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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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第19話 それはだれかの世界が裏返る日 1

 そう、だからそれは、世界が裏返った日のこと。

いつもと何も変わらない、高い空に太陽が明るく登った日のこと。

小さなあくびをして、緋色の目をこすって、小鳥のさえずりの声を聞いた日のこと。

きっと、その他大勢の人達にとってなんということもない平穏だった日のこと。

やけに長い夕暮れに、墨色が混じった朱色の光に街が照らされた日のこと。

その日のことを、きっと死んだ後でも忘れない。

            ☆


「カイトさん、今日も来なかったのです」

 部屋のお風呂に入り、肩どころか首の上まで深く沈んで口からぶくぶくと息を吐く。

 あれから、精霊さん、カイトさんが突然扉をすり抜けて現れてから4日が過ぎましたです。

 あの日は本当にびっくりした。まさか、本当の精霊さんに会える日が来るなんて思わなかったのです。
昔、もっと小さい頃に母様が聞かせてくれた童話の中では、ハーフエルフの少女と人形に宿った光の精霊さんがいつも一緒に暮らしていた。毎日に降りかかるちょっとした問題を頭を悩ませながら、最後まで仲良く共に暮らして話は終わる。
もちろん、それはおとぎ話の中のお話なのです。シュリアはハーフエルフじゃなくて、エルフの血が先祖返りしただけの人族だし、そんなふうにずっと一緒に精霊さんと生活を送りたいわけではないのです。
 ただ、実際にあってお話してみたいとはずっと思っていたです。そして出来ればお友達になりたいとも。

「……やっぱり、馴れ馴れしすぎたかもなのです」

精霊はそのほとんどが気まぐれで気難しく、滅多に人前に姿を現したりはしないそうです。
たとえ気まぐれに姿を隠したままで人里に現れても、シュリアが持っているような『緋の瞳』でもないと、魔力の塊である精霊さんの姿は見えないらしい。
それこそ、自分から姿を見せようとしない限り、普通に町で暮らす人間はその姿を見ることはなく一生を終えるのが普通だという話でした。

「……今度会ったとき、ちゃんとお友達になってくださいってお願いするのです」

この世界には精霊さんを呼び出せるとてもアイテムがあるらしいです、でも、一般人ではそもそも実物を見ることすらできないくらいにとても高価で希少なものらしいです。
姉様はそのうちの一つを持っているらしいですけど、『繊細なものだから』と流石に見せてもらえなかったです。

(もっと楽しいお話すれば良かったのかもです、でも、あまり長くお話するのは得意じゃないです)

 お湯でチャプチャプと遊びながら、考える。
精霊さんの実物を見たのは初めてだから、最初は幽霊さんかとも思ったけど、シュリアが触れたってことは、実体化できるってことです。
っていうことはやっぱり精霊さんのはずです。

「次はもっと、楽しい話題を用意しておくです」

 ザバァッ、とお湯から上がって体を拭くと、用意されている寝巻きに着替え、タオルで挟むようにして濡れた髪から水分を拭き取る。

 備え付けの水差しからコップに一杯の水を注ぐと、両手でコップを持ってくいくいっ、と3回で一気に飲み干す。
最後まで一息に飲むのは、村にいた頃、小さい頃に隣のおじいさんに教わったお風呂上がりでの作法です。本当は腰に手を当てて片手で飲むですけど、シュリアには母様に見せたら叱られて以来、こうしています。

そうして程良く温まった体のまま、ゆっくりと布団の中に入った。
ユーミス姉様によると、魔法が完成するのは本当にあと数日もないらしいです。

 そうしたらこのベットとも、この部屋ともお別れです。ぬいぐるみは持っていってもいいとは言われていますが、やっぱりちょっと寂しいです。でも、その日はつまり、またお母さんとシェルミーと一緒に暮らせるようになる日でもあるです、楽しみです。

「っ、どうしよう、また会いに来てくれてもこの部屋にいなかったらシュリアの居場所が分からなくなっちゃうかもなのです」

 思わず体を起こして考えた。
姉様に言伝を頼むというのも考えたが、そもそも『緋の瞳』を持っていないお姉さまでは、実体化していない精霊さんを見ることはできないです。
それに、精霊さんのことは姉様には内緒の約束なのです。

どうしようか迷った挙句、いい考えも思いつかないままいつの間にかシュリアは寝てしまっていたのです。


            ☆


「シュリア、よく頑張りましたね。ついさきほど、魔法の効果が完成しました」

 それから数日後の朝、部屋にやってきたユーミス姉様は静かな笑みをたたえて言いました。
 姉様から、その日が近いことは聞いていた。だから、『緋の瞳』で見えていた、まとわりつく様な魔力の渦が消えた時も、最初に考えたのは『あぁ、カイトさんには会えないままこの日が来ちゃったです』と、そんなことでした。

「……それじゃあ、外に出ても、もう大丈夫です?」

「ええ、大丈夫ですよ。そうですね、今日は元々自由にして過ごすつもりでしたから、一緒にお出かけしましょうか?」

「……お出かけ、行きたいです」

「なら、決まりですね。ソーリィ、準備はお願いしてもいいですか?」

「かしこまりました、ユーミス様」

 ソーリィさんは一礼して部屋を出て行く。
久しぶりの外を、姉様と一緒にピクニックをして過ごす。とても楽しみです。

「きっと、いい一日になるのです」

「ええ、そうね」

 ユーミス姉様は、いつもの笑みを浮かべてそう返してくれた。


            ☆


 それから、エルミアの街を姉様と買い物に出たです。
初めて来た時は観光する余裕もなかったので、じっくりと街を見て回るのはこれが初めてです。

「すごいです、初めて来た時も思ったですけど、人がいっぱいです、お店もいっぱいなのです」

「ふふっ、そうですね。このエルミアは大きな街ですから、ずっと村で暮らしてたシュリアには凄く見えるでしょうね」

 ユーミス姉様は、普段はかけていないメガネと、深めの帽子を被って変装してるです。シュリアもそれに合わせて、大きめの帽子を被っていますけど、ちょっと前が見えづらくて不便です。

「……姉様、姉様、あれはなんですか?」

「あぁ、火おこしの魔道具ですね。家にも厨房には置いてありますよ」

「あれは?」

「遊戯盤の一つですよ」

 天気のいい空の下、お日様の元気に背中を押されるように露店の商人さんが声を張り上げてるです。
見回すだけで、村のみんなよりもずっと多い人が道を歩いてるです。

「あ……」

「今度はどうしましたか? あぁ、かわいいぬいぐるみですね」

雑多にものが並ぶ露店の一つ、ちょっと大きめのサイズの白い猫のぬいぐるみ。両手にフォークとナイフを持って、ケチャップか何かのシミがついたように見せている前掛けをつけている。
それを見て足を止めてしまったシュリアを見て、姉様はクスクスと笑う。

「おばあさん、このぬいぐるみ、お一ついただけますか?」

「ハイねぇ、大銅貨8枚だよ」

「ありがとうございます。はい、シュリア」

「……いいのです?」

「クスクス、いいもなにも、もう買ってしまいました。貰ってもらえないと私が困ります。はいどうぞ」

 ユーミス姉様、とても優しいです。
 ぬいぐるみも可愛いです、でも、それ以上に姉様の手から直接もらえたことが、シュリアはとても嬉しいのです。

 受け取った猫のぬいぐるみをギュッ、と抱えて小さく笑う。

「そろそろご飯にしましょうか。公園で一緒にソーリィに用意してもらったサンドイッチを食べましょう?」

「はいなのです、ユーミス姉様」

 ユーミス姉様に連れられるまま、やってきたのは綺麗な公園だった。
 買ってきてもらった小説の中では何度も見ましたけど、実際に見たのは初めてです。村にこんなおしゃれなものはなかったです。

公園の中のベンチのひとつに座り、シュリアはユーミス姉様とバスケットから取り出したサンドイッチを仲良く半分ずつにして食べました。
ユーミス姉様とふたりの食事は初めてというわけじゃなかったですけど、今日は特別楽しく感じたです。


           ☆


 お昼が終わったあとも、いろいろなお店を冷やかして回ったです。
楽しい時間は早く過ぎて、気付けば空は夕焼け色に染まっていました。

「あの、ユーミス姉様、シュリアは今日楽しかったです、でも、姉様は退屈しなかったですか?」

「あら、どうして?」

「今日は、本当に楽しかったのです。だから、自分だけが楽しんで、ユーミス姉様のせっかくの休日が台無しになってしまってないかと思ったです」

「そんなことはありません、私も久しぶりにお買い物が出来て楽しかったですよ。それに、今日は3年以上かかった魔法がやっとその効果を十全に発揮し終えた記念すべき日なんですから、気にすることはありません」

ユーミス姉さまそう言うと優しく笑みを浮かべる。

「それじゃあ、そろそろ日も落ちてきたことだし、行くことにしましょうか」

「行く、ですか?」

「ええ、実は、シュリアのお母様と妹のシェルミーちゃんはもうこの街に来ているのよ」

「え……っ!?」

「ふふっ、シュリアを驚かせようと思って黙っていたの。今頃、ソーリィと一緒にあなたを歓迎するパーティの準備を済ませて、今か今かと待っていると思うわ」

(会える……やっと、母様とシェルミーに会えるですっ!!)

 月に一度は手紙のやりとりをしたり、姉様が部屋に様子を見に来てくれたりしたおかげで辛くはなかった。けれど、それでも母様とシェルミーに会えない日々は寂しかった。

3年、もう3年になるのです。

 初めから数年かかるかもしれないとは言われてはいましたです。でも、実際の3年はとても長かったです。

「さっ、行きましょう。みんなこれからあなたが住む事になる家で、待っているわ」

「はいなのですっ」

 夕暮れに染まる道を、ユーミス姉様と一緒に歩く。
少しずつ暗くなる街の中、走り出したい気持ちを頑張って抑えて、それでも久しぶりの家族との再会パーティに勝手に胸が躍ったです。

どっちに向かうかもわからないまま、ユーミス姉さまの一歩先を歩いてしまう。
だから、シュリアはその時のユーミス姉様がどんな表情をしていたのか、知らずに歩いていたのです。

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