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  神喰らい 作者:新殿 翔
樹木の言葉
「野宿ねえ……」


 腕を振るう。

 それによって生まれた突風が地面の塵や砂などを吹き飛ばした。ついでに蛇や虫なんかも

 ま、これでそれなりに寝やすくなったか?


「野宿なんて生まれて初めてだ」
「そうなんですか?」


 呟きに、メルが反応を見せた。

 ……なんか、少し前からすすんで話しかけてくるようになった気がするんだけど……気のせいか?


「ん……ああ。俺の住んでたところは衣食住が恵まれてるところだったから」
「へえ……いいところだったんですね」


 メルはこの説明で納得したようだ。

 ――俺達は今、野宿の準備をしていた。

 準備と言っても、ぶっちゃけなんてことない。

 地面の上に寝る、それだけなのだ。

 こんなことなら毛布の一枚も用意しとくんだった。寒いと言うほどではないが、夜は少しだけ空気が冷える…………って、待て。今視界の端になんか見えたぞ。

 見返す。

 そこにいるのは、ウィヌスだ。

 そして彼女は……例の黒布の服に手を突っ込むと、そこから何かを引っ張り出していた。

 茶色い毛で出来た毛布だった。


「……ちょっと待て」
「一枚しかないから」


 ……何も言わずとも答えは返ってきた。

 何て嫌な以心伝心なんだろう。


「なんで一人だけ準備万端なんだ……」
「神だもの」


 神は神でも悪神だが。


「……なんかライスケの私を見る目がどんどん邪悪なものを見るようになってない?」
「そんなことない」


 図星なわけだが。勘がいいやつ。

 というか、せめて村を出る前に「毛布くらい用意しておいたら?」くらいの忠告してくれてもよかったんじゃ……そうだよな、こいつの場合、意識してそういうことを俺に言わなかったんだろうな。

 次からはよく考えて行動しよう。

 ウィヌスはほぼ確実に頼りにならない。


「まあ俺は毛布なんてなくてもいいんだけど……メルはなあ」


 俺は、極寒の環境下で寝ても多分びくともしない。


「あの、私は別にこのままで大丈夫です」


 本人はそう言うが……しかし、このまま寝たら風邪をひいてしまうんじゃないだろうか。

 女の子は身体を冷やすのは良くないって聞くし……。


「ウィヌス、その毛布ならお前とメルの二人で入れ――」
「嫌よ」


 ……道徳心とかに目覚めねえのかな、こいつ。

 あ、目覚めたらそれは既にウィヌスじゃないな。別人だ。


「そ、そんな。ウィヌスさんと寝るなんて、そんな失礼なこと出来ません!」


 メルの反応からしても二人が一緒に寝るのは不可能か。

 一応、相手が神だもんなあ。畏れ多い、ってやつか。

 俺としてはこんなやつにに畏れる必要あるのかって思うけど。

 だって神っても、普通に飯がマズかったら村を滅ぼすとか言いだすような我が儘なやつだぞ?

 無意味に人間が生贄に出されてると知ってて、それを自分に悪影響がないって無視出来るような人でなしだぞ?

 それをどう畏れろと?


「……仕方ない」


 溜息をついて、俺はコードを脱いだ。

 それをメルの肩にかける。


「え……あの……?」
「少しくらいは暖かくなるだろ」
「そんな、ライスケさんは……」
「神の攻撃をくらっても何ともない俺が気温なんかでどうこうなるわけないだろ」


 言って、さっさと俺は近くの木の根元に腰を下ろした。


「そういえば、警戒とかしておかなくていいのか? なんなら俺が起きてるが」
「そ、それこそ私がやりますっ!」


 メルのこの「面倒事は自分に任せてください」みたいなオーラはどうにかしたいな。

 別に恩とか、そういうの感じなくてもいいのに……。

 そこらへんはいつかメルと放さなくちゃ駄目かもしれない。


「何かが近づいてきたら私が気付くからいいわよ。寝ていても神の感知能力は半径数百キロなら草の数まで把握出来るんだから」


 そりゃすごい。

 安心だな。


「なら、安心して寝られるか」


 安心したところで、欠伸が出た。

 樹の幹に背中を預ける。

 堅いな……まあ、我が儘は言えないけど。

 同じ樹の幹に、メルが寄りかかった。俺とは九十度違う方向だ。

 ……何故同じところに……別にいいけどさ。


「それじゃ、おやすみ」


 ウィヌスは温そうな毛布にくるまって地面に転がる。

 よく地面に身体全部投げ出せるな。豪胆というか、堂々というか……。

 いや……よく見ると、彼女の身体の下には水で出来たマットのようなものがあった。

 こいつ、自分だけマットなんて用意してやがるぞ。

 魔術を寝ながら持続させるなんて……そんなこと出来るものなのか?

 これは試すしかあるまい。俺だって寝られるなら柔らかいとこで眠りたいのだ。

 ええっと……魔力を水にして、マット状に。さらに服とかを濡らさないように加工。

 こんなもんか?

 大分慣れてきたのか、一瞬で水のマットを作りあげることが出来た。

 けど、俺はこれを寝ながら維持出来るのだろうか?

 とりあえず、マットから意識を外してみる。

 空を見上げて、星の数を十、数えてみた。

 視線をマットに戻すと……消えてら。

 俺にはウィヌスの真似ごとは無理ということらしい。

 ――練習はしていこうかな。もしかしたら出来るようになるかもしれない。

 些細な決意をして、とりあえず今日は練習なんて気分でもなかったので、このまま寝ることにする。

 やっぱり堅くて寝にくい……まあ、学校の授業中に居眠りするようなもんか。

 悪環境の中で出来るだけ寝やすい体勢を模索していると――メルが声をかけてきた。


「ライスケさんは、帝国に行ったことがありますか?」
「……いや、ないけど、なんで?」
「え……?」


 本気で驚いたようにメルが身体を起してこっちを見た。


「そんなにヴィセル語が上手いのに、帝国に行ったことないんですか?」
「ヴィセル語……?」


 なんだそれ。


「帝国で一般的に使われてる言葉よ。まあ、ライスケには言語の概念なんて関係ないけど」


 あ、ウィヌス起きてたのか。


「言葉の概念が関係ない……?」
「忘れたの? 私達が最初に会った時、言葉が通じなかったから、私が貴方に言葉の加護をあげたじゃない」


 ……ああ。

 そういえば、そんなこともあった気がする。

 別世界の人間の俺がこの世界で会話が出来るのは、全部それのおかげなんだっけ。


「で――加護ってなんだ?」


 単語自体は耳にしたことがあるが、その意味はさっぱりだ。


「そういえば、言ってなかったわね」


 毛布にくるまったままウィヌスが説明を始めた。


「神は世界と繋がっているというのはもう分かってるわよね? そして神は、そのお陰でいくつかの力を持っているの。そのうちの一つが加護。今回を例にあげるとすれば、私は世界に干渉してライスケの言語が万人に通じるように、また万人の言葉をライスケが理解出来るように操作した。そういうのを加護って言うのよ」


 へえ……。

 つまり世界が俺と他の人との間に立って通訳してくれてる、ってことか。

 なるほど。ということは、メルには俺の言葉が帝国のヴィセル語とやらで聞こえてるのだろう。しかも、加護なんて大層なものを受けているんだ。メルの口ぶりからしても、さぞ流暢に聞こえるんだろうな。


「もっとも、加護を与えるにしても、世界がその加護を誰かに与えることを拒否したらなんの影響も表れないわ。言葉の加護くらいなら無条件で許可されるけれど……魔術の加護や時の加護なんかになると、よほどのことでもないかぎり世界は許可しないでしょうね。世界はあくまで中立で、誰に肩入れするわけでもないから。敢えて言うのであれば、世界が肩入れするとすれば、それはこの世界の利になることをする人間にだけよ」


 世界の利がどんなものかは分からないが、とりあえずその条件を満たすような人間が滅多にいないというニュアンスは伝わってきた。


「じゃあ、ライスケさんってもしかして動物ともお話できるんですか?」
「え……?」


 メルの疑問に、思わず想像してみる。

 動物と会話する俺……。

 なんだそれは。傍から見たらただの変人だぞ。


「それは面白そうね」


 笑うな。


「でも、今の加護じゃライスケは動物と会話は出来ないわ。私がライスケにあげたのは、人間同士に限る言葉の加護だから。でも、例えば……」


 毛布の中からウィヌスの腕が生えた。そして、その指先メルに向くと、微かな光が生まれる。


「あの……なにを?」
「耳を澄ましてみなさい」


 困惑しながら、メルは目を閉じて、ウィヌスに言われたとおりに耳を澄ませる。


「……あれ? なにか声が聞こえません?」


 声……?


「誰か近くにいるんでしょうか?」
「まさか」


 俺は首を横に振った。

 俺の聴力は人間のそれを大きく上回る。その俺の耳には、メルのいう声は聞こえない。

 断言しよう。

 この辺りで喋ってるのは俺達三人だけだ。


「でも、確かに声が……」
「メル。それは植物の声よ」
「……植物の?」


 ウィヌスが言うと、メルは首を傾げた。


「ええ。私は今、貴方に植物と会話できるような言葉の加護を与えたの。話しかけようと思って話しかければ、貴方の言葉も植物に届くでしょうね」


 植物と話せる少女……メルヘンだな。


「……その、ありがとう……ございます?」


 困惑気味に感謝するメル。


「別にこのくらいの加護なら欠伸するより簡単に与えられるからいいわ」


 それよりも、と。


「試しに聞いてみなさい。この辺りの樹は今なにを言っているのか」
「あ、はい……」


 再びメルが耳を済ませた。

 そして……その頬を一筋の冷や汗がつたった。

 ……なにがあったんだ。


「メル」
「ひ、ひゃい!」


 ウィヌスに声をかけられて、メルの肩が跳ね上がった。

 明らかに普通の様子ではない。

 まるで聞いてはいけなかったことを聞いてしまったような……。


「なにを聞いたのかしら?」
「そ、それは……その、」
「メールー」

「……――も、森を傷つけた女と男はさっさと森から出ていけ、だそうです」


 うわぁ……。

 威圧に耐えきれなくなってメルが白状した瞬間、ウィヌスが身体を起こして爪翼を一気に広げた。

 森を傷つけた女の男。

 それって、水の弾丸とか爪翼の薙ぎ払いとかやってた俺とウィヌスのことだよな。間違いなく。


「は……たかが森風情が神に盾突くとは。度胸だけは認めてろう。だが……もちろん貴様ら、根絶やしにされて文句は言わぬだろうな?」


 樹相手に素に戻ったぞ、こいつ。

 堪忍袋の緒の強度はそうめん以下か?


「落ち着けウィヌス。悪いのは明らかに俺達だ。そもそも樹にキレるとか情けないと思わないのか」


 もともとこんなこと言われたの、俺達が森を破壊したのが原因だし。


「あ。なんでも、その頭の貧弱そうな女はともかく、男は反省の色があるようで、まあ許してやらないこともない、って言ってます」


 なぜここでそんな余計なことを言う、メルよ。

 それは火に油を注ぐどころか、油田に火のついたマッチを放り込む愚行だ。


「…………ふ、ふふ」


 うすら寒い笑みがウィヌスの口元に浮かんだ。

 ヤバいぞ、これは。

 下手したら本気で森が根絶やしにされかねない。


「メル、なにか話題を変えろ。早く」
「は、はいっ! え、えっと……最近調子はどうですか?」


 樹に世間話とかって通じるものなのだろうか。


「……はあ。そうなんですか……それは――え?」


 本人はきちんと会話しているのだろうが、俺から見ると今のメルは樹に向かって一人ごとを呟くちょっと可哀そうな子に見えてしまう。

 しかし……どうかしたのだろうか?

 顔色が悪くなったが。


「あの、ライスケさん……」
「なんだ?」
「あのウィヌスさんの翼の攻撃で、森の中に隠れていた魔物が逃げだしたそうなんです」


 あ、どうりで。あの後急に魔物に遭わなくなったと思ったらそういう理由があったのか。

 確かに。あんな大規模な攻撃を突然見せられたら、魔物も逃げだすか。

 けど、それが一体なんだというのか。

 魔物がいないなら、いいことじゃないか。


「それで、その逃げた魔物達は……森の東にあるケリュオという町に向かった、と」
「……な」


 なんだって?


「滅んだわね、その町。軽く見積もっても三百くらいの魔物に急襲されちゃ」


 あっさりとウィヌスが言うが……俺はそんな軽い気持ちではいられなかった。

 不意に、体内に異物感。

 これ、は……っ。

 口元を押さえる。


「ライスケさんっ!?」
「またなの……?」


 驚くメルと、呆れたようなウィヌス。

 そう……また、だ。

 俺達の行動が原因で魔物達が森から逃げて、町を襲った。


 そして、そんな魔物達に殺された人々は……どうやら俺の力の範囲内にいるらしい。


 今俺の体内に入り込んで来たもの。それが何かなど、言うまでもないだろう。


 ――その町で死んでいる人々の命に決まっている。


 今も一人、二人、と次々に命が流れ込んでくる。

 気持ち悪い。

 人が死んでいくのが、克明に感覚に伝わってくる。

 俺はよろめきながら、ゆっくりと立ち上がった。


「……行って来る。東って、あっちだよな?」


 その方向を指さすと、メルは頷きながらも俺の服の裾を掴んできた。


「でも、行くって、そんな真っ青な顔してどこに……」


 そうか。

 俺の顔は真っ青か。


「その真っ青な顔の原因を失くしてくるんだ」


 メルの手をそっと服から外して、俺は脚に力をこめた。


「十分もあれば戻ってこれる」


 そして俺は、今度は森に傷をつけて樹に文句を言われないように、空中に跳んだ。

 音の速さは遥か後ろだ。


反骨野郎……当初の予定より力の範囲が大幅に拡大しております。
受難ですね、ええ。

べ、べつに「いいざまだ」なんてお、おお、思ってませんよっ!?

愛する我が子ですからねっ!
反骨してるけど!


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