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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第二章

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第18話 勇者、八つ当たる

(俺の思い違いか……? いやでも、たしかにこの子は緑色の瞳をしてたと思ったんだが……)

 赤い瞳を持っている人間全員が『緋の瞳』の固有スキルを持っているわけではないが、『緋の瞳』を持っている人間は全員紅い瞳をしている。
つまり、生まれながらの能力である固有能力『緋の瞳』を持っている以上、緑色の瞳ということはありえない。

だが、記憶の中の少女は確かに緑色の瞳をしている。初めて10や20じゃ聞かない大群と交戦したこの町の出来事は、今でもよく覚えている。中でもユーミスの妹でエルフの姿を持った少女など、そうそう忘れるものではない。
 【八目の透本剣】で一度目の時のデータを見直せれば確信が持てるのだが、残念ながらそもそも【八目の透本剣】を獲得したのは旅も中盤に差し掛かった頃のこと。あとで確認しようにもこの少女のデータはないはずだった。

(とりあえず、すぐに大騒ぎされるって感じじゃなさそうだ)

 逃げ出そうと反射的に思ったが、その少女の態度を見て考えを変える。

 ここは確実にユーミスの急所だ。
半分勘のようなものだが、俺が一度目に見てこなかったユーミスの側面がきっとここにある。

(とはいえ、ここからどうするかが問題なんだが……)

「安心してくれ、怪しもんじゃない……、って言っても信じられないだろうけど」

 声を出すには実体が必要なので、霊体の魔力をさらに変質させて擬似的な体を作り出す。もちろん、俺の体の本体は今も宿のベッドの上にあるのであくまで仮初の体であり、基本はただの魔力体なので強度は並みの人以下だ。

『緋の瞳』で見えるだろう俺の姿は相変わらずでも変わらないだろうが、きちんと声を交わせるだけで不気味さも減るものだ。とにかく、この部屋の正体と、この子が何故こんな状況になっているのかを調べる時間が欲しい。

「……幽霊さん、じゃないです、本物の精霊です?」

「えっ? あ、いやちょっとっ!?」

 何が少女の琴線に触れたのかはわからないが、カタッと椅子から立ち上がったと思うと、ズンズンズンッこちらに向かって寄ってきた。
 あんまり表情は変わっていないが、醸し出すオーラが興味津々といった感じを出している。

「すごいです、精霊さんなんて森でも見たことなかったです。こんなところで会えるなんて……」

 何か憧れの人に会った小学生の女の子みたいになっていた。目の中で星が飛んでいるように見える。

「シュリア、精霊さんにあったら聞きたかったことがたくさんあるです。普段は一体どこに住んでるです? やっぱり街の外の森にいるです? ご飯は何を食べてるんです?」

「はっ? いや、そうじゃなくて、俺は精霊なんかじゃ」

(なんだこれっ、どうなってるんだよ本当に。俺の記憶力ってここまでポンコツだったか?)

 記憶にあるのは声をかけてもピクリとも表情を変えず、『はい』とか『いいえ』とか、返事も最低限の言葉しか返さない少女。
何度か話したことはあったが、自分から何か話しかけてくることはついぞ一度もなかった。
まるで人形のようだと思ったのをいまでも覚えている。

 それが、この態度はどうだ。
あまり声を張らないところや、やや平坦な口調など面影もあるが、どう考えても行動が感情を動かさない少女という印象にそぐわない。

いや、俺のことを精霊と勘違いしているのなら、精霊さん大好きでその話だけ饒舌になる子という可能性もないではないが。

「えと、それから、あのっ」

「いいからちょっと落ち着け……、って、あ」

「ひゃっ」

 興奮した少女が、おそらくほとんど無意識で掴んだ俺の腕が千切れる。
もともと発泡スチロールぐらいの強さしかない体で、動揺して結合の強度が下がってしまったことが原因だろう。

「ぴっ、ぱっ、ぴゅぅ……」

「おーい、大丈夫か?」

仮初の体なので特に痛みがあるわけでもないし、すぐに再構築出来るので問題はないのだが、目の前の少女は驚いて口から魂が抜けた感じになっていた。

目の前で腕を再構成すると、大丈夫だと示すように少女の目の前で手を振った。だが、

「ぽーっ……」

「だめだこりゃ」

 俺は一つため息をつくと少女が意識を取り戻すの待つのだった。


          ☆


結局、少女が意識を取り戻したのはたっぷり数分経ってからだった。
窓際ではなく部屋の中央に会ったテーブルに向かい合うような形で座っている。

「……ごめんなさいです、お恥ずかしいところをお見せましたです……。シュリア、シュリアって言います。さっきの手、大丈夫でしたか?」

「大丈夫だよ、見えてるだろうけど基本的に魔力でできた体だから」

「……精霊さん、すごいです」

「あぁ、もうそれでいいや」

 精霊さんってことにしておいたほうが、この子、シュリアから話を聞き出しやすそうだ。
 元の世界の知り合いの神父さんあたりを思い出して、話し方も少しそれっぽくしてみるか。

「……精霊さんは、どうしてここに? 何か用事でもあったです?」

「少し君に……」

「シュリアです。シュリアって呼んでくださいです」

「……シュリアに聞きたいことがあってね。シュリアの瞳なら、この部屋に張られた魔法陣のことも、その対象が君になっていることもわかっているだろう?」

 少女がぼーっと魂が抜けている間に、この部屋の魔法陣には相当量の魔力を込めて鑑定をかけた。
結果、表示されたのは、これだ。

===============================

 【六色魔移の呪刻陣】

 呪刻陣の張られた範囲内に、対象を留めておくことで、対象から火・水・風・土・光・闇の魔法スキルの熟練度と、魔法適性を別対象に付与することができる。
進行が50%を超えたところで移った熟練度と適性値は付与対象に定着する。なお、効果対象者と付与対象者には血縁者クラスの魂の相性が必要となる。

 効果対象者:シュリア 付与対象者:ユーミス=エルミア

 《呪刻進行度》 96% (100%まで残り7日)

===============================

かなりえぐい効果を持った呪刻陣だ。
スキルの熟練度以外に魔法適性も奪われている。つまり、奪われたまま定着してしまったら再び魔法の力を育て直すこともできなくなるというわけだ。

実質上、生涯魔法を使えなくするのに等しい。

もう一段深く鑑定をかけて魔法適性を覗いてみれば、属性魔法の適性が高いエルフの血を引いているはずなのに、もうほとんど6つの魔法適性は失われかけていた。
 ステータスにあった少しだけ残った魔法スキルもレベルから考えればもっと高かったはずだ。

魂と深く結びついた魔法適性やスキルを奪う、このタイプの契約呪印は進行にかなりの時間がかかる。
ここまで進行しているということは、相当長いあいだこのシュリアという少女はこの部屋から出ていないことになる。

「これはユーミス姉様にシュリアの魔法の才能を渡すための魔法陣です。世の中にはシュリアの知らないことがたくさんあるです」

(そりゃあ、魔族でも一部しか使えない向こうの秘技の一つだからな。早々一般人が知ってるもんじゃない。だけど……)

 魔力を直接目で捉える『緋の瞳』の持ち主だと、絶え間なく自分から抜け落ちていく魔力の才能を直接見ることになる。
【心火の霊剣】のパッシブ効果で俺にも『緋の瞳』のように魔力を直接見ることができるようになったが、この様子を見続けるのは嬉しいものではないだろう。

「何のためにそんなことを……?」

「シェルミー、妹が病に掛かったです。それを直すのに高い魔法薬が必要で、シュリアはその魔法薬の対価に魔法の才能をユーミス姉様に譲ることにしたです」

(妹? あいつにまだ姉妹がいたのか?)

「へぇ、でも、どうして君がそんな対価を? 君とそのシェルミーは姉妹なんだろう? その子もユーミスの妹ということになるんじゃないのかい?」

「シュリアとシェルミーは、姉様と半分しか血が繋がってないです、それでずっと別々に育ってきたです。血が繋がってるだけでたくさんのお金をただで貰うような真似はできなかったです」

「君はそれでよかったのかい?」

「はいです。魔法が使えなくなるのは残念です、けど、魔法薬を貰う他に家族が一生暮らせるだけの金額も貰えます。もともと、魔法は生活していくための手段でしかないです」

 それに、とシュリアは話を続けた。

「姉様は、シュリアがあげた才能で夢に近づくと言ってたです。ユーミス姉様の夢のためにシュリアの魔法の才能が役に立つなら、それは嬉しいです」

「そうか、君はお姉さんが好きなんだね?」

「はい、大好きです。姉様は凄いです、努力家で、シュリアより少し年上なだけなのに領主の仕事まで……」

 ためらいなくユーミスが好きだと言って、ほんの少しだけ微笑んだシュリアは、あまり変わらない表情を補って有り余るほど誇らしげにユーミスのことを褒め始める。

 その様子を見て微笑んでみせながら、耳にシャッタ-を下ろす。完全に右から左へ素通りさせ、その後ろで空々しい冷たい計算が回し出す。

(魔道具の研究を進めるために、エルフの先祖返りの妹から魔法の才能を奪ったわけか。その代わりにシュリアの妹の治療に使う魔法薬を与えて、生活の糧を奪う代わりに相応の金銭も与える……)

 なるほど、それでユーミスの魔法に対する適性が人族としては異常な程に高かったわけだ。

 そこだけを見ればなんということもない話だ。ユーミスの才能の根源が分かっただけで、ここまで進んだ呪いをどうこうすることはできない。だが、この話はそれだけでは終わらない。

一つは、ユーミスがこの呪刻陣をどうやって知り、そして発動させたのか。

二つは、目の前にいるシュリアという少女と、記憶の中にあるユーミスの妹・シュリアに感じる齟齬。

主観による思い込みと言ってしまえばそれまでだが、どうにも違和感が付きまとう。少なくとも、記憶の中のシュリアはこんなに感情がはっきりしている感じはしなかった。
だが、今は、相変わらず感情表現は控えめだったが、感情自体ははっきりとしているように見える。

この、喉に小骨が突き刺さっているような不快感は、もう少しでいろんなものが繋がりそうな、そんなもどかしさだ。

「『―――…リア、元気にしていますか?』」

「って、あれ、です?」

 と、その時だった。
何かの声が聞こえてきたのは。

(ん、あれは……)

 音源を探して振り返ると、窓際の机の上に置かれた一つの便箋だった。この部屋に入ったとき、シュリアが封を開いていたものだ。

水色に染まった便箋とエルミア侯爵家の家紋の入った便箋は、事前に込めた音声を便箋の表面を撫でることで、好きな時に再生できる音声再生機能付きのものだったはずだ。

「あぁ、花が落ちて手紙の上に乗ったです」

 見てみれば窓際に置かれた鉢植えの紫色と黄色の綺麗な花が、首から落ちて手紙の上に乗っていた。
おそらくそのせいで手紙に記録された音声が再生されたのだろう。

「『こちらの村では今年もあなたの花壇の夕凪の花が咲きました。元気になったシュルミーが毎日お世話をしたおかげでキレイに花を咲かせています』」

(なんだ、なんか気持ちわるいな)

「これは、君のお母さんかい?」

 聴こえてくるのは妙齢の女性の声、ただ、微妙に違和感を感じる声で、それもどこかで聞いたことがあるような感じだった。

「はいです、あ、こっちは妹のシュルミーです」

「『お姉ちゃん、元気ですか? 病気はしてませんか? お腹を出して寝たりしてませんか? 私はすっかり元気になりました。お姉ちゃんは大丈夫って行ったけど、口下手だから本当にちゃんと馴染めてるか心配です。お姉ちゃんが育てていた花壇は今は私がお世話しています。もうすぐまた会えるって聞きました。会える日がとっても楽しみです』」

「……シュルミー、シュリア、お姉さんなのに、馬鹿にしすぎです」

「あはは、いい妹さんだな」

恥ずかしがる時も、ほんの少しだけ顔を赤くするシュリアを見ながら、思わず自分も元の世界の妹のことを思い出す。
俺の妹様は、俺よりもずっとしっかりもので、この手紙の少女がしていたように小うるさく俺のことを注意してくれた。

ただ、感傷に浸るのとは裏腹に、やはりこちらの声もどうにも引っかかる部分がある。
響いてきたのは確かに先ほどの女性よりも高い声の少女のものだった。だが、こちらもその妙な感じがまとわりつく。

(……わかった、声に全く感情が乗ってないんだ)

分かりやすく棒読みというわけじゃなかったが、声の調子に全く波がない。普通に話していれば声につくはずの抑揚が不自然なほど存在していない。
常に一定の調子の声、まるで機械がしゃべっている様に聞こえる。そう、まるで、記憶の中にあるシュリアと似たような声が……。

そして、それが意味するところにたどり着いた瞬間、自分の頭の中でカチリと何かがハマる音がした。
ギュルギュルと音を立てながら一つの仮説が組みあがっていく。

(……っはは、これ、まさかそういうことか? 何も知らないんじゃ、この手紙のことだってそういうものなんだの一言で騙せるもんな)

 シュリアも、この声の調子が普段の家族のものと比べて変だと分かっても、そういうものなんだと教えられれば信じてしまうだろう。お優しいユーミス姉様の言うことなんだとしたらなおさらだ。

(契約呪印の方は……、ああ、アレ(・・)を使ったのか、アイツラのも元は悪魔から取り込んだ魔力だったらしいしな。代価は、まず間違いなく……。あとはその後にユーミスがしそうなことを考えれば、全部説明がつく)

 ふと、形を成した想像にめまいがした。

(…………あぁ、またこれか)

 それは、ぐるりと世界が回る感覚。
出来上がった絵は他人事だというのに、余りにも俺に似すぎていて、いつも必死に抑えている暗い炎に、コールタールのようなドロリとした油が注ぎ込まれる。

「ひとついいか?」

「…………?」

 いつの間にか再生が終わっていたらしい手紙を、窓際の机に行って大切そうにそっとしまうシュリアに話しかける。

「さっき、手紙に落ちた花、もしかしてさっきの手紙で言っていた、君が手入れをしてたっていう花壇の花か?」

「です。とっても生命力の強い花です。あんまり数は増えないですけど」

「そうか、綺麗な花だよな」

 それだけ言うと、俺はテーブルの椅子から立ち上がった。

「そろそろ俺は行くよ。俺のことはくれぐれも秘密にして欲しいんだ。本当はこうやって君と話すのもあんまり良くはないんだ」

「そ、そうなんです? 分かりました、秘密です!!」

 シュリアはグッ、と拳を握って、初めて俺が姿を見せた時と同様、表情を変えずに目をキラキラさせるという器用なことをしながら、約束してくれる。
これならユーミスに俺のことを話すということもないだろう。

「あのっ、精霊さんの名前を聞いてもいいです?」

「ん、構わないよ。俺の名前は海人だ」

「カイトさん……、あの、また会えますですか?」

「あぁ、きっとまた出会えるよ」

 そう言って体を霊体に戻し、俺はその場で【心火の霊剣】の効果を解いた。


         ☆


「あぁ、本当にクズばっかりだよ。この世界」

転移を使ったときと似たような不思議な浮遊感を味わった後に宿のベッドで寝ていた体へと意識が戻る。ミナリスはまだ帰ってきていないようだった。

「はぁ、行くか」

 グラグラと燃えたぎるような熱。
ちょうど今の時期ならこの感情を、はっきりとただの八つ当たりをぶつけるのにちょうどいい相手がいる。
本当は2,3日後に、ミナリスを誘って、経験値稼ぎついでに大群相手の戦闘の経験を積んでもらおうと考えていたのだが、まぁ、今回は縁がなかったと思ってもらおう。

 どうせ最後は奥の手を試そうと思っていたのだ。ユーミスを相手にするのに、今のスペックでどれほどの力が発揮できるのかは確認しておく必要がある。それに……。

……あぁ、ダメだ。

合理的だなんて考えられる理由なんて、これ以上こじつけられない。

今はただ、すぐにでも理不尽に暴れまわりたくて仕方がない。今の俺にあるのはそうして行き場を失った熱だけだ。

「んくんくっ、ぷはっ」

【心火の霊剣】を使ったことで減ってしまったMPを、ポーションを飲んで回復しながら、宿を出て、先日も潜った東の門をくぐる。

 途中、人の流れから外れ、森へと続く道を一人歩く。

本当はまだ、こんなことをする暇があったらほかの場所を調べるべきだと理性が告げていた。
ほぼ確実だろう思っていても仮説の裏付けを取る必要があると頭ではわかっていた。

 だが、今ユーミスの顔を見てしまったら自分を抑えきれる確信が持てなかった。

「おーいるいる。ストレス発散がてら、奥の手(・・・)を試すのにはちょうどいいな。」

森の前に立って軽く気配をみれば、先日バルカスたちを襲ったときとはさらに比較にならない密度で森の中に魔物が蠢いていた。

数日後には森から溢れ出るというのも納得できる話だ。
口の端が自然と釣り上がる。
この理不尽な怒りをぶつける的は多ければ多いほどいい。

 何気ない調子で森の中に足を踏み入れると、10歩もしないうちにゴブリンが2体襲いかかってきた。
それを右手に【始まりの心剣】、左手に【翠緑の晶剣】を呼び出すと同時に、二体を骨ごと両断する。
 
「「グギャラッ!?」」

「済まないな、別にお前らに恨みがあるわけじゃないんだけど」

【翠緑の晶剣】を飾り紐で腰に固定し、左手には【復讐の聖剣】を握り締める。

「グギョッ!!」「ブラァッ!?」「キュヒ!?」「ゴギュアッ!!」「ボルォウ」「ギャンッ!?」

「どうにも収まりがつかないんだ。だけどさ、こんな情けないとこ、共犯者には見せられないし」

わざわざ向こうから襲いかかってきてくれる魔物を撫で斬りにしながら、瞬きの間に地を駆け、周囲の魔物を殲滅していく。
森の中は魔物たちの断末魔が絶え間なく重なり続け、段々と耳が馬鹿になり始めていた。

「だからさ、悪いんだけど」

 森に入ってからほんの数分で、森の浅い部分まで押し寄せていたほとんどの魔物を駆逐してしまった。
 魔物を殲滅して回りながら、少し開けた場所に集まる多くの気配がする群れへと近づいていく。

多くの魔物が集まったそこは、大人数がキャンプするために切り開かれた場所のようで、大きめの体育館くらいの広さがあった。

レッドキャップ、グリーンボア、ホブゴブリン、ソードゴブリン、グレイガルム、オーク、トロール。
ギラギラとこちらに敵意と恐怖を向ける魔物たちの数は、ゆうに100近くに上っているだろう。
ああ、これだけいれば、本当に思う存分本気で戦える。

「んくっ、くっ、はぁ」

 最後にもう一度MPポーションを一気に飲み干し、空の瓶を投げ捨てた。

「グギャッ!?」「グギュッ!!」「ゴギャッ!!」

 何も考えずに思いっきり地面を蹴り、群れの集団の先頭で少しだけ突出していたゴブリンを3匹をまとめて貫く。
一気に剣を引き抜くと、その血を地面へと払った。

「お前ら、俺の八つ当たりで死んでくれよ」

 そう言って俺は戦闘の意識も、リミッターを外した体のギアも、全力のもう一歩上へと押し上げた。


           ☆


「クハッ!! アハハハッハハッ!!」

 一欠けらの慈悲も無く剣が舞い、頭が跳ね、血が飛び、心臓を貫かれ、首がへし曲がっていく。

「死ねっ、あぁ、気分がいい!! 最高だっ!!」

頭に上りあがる血が思考を沸騰させる。
 酒に酔ったような酩酊感と高揚感が頭の中を洗い流していく。
闘争本能に集約する感情に、思考が殺戮のみに特化されていく。

殺して楽しいと思っていい相手の存在がとても愛おしく感じた。

「クハッ、アハハハハっ!!」

 意識しなくても狂ったように笑い声が出る。
それは、まさに正しく蹂躙と呼べるものだった。

必要最小限の殺し方などしていない。
急所を狙うこともなく、ただ目についた瞬間にリミッターを振り切った力任せの一撃で屠る。

 5分と経たないうちに倒れ伏した魔物の死体が山となり、地面が魔物たちの血でぬかるみ始めた。
そして、その頃にはもう、その場で息をしているのは俺だけになっていた。

「はぁ、はぁ、ふーぅっ……」

周りに生きている気配が消えた後、深くため息を付く。
そして、吐き出した熱のあとに残るはくすぶる火種とどうしようもなく大きな虚無感。

「どうして、いつだって気付くのはどうしようもなくなってからなんだろうなぁ」

ぽつりと、言葉が溢れる。

(なぁ、レティシア。お前が言った通り、この世界は作り物なんかじゃない。綺麗なものだってあって、でも、それよりもずっと、生々しくて汚い奴が蔓延ってるよ)

固く握り締めた手のひらに指先の爪が食い込んで血が滲む。

 この感傷は最低な欺瞞だ。わかっている。
たとえどうにかなる段階だったとして、俺は復讐に有利になるように行動を選んだだろうに。

なのに、自分の復讐に邪魔にならないから、勝手に同情して、勝手に自分と重ね合わせて、勝手に溜め込んでいた不満を口にだす。

「…………なんで、いつも取り返せないところからなんだよ」

 それは、考えても仕方がないとずっと封じ込めてきた不満。ただの言いがかりと、ダダをこねる子供のようだと、自分でも理解していて、それでも理解したくなかった考え。

…………二度目のやり直しが効くなら、どうして召喚直後に戻すのか。

そこからじゃあ、もう取り戻せないのに。
もう失ってしまった後なのに。

「ははっ、情けねぇ」

復讐をできるこの二度目の世界が奇跡のような世界だと分かっている。

世界は自分のためになんて回っていない。物事はいつもこちらの都合なんて知らない顔して世界を回す。
この二度目の世界だって、俺の気持ちには何も関わりがない。
俺が復讐を誓ったからでも、やり直したいと願ったからでもない。

どっかの女神様とやらがかけた保険のおかげで、そこに俺の気持ちは何一つ関わっていない。

けど、どうしようもなく考えてしまう、どこまでも情けない、理不尽さを嘆くだけの想い。

 だから、この怒りはただの八つ当たりだ。
思うだけで口に出せなかった、俺の一番弱い部分が、もうどうにもならないところまで来てしまっている少女の現状に刺激されただけのこと。

「本当、格好悪すぎて誰にも見せられねぇな」

失ってしまった日々が恋しくて恋しくてたまらなくて、未練たらたらに泣き叫びそうな姿なんて、誰にも見せることはできない。

どう考えてもそれは、復讐者にあるべき姿ではないのだから。

「殺す。何があっても殺す。あいつらの全てを踏みにじって、全員殺してやる」

だから、今俺が考えることはただそれひとつ。
 結局、俺が選ぶのはそれなのだ。それで満たされていれば構わない。

 これで最後と吐き出した弱音が、燃える復讐心から不純物を取り除く。
後に残るのは暗く汚れた復讐の冷たい火。

心のうちによみがえる、全員殺すと決めた誓いの炎。
獲物は、すぐそこまで来ている。感傷に浸るなんて無駄な時間はいらない。

…………苦しめて、苦しめて、ジリジリと削り取るように痛めつけた後、一息に絶望させて殺す。

復讐を実行するときは、心に抱えるのは復讐心だけでいい。復讐の蜜は甘く、きっと余所見を許さないほど嫉妬深いから。

「はぁ、少しは落ち着いたか」

 色々と感情を吐き出したおかげで、頭の底がグラつくような不快感と怒りは多少は底に沈めることができた。

「っと、ハハハッ、なんかもういっそ、ここまで来ると笑えてくるな」

 何も考えずにただひたすらに魔物をぶった斬って回ったせいで、体中が返り血にまみれて大変なことになっていた。
夢中で剣を奮っている間は気づかなかったが、派手にまとわりついた血は気持ち悪いの一言に尽きた。

 MPはまだ三割ぐらい残っている。だが、急激な速度でMPを消耗したせいでかなり深くMP酔いに犯されている。普段は嫌がっている感覚だが、熱に浮かされたような感覚が今はどこか心地いい。

(今使えるほぼ奥の手を使ったのに、思ったよりは殲滅に時間がかかったな。やっぱり最盛期とは比べ物にならないか)

そんなことを考えながら、とにかく早くこの血を落としたいという欲求そのままに、丸袋から取り出した非常用の飲み水の樽を頭上で割ってザアッ、と体に纏わりついた血を洗い流す。

肌を伝う水に、シュリアに聞かれたことを思い出す。

『カイトさん……、あの、また会えますか?』

「あぁ、そうさ、また絶対に会う事になる」

体中を貫く針の海に溺れるような、あの裏返った世界の底で。
…………望むのならば、外道の先への先導をしよう。
それこそおとぎ話の悪魔のように。

「……さてと」

 体から滴り落ちる水を体を震わせて飛ばすと、一度大きく背伸びして、首を鳴らして肩を落とした。

「それにしても腹減ったぁ。疲れたぁ、だるいぃ」

 今にも盛大に鳴りそうなお腹をさすり、口から愚痴を垂れ流す。

おそらくいまの時刻は3時のおやつというにはそこそこ早いぐらいの時間だろう。昼はかなりガッツリと食事を取ったのに、朝から何も食べていないような空腹感が襲ってくる。

 この方法を使うと、MP酔いになりやすい上にかなりの疲労と、それから死ぬほど腹が減るのだ。

 辺りが血に染まっているのにも構わず、丸袋からとにかくすぐ食べられる干し肉にそのままかじりつく。
 かろうじてそのままにしておくわけにもいかないという理性を働かせて、呼び出したスラ吉に死体を残さず平らげておくように告げておいた。血の匂いは消せないが、そっちはどうしようもない。

もうそこにいる理由もないので、とにかくしばらく休憩しようと、干し肉を次々と噛みちぎりながら、血の匂いの届かないところまで歩いていくのだった。
+注意+
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