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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第一章 

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第13話 とある獣人少女の壊れ方 1

「食べ物見つからないね……」

「うん、これだけ探してるんだから、ひとつぐらいあってもいいのに……」

オロルレア王国の北方、隣国であるギリガル帝国との国境付近の小さな寒村。
その年、15歳になった少女は幼馴染で同い年の少女、ルーシャとともに、雪が降り積もる森の中を探索していた。

季節による寒暖差が非常に大きいその地域では、普段の収穫量が多い反面、十年置きぐらいに収穫量が落ちて不作気味になる。
 そういった時は本格的に寒くなる前に森に入り、その恵みを受けて蓄えることで村はその冬を乗り越えていた。

そして、その年もまた不作気味の年にあたっていた。
だが、それまでと違ったのは想定以上に寒くなるのが早く、冬の蓄えを得る前に森が雪に閉ざされて十分な量の蓄えを蓄えられなかったことだ。男衆は少しでも食料を得るために狩りの遠征に出かけており、緩くなった大人たちの監視をすり抜けて冬の間は子供が行くことを禁止されている森の中へと入っていったのだった。

「ミナリスちゃん、付き合わせてごめんね。私がケリルのお誕生日にお腹いっぱい食べさせてあげたいなんて言ったから……」

「ううん、いいんだよ。それに、森に入ろうなんて言ったのは私の方だったし。ルーシャと同じで私だってケリルのお誕生日を祝いたかったのは一緒だもの」

 肩口あたりで切りそろえた少しウェーブのかかった金髪を揺らし、少女よりも一回り小さい体をさらに小さくして申し訳なさそうにするルーシャに、少女は気にしないでとばかりに首を振った。

二人の少女は、ここにはいない幼馴染の少年の誕生日に、なにか美味しいものを食べさせてあげようと大人たちに黙って森の中へと入っていた。
 しかし、雪が降り積もる森は普段の森とは違い、葉はついていても実がなっておらず、根は雪で隠されて山菜のたぐいは欠片も見つからず、食べ物は何一つ見つかっていなかった。

それでも少女たちは目を皿にするようにして森の中を探索していた。村で聞いた、特別寒い時期にだけとてもおいしい果実をつけるという木を探していたのだ。

 ザグザグと雪の道を踏み荒らしながらふたりの少女は進んでいく。気が付けば普段の森ですら入ってはダメだと教えられるような森の奥まで足を踏み入れていた。

「ねぇ、ミナリスちゃん、そろそろ引き返したほうがいいんじゃない?」

「う、うん、木の実は見つからなかったけれどそろそろ帰りましょうか」

 ルーシャが不安そうに言うのを聞いて、自身も不安になり始めていた少女は内心で安堵していた。
 少し前から、見た目は変わらないままに森の雰囲気は一変していた。
普通の村娘でしかないルーシャが感じている以上に獣人としての力を(・・・・・・・)隠している(・・・・・・)少女の方が敏感に、そして正確にその変化を感じ取っていた。

まるで違う森に迷い込んだようなその気持ち悪い空気は肌を何かでなぞり上げられるような気がして気味が悪かったが、当初の目的である果実を見つけられないうちに村に戻ると言い出すのは最初に森に入ろうといった少女には言い出し辛かったのだ。

「それじゃあ」

「あっ、待って、あれ見てミナリスちゃん!!」

 立ち止まって踵を返そうとしたとき、ルーシャが少し先の木を指し示した。
そこには、周りに隠れて少し見えにくかったが、黄色をした拳一つ分程度の大きさの実が確かにいくつかなっていた。
果実を見つけたルーシャは嬉しそうに少女に報告し、そして、

「よかった、これでここまで来た意味があったね! 早くとって帰ろ…、う……」

次の瞬間には血の気の引いた真っ青な顔で黙り込んだ。
少女もまた、それ(・・)を見て顔色を悪くする。

「グギャルル……」

 そこにいたのは、1匹のゴブリンだった。

小人のような体躯と醜悪な顔、緑色の肌。そして異常なまでの繁殖力。ゴブリンはどこにでもよく湧く害獣として認識されていた。実際、収穫時期になると村の畑を荒らそうとするため、冒険者を雇って駆除してもらったり、数が少なければ村の男衆が総出で追い払ったりもしていたので、二人も遠目ではあったがゴブリンを見たことがなかったわけでもない。大人になりきったとは言えない年齢の少女たちでも一匹から逃げるだけならばどうにかならなくもない。

だが、問題だったのはその肌の色だ。通常のゴブリンの緑の肌とは違い、そのゴブリンの肌の色は真っ青という言葉がよく当てはまるような群青色の肌をしていた。

「異常種……」

 ゴブリンは通常、弱い部類の魔物として分類されている。初心者になった冒険者が薬草の採取などの依頼を受けるのと同様に、初めて戦闘依頼を受けるときにまず勧められる魔物だった。

群れに囲まれなければほとんど素人に毛が生えた程度の新人でも比較的簡単に倒すことが出来るからだ。だが、極希にそういった種族としての強さの範疇を逸脱した種類の上位種が誕生することがある。
ゴブリンならば、ゴブリンソルジャーやゴブリンマジシャンといったあたりが有名である。だが、それ以上に完全に別種の能力を得る個体が現れる。それが「異常種」だった。

少女は、以前村に訪れた冒険者のパーティから一度、そのゴブリンの話を聞いたことがあった。

 見た目は通常のゴブリンと変わらないが、肌の色だけが濃い青に染まっているゴブリン。温暖な気候を好むゴブリンに逆行するように極端に寒い場所で稀に現れ、寒い場所では活動が鈍るハズのゴブリンには考えられないほどに寒さに強く、弱い魔法なら弾いてしまうほどの魔法耐性がある。その上、通常のゴブリンよりも数段高い能力と知性、凶暴性を持っているらしい。

「アイス、ゴブリン……」

 ルーシャには少女とは違い、そのゴブリンがなんなのかは分からなかったが、それでもそのゴブリンが放つ異様な威圧感に圧倒されていた。

幸い、ゴブリンは果実を採ることに夢中になっていているようで少女たちには気がついていなかったようだった。

「ルーシャ、落ち着いて、ゆっく……」

「いや、いやあああああぁぁぁぁぁ!!」

「なっ、ルーシャッ!!」

 気がつかれないように静かに逃げようとしていた少女だったが、恐怖に耐えられなかったルーシャには少女の話は何一つ耳に入っていないようだった。ただただ拒絶の悲鳴を上げ、がむしゃらに走り出す。

「いやっ、やだっ、やだあああぁああっ!!」

「ルーシャッ!!」

 少女はルーシャが恐慌の状態異常にかかっていることに気がついた。村で冒険者が経験を語ってくれた時に話に出てきたからだった。

とはいえ、それが分かっても少女にはどうすることもできない。ルーシャを追って走り出す時に少しだけ振り向いた先には、ルーシャの叫び声に気がついたアイスゴブリンがよりいい獲物(・・)を見つけたとばかりにこちらを見て笑っていたのが見えた。

こうなっては、とにかく早く走り抜けるしかないと、ただただがむしゃらにふたりの少女は森を走る。だが、少女たちよりもゴブリンの方が明らかに駆ける速度は早い。

ジリジリと距離が詰まる中、生死がかかったプレッシャーと雪が地面を覆っていてまるで普段とは別物の道に、まっさきに足を取られたのはルーシャだった。

「きゃあっ!!」

「ルーシャッ!!」

「うぅ、ああぁ」

 転んだ拍子に足をひねったようで、倒れたルーシャは雪に体を半分沈めたまま立ち上がることができない様子だった。立ち上がったとしても怪我をしたルーシャを連れてアイスゴブリンから逃げ切るのは不可能だろう。

「グッギャッギャッギャッギャッ!!」

 そんなルーシャをあざ笑うようにアイスゴブリンが迫る。

 少女にはルーシャを救う力があった。普段は隠しているウサギの獣人としての力。
それを惜しまずに使えば、いくら能力が高いとは言え、魔法の使えないゴブリンを相手でも負けはしないだろう。だが……。

『いい? ミナリス、その力は人前では絶対に使っちゃダメ。獣人の力を使ってしまうと私があなたにかけた幻術が解けてウサギの獣人である証の耳と尻尾がバレてしまうから』

『どうして獣人だとバレちゃダメなの? お母さん』

『……そうね、どうしてダメなのかしらね。ただ少し見た目が違うだけなのに……』

「いやっ、いやあああっ、やだっ死にたくないっ、死にたくないよぉっ!!」

(……ごめんなさいっ、お母さんっ!!)

 泣き叫ぶ親友を見て、母親の言いつけを守れなかったことを心の内で謝りながら少女はゴブリンへと飛びかかった。

「うああああああァァァァつ!!」

「グギャアァっ!?」

 少女の飛び蹴りがゴブリンの腹へ突き刺さる。
体格差もあり、勢いのまま吹き飛ばされたゴブリンは予想外の反撃に対応できずに背後の木にぶつかった。

 とはいえ、そこは異常種のゴブリン。並みのゴブリンなら一撃で沈められるほどの勢いがあった一撃だったが、殺られるどころか行動不能にもすることはできなかった。普通のゴブリンならばそのまま突っ込んでくるところだったが、知能も高いアイスゴブリンは少女と戦うのを下策と受け取ったらしい。

ふたりの少女を忌々しそうに睨みつけながら、アイスゴブリンはそのまま森の奥へと去っていった。

「ルーシャっ!! 大丈夫!? 怪我はない?」

「み、ミナリスちゃん……、それ…」

 呆然としたような、それでいてパニックになっているような、そんな雰囲気でルーシャが指さしたのは少女の頭にある二つのウサギの耳。

獣人は種族によって差があっても基本的に身体的なステータスの能力が高く、それはMPや魔力についても同じだった。しかしながら、魔力の質が人間とは違い、身体から離れるほど拡散しやすく、遠距離攻撃の魔法は比べ物にならないほどに効率が悪い。だが、逆に言えば薄く体に幻影を纏うような使い方ならその欠点も意味を成さない。

少女の獣人の家系は、ウサギの獣人の中でも特に幻術などに秀でた才能を持っていたため、ずっと幻覚をまとい続けるのにそれほどの苦労はなかったが、それでも獣人としてのステータスを完全に発揮してしまえば、体から放出される魔力の強さで幻覚が消し飛んでしまうのは避けられなかった。

「あっ、そのっ、これは……、ごめん、ルーシャ。今までずっと黙ってて……、お願いっ、このことは秘密にしててっ!!」

「えっ!? あ、う、うんっ」

 戸惑いながらも頷いてくれた親友に少女は安堵の笑みを浮かべた。

少女も初めて理由を母親に求めた頃ほど幼子ではない。自らの住む王国が獣人を蔑視の対象として扱う国だと理解していた。

だからこそ、これまで一度だって母親の言いつけを破ったことはなかったし、親友である彼女のことは信頼してはいたが、それでもその秘密を明かしたことはなかった。

「これでよしっ、っと」

 解けてしまった幻術を自分にかけ直し、耳と尻尾を他人から隠す。
 子供の頃はずっと母親に掛けてもらっていたが、4、5年前から自分でかけるようになっていた。

「それじゃ、村に帰ろうか。食べ物は見つけられなかったけど、また魔物と出会っちゃうかも知れないし、これ以上は暗くなっちゃうから」

「そう、だね。帰ろうか」

 その日、村に戻る頃には外はかなり暗くなり始めていた。
 ふたりの少女は冬の森に入ったことをこっぴどく村長に怒られたあと、その罰はまた明日と言われ、そのまま家に返された。

 少女が自分の母親、マーリスに言いつけを破ってしまったことと、その理由を告げて謝ると、病弱で日の大半をベッドの上で過ごしている母親は「そう、お友達を助けたのね」と困ったように笑った。

 少女にはなぜか母親が悲しそうに笑ったように見えて、それが少し気にはなった。だが、獣人の力を久々に使ったこともあり、初めて魔物、それもゴブリンの異常種であるアイスゴブリンとの対峙と戦闘に疲れていた少女は、その日ぐっすりと眠っていた。

少女は、冬の森の中でたくさんの果実を手に入れる幸せな夢を見ながらその夜を越し、次の日の朝日が昇った頃、叩き起こされて村の広場の中央まで連れて行かれた。何故かその場所には少女の母親のマーリスも連れ出されていた。

「な、なにっ? 昨日言ってた罰? お母さんまでどうして……」

 混乱したまま引きずり出されると、村人たちが大勢集まっていた。
 なぜか向けられる刺々しい視線を疑問に思っていると、おもむろに村長に告げられた言葉に頭が真っ白になった。

「ミナリス、それにマーリス。お前たちがウサギの獣人だという話は本当か?」
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