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二度目の勇者は復讐の道を嗤い歩む 作者:木塚ネロ

第一章 

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第12話 勇者、その瞳に問う

 ジュフェインの拠点を出て、まずはじめに向かったのはまたもやスラムの端の方だった。

 昨日の前金で先に細々と必要なものを買うつもりだったが、予定が狂って先に大金が手元に来てしまったので、大きな買い物から先に済ませることにする。

 金貨の袋を詰め込んだ大きい巾着袋のようなバッグ(この世界での旅支度では徒歩での移動ならば大抵この袋で準備する)を担ぎ、スラムの中でも更に人通りのまばらな場所へと向かう。
 冒険者や、薄汚い格好に変装したどこぞの使用人が行き交う通り道。スラムで唯一と言っていいような、貧しい人間を相手にしない商売の区域。

そこは、いわゆるご禁制の品々が集う闇市。
禁術の書、薬物、盗品、呪いの触媒、そして、奴隷。

 身を持ち崩した借金奴隷、犯罪に手を出した犯罪奴隷、金のために売られた身請け奴隷、元は敵国などの兵士だったものが身請けされずに奴隷に落とされた戦争奴隷。

 犯罪奴隷と戦争奴隷については、国が運営する鉱山で働かされることになる。残りの奴隷は奴隷商が扱う一商品として扱われる。

 奴隷の待遇がどうなるかはわからない。全ては奴隷の所有者の胸先次第だが、あまり使い潰すような真似がされることはない。基本的に奴隷が高額な商品だからだ。

そして、王都の大通りに堂々と店を構えるような奴隷商は貴族御用達の店舗であり、質がいい奴隷が多いが、貴族や富豪、もしくはそれらの人物から紹介状がない人間は相手にしてくれないのだ。

ツテのない人間や、質がいいが高い奴隷は、という人間はこのスラムで奴隷を買い求める。

一度目の時の記憶を頼りにふらりとそこらへんを歩いていく。
相変わらず、耳の良さそうな荒っぽい連中は青ざめた顔でこちらの姿を見るとそそくさと去っていく。

「確かに見せしめのためにやったんだけど……、やりすぎだったか?」

 そんなに刺激が強かっただろうか、と、一日でどこまで広がったのかと思案する。

実はあの両替商は魔法で底上げした身体能力と幻術を巧みに使う技量で幅を利かせていた元・中堅上位の冒険者だった。それを一方的に嬲るようにして圧倒して見せたのはスラムで暴力を信条とする人間たちにとっては十分すぎるほど大きい脅威といえた。

「まぁいいか、うざいのが寄ってこないならそれが一番だし」

 と、適当に思考を切り上げると、当初の目的通り、適当に寂れかけた奴隷商を見つけて中へと入っていく。目的のためにもできる限り人目につかない方が都合がいい。

店内にはおあつらえ向きに俺以外の客はいなかった。ヒマそうに店番をしていた店主が入ってきた俺を上から下まで舐めるように見たあと、上客ではなさそうだと思ったのかかなりぞんざいな態度で話しかけてきた。

「奴隷をお求めですか、失礼ですが、予算はいかほどで?」

「金貨で10程度で欲しい人数は一人だ。それで売れる奴隷を見繕ってくれ、あとは俺が選ぶ」

 旅支度にかかるであろうお金と、今後いくら必要になるかを考えてから適当に答えた。

 ちなみに、奴隷の値段は表通りで貴族相手のものを買うのなら大金貨が何枚か飛ぶらしい。物によっては白金貨が使われることもあるのだとか。
このスラムでは奴隷の値段はピンからキリまであるが、最低でも金貨が3枚からの値段が掛かる。平均なら7枚か8枚程度なので、予算が10枚だと言っておけば大体の奴隷が見られる。

「失礼ですが、そんな資金を本当にお持ちで?」

 奴隷商の男はそんな金があるのかと胡散臭そうにこちらを見ていた。貴族のボンボンなら表通りで奴隷を買うだろうし、冒険者にしては見た目がひょろい。人種的に幼く見えやすいのもあってこんな若造が金を持ってるとは信じられない様子だった。

しかし、なんとなく理由は分かっても侮られれば十分ムカつく。

「……これでいいか」

 遠慮するような必要もないので、わざとドスを利かせながらバッグから出した金貨の袋をおいて言い放った。

「い、いえっ、何の問題もありませんっ! それでは()へご案内いたしますので」

 金があると示した途端の見事なほどの手のひら返しに、嫌な人間を思い出して少し顔を歪めた。とはいえ、そんなことを目の前の男にぶつけても何にもならないので何も言わずに黙って男の後を歩く。

 店の奥には鉄格子のハメられた檻があった。中では手足に枷をかけられた奴隷と思われる人間たちが縛られたままどことなく暗い目で座っている。

 この世界には栄養学も衛生学も概念自体存在していなかったが、それにしてもひどい環境ではあった。

 奴隷が欲しいのは町を出る時に偽装になるだろうからだ。どうせ追っ手を出されても黒髪で奇妙な服を着てる人物ぐらいでしか俺のことは探せない。二人でいれば町から出るのも楽だろう。

 それから理由はもう一つあった。

 スキルの練習台が必要だったからだ。一人では修行ができないスキルもいくつか存在している。復讐の聖剣があるから敵意や悪意は判別できる。だが、仲間を作るつもりは到底なかった。だからこその奴隷だ。

 適当にスキル上げに使ったらあとは手切れ金でも渡して放り出せばいい。どうしても邪魔になるなら、最悪処理(・・)することになっても楽になる。

 まぁ、アイツ等と同じように利用したあとはただ切り捨てるような真似は、たとえ相手が奴隷であっても胸糞悪くて吐き気がする。敵に回ったりしないのならばそこまでするつもりはない。

 生きていくのに最低限のスキルは俺がスキルのレベルを上げている間に得られるだろうから、無防備な相手を放り出すことにもならない。ビジネスライクな関係を構築できれば、それでいい。利用した分利益を返す関係性になれるのなら上等な関係だ。

 そう、そんなふうに思っていたのだ。

 ……そこで、その奴隷がしている目を見つけるまでは。

「こちらの牢に入っている奴隷が今が働き盛りですからオススメですね。アチラ(・・・)の方でお求めでしたら少し値は張りますがこちらの檻のなかの……」

「おい、あの、一番奥の牢で繋がれてるのは?」

「はい? あぁ、あの兎族(・・)の娘ですか。あれは近々処分する予定でしてねぇ。そういうのが好みの奇特な貴族やらもいらっしゃるってんで王都まで連れてきたんですが、どうにも反抗的な態度が抜けませんで。奴隷紋で罰を与えても死ぬまで抵抗するんで、体付きは良くても、致してる最中に相打ち覚悟で寝首を掻かれかねないって買い手がつかなかったんですわ」

 王都では人族至上主義が宗教として根付いている。その中で獣人などのいわゆる異人族は酷い迫害を受けていた。だから、王国の中では獣人を見かけることはまずないし、帝国をはさんで反対側にある獣人の国とは仲が悪い。ちなみに獣人の国では逆に獣人族至上主義が掲げられているので、向こうでの人族の扱いもこちらでの獣人族との扱いとほとんど違いがないのでどっちもどっちではあった。

「おい、決めた。あれにする」

「は? いや、しかし……、あれで獣人ですから、見かけとは裏腹に身体能力はかなりのもんなんで本当に寝首を掻かれかねませんが…」

「構わない。金貨10枚で買ってやるからさっさと契約させろ、後で文句を言ったりもしない」

「はぁ、それでしたら、ウチとしては問題ありませんが……、奴隷を買うのは初めてで?」

「ああ、そうだが」

「でしたら、まずは主人紋を登録しませんと」

「主人紋?」

「はい、その主人紋に魔力を込めると、登録された奴隷紋が反応して激痛で行動を制限できるようになるんですわ」

 一度、店先のカウンターに戻るとひとまず購入の契約書にサインを入れる。

 その後、主人紋とやらを登録するための、書類にもサインを入れた。

 契約書自体が魔道具であり、魔法陣になっているようで、サインを書き込んだ途端に燃え上がり、主人となる者の手の甲に刻まれて簡易的な魔法陣として刻まれた。

【システムメッセージ・奴隷使いの鞭剣が解放されました】

 新しい心剣が手に入ったようだったが、確認は後回しだ。

「あとは、主人紋に魔力を込めて、奴隷紋に直接重ねるようにして支配下に置けば契約は終わりです」

「それだと、ほかの主人紋を持ってる人間に奴隷紋を上書きされる可能性があるんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。奴隷紋は主人紋で上書きされると主人紋に対応して形が変わり、契約を解除するまでその後の変更は効かないようになっていますから」

 再び部屋の奥に戻ると、牢の奥へと進んでいく。

 ギィィ、と錆びて軋む鉄格子の扉が開き、その中に俺は入った。

「………」

 牢の中では、猿轡をされ、両手を虜囚のように片方ずつ付けられた枷で縛り付けられ、足には逃走防止用の鉄球を嵌められた兎の獣人の女の奴隷が繋がれていた。

 体中にアザが付き、一応とばかりに着せられたボロ布は所々が、おそらく彼女のものであろう血で黒く染まっている。オレンジというには少し暗い、濃い亜麻色をした長い髪は全く手入れをされていなかったことでクスんで水分を失ってパサパサになっていた。

 獣人の証である兎の耳がペタンと萎れ、いつからまともな食事を与えられていなかったのか、元々は肉付きのいい体をしていたのが分かるスタイルをしておきながら、目は深く落ち窪み、頬や腕、足が病的なまでに細くなっている。 
 いつからこの状態なのかはわからなかったが、体力は落ち切り、もはや呻き声すら出せない状態なのだろう。当然、水浴びもさせてもらえておらず、体中が汚れていて、誰がどう見てもひどい状態だった。だが………。

「あぁ、やはり、綺麗ないい目をしている」

 そう、これだけの状況にあって、その目だけが死んでいない。

 暗い暗い、闇の底、燃え盛るマグマのような、暗い炎。

 体の傷は心を抉る。
 普通なら意識すら手放して何もかもを諦めて絶望していてもおかしくはない。

 それでも、それがまるで本能だとでも言うようにその目の奥がはち切れんばかりの熱量をたたえている。

 とても、とても美しい、復讐の瞳だった。

 痩せこけた頬を触り、覗き込むようにその瞳を見つめる。

 【復讐の聖剣】には悪意や敵意の他にももう一つ、他者の復讐心を見抜く力がある。その聖剣が、彼女の復讐心を知らせてくれる。

 だが、そんなものがなくても、俺は気がついただろう。

 なぜなら、復讐を湛えた彼女のその瞳にはなんの濁りもなかったからだ。

「ふれ、るな、にんげ、ん」

 鋭い視線と、威嚇にむき出しになる歯。

 コイツは間違いなく俺の同類だ。
 
 生きる限り人生から復讐というピースが外れることがなくなった人間。
 
 復讐せずには進めなくなった人間。

 俺と同じく、内側からドロドロに溶かされそうな熱の塊を抱え込んだ人間。

「………」

 まずは先に奴隷としての契約を済ます。

 手の甲に魔力を集め、首筋にあった彼女の奴隷紋にそれを触れさせる。

「ぐぅ、ああああああっぁあああっ!!」

 奴隷門が魔力に光り、刻まれたその形が姿を変えていく。

 やがて光りが収まると、痛みに耐える悲鳴も収まった。

 俺はバッグから昨日の作業用とは別に用意していた非常用のHPポーションとMPポーション口から流し込んだ。

「んぐっ、ぐっ、うぅうっ!!」

「これで少しはまともに話せるようにもなっただろ」

 鑑定の心剣が封印されたままなので彼女の状態はわからない。だが、明らかにすべてのステータスが低下する衰弱の状態異常がかかっていたはずだ。

 HPとMPは体力の値と相関関係にある。HPとMPが回復すれば普段の力は出せなくとも普通に動けるようにはなったはずだ。

「なんの……」

「お前は誰を殺したい?」

 その声は、牢の中で静かに響き渡った。

 俺はただ見つめる。その深い瞳の奥を、髪と同じ色の瞳の奥底にある暗い熱を。

 ただ、その熱量に対して問いかける。

「お前は、誰に復讐をしたい?」
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