出したかと思ったら随分な言い草じゃねぇの』」

 どこからともなく聞こえたその声と共に、ユーミス姉様の手にした精霊石から魔法陣から発せられていたものと同じ、けれど、普通の肉眼ですら確認できるだろう比べ物にならない密度を持った魔力が吹き出すのが見える。
何色ともつかない色のその魔力が渦巻き、その形を成していく。

「…………悪、魔」

 それは、大きく裂けた口と棘の歯、ぐるりと巻きを見せるヤギの角、腰のあたりの漆黒の翼骨と赤黒い翼膜を持ち、ゴツゴツとした岩の質感の、黒と灰の混じる肌。
多くの資料に多くの姿で描かれる中でも、一番ポピュラーな姿の悪魔、『グリード・デーモン』。
精霊と同種でありながら異質、天使とは真逆に位置する存在。

「あ、う、あ……」

なんなんですか、これは。
いま、シュリアの前で、いったい何が起こっているのですか。

「あら、普通の精霊と一緒にするなって言ったのはあなたの方でしょう?」

「『ケケケ、悪魔が普通の精霊なんかと一緒にされたらたまったもんじゃねえよ』」

 低い声と高い声の混じり合ったような不思議な声音でニタニタと言う声が不快に響く。

「『それで、こいつが最後の生贄か? おいおい、エルフ交じりの魂とは極上品じゃねぇかっ、うひひっ!!』」

「ひっ、いや……っ!?」

ベロリと唾液に塗れた紫色の長い舌が悪魔の口の周りを這いずる。
十字に割れた瞳がギョロギョロと動き回っている。

「姉様っ、姉様っ!! 助けてですっ、シュリアが何かしたなら謝るからっ、だからっ!!」

「あらあら、謝ることなんてないんですよ」

鉄の格子越しに、ユーミス姉様の綺麗な手が伸びて来る。そしてシュリアの頬を、いつものような優しい手つきで撫でた。

「これは、最初から決まっていたことですから。しょうがないんです」

「え……?」

「呪刻契約の知識と起動の魔力の対価の中に、シュリアの魂と命が含まれているの。しかも、直前まで幸せいっぱいに過ごした魂と命が欲しいって、とてもわがままでしょう?」

「『ノンノンノン、オレ様は我儘じゃなくて、グ・ル・メなんだ』」

 ユーミス姉様のいつもと変わらない笑顔が、燭台で揺れるろうそくの火に歪んで見える。

「やっぱり悪魔は適当なことばかり言います。『とにかく量が大事』なんて言ったのは貴方ですよ? おかげでこの子の村を一つ丸々潰すことになったんですよ?」

「『あぁー、あの時はそんな気分だったんだよ、あんときは質はともかく量はそこそこ食えたからなぁ。高級感溢れる美味な命や魂も好きだが、恐怖にゆがむ魂は安っぽい存在でもそこそこうまくなるんだよ。なんってぇの、あれだ、ジャンクフードってやつ?』」

「なに、言ってる、ですか……?」

 分からない、分からない。
目の前で何が起きてるのかが分からない。
 目の前で何を言っているのか分からない。

「悪魔が願いを叶えるのに莫大な対価を求めるのは有名でしょう? 五十人を生きたまま丸ごとほしいというので、貴方の村の村人を使ったんです。残った村人たちもほら、ここにこうして連れてきていますよ? ほら、今日はいつもよりも一層よく声を上げて歓迎していますよ」

「っ!? ま、さか」

 姉様が言った言葉の意味を理解して、牢屋に閉じ込められているアンデット達をよく見る。
そこにいるのは人どころか、何かの自然な生物の面影すら残していない歪な体を持つアンデット。
けれど、アンデッドだけが持つその魔力の奥に、こびり付いたように残る魔力の残滓はどこか見覚えがある人の……。

「あれっ、あの魔力はジャスお爺さんのっ、あっちはユミルおばさんッ!! あ、あぁ、じゃあ、まさか本当に……」

 くにゃりと視界が歪み始める。
 耳鳴りがする。声が二重に聞こえてくる。

「あら、そこまで細かくわかるんですね。やっぱりその『緋の瞳』は良い材料になりそうです。それじゃあ、後は好きにしてください。契約通り、体には傷をつけないように殺してくださいね。食べていいのは魂だけですよ。その子の体にはまだいろいろと使い道があるんですから」

 ジワリと視界が歪んでいく。
伸ばした手はガチャガチャと格子を鳴らすだけで届かない。

「ああっ、待ってっ、待ってですっ!! 姉様っ、ユーミス姉様ああああぁぁぁっ!!」

 けれど、ユーミス姉様はもう興味がないとばかりにカツカツと地面を鳴らして歩き、一度もこちらを振り返ることはない。
 そしてそのまま、この地下牢にシュリアとこの悪魔を残して行ってしまった。

「『カカカッ、こんだけのことされてまだあんな女に縋り付くとはねぇ。いやぁ、本当にいい趣味した女だな、あのユーミスって女は。オレが目の前で人間を平らげても顔色一つ変えやしなかったよ。苦痛の断末魔を聞かされたら悪役気取っても青くなる奴は多いんだがなぁ。人間なんぞにしとくのがもったいないぐらいだぜ、ケケケッ』」

「嘘っ、そんなの嘘ですっ、姉様が、そんなことするわけ……、そうですっ!! 母様とシェルミーの手紙はっ、そんなこと一言も言ってませんでしたっ」

「『ん? あぁ、そりゃそうだろうよ。だってあの手紙、そいつらが命令されて吹き込んだんだから』」

「…………え」

 この悪魔は、今、何を言ったのですか?

「『よぉくそこにいる二匹のアンデット見てみろよ? お前さんの瞳ならハッキリと判別できるだろう?』」

 そんな、そんなことあるわけないのです。
だって、そんなひどいこと、シュリア、悪いことなんてしてないのに……。

「あ、あぁ、ああぁあああああああああっ!!」

「『ほぉら、ずっと会いたかったんだろう? よかったじゃねぇか、なぁ?』」



…………お前さんのだぁいすきな、母親と妹に会えてよ。



耳に届いたその言葉が、ピキリと世界に切れ目を入れた。

「いやああぁあぁあぁあああぁああッ!!」

「『ウカカカカカカッ!! アァアアッ、いいねいいねっ、香り立つほど旨そうな絶望の香りだぁぁっ!!』」

そこにあるのはどんなに薄くなっても見間違えるわけがない、生まれてから11年、ずっと一緒に暮らして、毎日見てきたきた家族の魔力。

「『ほぉら、オレぁ優しいからな、ちゃあんと声も聞かせてやるよ』」

悪魔が手を振って、母様とシェルミーへ魔力を送る。

「あ……、か……」「き……、く……」

「っ!! あ、ぁあ、あ」

 ぎこちない動きで口周りを動かした二人が、カチカチと歯を鳴らして、やがて、つい先日聞いたばかりの声を発する。

「シュリア、元気にしていますか?」

「お姉ちゃん、元気ですか?」

「もう、やめて……、やめてよぉ……」

 耳障りな悪魔の哄笑がキリキリと世界を軋ませる。
 心の底から楽しそうに悪魔が笑う。

「『うんうん、こんなになっても分かるなんて、やっぱり愛だねぇ、ウケケッ。会えてよかったなぁ』」

「嘘、ですぅ……、こんな、こんなの嘘ですぅ……。シュリア、なにか悪いことしたですか……? なんで、どうしてこんなことになってるですか……?」

「『ひひっ、嘘じゃねぇよ。それに悪いことしたのはお前の姉ちゃんの方だろうよ。いやぁ本当にひでぇ女だよ、お前の姉ちゃん。お前の母ちゃんと妹をこんな姿にしちまってよぉ? あ、これに関しちゃオレは何にもしちゃいねぇぞ? 完全、あの女の趣味だ、くひひひっ!! いやぁ、ほんとに悪魔よりも悪魔らしい女だ』」

 全身から、抜け落ちるように力が抜けた。
もう頬を伝う涙の感触すらわからない。

「…………そう、ですか」

 ぐるりと今までのなにもかもが裏返った。
 真綿で包まれているような優しい世界の思い出が、無数の針で傷をつけようとする化物に姿を変える。

(最初から、最初から全部嘘だったです。あの笑顔も、あの優しさも、一緒にしたお茶会も、小説の感想を話し合ったのも、そして今日のお出かけも、全部、全部嘘だったです)

「は、ははっ、……とんだ茶番です」

 なんて、馬鹿だったんでしょう。
シュリアは、ずっと、村のみんなを殺し、こんな風に弄んだ相手を姉と慕って。
母様とシェルミーをこんな風にした相手のためにって、何年も閉じこもってあの部屋で魔法の才能を受け渡して。

「『おおっ? 絶望した? 絶望しちゃった? んんっ?』」

「っ!! うるさいですっ!! 燃え盛る炎火の球『ファイアーボール』、……っ」

怒りと共に生み出そうとした炎球は、形を成さずにただ空気中に魔力を霧散してしまう。

「あ、あぁ、もう、こんな簡単な魔法も使えないのです」

 シュリアにはもう、本当に魔法の才能が残っていない。
この悪魔に、一矢報いることすらできない。

「ふふっ、ハハハッ、ハハハハハッ!!」

 おかしくて、おかしくて、ただおかしくて仕方がなくて。乾いた笑いが涙とともに零れ落ちていく。

「『うひひっ、そろそろいい具合に魂が染まってきてるなぁ』」

 ジワリと、歪んだ視界でバサリと悪魔がその翼を広げる。

「……どうしてです」

 なんで、こんなことになったです。
どうして、こんなことになったです。

ほんの少し前まで、世界はあんなに優しかったのに、今はもうその優しかった記憶すら肌を刺す棘の記憶になってしまった。

「『いいねぇ、悲痛の声をあげる綺麗な魂はとってもウマイんだ』」

「もう、いいです……、もうなにも、見たくないです、聞きたくないです」

「『あぁ、実においしそうだ。くひひっ、実食タァイム!!』」
 
 ゆっくりと色を亡くしていく世界の中でやけにはっきりと見える悪魔の嘲笑うような顔が見える。正面から向かって伸びて来る手が、きっと命を刈り取ってくれる。
そうすれば、もう終わる。
シュリアはその時が来るのをゆっくりと待って……。

「『ありょ? なになに、まだ抵抗するの?』」

「……やっぱり、ダメなのです。まだ、死ねない。シュリアは死ねないです」

 気付けば伸びてきた手を避けるようにして身を引いていた。

「……殺してやるッ、絶対、絶対許さないですっ!! あの女に復讐してやるですっ、絶対にっ!!」

「『いいねぇいいねぇ、そうこなくっちゃ。そうやって抗ってくれた方がもっと旨くなるっ!!』」

 生きたい、死にたくない、まだ終わりたくない。
 泥水をすすってでも、どんなに無様な姿を晒しても、
諦められない。許せない、殺したくて殺したくて、苦しみの果てに殺したくてたまらない。

 あの女に関わる全てを殺し尽くす。
あの女を手助けした奴らも全て殺し尽くす。

「……近寄るなですっ!!」

「『あらら、オレ様、そんなこと言われたら傷ついちまうよぉ。シクシクシクシク』」

ニタニタと笑う目の前の悪魔が憎い。
 こいつもあの女に加担したものだ。
八つ裂きにしてやりたい、火炙りにしてやりたい、噛み殺してやりたい、溺死させてやりたい、縊り殺してやりたい。

苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、一筋の光も差し込む余地のない絶望の檻のなかで惨たらしく死んでほしい。いや、この手で殺したい。

ほとんど意味がないと知りつつ、近くに落ちている礫を投げつけ、手頃なものがなくなれば砂を掴んで投げつけた。

憎い、憎い、すべてが憎い。
こんな状況を生み出したすべてが憎い。

それでも、どんなに悔しくてもその理不尽は迫りくる。

「が、うっ、あっ…!!」

 近づいた悪魔は髪を掴むと、嬉しそうにぺろりと唇を舐めた。
振り払おうにも、その力は強く、逃げることができない。

「『安心しな。体はいろいろ使うって言うから大きな傷は付けねぇからよ。魂だけ吸い出して悪魔の毒で心臓を止めてやるさ』」

「は、なせ、化物っ、お前も絶対、シュリアが殺してやる、ですっ」

 髪を掴む手に必死に爪を立てる。
こいつに痛みを与えられるなら、爪が剥がれても構わない。

「『クハハッ、こんな極上物の魂は何時ぶりかねぇ。安心しな、寂しくないようにそこの出来損ないのアンデットも一緒に魔力に変えて食ってやるから』」

「っ!? やめ……っ!!」

「『悪魔の晩餐(デモンズ・アブソープ)』」

悪魔が手を伸ばした先には、母様とシェルミーだったもの。
目の前の悪魔が何事かつぶやいたと思うと、爆散したというのが正しく当てはまるようにして、まるでそれだけ人間と同じような赤い血液を撒き散らす。
その後、まるで黒い霧になるようにして分解され、大きく開いた悪魔の口に吸い込まれて消えてしまった。

「この、クソ野郎ですっ、よくも、よくもっ!!」

「『おやおや、さっきは後ずさってたくせにショック受けちゃったのか? んん~?』」

ケタケタと目の前で悪魔が笑う。

「『大丈夫だぁよぉ、直ぐにオレ様の胃の中で一緒になれるから』」

悔しさに、怒りで吹き飛んだ涙が再び滲む。
なんでですか、どうしてですか。
何度も浮かび上がった言葉が千切れるように声を上げる。

シュリアは何も悪いことなんてしてないのに、どうして、こんなことになるんですか。

「こんな終わり方は、あんまりです……」

 きっと、自分もまた母様やシェルミーのように、死んだ後すらいいようにあの女に使われ続けるのだろう。

実験の材料か、この目を材料に魔道具を作るのか、母様やシェルミーと同じくアンデットにされて使役されるのか。

死ぬことよりもずっとそのことが悔しくて悔しくてたまらなかった。

 いつから間違えてしまったのか。
どこから狂ってしまったのか。
なにから裏切られたのか。

「『ではでは、今度こそ食事をさせていただきましょうかね、うひ、ウヒヒヒッ!!』」

目の前の悪魔に、笑みを浮かべるユーミス姉様の顔がダブって見えた。

『あなたがシュリア? 始めまして、私はユーミス。あなたのお姉さんよ』

それは、初めてユーミス姉様と出会った日の笑顔。

(あぁ、もし、あの日に戻れるなら……)

「……絶対、絶対に殺してやるのに」



「やれやれ、ここまで一緒だと本当に気分が悪くなるな。クソ面白くもない」



「え……?」

 ガシャンッと牢屋の格子が切り取られて地面に転がる音がしたあと、目の前に閃の軌跡が走る。
目前にあった悪魔の手が断ち切られ、地面にぼとりっ、と落ちた。

目の前に現れたのは、黒髪と黒目の剣士姿の少年。
けれど、『緋の瞳』で見たその姿は魔力で作られた体でなく確かな実態を持って見える。

「カイト、さん……?」

「おう、しばらくぶりだなシュリア。約束通り、また会っただろ?」

だから、思わず出てしまった疑問符に、答えるようにして目の前の少年は言う。

「『なんだね、君は。突然現れて失礼な人間だな、何者なんだ?』」

 悪魔の問いかけに、カイトさんがすぐに前を向き直った。

「何者か? そうだな、『問われて名乗るもおこがましいがー……』とか定番のセリフも言ってみたいけどさ、今日は本当の立場で勧誘に来てるからな」

その手に握るのは青銀の刃。
握りの鍔からなびく2本の赤い紐の先に、オレンジ色の丸い綿毛が付いている。

「俺はな、お前を呼び出した女を徹底的に甚振って殺すために、遠路はるばるやってきた」

 カイトさんが壮絶と言っていいほど燃え滾るような暗い笑みを浮かべ、手にした刃の切っ先を悪魔へと向けた。

「……――アホで間抜けな、『二度目の復讐者』だよ」

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