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  神喰らい 作者:新殿 翔
勘違いの剣


「さて。では謝罪がすんだところで、改めて自己紹介させてもらおう。わたしの名はイザベリア=エリア。ただのしがない辺境貴族の娘だ」
「本気でやり直したぞこいつ……」
「いい意味でも悪い意味でも有言実行なんだよ……っていうかバレた?」


 おいそこ。わたしがせっかく恥を忍んでやり直ししたのに、その反応はなんだ。


「今、ソングストリースって名前に入ってたよな?」
「……さて、なんのことやら」


 はっはっはっ。なんだ貴様。変なことを言うな。

 わたしはしがない辺境貴族の娘と言っているだろう。

 とりあえず、


「忘れろ?」


 天の魔剣を突き付けておく。


「いや……まあ、忘れてもいいけど」
「そうか。分かって――」
「でもあんた、もしかしてこの国のお姫様?」
「分かってないだろ貴様!」


 あ、思わず天の魔剣を突き出してしまった。

 当然、そのまま竜の身体すら貫く天の魔剣の剣尖は彼の咽喉に……、


「は……?」


 パキン、と。

 あっさりと。あっけないほど簡単に。

 彼の咽喉を裂くどころか、天の魔剣が折れた。

 ……?

 ちょっと待て。落ち付け。

 わたしは手元にある、へし折れた天の魔剣を見た。

 うん、まあ……彼が前に天の魔剣を砕いたのは覚えている。

 でも有り得ないだろう?

 ――刺そうと思って逆にこっちが折れるなんて。

 いくらなんでも、この剣はそんな柔なものではない。


「……人間か?」
「一応」


 苦笑交じりに彼がそう言う。

 信じられなかった。

 天の魔剣を撃ち砕けるだけでも人から外れているというのに、天の魔剣で傷一つ付けることも出来ずに逆にこちらが折れるなんて、世の理から外れているとしか思えない。

 見てみろ。ヘイなど白目剥いて泡吹いてるぞ。

 つまり、今この場で起きた現象は、それほど悪夢じみていたということだ。


「……本気で何者だ、貴様」


 今、心の底から目の前の男への警戒心が沸いてきた。

 こんな化物が私達の国の中にいる。

 それだけで、傾国すら有り得る衝撃なのだ。

 もしこれでこの男がソングストリースの敵であったなら、まず間違いなくこの国は滅びる。そう覚悟せざるを得ないような存在。


「何者と言われても……どうしたらいいんだ……」


 私の敵意を感じたか、後ずさりながら、彼は傍らの蒼銀の髪の女に尋ねた。


「私に聞かれてもね。とりあえず殺しちゃえば?」


 殺す?

 ……。


「ば、お前……なんか威圧感が増したぞ」
「そりゃ、殺すなんて言われたら誰でもそうなるでしょ」
「お前の責任だろうが……」


 肩を落として言って、彼はわたしに向き直った。


「とりあえず、敵とかじゃないから……」
「ならば何なのだ?」
「何って……普通に旅人だけど」
「それほどの力を持つ人間がただの旅人と自称して、誰が納得する?」
「……さあ?」


 なんだ、その返事は。

 ふざけているのか?

 ……ならばいい。


「そちらの女が先程、貴様を相手にするなら天の魔剣百本用意しろ、と言ったな?」


 わたしは自分の内から、魔力を絞り出す。

 次の瞬間、部屋の中に現れたのは天の魔剣。天の魔剣。天の魔剣。天の魔剣。

 視界の全てが、天の魔剣に覆われる。

 きっかり百本。

 わたしが現状一度に作り出せる天の魔剣の数がぎりぎりで百本だ。


「……おいおい」


 呆然と、彼が辺りを見回した。


「これ、もしかして全部俺に狙いつけてるのか?」
「そうだ」
「…………いや。ていうか、これ絶対に周り巻き込むよな?」
「辺り一帯は吹き飛ぶことを覚悟している。だが、貴様のような不穏因子をこの国の中に置いておくより、よほどマシな被害だろうよ?」
「……それ、何人死ぬと思ってるんだよ」
「百単位で死ぬだろうな。少なくとも、この部屋にいる者は全員確実に死ぬだろう」
「――俺一人の為に何人犠牲にしようとしてるんだ、この馬鹿が」


 ぞっとするような声。

 次の瞬間。



 世界が砕けた。



 否。

 そう錯覚するような破砕が訪れた。

 天の魔剣百本が、全て同時に砕けたのだ。そして、あの男がいつの間にかわたしの背後に立っていた。

 まさか……今の一瞬で天の魔剣を悉く砕き、わたしの背後にまわったとでもいうつもりか!?


「ああ、ごめんなさい。前言を捕捉するわ」


 くすり、と。

 この状況に右往左往する少女の肩に手を置きながら、女が言った。


「さっき私が言ったのはね、その剣百本あれば、まあライスケの散髪くらいなら出来るんじゃない? ってことよ」


 くすくす、と笑い続ける女の言葉に、私は愕然とした。

 散髪、だと?

 はらりと目の前を黒いなにかが落ちて行った。

 数本の髪の毛。

 それが背後に立つ彼の髪の毛だと、すぐに気付いた。


「凄いじゃない。多分、私でもなかなか、ライスケの髪なんて切れないわよ」


 滑稽だ、とでも言うように女は肩をすくめる。


「ま、人間でそこまで出来るんだから凄いじゃない。称賛するわ。貴方は間違いなく、人間としては最高位よ? 実力だけなら神にだって劣らないわ。私が保証してあげる」


 何が保証だ……。

 貴様にそんなものを保証されたところで、何一つとして嬉しくない。


「はっきり言っておく。俺は別に誰の敵でもないし、誰を傷つけるつもりもない。お前が信じようが信じまいが、それは本当だ」


 毒を吐くより早く、背筋が凍った。


「そもそもなんなんだお前。いきなり人に剣を向けるわ、偉そうだわ……しまいには俺一人殺す為に他人を犠牲にするのが、マシ?」


 空気が死んでいた。

 なんの比喩でもない。

 その殺気は、間違いなく空気というものを殺害しつづけている。

 その証拠のように、わたしは呼吸すらまともに出来なかった。

 恐怖感が、何にも勝る恐怖感が咽喉元で首をもたげていた。

 常人ならばこれに対して、圧倒的な瀑布のごとき力に感じられるだろう。

 だが、なまじ力があるからこそ、わたしには分かる。これは、世界を喰らう獣の顎。その臓腑まで続く口腔。

 その克明な認識が、恐怖感を加速させた。


「人の命をなに勝手に計ってるんだよ。人の命は、それ以外の誰かの命と釣り合うようなもんじゃねえ。そんなものがマシなわけねえだろうが。どんだけ腐ってんだ、お前」


 彼の言葉に言い返すことも出来るわけがなく。

 呼吸困難で、わたしの意識が、ゆっくりと霞んでいく。

 そのまま気絶する。そう思った、刹那。


「ライスケさん! も、もうそろそろ止めたほうがいいんじゃないでしょうか!?」


 ぱちん、と。

 少女の声に、まるで嘘だったかのように何もかもが弾けた。


「……あ」


 そして間の抜けたような、彼の声。


「やりすぎです、ライスケさん……」
「命云々はライスケの鬼門だものね。仕方ないと言えば仕方ないけれど、それでも確かに、メルの言う通りよ」
「……焚きつけたウィヌスにだけは言われたくない」


 床に崩れ落ちる。

 思い出したかのように、呼吸が再開した。


「だ、大丈夫ですか……?」


 慌てて少女が駆け寄ってくる。


「ライスケさん、怒ると本当に性格変わりますね。私を助けてくれた時もそうでした。正直、怖いです」
「いや……それは……だって気持ち悪いし、吐き気がするし、」
「女性にそんなこと言うものじゃないですよ!」
「あ、うん。悪い。ごめん。すまない」


 ……なんだ、これは。

 わたしにあれだけの恐怖感を感じさせた彼が、こんな見るからにか弱い少女に頭を下げている……?


「謝るなら、この人にしてください」
「……む」


 すると彼はわたしを不満げに見ながらも、


「…………悪かった」


 たっぷり溜めて、小さく言った。


「――、」


 思考に空白が生まれる。

 そして、


「ふ……」


 なんだか無性に、



「ふふ、ふはは、はははははははは!」



 笑いたくなった。


「な、なんだ?」


 突然笑いだしたわたしに、奇異の視線が向けられる。


「はは、いや、すまない。謝るのはわたしだ。なんてことはない、貴様のように正論を恥ずかしげもなく言う者が国の転覆とか、そんな大層なこと考えるわけもないだろうさ」


 人の命、か。

 おかしいものだ。

 その重さ、分かっているつもりだったが……まさか剣を向けた相手にそれを説かれるとは。

 しかも正論で、理想論ときた。

 なるほど、なるほど。

 彼の言う通りは正しい。限りなく、博愛な答えだ。

 国の存亡とか、繁栄の為とか、そんなことばかり考えていたわたしは、それをすっかり見落としていた。

 ……現実的とは呼べないが、人の上に立つものが心の隅にほんの少しでも留めておくべきものだ。例えそれが達成できない幻想でも、自戒の一つとして。

 人の命は、重い。

 ただそれだけの、ひどく簡単な真理なのにな。


「恥ずかしげもなく、って……」
「馬鹿にはしていないさ。むしろ褒めているのだ。ただ二言、すまない、ありがとう、と言わせてくれ。貴様に会えてよかったよ……なんと呼べばいいかな?」
「……ライスケ」
「メル、って呼んでください」
「ウィヌスよ」


 ライスケに、メルに、ウィヌス、か。

 胸の深いところにその名前を刻んでおく。


「ここまで醜態を晒すなど、我ながら情けない。妹にも常日頃からよくものを考えてから行動しろと言われるよ」


 と、それはともかく。


「こうなってはわたしは最大の誠意を示さなくてはならないな。改めて自己紹介させてもらおう」


 立ちあがって、服装を正す。

 心を静めて、口元にはいつも通りの、わたしの笑みを浮かべた、


「私はソングストリース王国第二王女、イザベリア=ベルファスト=エリア=ソングストリース。数々の非礼、深く詫びよう」



 驚いたな……。

 人ってのは、ここまで変わるものなのか。

 さっきまで酷く気持ち悪く感じた彼女が、今は高貴という単語がこれ以外にないというほどに似合っている。

 というか、見惚れた。少しだけ。

 これなら、王女様ってのも納得だ。


「……っ、」


 不意に、ぐらりと彼女の身体が傾いた。


「と……」


 慌てて手を伸ばして、その身体を支える。


「大丈夫か?」


 やりすぎたか、と内心汗を流しながら尋ねる。


「ああ……む? む……?」


 彼女はどうやら立ちあがろうとしているらしいが……なんだろう。一向に立ちあがる気配がない。


「あれだけ魔力を馬鹿みたいに使っちゃ、身体に疲労が出て当然よ」

 どうやら俺のせいではないらしかった。

「むぅ……悪いが、ソファーまで肩を貸してもらっていいか」
「ああ」


 彼女がソファーまで歩くのを手伝う。

 と、その横顔が視界に入った。


「……どうした。わたしの顔になにかついているか?」
「あ、いや」


 俺の視線に気づいて、彼女が首を傾げた。

 とりあえず彼女をソファーに座らせてから、その問いに答える。


「やっぱり顔立ちとかソフィアに少し似てるな。姉妹だろ?」
「……その口ぶり、ソフィアの知り合いだったのか?」


 僅かに彼女の目が開かれる。

 どうやら噂の逃亡中のお姫様というのは、彼女で間違いないらしい。


「ああ。ちょっと前にごたごたに巻き込まれてな。その時にあんたの――、」
「イリアと呼べ」


 命令系かよ。いいけどさ。


「――イリアのことを少し聞いたんだ」
「なるほど。ソフィアは元気だったか?」
「イリアがこの街に来てるらしいって、城抜け出してたよ」
「ほう。なるほど、あの子もなかなか、成長している」


 くくっ、とおかしそうにイリアが笑った。

 その表情は、やっぱり姉なんだなあ、と思わせるなにかがあった。

 だが、


「ソフィアにはあまりイリアの影響を受けないでもらいたい」
「まったくだな」
「……」


 本人が同意しちまうんだから、もうどうしようもない。


「だが、そうなると……どうやら姉妹揃って迷惑をかけたようだな」
「別にいいけど……」


 いや、もちろん迷惑だったけど。

 ここでいちいち文句を言うほど粘着質ではない。


「しかし、本当に悪かったな。わたしのはやとちりで不快にさせて」
「ああ。二度と俺の前で命を軽く扱わないでくれ」
「重々承知している。わたしも、もうあんな恐ろしい思いは御免だ」


 ……そんなに怖いのだろうか。俺って。

 自分じゃ自覚ないんだけど……軽くキレたな、とは思っても。


「それで、俺達のことだけど……」
「ああ、もう疑ったりはしないし、余計な詮索などもしないさ」


 その返事に、とりあえず安堵する。


「無論、教えてくれる分には嬉しいのだがな?」
「勘弁してくれ」
「なら勘弁してやるとしよう」


 そうしてもらえると非常に助かるよ。下手に説明できるようなことじゃないしな。


「だが、こうなってくると楽しみだな」
「ん?」
「闘技大会だよ。私達も出ているのさ」
「……へえ」


 ウィヌスが今日の予選の時「天の魔術師とかいないのだろうか」みたいなことを言っていたが……まさか現実になるとは。


「そこで、今度は正々堂々、一人の戦人としてライスケと戦いたいな」
「それなら残念。もしやることになったら、貴方が戦うのは私とよ」


 ウィヌスの言葉に、イリアが首を傾げた。


「ほう……この私とやる、と?」
「安心しなさい。一回死んだら、私の負けでいいから」


 一回死んだら。

 その言葉から何か――多分ウィヌスがどんな存在であるかを察したのだろう。

 イリアの口が弧を描いた。


「相手に不足はなし、か」
「そうね。不足はないわ」


 なんか女二人が笑い合ってる。

 その笑いがなんというか……不吉だ。


「ライスケさん……頑張ってください」


 メル。俺になにを頑張れと言うんだ?

 まるでこの先、苦難が待ち受けているかのような口ぶりはよしてくれないか。

 ほんと、不吉だから。


「ライスケさん……頑張ってください」


 何故二度言う。


「……大魔神……降臨……世界の、終わりだあ……」


 そしてヘイ。お前はいつまで白目で泡吹いてるんだ。

 ……なんていうか。


 いろいろ、不安なことが増えた。

予想以上に姫様に反骨野郎が好印象になっちまったぜ。


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