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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第一章 

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第24話 勇者の絶望の夢 2

 転移魔法の効果が表れた瞬間、ほとんど直感に頼った反射で非常防衛手段である【護封の絶剣】に魔力を注いだ。

 コンマ何秒かの差で降り注いだのは大量の魔法。

 引き伸ばされた思考速度が、降り注ぐ一つ一つを詳細に見せる。

 燃え盛る炎球が、鋭く尖った氷のつららが、目に見えない鋭い風刃が、押しつぶすような岩の塊が、槍の形をした光弾が、手のような形をした影のような闇が。

 百を軽く超える数の殺気のこもった魔法から感じる魔力は、どこかで感じたことがあるものだ。

【天邪鬼の鏡剣】での変装を解いて戦闘態勢を整える。
 舞い上がる粉塵と飛び散る礫が収まった先にいるのは、実戦でいくつもの傷跡を作った、200人を超える強面の騎士たち。戦場を知り、俺に戦場の基礎を教えてくれた騎士たちと、それを束ねる騎士団長、そして、不満げに顔を歪ませ、魔法の余波にその白銀の髪を揺らしたアレシア王女の姿。

「本当、馬鹿の癖に頑丈だと本当に手に負えませんわね」

 周りに素早く視線を回せばそこは覚えのあるコロシアム型のドームの中央、魔王に挑む前の旅の途中で攻略した楓雅遺跡の最奥の守護者の間。

 とっくに守護者が復活していておかしくないはずだが、そうではないところを見ると再び倒されたのだろう。証拠に、王女の背にあるダンジョンコアがその魔力を込めた輝きを失っている。こいつらがやったのか、それとも冒険者でも雇ったのかは知らないが、ここのボスの攻略には騎士団の力も借りた。弱点も攻略の仕方も知っていれば、こいつらなら倒すのは容易かっただろう。

「……っ、アレシア、お前も俺を裏切ったのかっ!!」

「裏切るぅ? 違いますわ、裏切るっていうのは味方に対して使う言葉ですのよ? 最初から味方なんかじゃなかったのですから、裏切ってなんていませんわ。だって、このわたくしが異世界人の味方になるなんて、そんな鳥肌がたつような真似をするわけがないでしょう? あぁ気持ち悪い、ようやく演技も終わりですのね」

 そう言ってアレシアが嬉しそうに笑う。
 それは一点の曇りもない本当の笑顔だった。

「本当、あとは貴方が死んでくれればそれで全部おしまいですのに。まるでドブネズミですわ。まぁ、それもこれで終わりですけれども」

「アレシア……、お前……」

「この場所では転移系の力は発動できないでしょう? 町ではありませんから周りの被害を気にする必要もありません。いくらあなたでも、出入り口を抑えられ、この人数に囲まれて逃げ出せるとは思わないことです」

 アレシアの言う通りだった。『守護者の間』では転移系の力を発動(・・)することができない。転移で入ることはできても出ることはできないのだ。移動系のスキルを駆使したところで、これだけの数の本当の精鋭と言える騎士たちを相手に、たった一つの出入り口を目指すのは俺でも無理だ。

 雑兵や経験不足の騎士も併せて揃えてきたならその芽もあったが、ここには本物しかいない。囲む包囲を切り崩す隙が、ない。

「本当、貴方がバカで助かりましたわ。簡単に騙されてくれて、そんなことだからスラムに落ちそうな平民にさえ騙されるのですよ」

「な、に……、まさかっ!!」

「ええ、この町にあなたが訪れたときから、情報はこちらに流れてきていましたのよ? たかだか金貨の2,3枚程度でとても饒舌に話を聞かせてくれました」

「……っ」

 『今度は私たちが貴方を助ける番だ』

 『恩人に報いるのは当然だ』

 そう言っていた人たちの姿が脳裏に浮かぶ。彼らもまた、俺を裏切ったのか。

「……ちくしょう、なんでそんなに簡単に裏切れるんだ」

 感じるのは裏切られた怒り。そして、自分自身への失望。

 なぜ不審に思わなかったのか、この町に来てまだ2日だ。
 よそ者が少ないというわけもない、人の出入りが多い王都で、深いフードをかぶりほとんど姿を晒していないにも拘らず、どこから勇者の姿に似た女がいるなどと言う情報を手に入れたというのか。

 なぜ気が付かなかったのか、隠れ家とはどこのことだ。
 あの部屋は転移魔法が使えるというだけで、あそこから町の中に転移できるということではないというのに。

 これは自分の心の甘さが招いた失態だ。
 終わりのない逃避行に疲れていたせいと言えば嘘じゃない。だが、そうして気を抜いた結果がこの現状だ。

「どうして、どうしてそこまでして俺を殺そうとするっ!!」

「あら、時間稼ぎですか? まぁ、別にかまいませんわ。これでもワタクシ、ドブネズミの割にはよく頑張ってくれたと思っていますのよ? 少しくらいなら、お話に付き合ってあげますわ」

 そう言って初めて見るような嘲りの笑みを浮かべてクスクスと笑う。

 元の世界に帰るまで、約束を果たすまで俺は死ねない。

 どうにか状況を変える隙を探して視線を動かす中、見えるのはアレシアのその姿。
 ………本当に、今まで俺が見てきたのは演技の姿だったのだろう。

「魔王殺しの英雄、そしてそれに見合った力を持つ人間がいては王国にとって非常に都合が悪いのですわ。貴方が生きているだけで、独立や反乱の火種が残ります。ですから、王国のために、その身に民たちの不満を一身に集めてこれまで魔王のために抑圧されてきた不満を一息に晴らす必要があるのですわ」

「そんなことの……」

「と、言うのはお父様やお母様達の建前ですわ。本当の理由は、あなたの存在自体が許容できないからです。あぁ、悍ましい、異世界の化物がワタクシたちと似た姿をし、同じ言葉を話し、この世界で存在している。亜人や獣人も気持ち悪いことこの上ない生き物ですが、それ以上に嫌悪感を感じる存在ですわ。本当に気持ち悪い、ずぅっと吐き気をこらえて接していたのですよ?」

「……っ!!」

 そこにあるのは底冷えするような見下しの視線どころではなかった。
 その目は完全に俺を人として捉えてはいなかった。それは、唾棄すべき汚物や生ごみを見る視線。

 ………心の底から不快に思っていることが伝わってくるような視線だった。

 が、アレシアは眉を寄せたその顔を一転して見慣れた(・・・・)花のような笑顔に変えた。

「でも、いいですわ。これで最後ですもの。ちゃんと約束通りに元の世界への送還魔法についてお教えしてあげますわ」

 そう言ってアレシアは面白そうに笑う。
 急な態度の変わりように思わず戸惑う。

「ああ、もちろん嘘なんて申しませんわ。そうですわね、証明するために『制約の祈り』を発動させましょう」

 『制約の祈り』。
 それは精霊魔法が使える者たちが自らに課す自己証明の手段の一つである。
 制約した内容を偽れば、その者は宣言した代価と共に精霊魔法とその加護を失うこととなる。 

「我、ここに勇者召喚・送還の儀につき、偽らざる真実を語ること我が(かいな)にかけて誓う。『制約の祈り』」

 ぽぅ、と淡い光がアレシアの体を包み、制約が成ったことを示す。
 これで『制約の祈り』の光が彼女を包む間、アレシアは嘘を吐けなくなった。
 勇者召喚・送還の魔法について嘘を吐けばその時点でアレシアの腕が精霊に捧げられて失われることになる。

「さぁ、それではお話ししましょうか」

 そうしてアレシアが王女としては決して見せなかった嗜虐感に満ちた笑みを浮かべる。

 その光景に第六感とも言えるような感覚が警鐘を鳴らしている。
 制約の祈りを使ってまで嘘をついていないと証明するのは、なぜだ。
 冥途の土産とばかりに語るにしてもそこまでする理由は、どこにある?

 アレシアの意図が読めず、疑念がつのるが、これは好機だった。
 逃げるための方法を探さなければならないのも確かだったが、帰るための儀式魔法についての情報は喉から手が出るほどにほしい。
 制約の祈りを使っている以上、嘘を吐くことはない。もし仮に言ったところでアリシアの腕でその真偽を確かめられる。

「儀式手順自体は本当に単純です。他の儀式魔法と同じく、どんな人物が行っても儀式魔法に対応する供物を用意できるのなら勇者召喚・送還の儀式は可能です。この儀式に必要な供物は何かしらの物体に込められた膨大な魔力と、あの場所に刻まれた古の魔法陣。あとは、何が必要だと思いますか?」

「あとは、だと……?」

 勇者召喚の儀式魔法に必要なのは、歴史的な観点ではなく、能力的な観点から国宝級とされるだけの魔法具を幾つもガラクタに変えるほどの圧倒的な量の魔力を持つ物体。
 数を揃えることで補うことは可能だが、それでも一定以上の魔力を持つ物体でないと供物にはならない。
 それが、俺が聞かされていた勇者召喚の儀式に必要なものだ。

 物体に込められる魔力はその物体の質によって左右される。
 武具や防具なら、素材には何が使われているのか、加工の技術はどうなのか、作った者の製作に関わるスキルはどの程度なのか。

 供物として魔力を受け入れられるほどの力を持った物体はそれだけで希少性が高く、そこから更に相応の魔力が込められたものとなると、それだけのものをかき集めるのは国としてそれのみに全力を上げたとしても困難極まりないものだった。

 だからこそ、俺はこの胸の麻袋に入れられた彼女の魔核を託されたのだから。

「他にも必要なものがあるのかっ……!!」

「ええ、その通りですわ。仮にも、神の領域を侵すような魔法が魔力だけで成り立つわけがないでしょう? 少しは考えなかったんですの?」

 ニッコリとアレシアが王女然とした笑みを浮かべる。 
 そして思考を許さないとばかりに、その毒のような声で再び鳴く。

「この儀式魔法が行っている手順は四つほどあります。一つは、この世界の時空に『穴』を開けること。次に、異世界の時空に『穴』を開けること。そして、二つの穴を繋ぐ『道』を繋ぐこと。そして最後に召喚の対象となった人間を『引き寄せる』こと。このそれぞれに供物が必要で、魔力は儀式魔法を発動するための呼び水と、『引き寄せる』ための供物にしかなりませんわ。では残りの供物は何になるかわかります?」

「………」

 儀式魔法に何が必要かなど、俺には知る由もなかった。
 俺が供物を知っている儀式魔法と言うと、大量の薬草を代価に解毒の魔法をかけるものぐらいだ。大威力の儀式魔法を見たことはあったが、何を供物にしたのかまでは知らず、そもそも儀式魔法自体がさほど知られているものではない。

「クスクス、それじゃあ、一つだけヒントを上げましょう。ワタクシたちの世界の『穴』を開けるための代価は……」

 ゾワリッ、と恐怖にも似た怖気が背筋をかけていく。

「『穴』をあける場所で……」

 聞くな、耳にするなと直感が叫ぶ。言葉を止めろと体がうずく。
 だが、理性がそれを押し止める。そんなことをする意味も、できる可能性もその場にはない。

 だから、その言葉は止まらない。

「………200人の人種の命を捧げることですわ」

 ザッ、と自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
 その様子が気に入ったのか、悪魔のような笑みを浮かべる。

「さぁ、少しだけ、質問の内容を変えますわ。貴方を召喚した時、他国で手に入れた獣人の奴隷たちを使ってこの世界の時空に穴を空けました。では、

 ………………『残りの『穴』と『道』の代価は何?』」

 なん、だ、それ、は……。   

 この世界の時空に『穴』を空けるのに必要なのが、『穴を空ける場所で200人の命をささげること』なのだとしたら。

 当然、俺たちの世界でも、『穴』を開ける、ための、供物は……。

「ねぇ、勇者様? 以前お話ししてくれましたよね? あなたが召喚された時、周りにはどなた方がいたのでしたっけ? さぁ、まずは『穴』のお答えをどうぞ?」

 俺がいた、高校の教室。
 なら、供物になったのは、その時、俺と同じように、そこにいたはずの、

 ……教師や、友人、たち?

「嘘、だ………」

「嘘じゃありませんわ。証拠にほら、ワタクシの腕はそのままです。だから、貴方が召喚された時に貴方がいた場所に近い順に200人が犠牲になっています」

 ビキリッ、と、心のどこかにひびが入る音がした。

「お前らあああああああああああああぁあぁぁああっ!!!!!!」

「「「「「『縛棘の鉄鎖』っ!!」」」」」

「がっ!! ぐっ!!」

 激情のまま、最速で攻撃できる強力な心剣を取り出し、だが、動き出す間に体を魔道具の鎖が縛る。
 鈍色の棘が付いた鎖は魔法騎士たちの込めた魔力に従い、地面から飛び出し幾重にも重なった網のように巻きついてくる。着ている【闇精霊の衣】のおかげで傷一つついてはいないが、これだけの数の鎖を巻き付けられては抜け出すことも敵わない。

「クスクス、だから、嘘じゃないって言ってるでしょう?」

「黙れぇっ!! 殺してやるッ!! くそっ、邪魔をするなぁっ!!」 

 頭が沸騰しそうなほどの怒りに囚われる。
 体を縛る鎖を、無理やり引き千切ろうとするが、鎖はギシギシと音を立てるだけでほどける気配はない。 

 そんな俺を見たアレシアは、本当に愉快そうに口の端をゆがめている。

「…………それに、まだ『道』の供物のお話が残っているんですよ?」

 それは、氷のような冷たさで首筋を舐め上げた。

「おい……、おい、待てよ。まだ、何か、あるの……か?」

 震える唇で紡いだ言葉に乗せられたのは、はっきりとした恐怖。
 こいつは、これ以上、何を言うつもりなのだ。その嬉しそうな悪魔の笑顔で、何を言うつもりなのだ。

「世界と世界の狭間、それは神の領域です。そんなところをただの人間が生身のまま、無事に渡ってこれるわけがありません」

 聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。
 俺をこの世界に呼ぶために、こいつらは、更に何を犠牲にしたというのだ。

「神の力場は、魂に直接、力を刻み込むのだそうです。だからこそ、勇者は強力な固有技能を得ることができる。だからと言って、魂を神域で侵された廃人では扱いにも困りますから、力を受け取りながらも壊れきらないようにするための『道』が必要となる」

 俺の友人を、恩師を、200人も犠牲にして、これ以上、何を犠牲にしたんだ。 

 そうして、アレシアは最後の言葉を口にした。
 サクランボのような、柔らかく小さな愉悦の果実を齧り取るように艶やかさをにじませて。

「その道を作るための『材料』が、その供物。貴方の魂を拒絶しない魂を持つ人間が魂ごと道に変えられることになりますわ。だいたい5人くらいでしょうか。たとえばそう、」

 ――――――…………両親や兄弟姉妹、祖父祖母、叔父伯母、従妹などが。

 毒爪のような王女の指に、ぷちっと、自分の世界を潰されたような音が聞こえた。

「なに、言ってるんだよ、え? そんな、だって、は?」

 口から何か言葉が零れ落ちている。俺は今、何をしゃべっているのだろう。

「だから死んでますのよ? あなたの家族と、あなたの周りにいた友人が丸ごと、この世界のための生贄になってもらいましたの」

 死んでる? 父さんは? 母さんは? 舞は? 末彦や健太や悠斗や大金先生は?

 なんで、なんでなんでなんでなんでなんで、それじゃあ帰れないじゃないか。
 彼女とも約束したんだ家族の下に帰るって元の生活に戻るって、
 戻るって戻るって戻るってぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 

「アハハハハッ、その顔が見たかったっ!! ワタクシ、ずっとその顔が見たかったのぉっ!! アハッ、ねぇねぇ今どんな気分なのかしらぁ? 言ってましたわよねぇ、元の世界に帰って、家族に会いたいんでしたっけぇ? あとはお友達? どっちもとっくにくたばってるのにバァッカみたいっ!! アハハハハハッ!!」

 キンキンッと響く嗤い声は近く、遠く、鋭く鈍く俺の心にヒビを入れていく。

「貴方に言われた時は笑いをこらえるのがとっても大変だったのよ? あの時だけは、あなたに愛想を振りまく気持ち悪さを忘れられました」

 ぐるぐる回る。世界が回る。前も後ろも右も左も上も下もかき混ぜられて極彩色の模様が混じる。

「やめろっ、もう、やめてくれっ………!!」

「『故郷に、家族のもとに帰りたいんだ。もう一度、友達と馬鹿やって家族で一緒にご飯を食べる日々に戻りたい、戻りたいんだよ』。こんな感じでしたわよね、魔王の討伐に向かう前に貴方が話していたのをまねてみたのですけど、どうです? わたし、人真似の才能があると思いませんか?」

 壊れる、崩れていく。
 バキバキと折れ曲がり、ガラガラとひび割れて、俺の世界が別物に変わっていく。

「帰りたいのならお好きにどーぞ? 獣人でも無理やり犯して孕ませて、5人も作れば道ぐらいにはなるんじゃないですかぁ? まぁ、そんなおぞましいこと、断固邪魔させてもらいますけど。『材料』も『子供』もちゃんと殺します。異世界人なんて化物の子供がこの世界で生まれるなんて、たとえ一瞬だけでも気持ち悪くて気持ち悪くて仕方ないでしょう?」

「っ!! アレシアァぁああぁあぁあぁぁぁああぁあぁぁっ!!」

 怒りに呼応した魔力で無理やり強化した腕力と脚力で無理やり拘束の鎖を引き千切る。

「今だっ、火力を集中させろっ!!」

「ぐがあぁあっ、どけっ邪魔をするなぁああああああああっ!!」

 騎士団長の号令に従った騎士たちが魔法を放つ。だが、そんなものを視界に入れるのも煩わしかった。

 火に焼かれ、水に撃たれ、風に斬られ、土に叩かれ、光に貫かれ、闇に嬲られ、それでもただ手にした剣でアレシアを貫くことだけが頭の中を支配していた。

 逃げようとしていたはずの思考はどこかに消え去っていた。動ければそれでいいと騎士たちが振り下ろす剣戟の隙間を走り抜けていく。

「死ねえええぇぇええええええっ!!」

 たどり着いた先、王女に剣先を怒りを持って振り下ろした。

「がっ、ぐぁぅがぁあっ」

「クスクス、本当に馬鹿なやつねぇ。この程度の幻影すら見抜けないなんて、節穴にもほどがありますわ」

 切り裂いたはずの王女の姿は霞と消え、同時に背後からいくつもの矢が突き刺さる。
 魔法の嵐の中を無理やり突破したことでその力を削られた【闇精霊の衣】は、その矢を防ぎきれなかった。

「さぁ、終わりです。都合よく踊ってくれたお礼に、最後はワタクシの手で殺してあげますわ。光栄に思いなさい。剣をここに」

 その言葉に王女の隣にいた騎士が自らの剣を王女に差し出す。
 それを受け取ったアレシアはゆっくりとこちらに歩き出す。

『なぁ、海人』

 こんな時でも思い出すのは、魔王と呼ばれた少女の言葉。

『妾にできることなら、いくらでも、何でもしてやる。それこそ、世界の半分だってくれてやる。だから、なぁ、妾のそばに来てくれ、お願いだ』

 俺は、その震える手を取れなかった。
 断られるとわかっていただろうに。俺がその手を取らないと思っていただろうに。
 ボロボロと冷たい涙をこぼした少女のその手を俺はとれなかった。

 間違えた、間違えた、間違えた。

 これは、その罰なのか。愚かさのツケは、こうして自分に帰ってきた。
 『きっと家族の元に帰る』。彼女が命を犠牲にしてまで俺のためにしてくれたその約束は。
 もう、果たせない。

 最初から、帰る場所は奪い去られた後だったのだから。

「死になさい。異界から訪れた、我々と同じ皮を被った怪物よ」

 死ぬ寸前だというのに、後悔の念ばかりが浮かんでくる。

『いつか死ぬときはやり残したことなど残さずに済むように生きろ。妾の命をくれてやるんじゃ、適当に途中で放り投げるような人生を送ってきたら、絶対に許さんからの』

 そんな言葉が耳元で聞こえた気がしたのは、王女の構えた剣が俺の心臓を突き刺そうとした瞬間だった。

「っ!? な、なんですかこれはっ!?」

 アレシアが貫いたのは俺の心臓ではなかった。王女の突き出した剣は、バギッ、という音と共に俺の胸に下げられた魔核(・・)を打ち砕いていた。

 魔王としての魔力が込められたその魔核は、規格外の密度を持ってその場に魔力の本流をぶちまける。
 それこそ、本来なら数カ月単位で時間がかかるはずの守護者の復活に必要な魔力を、すぐさまダンジョンコアに供給させてしまうほどに。

「「ギャルルオオオオオオオオオッ!!!!!!」」

 切り刻むような鋭い方向が上がる。
 現れたのは2匹の獣、片方が赤い炎を纏う獅子、片方が青い炎を纏う虎。

「くっ、各員っ、臨戦態勢を取れっ!! 王女を守るんだっ!!」

 突如現れた敵に混乱しながらも、騎士たちが素早く行動を起こす。

 ……逃げるなら、今しかない。

「うぉおおおおおおおっ!!」

「なっ!? くそっ、勇者が逃げるぞっ!!」

 技術もくそもない、ただの一点突破。守護者の登場に少しだけ乱れた隊列を突き崩すように包囲を無理やりに突破していく。

 『縮地』と『神脚』で加速しながら、『天駆』で低く宙を駆け、自らを狙う攻撃を必要最小限の動きで躱し、いなし、あるいは自ら喰らい、体中から上がる痛みの悲鳴を押し殺して、たった一つの出入り口を目指す。

「だめですっ、逃がしてはなりませんっ!! この部屋から一歩でも出られたら」

 後ろで響く王女の声、心剣を握る手に思わず力が入る。
 たとえこの後に死んだとしても、手にした剣を今度こそ王女に突き立てて……。

『適当に途中で放り投げるような人生を送ってきたら、絶対に許さんからの』

「っ!! クソがあああああああっ!! 散らせっ、惨刀・鳳爆雷閃花っ!!」

「盾を構えろっ!!」

 俺と騎士の声をかき消すような轟音が響き、それとともに紫電の光を帯びた爆発が広がる。
 当然、まともに喰らうほど未熟なものはその場にはいなかったが、盾や魔法障壁で受け止めた人間たちの足止めには成功し、背後の連中は守護者の相手をしていて追撃の余裕はない。

「させませんっ!!」

「ぐがぁっ!!」

 王女が放ったらしい炎弾が背中を焼く。
 だが、この勝負は俺の勝ちだった。

「待ちなさ」

 聞こえた王女の声はそこまで。
 心剣の力で転移するその瞬間、最後に振り返って見えたのはまるで悪魔のように醜悪な憤怒の顔を浮かべた王女の姿だった。


               ☆


 ただ遠くへと念じて跳んだ先は、記憶にない深い森の中だった。いまだ夜は開けず、月さえ雨雲に隠れた森は深い闇の底にあった。
 シトシトと降る雨が体を伝い、無数についた傷に痛みを落としていく。

 王女の魔法を受けて焼けた背中がひどく傷む。治療を、と考えたところでくらりと視界が歪んだ。

 長距離転移はひどく魔力を消耗する。レベルが上がってからはほとんど無縁だったが、MP酔いだろう。これではしばらくは治療をすることもできなさそうだ。

 刺さった矢を抜き、傷口を抑えながら、歩き出そうとして、だが、その一歩目が踏み出せなかった。

「………」

 俺が助けたいと願い、俺が信じた人間たちは、最初から俺の『敵』だった。

 いつか、元の世界で、元の日常に戻れると、そう思って拠り所にしてきた希望は最初から陽炎の彼方に消える幻でしかなかった。

 俺はもう、この世界で何をすればいいのか、分からない。
 何のために生きていけばいいのか、分からない。

 ………分からないけれど、

『いつか死ぬときはやり残したことなど残さずに済むように生きろ』

 崩れ落ちそうになる足をそれでも一歩前に進めた。

 何のために進めばいいのか分からなくても、それでもまだ俺は、死ねない。

 彼女のおかげで、この世界が好きになった。

 彼女のおかげで、この世界でも笑えるようになった。

 その彼女が、適当に生きてきたら許さないと彼女は言ったのだ。
 それでも俺が死んだらきっと、『仕方ないやつじゃのぉ、最後まで間抜けな奴じゃ』なんて言いながら、それでもいつものようにカラカラとアイツは笑うのだろう。

 だからこそ、今ここで足を止めるわけにはいかない。
 最後の最後を諦めて終わらせるような死に方をしたら、死んだ後までアイツの隣にいられなくなる。

 だから、そう、歩くから。
 すこしだけ、泣くのを許してほしい。

「ごめん、レティシア。俺、約束守れなかった。ごめん、ごめんな……」

 誰にも聞こえないよう、暗い闇の底に消えるように言葉をこぼした。
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