挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第一章 

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

19/123

第19話 勇者、ちょっとだけ手助けする 3

 すっかりと日が落ち切った月夜。
 貧乏で太陽に合わせて生活するしかない辺境の農村ならとっくに暗闇に包まれて風の音や虫の声ぐらいしか音がない時間帯、それでも王都の大通りにはちらほらと酒場の明かりが漏れ出ていた。

 大量の人が行きかう昼間ほどではないが、日が落ちるギリギリまで狩りに出ていた冒険者や取引をまとめ終わった商人などで賑わう酒場からは騒がしい声が聞こえていた。あと一、二時間程度でそれもなくなるだろうが、今が闇にまぎれるには良い時間帯だった。

 そうして向かったのは北側の門から少し東側、スラムとそれ以外の境目付近の城壁だった。人気の全くないそこで、目立たないよう、古着屋で購入しておいた黒いローブを頭からかぶった二人は、そこまで来たところでフードから顔を出した。

「よし、ここだな」

 そっと城壁にふれると夜の空気に熱を奪われた冷たい感触が返ってくる。大理石のような白さながら、ザラザラとした質感の表面の上に月明かりをキラキラと光る砂のようなものが混ぜ込まれていた。
 星光石と言われるそれは、空気中から魔力を吸収する性質をもっていて、その魔力が城壁にかけられた様々な魔術を維持していた。

「ご主人様? 穴なんて見当たらないのですが……」

 ミナリスは城壁を見回しながら困惑したように言った。ミナリスの視界には穴どころか老朽化していそうに見えるところすら見つからなかったからだ。

「いやいや、そんな見てすぐわかる穴があったら流石にすぐ対処されるよ。言っただろ、城壁は今から崩すんだよ」

「城壁を崩すって……、その、失礼ですがさすがに……」

 知性ある者にとって、街の城壁は絶対と言ってもいいような強度を持っているというのは常識だった。
 王都の城壁ともなれば、たとえ空を飛べない代わりに強力な突進力でA級指定されている地竜の体当たりでさえ、やすやすと耐えきることができるだけの強度を持っているというのは良く子供に聞かせるおとぎ話で語られる話であり、実際に地竜クラスでなくとも極稀に発生する強力な魔物の攻撃を受けてもビクともしなかったという記録も残っている。
 決して個人や単体でどうこうできるようなものではないというのが一般的な認識だ。

 その城壁を個人の力で崩すなど、どんな街でも酒場で酔っぱらった冒険者が吹くホラ話の中にすら出ないような言葉なのだ。
 城壁が崩れるなどと言うのはその町に住む人間からすれば驚天動地の出来事であり、そんなことが起きないと思っているからこそ、一歩城壁の外に出れば魔物がひしめく森や草原、岩山や雪原などがあると知っていながら安眠することができるのだから。

 それこそ、そんなことを独力でできる存在がいるとしたら、おとぎ話の中の存在として扱われかねない。
 ……英雄になるか、化物になるのかは分からず、実際に俺は後者として扱われたわけだったが。

「ミナリス、基本的には堅いだけの石を整形して積み上げただけの城壁が、上位の魔物の突撃にも耐えられるのはなんでだと思う?」

「それは、城壁にたくさんの魔術が掛けられているって……」

「そうだ。城壁にはどの町でも『自己修復』『劣化防止』『強度強化』が掛けられ、王都にはさらに『衝撃吸収』『魔術減衰』の魔術が付加されてる。その魔術に大量の魔力を注ぎ込むことで最高レベルの強度で維持してる。その魔力を供給するのがこの光の粒、星光石が周りの大気から吸収した魔力だ」

 もちろん、そこまで詳しい内容を知っているのはいわゆる特権階級に位置する人間だけだ。
 と言うよりも、町人にとっては『魔物や敵国が攻めてきても壊されない凄い壁』程度の認識で十分だったのだ。

「つまり、その魔力が足りなくなったらこの壁の強度も下がる。こいつはただの石の壁ってことになるってことだ。ただの石の壁なら崩せなくもなさそうだろう? それに……」

 そう言って薄く笑い、何の特殊能力もない代わりに魔力を込めることでその強度を上げることのできる【始まりの心剣】で石材を一閃した。

「こいつが喰らうのは、魔力だけじゃないから(・・・・・・・・・・)()

「これは……」

 脆くなっていることを知っていた上でも、想像以上に簡単に崩れた城壁の一部。
 ボロボロと剥がれ落ちるように壁から瓦礫へ変わったその石に交じって地面に落ちたのは、何匹かの赤色と茶色と緑色が混ざり合った色をした透明な小さな蛆虫。
 キィキィと鳴きながら透明な粘液を身に纏い、月明かりを反射してヌラり光ながらと地面で身を捩っている。

 そして、崩れ落ちた壁の中では……、

『ジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッ
ジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッ
 ジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッジャグッ』

 ………むき出しの石材を覆い尽くしかねない、何百と言う数の蛆、蛆、蛆。

 城壁表面のざらりとした質感とは違い、蛆が擦り付ける粘液が石壁をまるで生きた魔物の内の肉壁のように見た感じの質感を変えてしまっていた。
 粘液に侵された石材はその白さを失い、土のようにくすんだ赤茶色に変色してしまっている。

「もしかして食べてるんですか、これ」

「そうだよ、別名・魔力喰いと言われるD級指定の魔物『マジックイーター』の亜種『ウォールイーター』。魔力を帯びた鉱物を特殊な粘液で溶かしながら魔力ごと食い荒らして繁殖し、最終的には喰らい尽くして砂に変えるんだ。新種だから今はまだ名前はついてない(・・・・・・・・・・)はずだけどな(・・・・・・)

 城壁内部の石材は既にボロボロの状態だった。スポンジのように空いた穴を埋めるように蛆たちは石を食い荒らしている。
 目に見えては分からない速度で、少しずつ時間を掛けて最高の城壁を、触れれば崩れる砂の壁へと変えていく。

「こうなると普通の石壁よりも圧倒的に脆いからな。一番堅い表面さえ崩しちまえばこんな風に簡単に穴が空く」

 そう言って心剣の先で軽く壁を突けば、キィキィと声を立ててウォールイーターと共に石材は崩れ落ちていく。
 穴が深くなれば深くなるほどウォールイーターの密度は増えていき、石壁なのか、蛆壁なのか分からないほどになっていく。

「………」

 その光景を見ながら、ミナリスは黙り込んでいた。

 男の俺でも赤や緑の入り混じるマーブル模様で、中の内臓のような器官が透けて見えるような蛆虫が、何千何万匹と密集して蠢いているような光景は遠慮したいものがある。まして女のミナリスがこの光景を苦手に思っても不思議は……。

「ご主人様、この蛆虫が貯められた穴に突き落としてやるのは良い復讐手段になると思いませんか?」

 真剣な顔でこちらを見ながらミナリスはそう言った。

 ………どうやら、俺はまたミナリスについて評価を上げなければいけないようだった。この共犯者はどこまで俺の評価をあげるつもりなのか。
 嬉しくて笑いそうになる。

「ふむ、それもいいけどただ突き落すだけじゃ微妙じゃないか? どうせならこいつらを体の中で繁殖させて内側から食い破らせるとかどうだ?」

「さすがですっ、できれば内側から食べられている感覚がハッキリしてるとなお良さそうですね!」

「ならいっそのこと、外側からも喰い蝕まれるようにしてやればいいんじゃないか? あ、いや、それだと芸がないから肉を少しずつ腐らせるようにするとか」

「内臓よりも肉で繁殖させるようにすれば、自分で掻き出しても掻き出しても自分の蛆が湧いてくるのを体験させられそうです。今日殺したときはうまく毒が使えなくてすぐに理性がなくなっちゃいましたけど、理性を保ったままで発狂しきれないようにできないか試してみたいです」

「死んだらアンデットのゾンビみたいにして、無事な奴に口移しとかで虫を移させるとかもありだな! とはいえ、寄生主がすぐ死ぬようだと困るからそこらへんの調整ができるようにしなくちゃもったいないけど……」

 突然始まった拷問談義に意気揚々と二人は盛り上がる。
 やはり、一人で考えるよりも二人で考えた方がいい案が出来上がる。他人の視点と言うのは良いものであれ悪いものであれ、いい刺激になる。

 そんな風に和気藹藹(わきあいあい)と物騒な会話を笑顔でしながら、心剣の先で城壁を切り崩して馬一頭が楽に通れる程度に穴を広げていく。
 地面には心剣に断ち切られ、足で踏みつぶされたウォールイーターの粘液やら死骸と、ほとんどで砂と変わらない状態になっていた石材が混じり合ってぐちゃぐちゃになっていた。

「もしかして、ご主人様がこの虫を?」

「残念ながら違うよ。話に聞いていただけで実物がどんなものなのかは見たことが無かったしな。ほら、街の外だ」

 公園の砂場で作った砂山にトンネルを掘るような気分で城壁に空けた穴を潜って出た外は、木々の生い茂る森が広がっていた。

 月明かりに薄く照らされた森はどこか不気味なオドろオドろしさの中に神秘的なものを感じさせた。

「うーん、末期だな」 

 思わずぼそりと呟いた。街から出てどこかホッとした自分を感じる。
 自分でもどうかと思うが、この一年で街の中の方が外より危険だと意識の底に刷り込まれてしまったようだった。犯罪者の心境っていうのはこんな感じなのだろうか。

「っと、まずい、忘れるところだった。ちょっと待っててくれ」

 そう言ってもう一度穴を潜ると、適当に放置されていた廃材の山を引きずって壁の穴を隠していく。

「ご主人様、手伝います。廃材で入り口を隠せばいいんですよね?」

「ん? ああ、助かるよ。ここらの人間を起こさないように静かにな」

 ここが崩れるのは本当ならまだ数日は先の事だった。今見つけられたら、まだ影響力が弱い(・・)
 それに、せっかく俺は一度目の時がどうなったのか知っているのだ。なら、二度目の今回はもっと面白くなるように演出してやらないともったいない(・・・・・・)

「廃材ここまで移動させてからでアレだけど、幻術で穴を隠したらどれくらいの時間隠せる?」

「……申し訳ありません、私は獣人ですから。自分にかけるならいくらでも維持できますが私が離れたら全力を使っても持っても一日程度で幻術は解けてしまうと思います。日に何度か連れて来てもらえれば維持し続けられるかもしれませんが……」

「いや、お前をずっと貼りつかせる余裕はないよ、それにどうせこの廃材だけでも問題ない」

 たっぷりと嫌悪を込めて寝静まっているだろう住人達をあざ笑う。

 あのあたりに住んでいる住人はスラムに落ちるか落ちないかの境目にいる人間たちだ。廃材の山が移動したことに気が付いたところで、日々の生活に追われる彼らが気にすることはない。

 自己を正当化するための理由づけと暮らしが楽になる程度のエサ(カネ)さえあれば、たとえ一度は恩人だと、感謝しているといった相手でさえ簡単に売り飛ばすほどスラムに落ちないということしか頭にない連中だ。

 壁が崩れたことが分かりやすく見えた一度目の時と違い、廃材で見えなくなれば相当悪化するまでどうせ気付きもしない。

「まぁさ、通るのに何百匹も殺しちまったんだから、これぐらいの、城壁を喰う時間をやるぐらいのちょっとした手助け(・・・・・・・・・)ぐらい(・・・)してやっても仕方がないと思わないか?」

「そうですね、ご主人様の言う通りだと思います。口先だけの感謝を述べるようなゴミより、この虫たちの方がずっとマシな生き物だと思います。あんなゴミども、今すぐにくびり殺してやりたいぐらいです」

「ここで騒ぎを起こすことも、殺してやる時間もないから今は放置するしかないけどな。コレ(・・)のおかげで多少は苦しんで死ぬ人間だって出るだろうから、それで今は溜飲を下げておくさ」

 そんなことを話しているうちに、城壁の穴は廃材の山の陰に隠れ、調べようとわざわざ廃材をどかしてのぞき込まなければバレることはないだろう。

「あぁ、そうだ。あとは一応、こいつ拾っていこうか」

 ふと思いついて生きたウォールイーターを、何匹かごとにいくつかの採取用の空き瓶に詰めておく。

 そのあと、外からも近くに寄らなければわからないように木々の枝や葉を重ねて見えないように穴を隠した。

「さて、まずは少し森の奥に行くぞ。もう少し先に誰も使っていない捨てられた猟師の小屋がある。一度そこに向かうぞ」

「はい、ご主人様」

 この王都の周りの森は一度目の時に何度も潜伏したりして大体の地形が頭に入っている。迷うことなく目的地に向けて一歩を踏み出した。

「小屋で一度、大勢を整える。取りあえずはミナリスの衰弱を回復させないとな。ステータスが半減とか冗談じゃないし、せっかくの美人がもったいない」

 美人だとか可愛いだとかは色々と便利なのだ。戦闘でも交渉でもそういった要素は割と有利に働くことが多い。

 プライドを投げ捨てて心剣で女装、と言うか女体化した時の実体験である。できれば忘れたい記憶である。
 と、それはさておき、今でも美人と見てわかるミナリスだ。栄養と睡眠をきちんと摂って健康状態が戻ればミナリスは確実にもっと美人になるだろう。

「っ、いくら私を煽てても何も出ませんよ? そんな風に口説かなくとも既に私は貴方の奴隷なのですから」

「いや、口説いてねぇし。人をチャラ男みたいな言い方するな」

「チャラオ? チャラオとは何ですか?」

 少し赤い顔でミナリスが不思議そうな顔をする。魔力酔いで理性が抑えられていた時もちょっと思ったが、美人だとか可愛いだとかの(おだ)てに弱いのかもしれない。

 それはさておき、今はミナリスの質問にどう答えるかだ。

「え、あー……、チャラチャラしてる男ってことなんだが……、そもそもチャラチャラってなんて説明すればいいんだ……? 取りあえずだな」

 どんな風に説明すれば伝わるのか考えながら、月明かりが照らす夜の森に二人で分け入っていった。

 

 
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ