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  神喰らい 作者:新殿 翔
祭りの前に
「あれがクルーミュか……」


 見えてきた灯りに、俺は思わず息を呑んだ。

 すっかり日は沈んでいて、辺りは夜の暗闇に包まれている。

 だがその都市だけは、例外だった。

 街中にともされた灯りが、夜の中で赤く、街の輪郭を浮かび上がらせる。

 クルーミュは山の麓に作られた都市だ。

 緩やかな斜面の上に作られたその街は、見ているだけでも圧倒されるような規模を持っていた。

 街の一番高いところにある城は、前に魔物に襲われていた町にあった城とは桁が違うほどの大きさを誇り、城の中央から突き出た尖塔は空を突き刺す剣のようにも見える。

 城へは三つの大通りが繋がっていて、今は祭りの活気もあってか、その大通りは綺麗に光に彩られている。


「綺麗ですね……」
「そうだな」


 クルーミュに入るには、街を囲う外壁の門をくぐらなくてはいけない。

 普段は夕方に門は閉鎖してしまうようだが、祭りの期間に限って今の時間でも門からの出入りが可能だ。

 俺達を乗せた馬車が、クルーミュの大きな門の前に到着する。

 そこで兵士が三人、近づいてきた。


「何の用でこの街に?」
「観光です」


 隊長格らしい男の質問にメルが答えた。


「馬車の中身を確認しても?」
「どうぞ……あ、でも少しだけ待ってもらっていいですか? 寝ている人を起こすので」
「ああ、構わない」


 メルが俺に目配せした。

 そうだな……もしこれで馬車の中を探った兵士がウィヌスを起しちまったら、大惨事になりかねない。

 俺は頷いて、馬車の中に顔をつっこんだ。


「おい、ウィ――」


 眉間を刺された。

 いや、正確には俺の眉間が貫かれることがなかったんだけど……。

 ウィヌスの爪翼が起そうとした瞬間に俺に振るわれたのだ。


「……お前、これで相手が普通の人間だったら首から上がなくなってるぞ」
「――ん。なに、食事?」


 人に攻撃しておいて寝ぼけてるとは、いいご身分だな。


「ついたぞ、クルーミュだ」
「あー。そう」


 身体を起こし、ウィヌスが寝ぐせのついた髪の毛を払う。それだけで髪の寝ぐせはすっかり整ってしまった。


「今から馬車の中確認するっていうから、一旦外に出てくれ。間違っても今みたいに攻撃するなよ」
「分かってるわよー」


 どうだか。

 本当にしっかりしてくれ。面倒事は御免だぞ。

 ウィヌスが爪翼をしまい、馬車の外にでる。

 すると、兵士が変な顔でウィヌスを見た。

 忘れてはいけないが、ウィヌスの格好は、黒い布を重ね合わせたような妖しすぎる服装だ。そりゃ、兵士も気になるだろう。


「その女の格好は?」
「彼女の生まれ故郷の民族衣装らしいです」


 自然と嘘が口から出た。

 兵士は「そうか……」などと一応納得した様子で馬車の中の確認に入った。

 しばらくして――、


「問題ありません」


 報告に、隊長格の兵士は頷くと、門を振り返った。


「門を開けろ!」


 ぎぃっ、という大きな軋みとともに、門が少しだけ開いた。


「それでは、いい旅を」


 兵士の挨拶を背中に、俺達はクルーミュに脚を踏み入れた。



 クルーミュの宿はどこもかしこも満室だった。

 そりゃ祭りなんだから満室にもなるか……。

 仕方ないので、俺達は最高級の宿をとることにした。

 こういう時は、逆に高級すぎる宿の方が部屋が空いているものらしい。

 王馬と馬車を宿の裏手に預け、荷物を部屋にしまってから、俺達はさっそく夜のクルーミュへと繰り出した。というか、ウィヌスに引っ張り出された。

 本当は俺はゆっくりと柔らかいベッドで眠りたかったのだが、メルも少し興味があるようだったのでしかたなくついてきた。

 なんでか、俺が行かないというとメルが悲しそうにするのだ。


「あれはなんて食べ物かしら」


 祭りの本格的な開催は明後日だが、既に街は祭りそのものだった。

 大通りには様々な露店が並び、人々がにぎわいをみせている。

 ウィヌスは色気よりも食い気で、その露店の中でも食べ物を扱っている店を重点的に回っていた。

 ……あいつの胃袋はどうなってるんだろう。


「あんまり金、使いすぎるなよ……」


 俺の言葉は遠ざかるウィヌスには届いていまい。

 って……あいつ一人で先に行きやがったぞ。こんな人ごみではぐれるつもりか?

 言うが遅し。

 既にウィヌスの姿を見つけることは不可能となっていた。


「……」


 おいおい。

 残されたメルを顔を合わせる。


「……まあ、俺達も少しは金あるし、折角だし祭りをまわるか……?」
「そうですね」


 にこり、とメルが微笑む。

 意外と祭りを楽しみにしてたんだなあ。

 手元には銀貨四枚と銅貨が八十枚くらい。

 ま……これだけあれば十分だろ。


「なら、どこから回る?」
「とりあえず適当に歩いてみましょう。どんなものがあるのか見てみたいですし」
「そうだな」


 こんなに広いんだ。

 興味の種は尽きないだろう。

 俺とメルは人ごみではぐれないように気をつけながら、祭りの雑踏を泳ぐように歩く。

 ……人、多いな。

 肩がぶつかっただけでも他人をふっ飛ばしかけない俺としては、こんな雑踏は歩くだけでも神経をすり減らす作業だ。

 少し歩いて、俺はふとメルの視線がなにかに向かっていることに気付いた。


「何か見つけたか?」
「え、あ……いえ、そんな大したことじゃないです」
「遠慮するな」


 首を振るメルの肩越しにそれを確認してみる。

 一つの露店だ。

 どうやらここでは小物を扱っているらしい。


「どれだ?」


 尋ねると、メルは「言っていいのかな」みやいな顔をしばらく浮かべたあと、おずおずと一つの商品を指さした。

 小さな、金色の雪の結晶を象ったような髪飾りだった。

 ふうん……。

 俺はそれを手に取ると、露店の主人らしい人に声をかけた。


「これ、いくらですか?」
「銅五十」
「じゃ、これ」
「あ――!」


 メルが止めるより早く、俺は代金を店主に渡してしまった。


「まいど」


 ま、馬車のこととか任せちゃってるしな。

 ほんのささやかなお礼のつもりだ。


「ほら」


 俺はメルに髪飾りを差し出した。


「あ、あの、ライスケさん……私は別に」
「気にするな」


 というか、もう買ったんだから今更遠慮しても手遅れだ。

 問答無用で俺は髪飾りをメルに握られた。


「あ……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」


 俯き気味に礼を言って来たあと、メルはしばらく髪どめを見つめて……小さな声を出した。


「あの……つけてもらって、いいですか?」
「……む?」


 なんだって?

 聞き間違えかと思ったが、メルが髪飾りを俺に差し出してきたので、どうやら聞き間違えではないようだ。


「……なんで俺なんだ?」
「折角買ってもらったので……駄目、でしょうか?」


 そんな顔されて断れる男っているのだろうか。


「分かったよ」


 仕方なく、俺は髪飾りを受け取って……固まった。


「どこにつければいいんだ?」
「ライスケさんにお任せします」


 そんな笑顔で言われても非常に困る。

 お任せ、という選択肢は相手に優しいようでもっとも困難なものだと彼女は分かっているのだろうか。

 ……く。

 どうすればいいんだろうか。

 じっとメルを見つめる。

 どうつければ似合うだろう。

 ――よし、決めた。


「不格好になっても、あとで文句言うなよ」
「はい」


 笑顔で頷くメルの髪に触れる。もみあげのあたり。

 驚くくらいにさらさらしていた。

 左目の横にくるように、俺は髪飾りをメルの髪に留めた。


「えっと……どう、ですか?」


 微かに頬を赤くして――やっぱり他人に髪とか触られるのは恥ずかしいのだろうか――メルが尋ねてきた。

 俺は髪飾りをつけたメルの姿を見る。

 その浅黄色の髪には、金色がよく似合っていた。些細なアクセントだが、それだけで随分とメルの容姿が引きたったように感じられる。


「可愛いと思うぞ」
「ほんとですかっ?」
「あ、ああ」


 嬉しがってくれるようでよかった。

 内心、ほっと胸をなでおろす。

 メルは髪飾りを指先で撫でると、破顔して俺の手をひっぱった。


「ライスケさん、もっと回ってみましょう!」
「ちょ、分かったら引っ張るな……!」



「ふむ、よい街だな、クルーミュとやらは」


 喧騒の街並みを見て、わたしは頷く。

 こういう風景は、自然と口元がほころぶな。

 平和だ、と実感できる。

 この国が和を尊しとする国で本当によかったと思うよ。

 やはり民の笑顔はいい。


「そうですね。まあいろんな交易のルートが交差する場所ですから、発展もその分早いんでしょ」
「この活気は王都の市場を思い出す。あそこも、休日はよく賑わっていた」


 思い出すなあ。

 子供の頃からよく「第三王女様によく似た子」と市場でちやほやされたあの頃を。

 まさかあの市場の物たちも、わたしが本物の王女だったとは思うまい。

 王族が常識的に考えて市場などくるわけもないからな。

 わたしは別なわけだが。


「譲さん、王都でも好き放題やってたんですね」


 姫と呼ばせるわけにもいかず、ヘイにはわたしを譲さんと呼ばせていた。

 本当はきちんとお嬢様と呼ばせたかったのだが、「そんな柄じゃないでしょ姫様は」と一笑されたため、ヘイの腕を折れる限界までねじまげた後に諦めた。


「だから俺はヘイじゃなくて――」
「さてヘイ、遊ぶか!」
「だから――もういいです」


 うん、どうしたのだ肩を落として?

 腹でも減ったか?

 ならば露店で何か食べ物を探すか。


「――さあヘイ。わたしに遅れるなよ? わたしの背中は、速いからな」
「そんな戦場で先陣をきるような凛々しさで言われても……」



 闘技大会……。

 そのチラシが壁に貼られていたのを見つけた。


「ふうん……闘技大会、ねえ」


 私やライスケが出たら一発で優勝ね。

 興味があったのでチラシを呼んでみる。

 ふうん……二人一組で参加なんだ。

 出場資格はギルドでランクAの依頼を完遂したことのある者。

 で、肝心の優勝賞金は、と……。

 金貨三十枚……。

 よし。


「登録登録……と」


 私はさっとく登録を受け付けているという場所に歩き出した。

 登録は私とライスケの二人ね。

 金貨三十枚、こんな楽してゲット出来るなんて、私って金運いいのかしら。
 
 とりあえず街だけは壊さないように気をつけて戦わないとね。




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