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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第一章 

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第23話 勇者の絶望の夢 1

 「おい、聞いたかよ。勇者様、いや、勇者の奴、実は裏で魔族と繋がってて魔王を殺して今度は自分が魔王になったんだってよ。今までいい噂ばっかりだったけどよ、実は裏で相当あくどい事してたんだってさ」

「おう、聞いた聞いた。前に起きたスラムの暴動も、実は勇者様、いや、今は魔王か? ええい、めんどくさいから勇者でいいか。その勇者が『スラムの住人なんかゴミ同然なんだから奴隷にしちまえ』って王様に無理やり迫った結果らしいぜ。王様もかわいそうになぁ、相手が魔王を倒す勇者だっていうんじゃ強くも出られなかっただろうし」

「その勇者が魔王になったんじゃ、苦渋の決断を下した王様も、奴隷に落とされたスラムの連中も報われないよなぁ。奴隷に落とされた奴らだって、べつに犯罪を犯したわけでもなんでもない、物価の高騰で食えなくなっただけの普通の奴だった大勢いたってのに。本当にクソ野郎だな」

「ああ、あんな奴をさま付けで呼んでたかと思うと反吐が出るぜ」

 夜の王都、大通りから少し入ったさびれた酒場。 
 鈍色の空からはザァザァとバケツをひっくり返したという言葉がよくあてはまるほどの雨が地面を打っていた。

(くそっ、好き勝手言いやがって……)

 目元が隠れるほど深くフードをかぶり、アルコールの薄い酒をレモンのような果物の汁と水で割った飲み物をちびちびと啜りながら周りの声に耳を傾ける。
 だが、聞こえてくるのは雨のせいで狩りに出られなかっただの、女房が小遣いを上げてくれないなどの愚痴ばかり。酔うほど酒は回っていなかったが、代わりに思考は自分の内側に向かっていった。

 あの日、魔王をこの手で殺したあの日から半年近い月日がたった。行く先々で勇者である俺の評判は最悪と言っていいものに変わり、内容も日増しに悪いものになっている。

 この異世界で、最も長い期間を過ごしただろうこの王都も今は完全な敵地だ。英雄だなんだと持て囃されて旅立ったあの日がまるで夢だったかのようだ。

 【天邪鬼の鏡刀】で性別と見た目を変え、誰にも俺だと分からないようにしなければ表の通りすら歩けない。それどころか、味方になってくれる人がいなければそもそも街の中にすら入ることはできなかっただろう。

 ここに来るまでも何度も仲間だった奴らの襲撃にあった。
 襲ってくる理由も、俺には理解できないようなものばかりだった。

 きっぷのいい性格をしていた戦士は、俺がいると自分が一番の英雄になるという夢が果たせなくなるから俺が邪魔なのだといった。

 旅の頼れるお姉さんと言った感じの踊り子は、旦那である戦士の夢と、俺にかけられた多額の賞金がほしいのだと言った。

 不器用ながら旅の途中で回りを気にかけていた魔術師は、自らの研究を成功させ後世にまで名を残すのに俺の体を実験体にしたいのだといった。

 現代知識で商品開発の手助けをしてやった商人は、まさにその現代知識を他の商人に伝えられて独占状態が崩れたら困ると俺の命を狙った。

 武者修行の旅をしている不愛想だが動物好きな武闘家は俺を殺してレベルを上げるのだと俺を襲った。

 王家から派遣されてその諜報能力で幾度となく危機を救ってくれた元暗殺者は王命だから殺すことにためらいはないと冷たい瞳で吐き捨てた。

 道中で救った村人たちは、密告すればそれだけで賞金が出るからと許してくれと言いながら欲に濁った目で俺を見ていた。

 常に誰かを励まして、元気づけていた心優しい聖女に至っては、俺を『神敵である』『魔王となったものだ』と宣言して以来、問いかけても俺を裏切った理由を話そうとはしなかった。

 王国も帝国も獣国も法国も、守ったはずの国々はことごとく敵に回った。
 多くの人間は国の宣言を疑うこともなく受け入れ、勇者と知れば俺に石を投げつけた。
 今でもまだ、裏切られたという事実を信じたくはなく、そんな理由でと泣き喚きたかった。

 犯罪者のように身をひそめ、敵意の海で身を焼かれながら、やっとの思いでこの王都までたどり着いた。苦しくて、悲しくて、何度も諦めそうになった。
 それでも折れそうになる心を繋ぎとめていたのは、彼女との、魔王との約束。

 『きっと、故郷に、家族のもとに帰る』

 …………それが、わざと俺に殺された彼女との、約束。

 注文の多い少女だった。
 嘘つきで、怖がりで、臆病で、強がりで、意地っ張りで。
 カラカラとよく笑うくせに泣き虫で。
 傲岸不遜な態度で我儘を言うくせにこちらの気持ちに敏感で。
 憎たらしいほど強引に、モノクロで作られた書き割りのようだったこの異世界に色を塗った少女。

 首から下げた小さな麻袋を握りしめる。
 そこにあるのは魔王としての膨大な魔力を込められた彼女の魔核、それは、魔族にとって人間の心臓にあたるもの。

 勇者の召喚魔法には莫大な魔力を必要とする。
 俺が呼ばれた時には王家に伝わる古い秘宝が、いくつも込められた魔力を全て吐き出してガラクタになったそうだ。
 その魔力を補うために彼女がその命と引き換えに俺に渡してくれたのが、その魔核だ。俺がもとの世界に帰るためにずっと追い求めていたもの。
 勝っても負けても恨みっこなしだなどと言いながら、最後の最後でわざと殺された、少女のもの。

『残念じゃが、妾はお前の世界について行けそうにないのぉ。まぁ、それでも良い。海人にはずっともらうばかりで、借りを作りっぱなしだったから、これで全部チャラじゃ。言ったじゃろ、妾は、ちゃんと借りは返す女じゃと』

「いつもやり過ぎなんだよ、お前は」

『きっと、元の世界に、故郷に、家族のもとに帰れ。あぁ、でも、すぐ忘れられるのは癪じゃからしばらくは泣いて暮らせ。超立派な妾の墓を作って、妾のことだけ考えてむせび泣け。海人、お前はいっつも元の世界の家族のことばかり考えておったからのぉ。しばらくの間は妾が海人を独占してやるのじゃ! クククッ、あぁ、そう考えると、死ぬというのも案外、楽しみなものじゃなぁ』

「何が楽しみなもんか、怖がりの癖に、下手な嘘つきやがって」

『ああ、それから、最後にもう一つじゃ。いつか死ぬときはやり残したことなど残さずに済むように生きろ。妾の命をくれてやるんじゃ、適当に途中で放り投げるような人生を送ってきたら、絶対に許さんからの。ちゃあんと見とるから、覚悟せいよ。腑抜けた様子を見せるようなら、生まれ変わってぶん殴りに行くか、お前の前に化けて出てやるからの』

「生まれ変わりでも、化けて出るんでもいいから、お前の姿見せてくれよ、なぁ」

 耳の奥に焼き付いて、気を抜くたびに反響する少女の声。

 最後に交わしたいくつもの言葉が脳裏をかすめていく。

 最後まで勝手な女だった。そして、そうさせてしまった俺は最低な男だった。
 しかも、そうして『魔王を倒す』という頼みを成し遂げてみれば、今度はそうして望みを叶えてやった奴らから命を狙われる始末。
 少女から言われた『オオマヌケ』と言う言葉も、ここまで来ればまったく反論の余地などなかった。本当に、馬鹿で間抜けな、クソ野郎だ。気が付くのは何時だって遅かったと後悔する時だ。

 だからこそ、最後に交わした約束だけは、たとえどんなことがあっても守らなければならない。魔王との約束を果たし、家族との再会を果たす。それだけが、俺の今のよりどころだった。

 気が付けば、コップに残っていた酒は空になっていた。

「よぉー嬢ちゃん、暗い顔してるじゃねぇの。よかった俺たちと一緒に飲まねぇ? なんなら奢るからさぁ」

「………遠慮する。おい、勘定はここに置いていくから」

「あっ、おいっ!! ちぇっ、なんだよつれねぇなぁ」

 酔っぱらって気が大きくなったらしい男の誘いを断って、酒一杯分の金を置いて酒場を出た。

 外に出れば、雨よけも兼ねたローブに大粒の水滴がぶつかり弾ける。
 激しい雨の夜ということもあって、人通りはまばらだった。

 ひとまず、一応【薬湯虫の羽剣】の効果で酔いを抜くと、表側とスラムの境目付近へと向かう。『ウォールイーター』のせいで崩れた壁の一部から侵入してきた魔物から助けた人々が住んでいる所で、あの時の恩を返したいと俺が王都に入る手引きとかくまう場所を提供してくれていた。

 王都に戻って2日、明日の夜にでも王城に侵入し、初めて召喚されたあの部屋に向かうつもりだった。
 王や王妃、騎士団たちはちょうどこの王都にはいないらしい。
 王国がどうして俺を裏切ったのか、魔王を倒した俺が次の魔王になったという話を信じたのか、それを問いただしたい気持ちもあったが、それよりも元の世界に帰ることの方が優先だった。

「……ちゃんと酔いを抜いておいて正解だったか」

 匿われている家に向かう道から、不自然にならないように脇道に逸れていく。
 もちろん、もとの行先がバレないように注意しながらだ。

「お、私に何の用でしょうか。追いかけられるようなことをした覚えはないのですけれど」

 一瞬、女に化けていることを忘れて俺と言いそうになってしまった。
 人気のない路地の奥まで来たところでそう問いかけると、酒場を出てから付かず離れずで尾行してきた人間に声をかける。

 そうして、路地裏に沈黙が落ちる。

 だんまりかと思ってこちらから仕掛けてやろうかと思ったところで、二人組の黒ずくめの男たちが姿を現した。

「貴方は、勇者さまでしょうか。でしたら、っ!!」

 飛脚の最上位スキルである『神脚』と、天駆の最上位スキルである『縮地』を複合させ、瞬きするよりも早く男の背後から【影灯の双刃】を首元に押し当てる。

「その情報をどこで仕入れた。この姿の俺を勇者と判断できる人間はこの町にはいないはずだ」

「お、お待ちください! 我々は王女様の使いです!! 街で勇者様に似た女を見たという話を聞いて真偽を確かめるために来ただけなのですっ!!」

 そう言われて見てみれば、確かに見覚えのある顔だった。確か、王女の護衛という名目で付き人のようなことをしていた連中だったはずだ。

「アレシアが? 俺を裏切った王国の王女が、今更俺に何の用だ」

「お、王女様自身は貴方様を裏切ってなどおりませんっ!! 我々は貴方様の味方ですっ、あなたの望みを知り、初めの約定通り元の世界に返すために危険を冒してまでこうして我々を遣わされたのですからっ!!」

「…………」

「現王様や王妃様はこれまで圧政を強いてきた王族への民衆の不満を、全て貴方様に押し付けようと法国の『勇者が次代の魔王になった』という宣言の尻馬に乗りましたが、王女様はそのことに胸を痛めておいでです! それに、そもそも勇者召喚の儀は王家の秘儀っ、儀式魔法は決められた供物が用意できるならば誰でも行うことができますが、その方法は口伝でしか伝えられておりませんっ!! 王女様の助力は必ずあなた様の助けとなるもののはずですっ!!」

 確かに痛いところを突かれた。
 俺は魔法そのものに詳しくない。俺自身に魔法が使えないし、魔法でできることは俺の心剣でカバーできることばかりだったせいもある。

 それに、こんなことにならなければ、俺を送還するための魔法など王家に直接聞けばいいだけだったのだから。
 まずは王城の書庫に忍び込んで情報を探る予定だったが、この男たちの言うことを信用するのなら、それも意味がないものだったということになる。

「……それで、お前たちは俺をどうするつもりだ」

「よ、よろしければ、今すぐにでも王女様の下へお連れしたいと……、ひとまず、我々の隠れ家へ。大丈夫、我々はあなたの味方(・・)です」

 信用、できるのか?
 魔王との最終決戦に臨む前に別れてから、王女とは一度も直接会ってはいない。
 王女の立場では、王や王妃の決定に表だっては逆らえないというのもその通りだろう。それに、王女が味方なら、俺はすぐにでも帰れるかもしれない。
 この泥水の中を被り続けるような逃亡生活を終わりにできるかもしれない。

信じてくださいっ(・・・・・・・・)、王女様は、勇者様の身をひどく案じておられていました。だからこそ、こうして素早く勇者様と接触を図ることができたのですっ。王女様は勇者様をお助けしたいと申しておられました」

 その言葉に、思わず息が詰まりそうになった。  
 信じてくれ、と、何度も叫んだ自分の姿と目の前の男たちの姿が重なる。

「っ、………分かった。連れて行け」

 心剣を首筋から離して消すと、男たちは明らかにホッとした様子で力を抜いた。

「で、では、こちらです。これから、勇者様が召喚された際にいらした王城内の建物へ向かいます。そこから転移石で隠れ家へ跳び、勇者送還の儀式魔術の準備が終わるまで待っていただこうと考えております。どこに他人の目があるか分からない状況ですので、直接の出入りを見られる可能性がある行動は避けたいと」

 普通、村レベルならともかく、町と呼べるだけの規模になった場所には転移では入ることも出ることも出来ない。国防の観点から転移を阻害するための小さな魔道具がいくつも埋め込まれているからだ。
 そうしなければ、戦争になった時に敵に奇襲され放題となってしまう。

 だが、王都で一か所だけそれができる場所がある。それが王都で俺が召喚された王城内の建物。そうしなければ、勇者の召喚すら妨害されてしまうからだ。だから、その建物の効果範囲は転移を妨害する魔道具を地面に埋め込むといったような方法はとらず、手順を踏めば楽に魔道具を撤去できるように設置されていた。

「そうか、分かった」

 街への手引きをしてくれた人たちにお礼を言って置きたかったが、それは諦めることにした。俺が悪という世の中の風潮が変わらない限り、俺と関わること自体が危険な行為である。なら、関わらなくて済むのなら、もう関わらない方がいい。

 黒ずくめの男たちの後をついて行くと、王都郊外の雑木林にたどり着いた。

「おい、王城に行くんじゃないのか?」

「はい、この森の奥に、王城の中、それも召喚の間へ直接通じている抜け道の入り口が存在しているのです」

 そう言ってなおも男たちの後をついて森の奥へと進んでいくと、男二人は地面を調べ始めた。そして、10秒もかからず抜け道とやらの入り口を見つけたようで、石版と言ってよさそうな正方形の岩を持ち上げる。
 その穴の下では、年季の入ったかび臭い湿った空気と分厚く降り積もった埃の絨毯がこちらを出迎えていた。
 石畳の階段とその雰囲気はそれこそ秘密の地下通路と言う言葉がよく似合う光景だった。

「こちらです。足元にお気をつけください」

 男たちは懐から取り出した燭台の蝋燭に火をつけると、ゆっくりとその通路を降りていく。

 そこからはしばらく平坦な道が続いていた。重く淀んだ空気の中、コツンコツンと三人分の足音だけが響いている。

 そうして行き止まりまでたどり着き、内側から天井を押し上げた先は、懐かしき、俺が初めて召喚された、あの部屋だった。

「あぁ、勇者様、ご無事だったのですね!!」

 このする先を見れば、それも召喚された時と同じ、花のように笑うアレシア王女の姿が、そこにはあった。

 肩まで伸びた白銀の髪を揺らし、儚げな印象の面差しは初めて会った時とほとんど変わらない。
 俺よりも二つ年下だった彼女はこの3年半で背は伸び、それに伴って体も成長していたが、全体から受ける印象は最初に受けたものと変わらないものだった。

「勇者様、お怪我はございませんか?」

「あ、あぁ、問題ない。それより、よく一目で俺だと……」

「お姿のことですか? 【天邪鬼の鏡刀】の力は以前にお聞きしたことがありましたから」

 そう言って王女は見慣れた笑顔で微笑む。
 それは、依然と何一つ変わらない笑み。その笑みに思わず安堵の息が漏れる。

 信じるとついてきても、目の前にすればアイツラと同じように王女の得意とする光系の魔術で命を狙われるのではないかと思っていた。

「色々と説明を差し上げたいところではありますが、今は時間がありません。取りあえずこの転移石をお使いください。王都でこの部屋だけは、魔力を込めれば発動します」

 そう言って手渡されたのは半透明な黄色の結晶。
 俺自身、何度か使ったこともある代物だった。

「転移先で、まずはお話ししましょう。帰るための儀式魔法の手順もそこでお教えします」

「わかった」

 受け取った転移石に魔力を込めると、その魔力に反応した転移石が光を発する。
 込められた魔法式に魔力が流れ、部屋を巻き込むように転移陣が床を覆った。

 瞬間、

「ふふっ、本当、他愛のない馬鹿ね」

 耳に届いたのは、不吉な嗤い声。

 声を出すよりも先に視界を覆い尽くす光の中で、最後に目にすることができたのは、仮面のはずれた王女の素顔だった。
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